亜細亜の街角
泊港周辺を歩いてみる
Home 亜細亜の街角 | 沖縄本島・那覇|Nov 2013

那覇バスターミナル

今日は泊港周辺を歩くことにする。山原の代わりに渡嘉敷島に行くには泊港から出るフェリーを利用するので,その下見を兼ねている。当初は座間見(ざまみ)に行く計画で,島の民宿に電話したところ,宿泊可能かどうかも分からないままに,「ケータイを持たずに泊まりに来た人はいないよ」などとつまらないことを長々と話すので,途中で電話を切ってしまった。

僕は携帯電話を持たない主義なので,国内旅行ではこのような不便なところがある。海外では訪問地に到着してから宿探しを始めるので,携帯電話を持たなくても不便はない。今回は沖縄本島以降の日程は公衆電話から宿の予約をすることになった。幸い慶良間の宿は二つ返事で予約が取れたので,慶良間行きが決定したといういきさつがある。

歩道橋の下に鳥居があることに気が付く

那覇から那覇市内をはじめ,沖縄本島の各地に向かうバスはほとんど「那覇バスターミナル」から発着している。場所はゆいレールの旭橋駅の東側であり,敷地は直角三角形の形をしている。三角形の長辺は壺川通りに面しており,直角部の長い辺にはバス会社の事務所がある。

バス乗り場と事務所の間はバスが出入りする通路になっているため歩道橋で渡るようになっている。この歩道橋の下に大きな岩と小さな赤い鳥居があることに気が付いた。

琉球王国の時代の沖縄では御嶽と呼ばれる聖域に拝所を設け,ノロと呼ばれる神女により神事が執り行われていた。それは本土の神社信仰とはまったく別のものであったが,明治以降は本土からの影響で御嶽の前面に鳥居が置かれるようになった。

御嶽に置かれた鳥居を沖縄の人がどのように考えているかは知る由もないが,旅人にとっては御嶽であることが分かる便利な地図記号のようになっている。

御嶽の本体は鳥居の前にある琉球石灰岩の大岩であり,電話ボックスの近くには石の香炉があり,そこが御嶽の拝所となっている。

道路のガードレールとバス停の屋根や歩道橋に挟まれて窮屈そうに鎮座している大岩は「仲島の大石(なかしまのうふいし)」と呼ばれている。バスターミナルから那覇港フェリーターミナルまでは直線距離で600mほどしか離れておらず,入江のようになった水域までは400mほどしかない。

かってこの辺りは浅い海であり,近くの村の人々は「文筆峰」と呼び,縁起の良い岩として大切にしてきた。周辺の海岸が埋め立てられ,大石は海岸線から離れてしまったが,かっての位置から動かされず,御嶽として保存されてきた。大岩にはアコウなどの樹木が生い茂り,十分に御嶽の雰囲気が感じられる。

泊港周辺地図

陸側には58号線が走り,港にかかる橋を通る道路は「波之上臨港道路」となっている。バスターミナルの前を通る壺川通り西に行くと58号線と交差する。この辺りはゆいレールの旭橋駅である。この交差点から58号線を北に向かうと2km弱で泊港入り口に至る。

フェリーとかしき

泊港(とまりん)行きのバスは6系統もあるので特に時間を気にしないで行くことができる。2kmほどの距離なので普段の僕なら歩いていたはずだが,なにか面白いものが見られるならいざ知らず,単に街中を歩くのはあまり好きではないのでバス利用となった。

泊港には09時30分頃に到着し,泊ふ頭旅客ターミナルの2階テラスから停泊している「とかしき」,「ざまみ」,「粟国」の3隻のフェリーを眺めていた。これらのフェリーは離島に生活物資を運ぶ重要なライフラインであり,島民や旅行者にとっては唯一の交通機関である。

フェリーざまみ

フェリー粟国が出港する

フェリーとかしきが出港する

フェリーとざまみが出港する

とまりんの乗船券売場付近にあったポスター

港を回り込んで橋をくぐることにする

泊ふ頭旅客ターミナルから反時計回りに港を半周して「波之上臨港道路」に向かう。この道路は泊港を横断するように走っており,周辺はほどんど橋になっている。どこからどこまでかは判然としないが,名称は「泊大橋」となっている。

橋がちょっと近くなった

橋の直下は金網のフェンスがあり通れない

そのまま泊漁港に入れるかと思っていたら,橋の下には金網のフェンスが張られ通ることができないようになっている。陸側から回っていくのは面倒なので,金網の先端から回り込んで漁港に入った。

