雲南省の最西北部は直線距離で100kmほどチベット自治区と接している。その狭い地域にアジアを代表する大河である金沙江（長江），瀾滄江（メコン川），怒江（サルウィン川）の源流部が東から西に並んでいる。
チベット高原を流れ下ってきた３本の川は，ヒマラヤ山脈の東端にあたり，5000m級の山々が連なる横断山脈に深い峡谷を刻み，世界でもまれな大渓谷地帯を形成している。
亜熱帯地域に属しながら標高差が大きいため，この地域の気候は変化に富んでいる。その結果，この地域には多様な動植物が生息しており，生物多様性の保全の面からも重要な自然生息地となっている。中国政府によりリストアップされた動物は791種，植物は約6000種に及ぶ。
またこの地域はチベット・ビルマ系の民族がチベット高原からインドシナ半島や中国平原地帯へ移動していったルートにもなっており，現在でも多くの少数民族が居住している。
特異な自然景観，生物多様性に必要な自然生息地，民族の移動という要素が認められ，「三江併流地域」は2003年に世界遺産に登録された。
三江のうち最も西に位置する怒江峡谷は南北300km，峡谷の平均深さは約2000m，中国で最大の峡谷である。怒江沿いには下流から六庫，福貢，貢山という町がある。
これらの町を結ぶ道路は怒江に沿って造られており，バスの車窓から怒江峡谷のすばらしい景色が満喫できる。六庫→貢山間はバスの本数も多く，移動には問題ない。
貢山は怒江峡谷の最奥部の町である。怒江沿いに幹線道路が走り，そこから分岐した少し上側の通りの両側に町並みがある。貢山トールン族ヌー族自治県政府が置かれており，小さいながらも町の体裁は整っている。
昆明(580km)→六庫(170km)→福貢移動
昆明(18:20)→六庫(07:00)(07:50)→福貢(11:30)(12:00)→貢山(15:00)とバスを乗り継いで移動した。17:30に昆明汽車站でバスを探す。
あまりにもバスが多いので２回聞いてようやく目的の寝台バスにたどりつく。バスは比較的新しく下段の寝台は使いやすい。荷物は寝台の下のスペースに押し込む。
バスは汽車站を出てから数人の乗客を拾い，それでちょうど満席になる。誰かがちゃんと手配しているようだ。バスは時間調整のためか，ゆっくりした速度で走り続ける。
午後11時に夜食休憩になるがとても食べる気にはならない。持参のビスケットと水で十分だ。深夜にもう一度トイレ休憩があり，それ以外はぐっすり眠れた。
六庫には07:00に到着した。薄暗い汽車站に女性服務員がいるので貢山行きをたずねるとチケット窓口に案内してくれた。07:50発なので朝食をとってちょうどよい時間だ。トイレで顔を洗い，豆乳と油条をいただく。
貢山行きのミニバスは空いている。六庫から貢山までの道路は怒江沿いに造られており，しばらくは怒江の西側，その後は東側の道を走る。
双納瓦底村では市が立っておりけっこうな人出になっている。家畜等を積んだトラックがさほど広くない道路に停車しているため，前を行く大型バスが通れず10分ほど待たされる。
このあたりの村では週１回決まった曜日に市が開かれる。旅行者の宿泊場所のある六庫，福貢，貢山をうまく移動すると近くの村の市を見学することができる。各村の市情報に関しては，
「民族衣装を楽しむための定期市情報」を参照していただきたい。
双納瓦底村の標高は935m，870mの六庫から少しずつ上っているが，約50kmで65mの高低差しかないため怒江はゆったりと流れている。怒江峡谷の景色はすばらしく見飽きることが無い。碧色の水面から山がドンと立ち上がる。
川沿いの斜面は45度から80度くらいの傾斜になっている。少し傾斜のゆるい斜面は定常的な農地になっている。両側の山は高く，谷は南北方向のため９時を過ぎても日が射さない。
いくつかの村を通過し，その多くに「住宿」の表示を見かけた。ただし，外国人が泊まれるかどうかは不明である。道路は川沿いの斜面を削って造ったもので，舗装はされているが幅は狭く，ときどき路肩が危うい所もある。がけ崩れも頻発しており，道路の維持は大変であろう。
怒江峡谷の特徴は谷の深さである。そのような風景を撮ろうとするがバスの中からでは思うにまかせない。さらに，川沿いに植えられた樹木がじゃまをする。
