HOME > 徒然なるままに > No.18 地球は90億人を養えるか

2008/03/15

飢餓の神話を考える


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■静かな飢餓についてご存知でしょうか

国連食糧農業機関(FAO)は飢餓人口を約8.5億人と推定していますが,この推計は一人当たり摂取カロリー(平均値)を基準にしているので,あらゆる国にみられる不公平な食料配分を考慮すると,現在,世界で12億人が食糧の不足で苦しんでおり,毎年1800万人の人が栄養不良に起因する疾病で亡くなっていると推定されます。

途上国における飢餓はマスコミで報道されるように突発的な天候不順等で局所的に発生するわけではありません。現実の世界では人為的な要因により,社会の貧困層が「静かな飢餓」によりその生存を脅かされているのです。「静かな飢餓」は何も開発途上国には限りません。世界最大の穀物生産地である米国でもその割合は数%と推定されています。

このような場合は「静かな飢餓」という言葉より「絶対的貧困」という言葉を使用したほうが分かりやすいかもしれません。「絶対的貧困」とは,ロバート・マクナマラ総裁時代の世界銀行で用いられはじめた概念で,きれいな水と食糧,医療へのアクセス,教育など「人間の基本的ニーズ」の充足からほど遠い暮らしを余儀なくされている状態を意味します。

絶対的貧困ラインは各国の生活水準により異なるので,便宜的に「一人一日1ドル以下」で暮らしている人々と定義されています。国際連合開発計画の委託を受けた2000年度「人間開発白書」によると絶対的貧困層は1995年の10億人から12億人に増加しており,世界人口の約半分にあたる30億人は1日2ドル未満で暮らしていると報告されています。

20世紀の100年間に世界の経済は16倍に拡大しました。食糧も人口増加以上の割合で増産されました。先進国や途上国の富裕層では肥満が社会的問題になっているにもかかわらず,世界の12億人はやっと日々の糧を得ている状態なのです。また30億人は貧困ラインで暮らしています。こうした数字を見ると20世紀の経済発展とは何だったのかと強く思われます。経済開発と社会開発は必ずしも正の相関関係をもち得ません。先進国であれ途上国であれ,貧困に対応するための国家なり地域の明確な意思と社会の構造を変革しない限り格差は今後も拡大していきます。

地   域 人口(100万人) GNP($/人) 所得分布(%) 絶対的貧困者(%) 5歳未満死亡数
サハラ以南アフリカ
中東・北アフリカ
南アジア
東アジア
中南米
旧ソ連
先進国
748
382
1542
1968
559
405
970
851
2104
777
2371
4847
4264
37212
13
17
19
17
12
20
21
43
4
32
9
9
2
-
160
46
83
29
27
27
6
世界(平均) 6577 7406 20 19 72
出典:ユニセフ2008年子ども白書
注)所得分布は下位40%の世帯が全体に占める割合,この数値が40%に近いと所得格差は小さくなる
注)5歳未満死亡数は1000人あたりの死亡者数


■飢餓は社会的・経済的条件で発生します

21世紀に入り,マクロデータで見ると開発途上国の穀物生産は消費量を常に下回っており,しかもその差(赤字分)は拡大しています。人口の増加に穀物生産が追いつかない現状がはっきり分かります。世界の穀物備蓄量は1998年の6.8億トンから2002年には4.7億トンに落ち込んでいます。米国の穀物生産が天候不順の影響を受けたとき,大きな悲劇が生まれるかもしれません。

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世界で生産される穀物は63億人の人口を養うためには不足しているのでしょうか。そうではありません。穀物を中心にカロリーを摂取する場合,その必要量は年に約200kgです。18.6億トンの穀物だけで90億人を養うことができます。穀物以外にもイモ類,豆類などを加えると現在の世界は十分な食糧がある状態です。問題は配分なのです。

