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食糧の確保は人類の最大の課題でした

チンパンジーと別れる前の人類の祖先は森林で樹上生活を送っていたと考えられています。彼らの食料は木の葉や果実あるいは昆虫などであったはずです。しかし,人類の祖先は新しい食料を求めて地上を歩くことを始めました。この二足歩行がチンパンジーとの分岐点になったと考えられています。

現在までに発見されている化石では二足歩行の始まりは700万年前となっています。二足歩行を始めても彼らの生活の基盤は森にあり,食料の調達のときだけ地上に降りたと考えられます。このように樹上生活と地上生活を使い分けていた人類の祖先に,新たな転機が訪れます。アフリカ大地溝帯の活動が活発化して西側に高地が形成されたため,300万年前からその東側はしだいに乾燥化していきました。

森林は小さくなり周辺はサバンナに変わっていきました。樹上生活にのみ頼っていたチンパンジーの祖先は一部を除き東アフリカでは絶滅します。二足歩行をしていた人類の祖先はなんとかサバンナで生き延びることができました。しかし,サバンナにおける食料事情は森林生活に比べてずっと悪かったことと考えられます。

約250万年前に出現したホモ属は石器を作り,肉食を始め,異なる環境へ適応できるようになりました。肉食による栄養状態の改善は脳の巨大化,複雑化に大きく寄与したであろうと考えられています。また,植物だけを食料としていた頃に対して,その分布範囲を大きく広げることが可能となりました。

彼らはホモ・エレクトスに進化し,アフリカを出てヨーロッパやアジアに拡散しました。ホモ・エレクトスは絶滅しましたがその跡を継いだホモ・サピエンスは世界中に広がり,やがて増え続ける人口を養うために約1万年前に世界各地で農耕が始まりました。狩猟採集から農耕への移行は人類の大きな転換点となり,人口も飛躍的に増大しました。

狩猟採集でどのくらいの人口を養うことができるのか縄文時代の日本列島の事例をみてみましょう。といっても,当時の人口を直接知ることはできませんのである時期の遺跡からおおよその人口を推測するわけです。

1.3万年前に最終氷期が終わり,地球は急速に温暖化していきます。この変化は数百年で寒冷期と温暖期が入れ替わるほど急激なものでした。それまでは,ほとんどが針葉樹林であった本州の森林は落葉広葉樹林と照葉樹林に交代していきます。

コナラ亜属,ブナ属,クリ属など堅果類が増加して縄文人の重要な食料となります。一方,急激な植生の変化はマンモス,トナカイ,ナウマンゾウ,オオツノジカなどの大型哺乳動物の生息環境を悪化させ,約1万年前までにはこれらの大型哺乳動物がほぼ絶滅してしまいました(wikipedia)。

それまで多くの食料を大型哺乳動物に頼っていた縄文人は南北に長い日本列島のそれぞれの地域に合わせて食料を調達するようになりました。その主要なものは堅果類と魚介類であったと考えられます。しかし,1万年以上も続いた縄文時代には大きな気候の変動があり,その度に食料が不足することになり,人口は減少しています。

考古学的な証拠からすると,縄文時代の前期(5500年前)から縄文晩期(3000年前)を平均すると縄文人の人口は15万人ほどと推定されます。当時は肉やミルクを提供してくれる家畜はいませんでしたが,日本列島の環境は世界的にみても豊かな食料を提供してくれたはずです。それでも日本列島が養うことができたのは15万人程度ということです。

世界的に狩猟採集による人口扶養力は0.1人/km2程度とされており,条件が良いところでは0.2人/km2とされています。日本列島は海に囲まれているため豊富な魚介類の利用が可能でしたがそれでも0.1人/km2を超えることはありませんでした。縄文後期の推定人口26万人は縄文時代を通じて最大値です。

現在の日本の人口1.25億人の食料を支えているのは農業です。実は縄文時代にもわずかばかりの農業はありましたが,本格的なコメ作が開始されたのは渡来人が持ち込んだ水田稲作からとされています。江戸時代末期の北海道(面積8.3万km2)に居住していたアイヌの人たちはおよそ2万人でした。サケの遡上という安定した大きな食料源をもっていても,狩猟採集では2万人が限界であったようです。

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時期 人口
(万人)
気候
縄文早期(8000年前) 2 低温期(-2℃)
縄文前期(5500年前) 11 高温期(+1℃)
縄文後期(3500年前) 26 寒冷化が始まる
縄文晩期(3000年前) 8 低温期(-2℃)
弥生時代(2000年前) 59 人口流入と水田稲作



