Home亜細亜的世界|中国・雲南・三江併流地域


地域の概観

三江併流地域とは雲南省北部のデチェン蔵族自治州及び怒江リス族自治州あたりを指す。この地域はインド亜大陸とユーラシア大陸の衝突によって生まれた巨大な褶曲山脈(横断山脈)が南北に走っている。その山脈を切り裂くようにチベット高原から流れ下る三つの大河である怒江(サルウィン川上流部),瀾滄江(メコン川上流部),金沙江(長江上流部)が西から順に並び,南北方向に深い峡谷を刻んでいる。さらにその西側には独龍江(エーヤワディ川源流部)が流れ,ミャンマーの中央部に下っていく。横断山脈は4000m-6000mの山が連なっているので,峡谷の深さは2000mから3000mにもなる。もっとも狭いところでは100kmに満たない範囲に三本の大峡谷が並ぶという世界でも類まれな地形,景観を形作っている。

標高差による多様な生態系

東方大渓谷とも呼ばれるこの地域は亜熱帯に属しているもの,標高差が大きいため極めて多様な生態系を有している。川の周辺の森と湿地には絶滅の危機にある稀少な野生動植物が多く生息し,「中国固有の生物種の中心地」として知られており,この地域の生態的価値は非常に高い。 この地域には中国の動物種の50%が存在していると言われおり,中国政府によってリストアップされたものは791種,このうち198種は中国固有種,80種はレッドリストに登録されている。植物も固有種を含め約6000種が確認されており,内2700種は中国固有種である。なかでも絶滅の危機に瀕したものもあり,33種が国家レベルで保護されている。

孤立した地形のため独自文化を維持する少数民族も多い

この地域は複雑な地形のため外部からは孤立しており,30万人の少数民族が現在も独自の生活様式を守って暮らしている。怒江流域だけでも少なくとも16の少数民族が居住しており,多彩な文化風俗,言語と伝統が残っており,世界的にも貴重な地域である。この大渓谷はチベットから雲南,東南アジアへの民族移動ルートになっており,その一部が峡谷に居住するようになったと考えられている。

このような背景をもつ三江併流地域は2003年に自然遺産としてユネスコ世界遺産に登録された。その面積は3500km2にもおよぶ広大なもので,怒江リス族自治州,濾水県,迪慶チベット族自治州,麗江ナシ族自治県沿いにある金沙江の風景も含んでいる。

西部大開発の影響

しかし,この地域にも西部大開発の足音が聞こえてくるようなった。増大する電力需要をまかなうため,2003年8月に国家発展改革委員会により怒江流域に13のダムを建設する計画が提出された。事業者は雲南華電怒江水電開発有限公司である。 13の連続ダムは上流から順に松塔,丙中洛,馬吉,鹿馬登,福貢,碧江,閃打,亜碧羅,瀘水,六庫,石頭寨,賽格,岩桑樹,光坡に計画されている。このうち9つが「三江併流」世界自然遺産に近接する怒江中下流にある。すべて完成すれば総発電量2132万kW,年間発電電力量1030億kwhが見込まれる。 日本の大きな原子力発電所1基の発電容量が130万kw,日本の水力発電の年間発電電力量が1200億kwhなので怒江計画の巨大さがうかがえる。

当然,これだけの巨大ダムが建設されると周辺の環境に多大な影響を与えることは明らかである。地域の貴重な生物的多様性,脆弱な生態環境に多くの不安定要素をもたらすことであろう。川岸の斜面に暮らしている少数民族の人々は居住地の水没により峡谷の上部か峡谷の外への移転を余儀なくされることだろう。その結果,彼らが地域の中で守ってきた伝統的な文化や習俗は速やかに失われてしまうと懸念される。峡谷上方は険しい地形のため特に生態環境の脆弱な地域であり,環境負荷の増大が地域の生態系破壊に繋がる恐れも大きい。この峡谷が世界自然遺産にふさわしい景観と生態系を失わないことを切に願う。