インドネシア人の船員

漁港にもやわれている船を清掃している人たちがいる。カメラを向けると手を振ってくれるのでどうも日本人ではないようだ。岸壁にいた人がインドネシア人の船員だよと教えてくれた。スラウエッジ島の人ですかとたずねると,ああそうだよという答えであった。

インドネシアのスラウエッジ島の主要民族の一つであるブギス人は航海術,造船術に優れた海洋民族であり,ピニシと呼ばれる大型の木造帆船を操り,インドネシアの多島海を漁業や海運,ときには海賊行為のために自由に行き来していた。

現在はエンジンが搭載されているもののピニシ船は健在であり,ジャカルタの港湾施設を埋め尽くしていた。近年,ブギス人は日本の漁船や貨物船の船員として働いている。手を振ってくれた人たちに「セラマ・パギ」(こんにちは)と声をかけるべきだったちょっと悔やまれる。

岸壁の釣りはけっこうな成果がある

泊漁港は閑散としていた

一隻の船からマグロが水揚げされていた

漁港の奥側には魚を水揚げするための施設があり,一隻の船からマグロが水揚げされていた。船員の一人がマグロの入っている船倉に入り1-3匹の単位で尾鰭にロープを引っ掛けていく。

船倉からの合図により岸壁の係員がクレーンを操作する。吊り下げられたマグロは手前に引き寄せられ,保管箱の中に入れられる。

驚いたのはマグロは1匹ずつビニールの袋にくるまれ,尾鰭のところはテープで止められていた。マグロが一匹ずつビニールプ袋に入れられているのは,皮に傷がつかないようにするためだと岸壁の係員が説明してくれた。

船の大きさからして延縄ではなくパヤオを利用した規模の小さな曳き縄漁か一本釣りであろう。パヤオは浮漁礁であり,海底に固定されたアンカーから係留索でつながった巨大な浮きのような装置を海の表層から中層に配置したものである。なぜか,小魚や回遊魚はこのようなしかけのところに集まり,その集魚能力は驚くべきものである。

今回水揚げされているのはキハダマグロとビンチョウ(ビンナガ)マグロである。沖縄近海ではクロマグロもメバチマグロもとれる。キハダは成長するとヒレの先端部が黄色くなるのでこの名前があり,ビンチョウはマグロの中ではもっとも小さく,体長の半分ほどもある長い胸鰭が特徴である。

ビニール袋に入っているのでよく分からなかったが,血が見えたのでおそらく内臓やエラの処理は終わっているようだ。箱詰めが終了するとクレーンを操作していた係員は箱の中に氷を入れ,施錠してフォークリフトで運搬していった。明日の市場でセリにかけられるという手順なのだろう。

大漁のため箱が追加された

大きいのはキハダ,小さいのはビンチョウである

シイラも10匹ほど水揚げされた

マグロと同じ大型回遊魚であるシイラも一緒に水揚げされたいたが扱いはぞんざいであった。シイラ(マンビキ,Coryphaena hippurus,シイラ科)は全世界の暖かい海に分布する表層性の大型肉食魚であり,食用に漁獲される。また,釣りの対象としても人気が高い。

しかし,魚肉の単価がマグロに比して低いので,扱いもぞんざいになるようだ。漁船の船員はビンチョウとシイラを1匹ずつ持ち帰っていったので,今晩のおかずになるのだろう。

近くに漁業協同組合の食堂があった

漁港に面して漁業協同組合の直営食堂がある。ここは観光客や地元の人たちにも人気があるのか昼食時にはテーブルは満席となった。

今日はセリが休みなので日替わり定食はない

海人定食は二種類であった

おいしそうなメニューが壁に貼られている。日替わりランチはないので海人定食の「グルキンマチ」の方をお願いしたら,目の前で売り切れとなった。ということで「マーマチ」をお願いする。

横の席の方が両方を注文していたので写真を撮らせてもらう。ホワイトボードに記されていた「グルキン」はおそらく沖縄の県魚となっている「グルクン」のことであろう。

「グルクン」の本来の色は透き通るような青色であるが,捕獲されたときに興奮して赤っぽい色に変化する。そのため,市場で売られているものは赤系統の色となる。それを焼いてしまうと赤い色が消えて写真のようなものになる。

あっという間にいっぱいになり相席状態となる

泊いゆまち

泊漁港の北側には「泊いゆまち」という魚市場がある。内部は鮮魚店となっており,地元の人たちが買い物に訪れている。扱われている魚はフィリピンやインドネシアの魚市場でおなじみのものが多く,やはり南国の沖縄なんだなという感じを受ける。

