Home 亜細亜の街角 | 大孟龍 / 雲南 / 中国|Apr 2003

大孟龍(ダーモンロン)  (参照地図を開く)

大孟龍は景洪の南部,ミャンマーとの国境近くにある小さな町である。近くに曼飛龍仏塔があるので,田舎の風景と仏塔を見学するためにここを訪れた。町は大きな通りの周辺に数百mほど広がっているだけである。

この通りと交差する道路があり,そこが町の中心のロータリーになっている。ロータリーの真ん中に2頭の獅子像があり,それがランドマークになっている。曼飛龍仏塔は町から景洪方向に3kmほど戻ったところある。

橄覧覇(60km)→景洪(70km)→大孟龍 移動

橄覧覇(08:10)→景洪(09:00)(09:30)→大孟龍(11:30)とマイクロバス(6元+11元)を乗り継いで移動する。橄覧覇の汽車站で景洪行きのキップを買う。ミニミニバスは舗装道路を快調に進む。道路はメコン川に沿っており,谷側はアブラヤシの並木になっている。メコン川にかかる近代的な大きな橋を渡るとそこは大都会景洪であった。

汽車站も立派で流暢な英語を話す窓口服務員もいる。窓口で大孟龍と書いたメモを出すと,服務員がキーをたたき,チケットがプリントされて出てくる。チケットにはバスのナンバープレート番号が記載されているので,行き先と番号を確認し,耐用年数をはるかに越えたマイクロバスに乗り込む。

道路は傷んだ簡易舗装かダートなのでひどい砂埃に悩まされた。サスペンションも全然効いていないので振動もひどい。それでも2時間で大孟龍の汽車站に到着する。

景乃招待所

汽車站から出て通りの周囲を眺め,「招待所」,「賓館」という文字を探す。日本人は漢字が一応読めるので中国旅行にはそうとう有利だ。一応という意味は,近代中国で文字の大きな変革が実施されたため,相当割合の文字が簡略化されたことに起因する。

日本の漢字も原語に対して,ある程度の簡略化が実施されており,原語をそのまま使用している台湾の文字をすごく難しいと感じることがある。一方,中国の簡略化は度を過ぎている。

原語のもつ意味を無視した変更が多く,まったく別の文字になってしまっているものも多い。例えば「郷」という文字はへんだけになり,つくりの部分は省略されている。こうなると元の文字を推測するのは困難である。

さて,大きな通りで周囲をチェックして,建物の外観から「景乃招待所」に泊まることにした。部屋(15元)は4.5畳,1ベッド,T/S共同で清潔である。1階は食堂になっている。

荷物を置いて下に降りると,7-8人の家族がテーブルを囲んでいる。子どもの写真を撮ると,まあいっぱいやりなさいと50度ほどもある白酒(パイチュウ)が出る。酒の飲めない僕が飲んだら確実に死ぬほどの強い酒だ。

こちらの方はお断りして,食べ物をいただくことにする。トリの水炊き,中国ハム,ごはんで充分な昼食になった。お礼に子どもたちに水ヨーヨーを作ってあげる。このヨーヨーは雲南のどこに行っても喜ばれた。

日本文化のふるさと

ロータリーの南側に市場があり,なつかしい食品が並んでいる。雲南は日本と共通する食品が多い。米を使ったなれずし,発酵を利用した漬物,そして豆腐や納豆もある。このような関係から雲南は「日本文化のふるさと」とも呼ばれている。

NHKスペシャルの「日本人はるかな旅」によると,日本人は単一的な民族ではなく,北の狩猟民族と南の海洋民族が縄文人となった。その後,何回かに分けて中国の沿岸各地や朝鮮半島から新しい渡来人がやってきて,縄文人と混ざり合いながら日本人が形成されたという。

自動水汲機(揚水水車)

町の西側を散歩していた。周辺は緑の水田である。そこにおもしろい水車が設置されていた。農作業において,川や用水路から水をくみ上げるのは大仕事である。

しかし,水の流れを利用して,自動的に水をくみ上げる道具がある。水流により羽根水車が回り,それに取り付けられた竹筒の水が最も高い位置でこぼれ落ちるすぐれた仕掛けだ。実物を見たのは初めてなので,飽きもしないでのんびり観察していた。

