新疆ウイグル自治区の推定人口は約1700万人,主要民族はウイグル族と漢族で,他にモンゴル,カザフ,ウズベク,タジク,ロシア,タタールなどの少数民族が居住している。最大民族のウイグル族はチュルク系言語を話し,アラビア文字を使用し,イスラム教を信仰している。
紀元前3世紀頃,バイカル湖の南に住んでいたトルコ系のチュルク民族の一部は6世紀に中央アジアに移動し,さらにその後,西アジアにも進出していった。中央アジアでは先住のアーリア系民族と混血し,現在ではヨーロッパ系に近い顔立ちをしている。
大移動の結果,西アジアから中国の新疆にかけて,トルコ系民族の2つの大きな集団が居住するようになり,それぞれ西トルキスタン,東トルキスタンと呼ばれている。
ウイグル人が多数を占める地域にもかかわらず行政や共産党組織内では漢族が有力ポストを占め,自治区とは名ばかりの状態である。顕著な差別は教育面にも表れている。
ウイグルなどの少数民族はそれぞれの民族言語で初等教育を受けるが,高等教育は中国語だけになるため少数民族は不利になる。また,学内におけるお祈りなどの信仰活動も規制されている。
このような背景から「東トルキスタンの分離・独立」を目指す過激派の活動もさかんになっている。それに対して中国政府は人民解放軍の増強で押さえ込む姿勢を鮮明にしている。
ウルムチは標高900m,新疆ウイグル自治区の州都で人口は120万人,地域の政治,経済,交通の中心地である。西部大開発の進行により,現在では高層ビルの立ち並ぶ近代的な大都会に変貌している。
ユーラシア大陸のほぼ中央に位置しており,地球上で海から最も遠い大都市かもしれない。現在は漢族が多数を占めているが,街の南の解放路周辺にはウイグル人のバザールが広がっている。
ハミ(553km)→ウルムチ移動
ハミ(20:30)→ウルムチ(07:00)と寝台バス(上段は75元,下段は85元)で移動する。薄い布団にくるまって一眠りすると02:00に休憩となる。ウイグル人の運転手と一緒にいると,農家の人がトラクター荷車に積んでハミ瓜を売りに来た。
運転手は2個(4元)を買い,手持ちのナイフで切って僕にも分けてくれた。甘みは適度に抑えられており,水分の補給には適した果物だ。06:00頃朝陽が低い雲の上に顔を出すともうウルムチは近い。バスは時間調整のためかしばらく停車してウルムチの汽車站には新疆時間の07:00に到着した。
博格達(ボゴダ)賓館
急激な変貌をとげているウルムチの町に対して,ガイドブックの情報が追いついていない。宿を探すと紅山賓館,鴻春園はすでに取り壊されていた。荷物を持っているので移動はタクシーとなり,だいぶ散財してしまった。
ようやく博格達賓館を探し出し,ありがたいことにここのドミは健在であった。6人部屋でまあまあ清潔,トイレは共同,1泊20元はありがたい。ただし,シャワーは有料で1回5元を徴収される。ここの廊下にはありし日のシルクロードの人々を描いた巾3mほどの絵が何枚か飾ってあった。急速な現代化の中で日々薄らいでいくシルクロードの面影を懐かしむ。
夕方に戻るとベッドの周辺には6人分の荷物が置かれ,満室になっている。韓国人の女性としばらくおしゃべりをしていると,香港人の男性,日本人の女性がそれに加わる。
ウルムチの街
ウルムチは高層ビルが林立し,ここが中国の西の外れとは信じられない。
やはりウイグル人地区が面白い
街の様子を肌で感じるため歩いてウイグル人地区を目指す。開放南路が消滅するあたりの西側にイスラム寺院がある。周囲にはウイグル人の屋台が集まっている。人々の顔立ちは漢人とは明らかに異なり,中央アジアの雰囲気が漂う。パン屋の美少女と近所の人たちの写真を撮る。一人が写真を送ってくれと住所を手渡す。
どうしようかと,ちょっと考え,この街ならデジタル写真のプリントも可能であろうと店を探してみる。偶然,電脳市場が見つかり,その中の店でプリントしてもらう。特急仕上げで30後には写真になっていた。料金は1枚1元である。この写真を届けてあげるとずいぶん喜ばれた。
新疆の食べ物
新疆のおいしいものの第1位は「羊の串焼き」である。羊肉を一口大に切り,串に刺す。炭火で焼きながら秘伝の(?)スパイスをふりかける。最後に唐辛子をふりかけて出来上がりである。辛いのが苦手な人は「不要棘(プーヤオ・ラー)」と言えば,唐辛子は免除される。
マトンの臭みはまったく感じられず,ジューシーなおいしさが口の中に広がる。スパイスがマトンの臭みを完全に消しているようだ。日本ではとかく低く見られるマトンではあるが調理しだいではすばらしいご馳走になる。店により串の長さと肉の量が異なり,小は1元,特大は3元であった。
