亜細亜の街角
メーコック川を下りチェンライへ
Home 亜細亜の街角 | Chaingrai / Thailand / Mar 2001

チェンライ

この旅行でチェンライには2回立ち寄っている。工程はソポン→チェンマイ→チェンライ→ファン→タートン→チェンライである。このような複雑なルートになったのはこの年の異常気象と,タイ北部辺境の交通の便の悪さによる。

ソポンからパイに移動したが,パイからバスに乗り込んできたヨーロピアンの旅行者に天候をたずねると「このところずっと雨だよ」とのことだったので,チェンマイかチェンライで天気の回復を待つことにする。

チェンマイまでの間にガイドブックを読み直し,上記の行程を決定した。チェンマイのバスターミナルでは15時のチェンライ行きがあったので,予定通りにチェンライに移動する。

17時30分にチェンライに到着し,トクトクの運転手の紹介でプリマハウスに行ってもらう。少し古いが150バーツの部屋は1ベッド,トイレ・シャワー付きで,居心地は良い。チェンライは大きな町である。

辺境で考えるグローバリゼーション (地域地図を開く) (参照地図を開く)

メーコック川を下りタートンからチェンライに行くボート乗り場はゲストハウスのすぐ横にある。近くの芝生にはアカ族のおばさんが民芸品を売っている。タートンはメーコック川により簡単にアクセスできるので観光客もたくさん訪れる。彼らはほとんど売り手の言い値でみやげものを買うせいか,ここの民芸品はとても高い。

ここの民芸品が高いと感じるのは,他の地域の同じものに比べて高いということだ。僕はここで買わずにより安いメーホンソンで民芸品を買うことにする。このような行動は市場原理に基づくものである。

そして資本の移動と貿易を自由化することにより,市場原理を世界的に機能させることを「グローバリゼーション」という。発展途上国の商品作物,鉱物資源は世界市場で競合することになり,不当に安い価格で取引されることになる。僕たちが安いコーヒーや紅茶を飲むことができるのは,このような市場原理が働いているからである。

その一方で途上国の生産者は市場で買い叩かれてほとんど利益を得られない。また,途上国が債務の返済に当てる輸出金額も少なくなり,それを見込んで先進国から借りた債務の返済は大きな重荷になる。途上国の一部は債務返済のため国民の教育・衛生に充てる予算をも切り詰めている。

途上国が輸出金額の目減りを補うため生産を増大させると市場には商品が溢れ,さらに価格が低迷するという悪循環に陥る。多くの場合,無理な増産は確実に地域の自然環境を劣化させる。グローバリゼーションの中で,途上国と先進国の経済格差は拡大し,途上国は債務と自然資源の劣化というニ重の苦しみを背負うことになる。

旅行は自分流で楽しむものだという考えに全く異論はない。しかし,この世界を支配している仕組み,貧困,環境破壊などの視点を働かせることにより,僕たちの旅行に新たな発見が加わると思う。

メーコック川を下りチェンライへ移動

さて,前置きが長くなったが,定刻の12:30にボートは出発した。川の水位が低いため,大きな荷物はトラックに積みこんで陸路移動となる。座り方はボートの片側に背中を預け足を反対に出すスタイルで,ボートが傾くのを防ぐため乗客は交互に向きを変えている。各自に手渡されたライフジャケットをざぶとんがわりにお尻の下に敷いて準備完了である。

タートン寺の白い観音像が次第に遠くなっていく。時おり水遊びの子供たちが散見されるだけで川の風景が延々と続く。それでも乗客はさかんにシャッターを切っている。川の水深は大人の腰あたりしかなく,ボートは浅瀬や水に隠れた流木を避けて慎重に進んでいく。岩場にさしかかると水路は狭まり流れも速くなり,乗客は少し緊張する。ときどき船底がこすれると「オー」とどよめきが聞こえる。

なだらかな傾斜をした周囲の山は(ボートからは平地はよく見えない)ほとんど焼畑になっている。川と山に恵まれたこのあたりは,山岳民族にとってとても暮らしやすいところであろう。それだけに多くの民族が住みつき,彼らが自然に与える環境負荷が大きなものなったことは容易に推測がつく。自然林は焼畑の条件に合わないところにわずかに残っているだけだ。

象使いの村(たぶんルミット村)で小休止する。ここには観光用に30頭ほどの象が飼育されており,観光客を乗せて近くの村を回るトレッキング・ツアーが盛況のようだ。観光収入のおかげでこのあたりの家は,他の村と比べるとずいぶん立派になっている。

16:30にチェンライの船着場に到着した。乗客の荷物はちゃんとボート乗り場の隅に置かれていた。スエーデン人のカップルと一緒に乗合のミニバスでバスターミナルに向かう。

寺院

町を歩いてみる

ナイトマーケット

街の一角に夜だけ開かれる露店の集まるナイトマーケットがある。昼間は普通の商店街であるが,夕方になり商店や事務所が閉まると,商品と露店に必要な道具一式を車で運んできて設営を開始する。大混雑からものの30分でマーケットは完成する。

ここには観光客がたくさん集まり,みやげ物店が集中している。民族衣装を着た売り子もいる。僕もアカ族の女性の店で50cm四方の幾何学模様に総刺繍された布の値段を交渉してみる。最初の言い値は1000Bであったが,ウーンというとすぐに800Bに下がった。しかしおばさんの顔を見ていると値切るパワーが消えてしまい,人助けの800Bでこれを購入する。

宿の隣のレストランのディナーショー

市場を回る

市場の通りをのんびり南に歩いていくと,太鼓の音が聞こえるので近づいてみるとそれは獅子舞であった。ぬいぐるみを着た人が1軒1軒商店を回り,商売繁盛の祈願をして(特に舞を舞うわけではない)謝礼を受け取っている。お囃子を担当している一団がその後に続く。

欧米人が経営している古本屋を発見。日本語の本は置いていない。旅行中ひまなときに英語の本でも読んでみようと考え,ストーリが良く分かっているジェラシックパークを100Bで購入する。しかし,旅行中にひまな時間はほとんどとれず,この本は海を渡り日本に行くことになる。

市場を見学しているとかわいい3人の少女がいる。写真を撮ろうとすると顔を隠す。近くのおばさんから水をもらいヨーヨーを作り,遊び方を教えてあげるとようやく打ち解けてくれて写真になる。

街を散策する

町の北東部を散策する。きれいな伝統衣装が飾られているお店を発見。よくみると同じような店が4軒集まっている。店の中を覗いてみるとそこは貸衣装屋と写真館が組み合わさったもので,伝統衣装を着て晴れやかに微笑む記念写真も飾られていた。店のおばさんは奥から簡易アルバムを持ってきてくれた。中にはたくさんの人々の記念写真が収められている。写真のできはとてもすばらしく腕の良さを感じさせる。

大きな仏像が置かれているお寺を見学。ここには天井に届きそうな大仏と相対的に小さな仏像がバランス良く配置されている。大仏は半眼の状態で,下から見上げるとちょうど目と目が合う設計になっている。

山岳民族博物館

山岳民族博物館はここはPDA(Population and Community Development Association)というタイのNGOが,少数民族への理解と資金援助のため設立した博物館である。館内にはリス,アカ,ラフ,メオなどの山岳少数民族の生活道具,民族衣装が展示されている。また,英語と日本語のスライドも上映されており少数民族の暮らしと伝統分化を理解することができる。この施設を応援するため,町で両替し4000バーツを寄付する。


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