小学校にて

宿の後ろは小学校になっている。学校が終わってもまだまだ明るいので,校庭にはたくさんの子どもたちが遊んでいる。ここでもデジカメは人気であった。子どもたちも写真慣れしており,思い思いのポーズをとってくれる。

中国服の少女は,このあといろいろな写真に登場してくれた。滞在3日目の朝に学校に行ってみた。子どもたちの何人かとは顔見知りになっており,「写真撮って〜」,「写真見せて〜」とかしましい。でも,そのおかげですてきな笑顔を撮る事ができた。

屋台で夕食を物色する

雲南の南の外れの食料事情は悪く,まんとうとぶっかけ飯だけで暮らしていたような気がする。たまに中華料理などを注文すると,まるで油漬けのような料理が出てきて,味のひどさとともに驚くことになる。

それに懲りて,この町では屋台のおばさんに指示して,少量の油で葉物野菜と豚肉の炒め物を作ってもらった。これは充分においしい。要は油の使用量を抑えると,普通の中華料理になるということだ。

道路はゴミ箱

中国に入って驚くことは,ゴミ箱がほとんど無いことである。人々は不要になったものをすべて道路に捨ててしまう。市場でも通路はゴミだらけになる。そのゴミを片付ける職業の人がいる。彼らは市場のゴミを集め,道路のゴミを片付け,もうもうとした砂埃の中で,際限のないゴミとの戦いを続ける。

水くみは女性の仕事だ

曼飛龍村の平地はほどんど水田になっている。幹線道路から横道に入ると広大な緑のじゅうたんが広がっている。働いている人はあまりいない。

近くに林に囲まれた井戸があった。ここは村人の飲料水を提供しているようだ。井戸を清潔に保つため周囲は石材で囲われ,小屋になっている。水脈は浅いらしく,村人は備え付けの柄の長いひしゃくで水を汲み,バケツにあけている。水の運搬には天秤棒が活躍している。

タイ様式の仏教寺院

曼飛龍仏塔

大孟龍の町からバス(2元)に乗って曼飛龍村に向かう。バスの車掌にガイドブックを示すと,ちゃんと目的の曼飛龍村で下車することができた。

左は山,右は一面の水田が広がっている。仏塔までは200段以上の石段を汗をかきながら登る。山門をくぐるとゴムの林をバックに不思議な形の仏塔がある。高さはおよそ17m,大きな主塔を8つの副塔が囲むようになっている。

副塔の下には,小さな祠があり仏像が納められている。周囲は広場になっており,塔を取り巻く6匹の龍が林との境界になっている。塔の左手には金色のブッダの立像が建っている。

後方の林はすべてゴム林である

後方の林はすべてゴム林である。樹皮に斜めに傷をつけると白い樹液が出てくる。一番下には金属の容器が取り付けられており,樹液はそこにたまるようになっている。これが生ゴムである。

下に降りると曼飛龍村の広場にタンクローリー車が停まっている。人々は金属やポリタンクの容器を持ってやって来る。容器の中には生ゴムの白い液体が入っている。

仲買人は少量を測定器に入れ,粘度を計り,等級をつけている。等級と重さで買い取り値段が決まるようだ。値段を聞いてみると(すべて筆談),33元/kgという答えが返ってきた。

伝統家屋の集落

一面の水田

曼飛龍村の平地はほどんど水田になっている。はるか向こうに人影が見えたので歩いていく。おばさんが3人で草取りをしている。そろそろ昼食のようで村に帰るところだった。畦には今日とった草が積み上げられている。

ゴムの樹液の仲買い

下に降りると曼飛龍村の広場にタンクローリー車が停まっている。人々は金属やポリタンクの容器を持ってやって来る。容器の中には生ゴムの白い液体が入っている。

仲買人は少量を測定器に入れ,粘度を計り,等級をつけている。等級と重さで買い取り値段が決まるようだ。値段を聞いてみると(すべて筆談),33元/kgという答えが返ってきた。

電気器具店のオープン記念

昼下がりの市場

小学校の下校時

小学校を訪問する

路上の商売

早朝の市場


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