内部は鮮魚店が並ぶ

グルクン

グルクンはお沖縄の呼び名であり,正式な和名はタカサゴ(Pterocaesio digramma,スズキ目・タカサゴ科)である。インド洋・西太平洋の熱帯域に分布する海水魚であり,沖縄では県魚に指定されている。

旅行中に一度は食べてみたいと思っていたが,残念ながら希望は叶わなかった。もっとも,市場関係者のサイトでは「沖縄や西南諸島では代表的な食用魚だが,関東などでは評価の低く,値段は安い」という評価が掲載されていた

ノコギリガザミ

ノコギリガザミ(ワタリガニ科・ノコギリガザミ属)の仲間であろう。平滑で鈍い光沢がある甲羅は楕円形に近く,横幅が20cmに達する大型のカニである。インド洋,太平洋の熱帯・亜熱帯域に広く分布し,日本でも房総半島以南で見ることができる。英語名は「mud crab」のためドロガニと呼ばれることもある。

マングローブの根元や干潟の泥地に大きな巣穴を掘る。掘り出した泥は巣穴の外に積み上げていく性質があるようだ。この地域の泥は比較的粘り気があり,乾くと固まるので巨大なオブジェになる。昼は巣穴に潜み,夜間に水辺で餌を採る。

ノコギリガザミは大きな鋏脚を使って貝類の殻を砕いて捕食する。貝の殻を砕くほど力の強いハサミは人間に対しても凶器となりうる。このカニはワタリガニの仲間なのでインドネシアでは食用になり,市場ではいつもヒモで縛られ,生きたままで売られている。

ハマダイ

ハマダイ( オナガ,Etelis coruscans,フエダイ科)は赤い体と長い尾鰭をもつ深海魚である。日本では高級食材として扱われる。沖縄ではアカマチと呼ばれている。

ネット上の食味評価では「白身でクセがなく,しかも旨みが強いので刺身は絶品である。塩焼きにしてもおいしくイサキに匹敵する」と記されている。市場での値段も大きなものは1匹1700円であり,確かに高級魚の扱いである。

橋の途中に上り階段があった

泊港の近くから泊大橋に上がれる歩行者用階段がある。清掃が行き届いてなくてちょっと困ったところを通り橋の上に出た。1986年に完成した泊大橋は全長1118m,当時としては沖縄で最長のものであった。

泊港をまたいでいるため船舶の航行の妨げにならないように橋桁の高さは35.3mとなっている。2014年3月に干潮時の横浜ベイブリッジをかろうじて通過し,横浜大桟橋に接岸したクイーン・エリザベス号が話題となったが,ベイブリッジの水面からの通常最大高さは55mであり,QEの高さは56.5mであった。こうしてみると船がいかに巨大な建造物であるかが分かる。

泊漁港全景

橋の上には歩道が整備されており,海の風景を見ながら歩くことができる。ただし,車の通行が多いのであまり空気は良いとはいえない。

「波之上臨港道路」は那覇空港までつながっている

橋上の道路は片側2車線の高規格道路である。この道路は那覇空港から海底トンネルを通り北東の海岸線を通る高規格道路「那覇西道路」と信号機付きの交差点で合流するので那覇新港から那覇空港までは短時間で結ばれることになる。

しかし,信号機付きの交差点は高規格道路同志のジャンクションとしてはスマートではない。もっとも交差点の南東側にある58号線につなぐことが大きな目的であったのだろう。そうすれば,慢性的な渋滞に悩む58号線を通らずに空港に行くことができる。

泊漁港の卸売市場の横あたりに上り階段がある

泊大橋から那覇新港側の風景である。泊漁港のところに歩行者用の階段がある。

漁港の反対側は途切れている

新しい施設と道路の建設が進められている

ここには新しい物流埠頭が建設中で,そこから波之上臨港道路や那覇西道路につながる新しい道路が建設中であった。

橋の終点近くにあるモニュメント

海の上の道路から那覇西道路を眺める

二本の道路はしばらくの間,ほとんど間隔が無い状態で並行している。

陸側に波上宮が見える

この道路もずいぶん立派だ

沖縄ガスの入り口を守るシーサー

「波之上臨港道路」は途中から「沖縄ガス通り」となっている。この道路に面して沖縄ガスの建物があり,左右に立派なシーサーが置かれている。

沖縄ガス通りと上之蔵大通りの交差点

少し手前には税関,那覇埠頭船客待合室の建物がある。

那覇埠頭船客待合室の建物

那覇埠頭は海というよりは壺川の河口に面している。

ここからは鹿児島行のフェリーが出ている

ここからは那覇→本部→与論島→沖永良部島→徳之島→奄美大島→鹿児島を結ぶフェリーが出ている。全行程を乗船すると所要時間は25時間半であり,07時に那覇を出ると翌日の08時30分に鹿児島に到着する。逆方向は鹿児島を18時に出て,翌日の18時40分に那覇に到着する。