縄文時代の人口推移(推定値),遺跡などから縄文時代の人口を推定したもので出典は「人口から読む日本の歴史(鬼頭宏著)」です。1万年以上におよぶ縄文時代には大型動物の絶滅(1万年前),温暖林の北進,最寒冷化などの環境変動があり,その度に人口は変動しています。





三内丸山遺跡,ここには5800-4100年前に大きな集落と巨大な木造建築物があったとされています。この時期は平均気温が現在よりも2℃ほど高く,海水面は現在より5-6m高かったと考えられています。いわゆる縄文海進期にあたります。現在の遺跡にある建物は,残っていた柱の跡から想像して復元したものです。現在の海岸線はここから5kmほど離れており,手前の巨大なタワーからも見ることはできないようですが,当時は数百mのところに海岸線があったようです。

海産物と周辺の森からの恵みにより食料事情はよかったと推測されます。森からはミズナラ,コナラ,クリ,クルミ,トチなどの堅果やニワトコ,ヤマブドウ,キイチゴ,ヤマグワなどの実,ヤマノイモ,クズ,ユリなどの根菜類がとれました。周辺にはクリの木が多く,その遺伝子がかなり均一なことから栽培されていたものと考えられています。

海からは貝類,カニ,ウニ,さば,ブリ,マダイ,コチ,サケ,ニシン,イワシ,アジなどの魚介類に加え,クジラ,イルカ,オットセイなどの海獣類も捕っていました。ここにはおよそ200人,最盛期には500人が居住していたされています。


マルサスの人口論と狩猟採集社会の成長の限界

英国の古典経済学者のトマス・マルサス(1766-1834年)はその著書「人口論」の中で,「人口の増加が生活資源を生産する土地の能力よりも不等に大きい。人口は制限されなければ幾何級数的に増加するが生活資源は算術級数的にしか増加しない」と述べています。簡単にいうと人口の増加率は土地の生産性の向上よりも大きいので早晩「成長の限界」が起こるということです。この限界点を決める要因は,これ以下では生存できなくなる「最低生存費水準」です。

左図は農業生産と人口の関係について解析したものです。ある地域の農業生産は投入される労働力により増加しますが,一定の限界があります。にもかかわらず人口は増え続け,Cの限界点に達します。この時点のQ/L(一人あたりの食料)が「最低生存費水準」ということになります。

生産量の条件が変化しなければ,人口がL4を超えると出生率の低下や死亡率の増加が起こり,人口は減少します。逆に人口がL4以下になると人口は増加に転じます。つまり,人口はL4のところで動的に均衡することになります。

マルサスの考え方は狩猟採集段階の人類にも適用できます。ある面積の土地で狩猟採集で暮らす人口は「最低生存費水準」まで増加し,そこで均衡するということになります。ただし,土地の生産性(食料)は気候等により変化しますので,それに制約されて地域の人口は増減することになります。

つまり,狩猟採集時代の人類は環境均衡型の人口モデルであったということになります。環境均衡型の人口モデルは安定しており,その限りではわざわざ農業を始める必要はありません。これはちょっと腑に落ちません。

狩猟採集の暮らしを縄文人で分析してみましょう。1万年以上にわたる縄文人の暮らしも,気候による植生の変化を受けながら増減していたと考えられていました。しかし,それほど単純な図式ではないようです。

縄文人の主要な食料であった大型動物は1万年前に姿を消してしまいました。縄文人からすると日本列島の生産性は激減したはずであり,人口の減少は避けられません。8000年前の人口は2万人でした。しかし,その後,人口は増加に転じます。

その要因は別の食料を確保したことにあります。小型の動物,魚介類,木の実などそれまではあまり顧みられなかったものを食料とすることにより,土地の生産性を上げていきました。つまり,食料の広域化により生産量=食料を増やしていったわけです。また,三内丸山遺跡ではクリやヒエの栽培が行われていたことも確認されています。縄文人は環境が与えてくれる最大の食料,さらにはそれ以上の食料を得ようと努力していたことが分かります。

これらのことは人類が狩猟採集の時期から環境非均衡の人口モデルをもっており,常に人口は増加する方向に働いていたことを意味しています。もちろん,自然資源は気候などにより大きく変動しますので,ときには人口が減少することもありましたが,基本的なトレンドは環境非均衡の増加型であったということです。

1.2万年前に氷期が終わり,食料環境の好転により世界中に拡散した人類はそれぞれの地域で人口を増やしていきます。彼らはそれぞれの地域で自然資源を最大限に利用して食料を得ようとします。