世界には穀物生産性の高い地域もあれば,低い地域もあります。自国の中ではどうしても食糧が自給できない国もあります。また,一つの国の中でも生産性の低い農村部,都市の貧困層などには十分な食糧が行き渡りません。市場には食糧があっても買うことができないからです。このため十分な食糧がありながら,世界には定常的な飢餓人口が存在することになります。

「問題は配分です」と言いましたが,残念ながらそれは国際的な配分ではありません。よく米国人が肉食を半分にすれば多くの穀物が食糧に回せるという議論があります。これは道徳的には正しくても,現実的には正しくはありません。途上国の底辺に存在する食糧が不足している人々に米国が余った穀物を無償で提供するわけではないからです。米国内でも「静かな飢餓」が蔓延しているように,人々の食糧と生存に責任をとることができるのはその国の政府だけなのです。

■トウモロコシを燃やす社会

Worldwatch Insititute Japan」によると米国では自動車燃料用エタノールの生産に使用されるトウモロコシは2001年の1800万トンから2006年は推定5500万トンと過去5年間で3倍の伸びを示しています。以前は政府の補助金に支えられていた事業は,石油価格の高騰により,エタノールの市場価格が生産コストの2倍であることから高収益の事業になっています。しかし,100リットルのガソリンタンクをエタノールで満タンにするためには一人の人が1年間食べる量の穀物が必要なのです。

また,トウモロコシを燃料とするストーブも普及しています。安い石油の時代が終焉すると食糧と燃料の競合が始まるのです。5500万トンのトウモロコシは米国の穀物生産量の1/6に相当しますが,そこから産生されるエタノール1600万kl は米国の自動車用燃料消費量の3%に過ぎません。市場経済はひたすら経済的利益に向かって動くものであり,世界の貧困や飢餓がその損益計算書に影響することはありません。食糧と燃料の競合は市場経済の一つの悪夢であり,政治的なリーダーシップが求められています。

■世界飢餓にまつわる12の神話

世界飢餓にまつわる12の神話」というHPには飢餓にまつわる私たちの誤解を払拭してくれる事実が説明されています。

食糧の不足で苦しんで地域が世界には二つあります。一つは子どもの3/5が栄養不良に苦しむ南アジアであり,もう一つは子どもの30%が栄養不良となっているサハラ砂漠以南のアフリカ地域です。食糧が不足している世界においては,多くの場合,女性や子どもたちに大きなしわ寄せがあります。乳幼児の栄養不良は特に懸念されます。

栄養不良は体の免疫力を弱めるのではしかや下痢といったごく普通の病気でも命取りになります。ユニセフによると「妊婦,授乳中の母親,乳幼児の栄養状態は子どものその後の身体的,知的発育にとり特別の重要性をもち,社会の発展全体がこの重要な時期の母子の栄養にかかっている。フィリピンで8歳児を対象にして言語能力以外の知能を検査した結果,その成績が2才のときの発育阻害のレベルに大きく左右されることが分かった。生後6ヶ月までの発育阻害は最も深刻な影響を与える。」と報告されています。

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上記の2つの地域は人口が急増している地域でもあり,できるだけ早急に人口を安定化させる社会的な施策を実行に移すとともに,生産性の低い農村地域への投資を進め,富をより公平に配分する経済的な施策が必要です。1996年の調査では,社会的要因−健康環境,女性の教育,女性の地位−が飢餓削減の4分の3に寄与し,一人当たり食糧供給は4番目に重要な要因であることが判明しました。

途上国の女性と女の子は家事に必要な薪集めなどのためにかなりの時間を費やし,体力を消耗させています。わずかな支援により女性の家事労働のエネルギーと時間を節約することが可能でになります。それにより女性は新しい収入を生み出し,家族の栄養を改善し,子どもの育児時間を増やすことにもつながります。インドのケララ州の所得と経済成長は全国平均を下回っていますが,強力な社会的セーフティネットにより飢えた子どもの割合は32% (全国平均は53%)にとどまっています。

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