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2008/03/15

土壌と水の危機


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■土地の劣化と淡水資源の不足

今後の食糧を考える場合,現在の穀物生産のレベルを今後も維持できるのかということを考える必要があります。というのは現在の穀物生産はかなり非持続的な農業の結果であり,21世紀を通じてその生産を維持できるかどうかは多くの疑問符が付くからです。最大の問題は土地の劣化と淡水資源の不足です。

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世界の穀物作付け面積は1950年の5.9億haから1981年には史上最大の7.3億haに拡大しました。しかし,その後6.9億haに減少しました。減少の要因とあげられるのは@非農業用途への転用,A土壌浸食のため放棄,B他の作物用への転用などです。21世紀の前半にも農地面積はほとんど増えないと考えられています。それどころか,土地の転用あるいは劣化により農地面積が減少する可能性が高いのです。経済発展が著しい中国では1998年から2003年までの間に穀物作付け面積が16%低下しています。

土壌の劣化(肥沃さの喪失)も深刻です。20世紀に増加した巨大な人口を養うため放牧地,農地のいずれもが疲弊しています。国連が1991年に出した過去45年間の農地劣化に関する報告書によると「世界の耕地の38%に相当する5.5億haの農地が損傷を受けており,現在では毎年500-1000万haの農地が失われていると推計される」となっています。

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■失われる農地の肥沃さ

画像作成中 農地の肥沃さは厚さわずか15-20cmほどの表層の土壌(表土)により決まります。土壌は植物が長い間をかけて形成した植物に必要な有機物あるいは無機物の栄養素を含んだ部分であり,そこではみみずや昆虫,微生物などが植物の生育に適した環境を作り出しています。地球の歴史の大部分を通して土壌の形成量は浸食量を上回ってきました。それに対して農地は作物栽培のため表土が深く鋤きこまれ,かつ一年のある時期表層から植物が全く無くなるため,風や雨により容易に表土が失われます。劣化した土地のほとんどは以前より肥沃度が低下しているもののそのまま農業生産に使用されています。劣化の程度により概算すると1990年の時点で世界の穀物生産量は劣化のない場合に比べて10%低下していると推定されています。

半乾燥地域においては風食が,降雨量が一時期に集中する地域では雨食が土地の肥沃さを奪っていきます。年間を通して降雨に恵まれ,水田という耕作システムを行っている日本では実感できませんが,米国の穀倉地帯ですら風や雨による表土の喪失を防ぐため,土地保全プログラムを制定し,一定期間休耕地として草地に戻す措置をとっています。草原においても過放牧は植物を失わせる要因となり,世界の多くの半乾燥地域では砂漠化が進行しています。逆に適切に管理されている農地では,毎年少しずつ土壌を改善することもできます。土地の生産性を損なわない利用が持続的な農業,牧畜のキーなのですが,現実の世界においては巨大な人口圧力が限界地を荒地に変えていっています。

■21世紀は水が貴重な資源になります

淡水資源の逼迫も穀物生産の大きな足かせになります。今日,世界の40%の穀物は全耕地の17%しかない灌漑農地で生産されています。灌漑農地の拡大は20世紀の穀物の生産拡大を支えてきました。しかし,灌漑面積の急拡大は20世紀ともに過去のものになりつつあります。ほとんどの地域では灌漑に適した優良な農地は残っていませんし,新しい農地に灌漑用水を引くコストはますます高くなっているからです。既存の灌漑システムの60%は建設から50年も経っていないにもかかわらず<,その多くは生産性の維持が困難な状況になってきています。

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古代メソポタミア文明の崩壊を招いた灌漑による塩類の集積は,世界の灌漑農地の1/5に影響を与えています。多くの地域では灌漑のための取水が大きいため,河川が一年のうち一定期間干上がってしまい,下流の都市や産業に振り当てられなくなっています。中央アジアの2大河川に涵養されていたアラル海,かっては世界で4番目の面積をもち漁業資源の宝庫であった巨大な淡水湖は流入水量が激減したため地図上から消えつつあります。水環境の破壊は周辺地域の自然環境と人間社会を再起不能なまでに破壊しました。

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人間活動による河川水の汚染も深刻です。外部流出した食品薬品監督管理局の内部資料によると中国では「産業廃棄物による深刻な汚染は中国全土の河川と湖の6割に及び,残りの河川もまだ軽度ながら汚染が進んでいる。農産物に影響のある全潅漑用水の2割が規制基準を大幅に上回る水銀に汚染されている。全疾病の8割,病死の3分の1は水質汚染が関係したとみられる。2004年以降,幼児の頭が巨大化する奇病が汚染地域で次々に確認されている」と報告されています。

■地下水の過剰使用

世界の再生可能淡水供給量は年間で約14兆トンですが,人類はすでに世界の安定供給量の3分の1を越える5.2兆トンを使用しています。そのうち3.2兆トンは灌漑農業のために使用されています。今日の灌漑農業の抱える最大の脆弱性はそのかなりの部分を地下水に頼っていることです。地下水は地表水により涵養される再生可能資源ですが,多くの地域では灌漑農業や都市への給水のため自然の涵養量を上回る地下水を汲み上げています。地下水資源は急速に減少し,地下水位は低下していきます。中国東北部,インドの地下水位は危険な速さで低下しています。

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地表水によりほとんど涵養されない地下深部の帯水層やまったく涵養されない化石帯水層も利用の対象となっており,枯渇という深刻な事態を引き起こしています。米国では地球上で最大のオガララ帯水層が毎年120億m3汲み上げられる反面,地下水位の下がった地域では100万haもの灌漑農地が放棄されています。降雨量が極端に少ないアラビア半島でも化石帯水層からの汲み上げにより砂漠地帯で小麦の栽培が行われています。暑く乾燥した砂漠で小麦を栽培するためには収穫1トンあたり通常の3倍の3000トンもの水を必要とします。

灌漑農業における地下水の過剰使用は世界中で毎年1600億トンにも達すると推計されています。これはナイル川の年間流量の2倍に相当します。この過剰使用された水はほとんど穀物栽培に使用されています。穀物を1トン栽培するためには約1000トンの水が必要ですので,水赤字(地下水の過剰使用)で生産された穀物はおよそ1.6億トン,これは世界の穀物生産量の10%を占めています。土地の劣化と水不足について考えると,現在の穀物生産量を維持するとがどれほど大変なことかが分かります。

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   <バングラデシュでは乾季米が主流になっている>         <地下水の過剰使用はナイル川2本分相当する>

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