しかし,人口の増加(0.01%/年というきわめてゆっくりしたものですが)によりいつかは「最低生存費水準」に達してしまいます。これが「成長の限界点」ということになります。増え続ける人口を養うためには新しい土地を探し出すか,土地の生産性を上げてより多くの食料を手に入れるしかありません。

そのような「成長の限界」が1万年から8千年前頃に世界的に起きたようです。人類が農業を始めるきっかけは,たとえばヤンガー・ドリアス期のような気候変動による食料不足という考え方が定着していますが,気候の寒冷化は(大小はあるものの)何度も起きており,ヤンガー・ドリアス期が特別なものとはできません。また,時間的に3000年くらいの差異はあるものの農耕は世界の各地で独立的に始まっています。

気候変動,新石器の発明のような外部要因ではなく,人類本来の性質(環境非均衡型の人口モデル)に起因していると考えた方がすっきりします。人類はその始まりから人口増加圧を受けており,食料の広域化と地域的な拡散によりカバーしてきましたが,1万年から8千年前頃にはそれでも立ちいかなくなってきたと考えると,農業の開始が必然のものであったことが分かります。

狩猟採集生活における「成長の限界」が世界各地で起こり,それに適応するため(いやいや)農業が始まったということです。この考え方は世界の各地で独立的に農業が始まったことをよく説明できます。

およそ1万年前に牧畜と農耕が始まりました。当初はどちらも狩猟採集生活の補助手段として始まりましたが,次第にその高い生産性により主要な食料源となっていったと考えられます。狩猟採集の中でも野生の穀物や根菜は利用されており,それらを地面にまくと多くの収穫が得られることを知ったのが農耕の始まりであると考えられています。それでも狩猟採集で「成長の限界」に達しなければ,農耕は簡単には始まらなかったことでしょう。

狩猟採集の人口扶養力は0.1人/km2程度ですが,農耕ははるかに多くの人口を養うことができます。大雑把な試算では単位面積で比較した場合,粗放農業でも狩猟採集の100倍ほどの人口を扶養できるとされています。ただし,農耕にはどうしても欠かせないものがあります。それは主食に適した野生の植物種と栽培に適した環境です。これらがその地域になければ農業は始まりません。そのため,世界の各地でそれぞれの地域にある植物から栽培種が作られました。

種類 栽培開始時期 栽培地域 原生種
コメ 1.5万年前 長江流域 中国,インド
小麦 1.0万年前 レヴァント地域 アナトリア南部
サツマイモ 9000年前 ニューギニア島 オセアニア
ジャガイモ 7000年前 ペルー 南米アンデス
トウモロコシ 5000年前 メキシコ南部 中米
ソルガム 5000年前 エジプト エチオピア

こうして,世界の各地で農耕社会が誕生し,人口は「狩猟採集の限界点」を超えて増加します。成功した栽培種は地域を超えて広がっていきます。農耕を開始した1万年前の世界人口は500万人程度でしたが,5000年前には1000万人を超え,3000年前には1億人に達しています。

人類は食料問題を農耕により切り抜けました。それは定住生活を可能にし,より多くの人口を養うことを可能にしました。農耕には森林や草原を畑に変えたり,灌漑などで大きな労働力を必要とします。人々は農耕のため今までより大きな集団で暮らし始め,その中で指導的な権力を持つ階層あるいは個人が現れ,文明の入口にさしかかります。

実際の農耕あるいは半農耕世界ではマルサスの動的な均衡がうまく機能しない場合がいくつかあります。それは,前提となる生産量Qは投入労働量により増加し,それはやがて飽和するという第1仮定が崩れる場合と,「最低水準費」に相当する人口L4以上に地域の人口が増加したときに,動的な均衡が起きず,周辺の自然資源を食いつぶしてしまう場合です。どちらも破滅的な結果となります。

前者の事例は西ユーラシアにおける初期文明で発生しています。農耕を行うこと自身が自然環境を損ねて土地の生産性を劣化させてしまうというものです。農耕は自然の一部を改変し,人類にとって都合のよい環境にすることからは始まります。

半乾燥地域では灌漑により必要な水を供給することも必要です。塩分の多い地域を流れる川はしばしば少量の塩分を含みます。灌漑によりそのような塩分が集積することもあれば,灌漑水が呼び水となり,地中の塩分を表面に上昇させてしまうこともあります。

