打洛は孟海県の南西部の外れ,ミャンマーとの国境にある小さな町だ。町の名前はタイ語で「たくさんの民族が雑居する渡し場」を意味する。その名の通り,少数民族が周辺に居住している(らしいが識別は困難だ)。
町の南3kmのところにある熱帯性樹林は,森林公園として保存されている。近くにはミャンマーとの国境があり,不用意に近づくと不審者として尋問されることになる。
景洪(120km)→打洛 移動
景洪(09:20)→孟海(11:00)→孟昆(11:30)→打洛(13:00)とミニバス(22.5元)で移動する。版納賓館から歩いて10分ほどで版納汽車站に到着する。窓口でキップを買い,待機中のバスに乗ろうとすると服務員に止められた。プレート番号が異なっており,どうやら一つ前のバスのようだ。
雲南ではバスの識別のためナンバープレートの番号を利用しており,その番号がチケットにプリントされている。同じ町に行く複数のバスを識別するためにはプレート番号を照合する必要がある。前のバスが出るとすぐに次のバスが入ってきたのでバスの本数は多いようだ。
町を回って客を拾ったバスは交通量の多い片側一車線の道路をクラクションを鳴らし,ひたすら追い越しで先に行く。対向車が見えないカーブでも追い越しをかけるので何回かひやりとさせられた。
道路工事のため30分ほど停車したとき,ひまにまかせて対向車の数を数えてみた。およそ80台であったので,この道路の1時間あたり交通量は160台程度である。
川の対岸では大規模な道路工事が行われている。たぶん高規格道路であろう。道路工事は孟海の町まで伸びており,その道路と孟海の町を結ぶ道路も完成間近である。バスは孟海,孟昆を通過して打洛の汽車站に到着した。
長生旅社
汽車站から町の通りに出て「旅社」,「賓館」,「住宿」の看板を探す。汽車站の近くに「長生旅社」を見つける。部屋(15元)は6畳,2ベッド,T/S共同,清潔さは落第レベルである。
しかし,安宿の範ちゅうではあまり選択肢がないので打洛の宿はここに決定し,住宿登記する。町は道路に沿って数百mほど続いているだけで,夕食の食堂探しに苦労するほどだ。その通りも夜になると暗くなり,出歩くのは危険だ。
森林公園は閉鎖されていた
打洛はミャンマー国境の小さな町だ。森林公園と国境の雰囲気を味わうためにやってきた。宿で一休みをして,汽車站から森林公園行きのバスに乗る。公園はバス停からだいぶ歩かなければならない。やっと到着すると入口に門があり5元を徴収される。
右側に独樹成林と土産物屋が見える。しかし,正面の森林公園は閉鎖されていた。1本の木を見るだけで5元とはまったくひどい。
独樹成林自体は雲南ではそれほど珍しいものではないので,わざわざお金を払って見る価値はない。もっとも中国人の団体客はこの木を背景にさかんに記念写真をとり,周辺の土産物屋をチェックしていた。
近くに国境があるので坂道を登って行く。坂の途中から見ると,確かにこの地域の平野部の少なさが実感できる。周囲には板壁,板屋根あるいはトタン屋根の農家が見える。柾葺きのタイ族の家も見られる。少し上に国境ゲートがある。写真を撮ろうとして近づくと係官から呼び止められる。
パスポートを提示させられ,中国語で尋問を受ける。分かるわけがない。筆談に切り替え,入れ替わり立ち代り複数の係官から30分も不審尋問を受けた。
「どうしてこの辺りにいるのだ?」,「日本人旅行者で森林公園を見に来た」。まったくひどい扱いだ。雲南では国境に近づかないのが得策である。森林公園が閉鎖されていたのも国境監視の強化と関係しているのかもしれない。
歩いて町に戻る
帰りはバスに乗らないでのんびり歩いて帰った。小学校低学年の子どもがリヤカー付き三輪自転車をこいでいる。まだ足がちゃんと届かないのでいわゆる三角乗りをしている。後ろのリヤカーには父親が腰を掛けている。
周辺は農地になっており,特に寄り道するようなところもなく町に入る。市場が見えたので周辺を散策する。夕方の時間帯なので露店はもう店じまいをしている。
近くの家の前でシャボン玉を吹いている子どもがいる。手に持ったリングに息を吹きかけると虹色のシャボン玉が飛び出し,少女の周りをふわふわと漂っている。少女は無心にその動作を繰り返し,僕がカメラを構えても気にしない様子だ。経済発展が著しい中国では,辺境の市場にも子どものおもちゃが並ぶようになった。日本の昭和30年代と同様,よき時代である。
小学生心得
朝食前に近くの小学校を訪問する。こんな小さな町にも立派な学校があり,教育に対する省政府の姿勢が現れている。校門の前の通りには駄菓子を扱う露天が出ている。子どもたちは朝から買い食いである。
この店は小学校高学年くらいの少数民族の女の子が切り盛りしている。まだカメラにとっては十分明るくないようでシャッター・スピードが遅く,動き回る子どもたちを撮るのは難しい。
校門から中に入ると子どもたちに取り囲まれる。カメラに対する警戒感はまったくない。カメラを向けるとその方向に子どもたちがたくさん集まり,固まってしまうのでなかなか写真にならない。
しかも,カメラに近づきすぎるのでフレームがメチャクチャになる。生徒に手を引かれて学校に入る。教室には2人掛けの長い机が並んでおり,教育環境は悪くない。
授業開始前のひととき,仲良しの二人が校庭で遊んでいた。じゃまが入らないうちにカシャッ(デジカメのシャッター音)。おっ,可愛く撮れたな。しかし,その平和は永続きしない。この後,やはり子どもたちが押し寄せてきて,落ち着いて写真という雰囲気ではない。
校舎の壁には「小学生守則」という掲示板がある。雲南の小学校にはたいていこの種の掲示板があり,内容はどこでも大差ない。僕は中国語はまったく分からないが,この種の掲示板の内容はおおよそ理解できる。それにしても祖国,人民,中国共産党を愛しなさい,学習を日々向上させなさい,という項目が第1項にあるのはやはり中国である。
途経学校・車両漫行
学校の前の道路には「途経学校・車両漫行」と書かれた青色の道路標識が立っていた。中国の運転手は道路の状況に合わせ,可能な限りの速度で車を走らせることを身上としている。制限速度や徐行などという言葉はこの国には無いのではと思っていた。「慢」は動作がのんびりしている状態を意味し,「徐行」より感じがでている。
市場の風景 その1
小学校の後は市場を歩いてみる。打洛の市場の主な商品は,野菜,肉,魚の生鮮食品である。サトウキビの店では,刈り取って葉を落とした大変な数のサトウキビが壁に立てかけられている。ここではジュースにするか,そのまま皮をむいてかじるのが普通だ。
雲南では朝の6時台はまだ暗い。売り手の女性たちは朝暗いうちから準備をするのだろう。ここでは多くの少数民族の人も商売をしている。残念ながら早朝のため写真の出来がいまいちである。
トラクターの後ろに荷車を取り付けたトラクター車は,庶民の足としてよく利用されている。黒い煙を吐きながら,ドッドッドッとやかましい音をたてながら走る。近郊の集落から町に出てくるときには,この車がよく使われる。両側にはベンチ型の座席もあり,人と荷物の両方を運べる優れものだ。