福貢（112km）→貢山移動
福貢で昼食をとり，さらに３時間かけて貢山に到着した。福貢から先の道路は少し悪くなり，ガードレールも無いので運転を誤るとアウトである。
郵電公寓
貢山の町は怒江沿いの斜面にある。川沿いの幹線道路から分岐して少し上の道の両側が街の中心である。といっても街と言えるのは500mくらいの範囲である。
宿はたくさんあるが良さそうなところは150元もする。通りの突き当たりにある郵電公寓は設備は古いものの30元はありがたい。部屋は8畳，1ベッド，T/S付き，まあまあ清潔である。
怒江のつり橋
貢山の標高は1500m，昆明よりずっと低いのに天気が悪いためとても寒い。冬用のフリースを着込んで怒江を見に行く。宿の前の広場から小道をたどり降りていくと幹線道路に出る。
ここから少し北に行くと怒江に流れ込む支流にかかる橋に出る。この川も深い渓谷となっており感じが良さそうなところだ。その先に怒江にかかるつり橋がある。つり橋の中ほどから上流側と下流側の写真を撮る。下流側の右岸には２つの大きな山があり，その斜面に貢山の町並みがある。
雨が降り出したのでつり橋の手前にある民家に避難する。おばさんと９才くらいの女の子がいる。おあばさんは焚き火のそばのイスを勧めてくれる。
焚き火の暖かさがありがたい。この家は雑貨屋もやっており，２人の男女が冷えていないビールを飲んでいる。怒江の対岸には集落があるので，そこの住民のようだ。しかし，この寒いのにビールとは...。
汽車站には沿線の町までの距離と料金が表示されている
普拉底の土曜市
薄いけれど重い布団と毛布のおかげで暖かく寝られた。昨夜は日記を書いているとき，あまりの寒さに冬服を着込んだ。今朝も天気は悪い。雨が降らないだけでもよしとしなければならない。
部屋のカギがどうも調子悪いのでチェックしているとカギそのものが入らなくなってしまった。フロントの男性に来てもらうと壊れたとの判定である。しばらくして彼は新しいドアロックを持って現れた。古いロックを外し，新しいものと交換する作業は10分ほどで終了した。
土曜日には貢山から24km離れた普拉底で市が開かれる。汽車站に行きチケットを買う。7元のチケットに3元の保険が付けられ10元である。これはちょっとやり過ぎだろう。
ミニバスは10分後に発車し１時間ほどで普拉底に到着する。確かに市が開かれており，荷物を運ぶ車が集まっている。村の広場に通じる坂道には背負いカゴに商品を入れた人々が集まっている。
坂道で売られている野性のランがけっこうな人気で，人々が足を止めて見入っている。人々の服装は漢人化しており，少数民族の見分けはつかない。
左からワラビ，ゼンマイ，正体不明
この正体不明のものはおそらく「ドクダミの根」であろう。日本では葉を食用にすることはあるが，根を食用にするという文化はない。
肉は豚肉である
上の広場では肉などの生鮮食料品，衣類，日用品などが並べられている。目に付いたものはトウフである。板の上に20cm角に切ったものが並んでいる。かなり固いトウフなのかほどんど型崩れはしない。
豚肉は皮付きのブロックで売られている。肉の重さは昔懐かしい天秤ばかりを使用して計っている。一つのブロックは10kgほどもある。
包丁売りは実演販売というか，刃物の切れ味を口上で紹介しており，その周囲には大勢の人が集まっている。一通り見て幹線道路に降り朝食を探す。
米線かマントウしかない。小さな村に行くときは食糧を持参したほうがよい。ここの米線はお湯の入ったどんぶりに茹で上げたメンを入れ，ひき肉と唐辛子を炒めたペースト状の調味料を入れる。スープが赤く染まり食欲が減退する。
ここでも薬物汚染は深刻のようだ
普拉底では怒江につり橋が架かっている。橋に下りる小道の手前に看板があり，大きな文字で「全党動員，全社会行動，打一場禁毒和防治艾滋病的人民戦争 貢山県禁毒委」と書かれている。
すべての共産党員を動員し，全ての社会単位で行動し，ここから麻薬を禁止し，エイズを防止するための人民戦争を展開するという意味であろう。雲南の薬物汚染はそれほど深刻なものなのだ。
普拉底付近の怒江
小道を下りて行くとつり橋がある。この橋は鉄板を敷いてあり車両が通れるようになっている。橋の上から上流部と下流部の写真を撮る。水の色はエメラルド･グリーンである。陽光のもとではさぞかし鮮やかに映えることだろう。