塩分の集積に限らず,いくつかの要因がバランスして維持されてきた自然環境を農耕が破壊してしまい,土地の生産性を損ねてしまうことがしばしば発生しています。この生産性の低下により多くの初期文明は崩壊しています。

後者の典型的な事例はイースター島で起きています。イースター島は西太平洋の絶海の孤島で,そこには1500年ほど前にポリネシア系の住民が住みつくようになりました。豊かな森林(巨大なヤシ)と周辺の漁場に恵まれた面積164km2の火山島で人々は農耕により繁栄し,モアイ像と呼ばれる石造に代表される独特の祖先祭祀文化を発展させました。

しかし,島の中央部からモアイ像を切り出してくるためには多くの木材が消費され,島の環境は劣化していきます。さらに,人口増加が環境の悪化を加速し,部族間の抗争が始まります。ピーク人口は1万人と推定されますが,その後の人口は激減し,18世紀にヨーロッパ人が訪れた時は石器時代と変わらない生活であったと報告されています。

ここでも,動的な人口の均衡は起きず,自分たちの依拠する自然資源を破壊し,土地の生産性の低下による人口の縮小均衡が起きています。人口増加圧力のため人々は自然資源が供給できる以上のものを収穫(収奪)してしまいます。自然資源は元本のようなもので,その利息に相当する毎年の生産量(Q3)の範囲で食料を調達する分には環境均衡型の人口モデルに当てはまりますが,多くのケースでは元本の部分を食いつぶしてしまい土地の生産性を劣化させていきます。


マルサス理論の第1仮定(限界生産力逓減法則)と第2仮定(人口増加による窮乏化のメカニズム)を図式化したもの。収穫量は労働投入が増加するにつれて増加しますがその追加増分はしだいに逓減します(第1仮定)。それにもかかわらず,人口はある限界までは増加し続ける性質があります(第2仮定)。1人当り所得(食料)はそれぞれのポイントにおけるQ/Lとなり,それは最低生存費水準(図中CのQ/L=θ4)以下に減少することはできません(第3仮定)。

これらの仮定を組み合わせると,ある地域の人口は最低生存費水準に達するまで増加し,動的な均衡状態に達します。つまり,L4より人口が増加すると出産の抑制や死亡率の増加が起こり,人口は減少します。逆にL4より人口が減少すると第2仮定により人口は増加します。





旧世界の農耕の始まり,農耕は新世界を含め世界中で独立的に発生しています。もちろん,中近東などの麦の栽培は先駆地域からの伝播ということになります。農耕を開始するために絶対的な必要条件は栽培可能な野生植物種が存在することです。そのため,西ユーラシアでは麦,東ユーラシアではコメ,ニューギニアでは根菜類,新大陸ではトウモロコシやジャガイモが主要栽培作物となります。

@長江流域における稲作(1.5万年前)
A黄河流域における雑穀→麦作(6000年前)
Bニューギニア島のイモ類の栽培(9000年前)
Cレヴァント地域における麦・豆作(1万年前)
Dエジプトにおける麦作(7000年前)
Eメソポタミアにおける麦・豆作(7000年前)
Fインダス川流域における麦作(4600年前)
G東南アジアにおける根菜類栽培(8000年前)
Hギリシャにおける農耕・牧畜の混合農業(8000年前)
I東ヨーロッパにおける農耕・牧畜の混合農業(7500年前)
Jエチオピアにおける雑穀栽培(5000年前)




農耕を開始する前後の世界人口の推移(推定値),農耕を開始する以前の人口増加率は0.01%/年でしたが,農耕開始後は0.1%/年に増加しています。キリストが誕生する少し前にようやく世界人口は1億人に達した推計されています。



イースター島概観,画像は「イースター島へようこそ」より引用しました。イースター島は面積180km2,亜熱帯性の火山島です。アメリカ大陸から3700km,タヒチから4050km離れた絶海の孤島です。地元の人々はこの島をラパ・ヌイと呼んでいます。この島にポリネシア系の人々が住み着いたのは5-6世紀とされています。




アキビの7体のモアイ像,画像は「イースター島へようこそ」より引用しました。モアイ像は祖先の霊が宿ると考えられており,村の方向を向いています。海岸近くのものは内陸を向き,内陸のものには海岸を向いているものもあります。1722年にオランダ人の提督がこの島を訪れた時,モアイ像の前で火を焚いて祈りをささげていた人々を目撃しています。


文明の始まりから産業革命へ

ヨーロッパでは伝統的に「文明」は野蛮や未開と対置されてきました。「文明の光が未開の闇を照らす」というような表現でも分かるように,文明を進歩あるいは優越性の象徴としてとらえる考え方が定着しています。