料金は2等船室で14,000円ほどであり,航空機運賃が安くなっている現在ではそれほど利用価値はないが,各島に1-2泊する船旅にも魅力を感じる。さらに,奄美大島からトカラ列島を経由して屋久島,種子島に向かうルートも挑戦してみたい。

キジムナー像

キジムナー(キジムン)は沖縄諸島周辺で伝承されてきた伝説上の生物,妖怪,妖精であり,ガジュマルの古木の精霊とされている。

「体中が真っ赤な子ども」あるいは「赤髪の子ども」,「赤い顔の子ども」の姿で現れ,人間のような生活スタイルをもち,人間と共存するタイプの妖怪として伝えられることが多い。人間と敵対しない妖怪であるため,沖縄ではキジムナーをデザインした民芸品や衣類などが販売されている。

サンゴ製品の販売所らしい壁面装飾

サンゴはイソギンチャクに近い動物(サンゴ虫)であり,固い骨格をもつものともたないものがあり,大きく三区分することができる。
(1)造礁サンゴ(イシサンゴ)
(2)宝石サンゴ
(3)軟質サンゴ(ソフトコーラル)

もともと珊瑚と呼ばれたのは宝飾品として販売されていた宝石サンゴである。深海に生息し,共生する褐虫藻をもたず,樹枝状の群体を作る。固く鮮やかな色彩の石灰質の骨格をもつため,宝飾品として利用されてきた。世界的に乱獲により資源は急速に減少している。

国際通り|土産物屋が軒を連ねる

国際通りは何回か歩いてみた。とはいうものの土産物屋と飲食店が多く,それほど興味を引くところではない。

国際通り|一瞬どきっした

国際通り|シーサー専門店ではない

国際通り|オーダープリントのTシャツ

国際通り|デザイン島ゾウリ

国際通り|那覇市伝統工芸館

てんぷす那覇には「那覇市伝統工芸館」が入っている。ここには沖縄の工芸品の販売と体験工房が併設されており,希望者はオリジナルの工芸品を作ることができる。扱っている工芸品は下記の通りである。
(1)琉球びんがた
(2)琉球ガラス
(3)琉球漆器
(4)首里織
(5)壺屋焼

国際通り|琉球ガラスの工房

国際通り|琉球紅型

国際通り|塩の専門店

塩屋と書いて「まーすーや」と読む。沖縄の塩はもちろん世界の塩が扱われており,味見をさせてくれる。塩に味の違いがあるのか,塩は塩の味だろうと思われる方もいらっしゃるかもしれないが,確かにいくつかを舐めてみると微妙に味が違うことが分かる。

塩は日本人の食生活には欠かせないものであり,次のような逸話も残されている。徳川家康の側室に「お梶の方」という聡明な人がおり,家康が家臣たちに「一番おいしい食べ物とは何か」とたずねたとき,そばで控えていたお梶の方は「それは塩でございます」と答えた。「では一番まずいものは何か」とたずねられると,お梶の方「それも塩でございます」と答えたという。

塩は食べ物に味をつけるため人類は知らず知らずのうちに必要以上の塩分を摂取してしまう。アフリカで誕生した人類は長い間,ほとんど必要最小限の塩分しか摂取してこなかった。ところがアフリカを出た人類は各地で塩と出会い,食べ物に味を付けてくれる魔法の物質を積極的に利用するようになった。

塩分は人体の機能を維持するためには必要不可欠の物質であるが,それでも通常の生活では1日1gも摂取すれば十分である。ところが,現在の日本人は7-9gの塩分をとっており,これが高血圧の原因の一つとなっている。

減塩生活でやっかいなのは塩分がタバコや麻薬と同じように脳に作用し,常習性(依存症)をもつようになることがあげられる。ハツカネズミを使った実験では食塩水を与えていた個体に3日間食塩水を与えず,その後に食塩水を与えたところ,脳細胞からはニコチンやヘロイン,アルコールなどの物質と同じように依存症に関係するタンパク質が生成されたとのことである。

アフリカの森林で昔ながらの生活をしている人たちに高血圧の人はほとんど見られないが,そのような人たちも町の生活に慣れると塩分摂取量が増加し,高血圧の割合が急激に増加するという。

国際通り|ちんすこう博物館

ちんすこうとは琉球王朝時代から沖縄県で作られている伝統的な菓子のひとつである。小麦粉,砂糖,ラードを主原料とした焼き菓子であり,ビスケットのような食感をもっている。沖縄独自の菓子であり,その来歴についてはいくつかの説がある。