乾季のため水量を落とした川の両側は45度傾斜のV字谷を形成している。遠くに見える雪山がなければ，日本の山村風景に酷似している。残念ながら峡谷の深さはこの地点から表現できない。
竹馬は木の枝をそのまま使用している
対岸にも小さな集落があり川沿いに細い道が通っている。45度の斜面には若い樹木に囲まれた畑がある。大きな岩がむき出しになった土地で人々は生産性の低い農業を営んでいる。老人が２アールほどの畑を黙々と耕している。
竹馬に乗った子どもたちに出会う。竹馬といっても細い木を切っただけのものだ。足を置く部分は枝をそのまま使用している。集合写真を撮り，お礼にフーセンをあげる。
頁岩の石版で葺いた屋根
少し先には集落がある。家造りには平らな石がよく使用されている。石を積み上げて高床式住居の床下の壁にしたり，家畜小屋の屋根も薄い石で葺いている。集落の人々の服装は完全に漢人化している。
集落の少し先に石切り場がある。巨大な岩から削岩機とタガネ，カナヅチだけの簡単な道具で40cm角の石を切り出している。中国では岩も資源なのだ。
馬に乗った少年は注目の的になっている
帰りに馬に乗った子どもたちに出会った。大人は付いていないので子どもたちだけで荷物を運んでいるようだ。カメラを向けると笑顔でポーズをとってくれる。午前中の授業が終わったのか，子どもたちが集落に向かって歩いていく。この子たちもちゃんと並んでフレームに納まってくれた。
独龍江公路を歩く
午後は怒江に合流する川沿いの道を歩いてみる。入り口には「独龍江公路」と書かれている。実際の独龍江は貢山から歩いて１週間はかかる雲南最奥の地である。この川の水もきれいな緑色をしている。しかし，雨が降った翌日はもう土色にごっている。
対岸は水面から20mほど崖が立ち上がり，背後の山との間のわずかな平地に集落がある。ほとんどが伝統的な家屋ではなく新しい造りの家である。山の上部は森林になっており，中腹までの斜面は人の手が入っている。
少し行くと対岸のV字に削られた谷の下の部分が柵でせき止められ，その上はゴミ捨て場になっている。トラックがやってきて分別無しのゴミを上から落としている。下には清流が流れているというのに，それはないでしょうと言いたくなる。
急斜面に家屋がへばり付いている
こちら側の山を見上げると，対岸と同じように中腹までは畑になっている。その割にはこちら側には集落が見えない。進むに連れて谷は深くなる。両岸の斜面は70度くらいになり怒江よりこちらの方が大峡谷のイメージに近い。前方には半分ガスに隠れた雪山が見えてくる。
谷が２つに分かれ，こちら側の谷はほとんど水が無くなる。急斜面の50mほど上に集落が見える。そろそろ夕食の準備なのか家々からは煙が立ち昇っている。
谷をさらに詰めていくと橋がありそれを渡ると対岸にもしっかりした道路が続いている。谷の合流点まで行くと100mくらいの絶壁になっており，貢山に戻るには引き返すしかない。
翌日も雨なので丙中洛行きはあきらめる
７時過ぎに起床する。残念ながら昨夜からの雨は降り続いており，今日の丙中洛行きは中止せざるを得ない。雨の少ない季節のはずだが，この山奥では通用しないようだ。
日本の梅雨のような陰気な雨が降り続き，まったくすることが無い。宿でカサを借りて近くの山の写真を撮りに行く。昨日歩いた谷の反対側の道からは東と南の山が見渡せる。山は半分ガスがかかっており写真の題材としてはおもしろい。
怒江沿いの南北方向の山はひときわ高い。しかし，斜面の傾斜が最大でも60度ほどしかないので2000mといわれる峡谷の深さはなかなか実感できない。
昼食は宿のとなりにある餃子専門店でいただく。専門店というより餃子しかやっていない食堂といったほうが適切だ。蒸し餃子が10個で3元，この量は僕には少し多すぎる。
今日は日曜日なのでCCTVの５チャンネルは，中国の冠大会の撞球を放映している。5個の色違いの固定球と15個の赤球を使用する複雑なゲームで，今まで見た撞球の中ではもっとも難易度が高く知的である。
夕食は少し高い店に行く。ごはん，豚肉とニンニクの芽の炒め物で9元もする。普通の町では5-6元といったところなのだが，利用客の少ない貢山では妥当な値段のようだ。