自分たちの文明が他の社会のそれより優れたものであるという一方的,自己中心的な思い込みは,周辺地域あるいは遠く離れた地域を支配するためのイデオロギーとなりました。ヨーロッパ,中国,日本にはかってそのような考え方が厳然と存在していました。

しかし,文明の優劣,あるいは文明と未開を対比する考え方は現在では時代遅れのものになっています。文明の輪郭を定めている主要な要素は言語,宗教,生活習慣,社会制度ですが,ヨーロッパが伝統的にとらえてきた「文明」とは,そのような文化的な輪郭以上に技術力や生産力が大きなウエートを占めていました。

文明を文化に置き換えてみると,世界には多種多様な民族が固有の文化を継承しており,それらに優劣があるはずもありません。自分の属する文化と同様に他の人々の文化を尊重し,共生することが新しい国際化のキーではないでしょうか。

ひるがえって,最近のグローバリゼーションについて考えてみると,本来の意味は別にしても,ほとんど米国型経済システムを世界標準とする一つの経済圏を目指しており,経済支配のための新しいイデオロギーになっています。

世界には多様な文明が併存しており,経済の仕組みも自分たちの文明の産物である以上,米国型を世界標準とすることに対する摩擦は決して小さくはありません。また,大量生産・大量消費をパラダイムとしてきた米国型経済は決して地球の健康や多くの人々の安定的な暮らしに資するものではありません。

文明の定義は難しいので,とりあえず初期の人類文明の定義を「都市を中心に,単一の定住に比べてより比較的広い範囲で社会としてのまとまりがあり,文字等の記録手段が開発された」状態としておきましょう。

私の子どもの頃には「四大文明」があったと教科書にありました。しかし,考古学の研究が進むと,それと同じ時代に文明の定義を満たすような社会は数多く存在していたことが分かりました。どこに,どれだけの初期文明があったかとなるとまだはっきりとは分かっていません。

人類は森や草原を切り開き,「鋤」という新技術を開発し,農耕文明は新しい飛躍を遂げることになります。農耕を開始した頃の世界人口は500万人程度と推定されていますが,4000年前には5000万人,キリストが誕生した頃には2億人に達しています。

狩猟採集の時期の人口増加率は0.01%/年でしたが,農耕が始まってからは0.1%/年に増加してます。農業が主として人力や家畜の力で行われていた時代の生産力には限界がありました。それでも,世界の人口は狩猟採集の時期より40倍になっています。

人口増加率の0.01%/年のときは1000年で人口が1.108倍になります,0.1%/年のときは1000年間で2.78倍,2000年間で7.74倍になります。農耕による人口の増加がいかに急激なものであることが分かります。この0.1%/年のトレンドは紀元1600年頃(推定人口5.5億人)まで続きました。狩猟採集の時期に比べると人口は100倍になっています。

17世紀に入ると世界人口の増加率は再び上昇します。それは,従来の農地の生産性の向上ではなく,新大陸という新しい土地が見つかったことによります。新大陸に移住した人々は手つかずの広大な土地を農地化して巨大な生産を手にすることができました。

さらに,石炭という新しいエネルギー資源を使用するようになった人類は,蒸気機関とという技術革命と組み合わせることにより,エネルギーの拡大再生産を実現することができました。つまり,石炭により蒸気機関を動かし,何倍も多くの石炭を掘り出すことができるようになりました。産業革命の本質は機械化による生産量の増強ではなくエネルギー拡大再生産社会を作ることができたことにあります。

この生産革命とエネルギー革命により人類の自然を改変するパワーは増大しました。生産力の増大とともに先進国では衛生状態も改善されるようになり,乳幼児の死亡率が大きく低下します。成人前に死亡していた人々は次世代の生殖に参加することができませんでしたが,乳幼児死亡率の低下により人口増加率は急増します。幸いなことに新大陸が余剰人口の受け皿になり,食料問題は回避されました。

ヨーロッパにおける乳幼児死亡率の低下から,出生率の低下までにはおよそ100年が必要でした。その間は先進国の人口増加傾向が続きます。この多産多死から多産少死を経由して少産少死に移行することを人口転換と呼びます。多産少死から少産少死に移行するままでの間に人口は高い増加率を示します。

先進国では米国を除きすでにこの人口転換を終了しており,人口は停滞もしくは減少に転じています。第二次大戦後は発展途上国(中国を除く)が多産少死に移行しており,人口は急増しています。この状態からいつ少産少死への転換が実現されるかにより世界人口の行方が決まります。