生まれてこのかた肉をこれほど毎日食べたことはない。新疆の羊は特別においしかったようである。新疆からパキスタン北部の山岳地帯に入ると,同じ串焼きでもおいしさは格段に落ちた。
新疆の主食はナンと呼ばれるパンだ。ナンは決まってタンドリーと呼ばれる土釜の壁面に貼り付けて焼く。釜の中には熾き火があり,ナンはその輻射熱で焼かれる。発酵の度合いが少ないので焼き立てでもそれほど柔らかくない。手にもつと普通のパンよりずっと重くずっしりとしている。
焼きたてのナンは香ばしくてとてもおいしいけれど僕にはこのサイズ(直径30cm)のものは食べきれない。このナンは羊の串焼きによく合う。現地の人は串焼きをナンで挟み,串を引き抜きサンドイッチのようにして食べる人もいる。ナンは時間が経つとどんどん硬くなる。前日あるいは前々日に焼いたナンは硬い乾パンのようになるので,人々は小さくちぎり,お茶に浸して食べる。
ウルムチの人々
ドミの部屋の住人は夜型が多く,僕が07:30に朝食に出かけるときほとんどの人は寝ていた。一方,食堂は朝早くから営業しており,早い時間でも朝食にあぶれることはまず無い。昨日の店で包子4個とおかゆ(2.4元)を注文する。しょう油がないのでラー油でいただく。それにしてもここの包子は大きく,3個でギブアップしてしまった。
日記を書き上げ10時過ぎに南のウイグル人地区を回ってみる。新疆にはたくさんの民族が住んでいる。トルコ系のウイグル人はイスラム教徒である。トルコ系の民族は新疆から中央アジアにかけて居住しており,新疆からフェルガナ盆地にかけての地域は,東トルキスタンとも呼ばれる。
表通りから路地に入ったところでスカーフ姿の女性に出会った。普通,ムスリムの若い女性の写真を撮るのは難しいのだが,新疆では比較的自由に撮ることができた。ヨーロッパ系との混血により,肌は白く,彫りの深い顔立ちである。
ウルムチには多くの漢人も住んでいる。博格達賓館のある地区は漢人が多い地域だ。近くを歩いていると小学生が学校から帰ってきた。何人かが気軽に写真のモデルになってくれた。顔立ちも服装も日本の小学生とそれほど変わりない。異なっているのは次の2点だ。
(1) 全員が赤いネッカチーフを着用している
(2) 全員が身分証を携帯している
眉をつなぐ化粧
繁華街の二道橋付近の路上で,若い女性が小さな菜っ葉のようなものを売っていた。その菜っ葉は彼女たちのお化粧に欠かせないものらしい。そう,眉をつないでいる彼女たちのお化粧は,その菜っ葉を使うらしい。
彼女たちは自分たちを「ウイグル」と称していたが,中央アジアにもこのようなお化粧をする民族が分布しているので,チュルク系民族の底辺に流れている文化なのかもしれない。
天池ツアーに参加する
香港の男性,韓国の女性と一緒に天池ツアーに参加した。人民公園の入り口に行くと,天池ツアーの客引きが大勢いる。ここで値段の合意ができると車で明園新時代大酒店という大きなホテルに連れて行かれる。そこに旅行代理店があり35元の料金を払う。
乗客が集まったところで,添乗員付きのバスで一路天池に向かう。女性のガイドは李雪梅さん。少しウイグルの血を引いているような,目鼻立ちがはっきりした美人である。
街を抜けると荒地になり,高度が上がると農地が現れる。山肌には樹木は無いものの,かなりの草が生えており,山羊や羊の食料になっている。水と緑の斜面を遊牧民が羊を追って移動している。道の片側には小川が流れており,カザフ人の観光用パオが数多く見られる。中にはパオの上からビニールの覆いをかけたものもあり,こちらは興ざめである。
天池の手前にゲートがあり,ここで入域料60元を徴収される。立派なチケットはガイドが一括して預かり,ツアー終了時に返却してくれた。バスは天池の下にある大きな駐車場に停まり,ここから上は専用バスで移動する。
天池は確かに絶景である
中国人が「天国の池」と自慢するだけあって,天池の風景は素晴らしい。標高約2000mの高地にある青い大きな水の広がりの向こうに,標高5445mの博格達峰が雄大な姿を見せている。
小天池
湖の周囲は針葉樹の森になっており風景の重要なポイントだ。のんびりと湖の回りを歩き,風景と植物観察を楽しむ。天池から左側に清冽な水が流れ出しており,その下には小天池がある。途中は森の中の渓流となっており,そこの風景は日本的である。
帰りに漢方薬と玉の土産物屋に立ち寄る
広大な砂漠,大都会,天国の池...,Amazing Xinnjiang である。この天池ツアーは帰りに漢方薬と玉の土産物屋に立ち寄ったので解散は20:30になった。