国際通り|県庁北口交差点

アーケード商店街|平和通り商店街南側入り口

現在の国際通りは観光客相手の土産物屋と飲食店が集まっており,地元に密着した商店は国際通りと交差する道沿いに移転している。那覇の顔を見るのならこのようなアーケード街がお勧めである。

アーケード商店街|やむちん通りとの分岐点

アーケード商店街|沖縄の酒といえば

アーケード商店街|自分で作る旅の記念品

アーケード商店街|この店は二号店も出していた

アーケード商店街|ラフティーの露店

アーケード商店街|Tシャツ屋も多い

アーケード商店街|琉球紅型

アーケード商店街|この品ぞろえはすごい

アーケード商店街|電動搾り機は日本製?

さとうきびジュースの店では電動搾り機が動いていた。残念ながら日本製かどうかは確認することはできなかった。日本ではさとうきびジュースを店頭で搾る店があるのは沖縄くらいであろうから,ほとんど電動搾り機の国内需要はない。

ところが東南アジアやインド圏では街頭のジュース屋といえばさとうきびである。特にインドの乾いて暑い気候とはよく合う飲み物である。ということで,最大需要のインドあたりからの輸入品とも考えられる。

アーケード商店街|沖縄人の健康の大敵?

ランチョンミートは沖縄人の食生活を変えたといっても過言ではない。米国の統治下にあった時代,沖縄に米国の肉食文化がすっかり定着してしまい,その結果,世界でも指折りの長寿地域であった沖縄は日本の都道府県のなかでも順位を落としており,男性は中位以下,女性も3位となっている。ランチョンミートは沖縄の人々の健康の大敵である。

アーケード商店街|海ぶどうともずく

沖縄の海産物では海ブドウともずくが有名である。海ぶどうの正式和名はクビレズタ(Caulerpa lentillifera,イワズタ科・イワズタ属)という海藻である。東南アジアからオセアニアの浅い海域に分布しており,日本では南西諸島で産生される。

匍匐茎の途中から直立する茎には球状の小枝(葉のような形状)が密生しており,その形状から「海ぶどう」と呼ばれる。沖縄では古くから食用にされており,生のものを醤油や三杯酢などのタレに浸けながら食べる。

沖縄や奄美では養殖されており,僕はフィリピンのミンダナオ島で大規模な養殖を見たことがある。形状がユニークなので人気の沖縄土産になっている。しかし,寒さは苦手であり,冷蔵庫に入れると縮んでしまうという。

アーケード商店街|沖縄のお菓子といえば

アーケード商店街|じーまーみ豆腐

アーケード商店街|二回夕食をいただいた

牧志公設市場|狭い入口から中に入る

牧志公設市場|内部はこんなふうになっている

牧志公設市場|さつま揚げの本家は沖縄

牧志公設市場|ソーキ

牧志公設市場|巨大なマングローブガニ

ここのマングローブガニの大きさには驚いた。東南アジアでもこれほど大きなものにはお目にかかったことがない。このカニのハサミはとても強力なので,生きたものはこのようにハサミを縛って売られている。

牧志公設市場|イセエビとセミエビ

県庁前通りのトックリキワタ並木

県庁通りにはトックリキワタの並木がある。「キワタ」は僕にとっていろいろ思い入れのある植物である。植物の名前についてはときどきとんでもない誤用や混用がある。「キワタ」もその一つに挙げられる。次の二つの植物は別種であるがどちらも和名には「キワタ」が使用されている。

トックリキワタ

学名Ceiba speciosa
科名パンヤ科(アオイ科)
属名セイバ属
和名トックリキワタ
英語名Floss silk tree


キワタ

学名Bombax ceiba
科名パンヤ科(アオイ科)
属名キワタ属
和名キワタノキ,インドキワタノキ,インドワタノキ
英語名cotton tree,tree cotton


このように混同される一因は学名にある。「 Bombax ceiba」の学名が先にリンネにより付与されているにもかかわらず,異なる植物の属名に「ceiba」を使用したことが混乱をまねいた。同じ名称を学名の属名と種小名の両方に使用した植物学者の罪は重いようだ。

「ceiba」はスペイン語由来の言葉で「真綿」を意味している。キワタの仲間もトックリキワタ仲間も類似の果実を付け,熟すると開裂し内部から綿のように白い繊維質にくるまれた種子が出てくる。この限りではどちらの種にも「ceiba」が使用されたのは無理もないことであると学者に同情したくなる。


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