先進国においては,多産少死から出生率が低下して少産少死に移行するためには次のような社会的変化が大きな動機づけになっています。
(1) 乳幼児の死亡率の低下
(2) 子どもの経済的価値の低下(労働力,子どもによる老後の扶養)
(3) 子育て費用の増加(長期の教育)
(4) 女性の社会的地位の向上

逆にいうと,上記のような社会の変革が生じなければ発展途上国の人口増加は続き,マルサスの言う「最低生存費水準」に達します。実際には多くの国ではすでにその水準に達していると考えられます。現在の発展途上国における人口増加は生産地の拡大もしくは自然資源の過剰使用(元本の収奪)によって達成されています。

地球環境問題において先進国の過剰消費が環境破壊の元凶にあげられていますが,同じくらいに人口増加そのものが環境破壊の大きな原因であることはそれほど知られていません。人口増加と過剰消費の両方に歯止めをかけなければ地球環境問題の転換点はやってきません。残念なことに,そのどちらも人類の本質にかかわることですので現在の流れを変えることは極めて困難です。

21世紀にはいくつかの国や地域で「マルサスの罠」が実際に起きるでしょう。そのような地域では人口の動的均衡ではなく,自然資源の劣化による縮小均衡となる可能性も高いのです。人口圧力,気候変動,エネルギー資源の枯渇などは新しい(悲しい)均衡をもたらす可能性のある要因です。


紀元1000年から2200年までの世界人口,19世紀以前の数値は推計値です。紀元1000年には2.5億人程度であった世界人口は1800年に10億人,1930年には20億人,1960年には30億人,そして2000年には60億人に達しています。今後も世界人口の増加は続き2050年には90億人に達すると推定されています。


人類の一人当たりエネルギー使用量,初期の人類は類人猿と同じように生存に必要なエネルギーだけを使用していましたが,火の使用により狩猟採集ではその2.5倍,初期の農耕社会では6倍になっています。産業革命を終えた18世紀の産業人は38倍,現在の日本人は250倍ものエネルギーを使用しています。この大量のエネルギーが私たちの豊かな社会を支えているのです。



ボルネオ島の森林減少,出典は「Radday, M, WWF Germany. 2007. 'Borneo Maps'」です。1950年にはボルネオ島のほとんどが豊かな熱帯雨林に覆われていましたが,わずか50年で2/3程度に減少しています。まず,木材伐採が始まります。木材を搬出するため河川の積出基地から道路が森の中を網の目のように走り,切り出された木材が搬出されます。木材伐採は商業的価値のある,大径木にだけを選択的に伐採するので劣化した森が残されます。大きな木がなくなると次はプランテーションへの転換が始まります。伐採道路はプランテーション用の主要道路になります。

劣化した森の樹木はすべて伐採され,燃料やパルプ材になります。手間を省くために皆伐後に火入れが行われることもしばしばあります。こうして,豊かな森林は裸地となり,そこにパルプ用の早生樹もしくはオイルパームの若木が植えられます。このようにして,ボルネオでは国立公園や保護区内以外では原生林はもう存在しません。その保護区の樹木ですら大量に違法に伐採されています。




熱帯林の破壊状況,画像は「Average annual deforestation rate in hectares, 2000-2005」から引用しました。21世紀に入っても熱帯林の破壊速度はむしろ加速しているように見えます。インドネシアではすでに低地自然林は消滅しているかもしれません。この画像を見つけた「mongabay」のサイトにはGROUPON経由のハンバーガーの広告が載っていました。中南米の熱帯林破壊の原動力の一つがハンバーガー用の牧草地開発ですので,思わず笑ってしまいました。


20世紀の大躍進と緑の革命

20世紀は経済規模,穀物生産,人口がともにかってない規模で拡大するとともに,その変化のスピードが加速され,人類があらゆる分野でめざましい発展をとげた世紀となりました。その反面,地球の自然システムへの負担が急激に増大した時代でもあります。後世の人々はこの時代を「環境破壊の序章の世紀」と呼ぶかもしれません。明らかに地球の環境容量は現在の人口と経済システムを支えることはできません。

人類は石油という地球上で得られる最高のエネルギーを手に入れ農業の機械化を達成しました。特に新大陸の北米では農業の大規模機械化が進み,1軒の農家が数100haもの農地で高い生産性を上げることができるようになりました。人々はつらい農作業から解放され,第二次産業や第三次産業に携わるようになります。

自然と人類の力関係も逆転しました。巨大なエネルギーと機械力を手に入れた人類はあらゆる自然を改変できるようになったのです。人類に対して最後まで抵抗してきた熱帯の森も降参せざるを得なくなります。

20世紀の最後の10年が始まるとき,東南アジアには2.2億haもの森林が広がっていましたが,2000年の時点では2億haに過ぎません。10年間で2000万haの森林が減少したことになります。森林の減少分は農地,牧草地,プランテーションなどに転換されてしまいました。特に森林破壊の激しいインドネシアでは1950年は1.62億haであった森林は2005年には0.89億haに減少しています。2000-2006年のインドネシアの森林減少率は187万ha/年にもなっています。

熱帯林破壊の話はとりあえず置いておいて,緑の革命の説明を先に進めます。緑の革命(Green Revolution)とは,1940年代から1960年代にかけて高収量品種の導入や化学肥料の大量投入などにより穀物の生産性が向上し,穀物の大量増産を達成したことをいいます。ロックフェラー財団は「国際トウモロコシ・コムギ改良センター(前身は1944年設立)」と「国際稲研究所(1960年設立)に資金を提供し,緑の革命を主導しました。農業革命の一つとされる場合もあります(wikipedia)。

緑の革命の本質は農業の工業化です。化学肥料によく反応する高収量品種を選択し,化学肥料,農薬,水の大量使用が高収量を支えることになります。このような農業形態は必然的に高コストとなります。欧米の小麦やトウモロコシのように広い面積で機械力を使用した大規模経営では成立しますが,農業就労者が人口の多数を占めるアジアのコメやアフリカの半乾燥地農業にはおのずと一定の限界があります。

ともあれ,緑の革命による開発途上国における小麦とコメという二大作物の単収の増加により20世紀の後半における開発途上国の人口爆発による食糧危機を回避することができました。アジアにおいてはコメの単収増により多くの国が食糧の自給を達成することができました。アジアにおける主要食糧のコメについても1980年代にはおおむね自給できるようになりました。これは緑の革命の大きな成果であると考えます。


20世紀後半の50年間におけける人類の活動の拡大,石油というエネルギー・化学工業資源を最大限に利用して人類は経済を発展させるとともに,自然資源を収奪していきました。20世紀末の人類の資源利用は持続可能なものからはほど遠いレベルです。世界の海洋漁場は資源の維持が危うくなり,家畜の過放牧により砂漠化が進行します。農地を拡大するため熱帯の原生林が焼き払われ,多くの生物種が絶滅の危機に瀕しています。



小麦における緑の革命による発展途上国の単収の増加,緑の革命による新しい品種は大量の水,化学肥料,農薬を必要としますが単収は1950年の570kgから2004年には2600kgにまで上昇しています。この単収の増加により急激に人口が増加したアジアの食料危機は回避されました。



コメにおける緑の革命による発展途上国の単収の増加,画像は「国際協力プラザ・緑の革命をアフリカで」より引用し,変更しています。データからは収穫が籾ベースか精米ベースかは分かりません。緑の革命により東南アジアやインドにおけるコメの単収は増加しました。しかし,生産コストの増大,地力の低下による単収の減少,在来種の放棄といった好ましくない現象も出てきており,南アジアでは緑の革命から従来品種に転向する農家も出てきています。


人口爆発

しかし,各国の政府はこの時期に人口増加を抑制する政策を怠りました。怠ったという表現は適切ではないかもしれません。キリスト教,イスラム教,ヒンドゥー教のいずれも宗教も家族計画や産児制限には反対する勢力となっており,政府も簡単には家族計画を政策の柱に据えることができませんでした。

そのため,「人口の転換」ではなく「貧困の悪循環」あるいは「貧困の再生産」が生じます。「人口の転換」が起こるためには所得の向上と社会や家族のあり方の変革が欠かせません。ところが現実には巨大な人口圧力のため所得の向上は少なくとも一部の上位階層を除いては望めません。このため人口増加率に歯止めがかからない状態になっています。

マルサスが人口論で定義した「最低生存費水準」に相当する現代の指標が「絶対的貧困」となります。絶対的貧困とは低所得,栄養不良、不健康,教育の欠如など人間らしい生活から程遠い状態と定義できます。まさしく,かろうじて生存している状況ということになります。

絶対的貧困という概念はロバート・マクナマラが総裁時代の世界銀行で用いられはじめたものです。UNDP(国連開発計画)による2000年度「人間開発白書」によると,絶対的貧困層(1日1ドル以下で生活している人々)は1995年の10億人から12億人に増加しており,世界人口(2000年当時)の約半分にあたる30億人は1日2ドル未満で暮らしていると報告されています。

1日1ドルということは年に370ドル程度の生活ということになります。平均すると1.5ドル/日と推定される世界の貧困層30億人の年間生計費は2兆ドルにもなりません。2000年の世界のGNPは32兆ドルですから,人口の半数を占める貧困層は世界総生産の10%も手にしていないという計算になります。もちろん,生計費とGNPは性質が異なる統計ですので実際の数字は異なるかもしれません。それでも,経済的格差はこのくらい大きなものになっているのです。

30億人の人々にとっては依然として子どもは重要な労働力であり,老後の保障でもあります。この人々にとっては少産少死に移行する動機づけはどこにもありません。これが,人口爆発を継続させる貧困の悪循環,貧困の再生産というメカニズムです。貧しいから人口増加に歯止めがかからない,人口が増えるから貧しさから脱却できないということになります。

現在の世界では開発途上国においても一定の上位階層では人口の転換が終了しています。このような人々は先進国と同じような生活を享受しています。経済成長の果実は豊かな人々にのみ分け与えられるもので,30億人の貧困層は豊かな人々の生活を支えているという図式になっています。先進国のスーパーマーケットに並ぶ安い食材や安価な日用品の相当部分は,このような人々によって生み出されているのです。

1960年から2010年までの世界人口のグラフをみるとほぼ直線になっています。これはこの50年間の人口増加率がほぼ同じであったことを意味しています。2008年の国連の世界人口推計では世界の人口増加率は1.18%となっています。狩猟採集の時期は0.01%,農耕が始まってからの数千年は0.1%でしたから,この50年間の人口増加がいかに急激なものであるかが分かります。

人口増加率1.18%という値は32年間で人口が1.46倍(1.011832= 1.46)になる計算です。現在の世界人口は69億人ですから2042年には101億人になる計算です。しかしさすがに増加率は低下するとして2050年の中位予測は91億人となっています。念のために定点の人口増加率をチェックしてみました。2001年/2000年は1.32%,2006年/2005年は1.24%,2010年は1.18%ですから漸減していることが分かります。

2050年までに予測される91億人を養うためにはさらなる食糧の増産が必要です。そのある部分は現在の農地の単収の増加でまかなわなければならないでしょう。さいわい,世界の三大作物の単収は(いくつかの問題を抱えているにせよ)この20年間は増加しています。

しかし,それと同時に現在の世界で蔓延している飢餓人口を低減するという困難な課題に取り組まなければなりません。20世紀の緑の革命は条件の良い土地での単収の増加に寄与しましたが,すでにそのように条件の良い土地は残されていません。21世紀はいままでそれほど重要視されてこなかった土地で,いかに持続的な方法で食糧の自給を達成するかにかかっています。

2010年の時点で世界の飢餓人口は10億人に達したとFAO(国連食糧農業機関)は世界の首脳たちに警鐘を発しました。「世界食料デーは30周年のパンフレット」にはFAOが現在の静かな飢餓に対してどのように取り組んでいるかが記されています。その中に「新たな食料の増産」という感銘的な内容がありましたのでそのままご紹介します。

誰がこれらの新たな食料を生産するのでしょうか? 小規模農家とその家族は約25億人,世界人口の3 分の1以上を占めており,これらの人々の食料増産への寄与こそ,このリーフレットで強調したい点です。小規模農家の大多数にとっては、農業でさえも収入の主要な創出源となりません。小規模農家の多くは女性で,臨時の仕事や送金から現金収入を得ています。

これらの人々は家庭菜園や都市農園で多少は作物を生産していますが,総体として多くが食料購入者であり,一日を2USドル以下で暮らしています。世界で栄養不良の人々の大多数は,このような人々なのです。私たちはこれらの人々の将来の食料生産への寄与を促進し,そうすることで,彼らが貧困と栄養不良から抜け出ることを支援することができます。

農業を可能にしている環境を破壊することなく,そうすることができるのです。適切な政策と自然を補完する適切な技術とアプローチを活用することで,作物生産を持続可能な方法で向上させることができます(引用了)。

この短い文章の中にどうすれば飢餓を軽減し,人口増加に歯止めをかけることができるかというヒントがあります。20世紀の緑の革命のように農業の工業化により生産の増強を目指すのではなく,21世紀の緑の革命は小規模で自然環境を損なわない形態であるべきです。

化学肥料や農薬に頼るコストの高い農業ではなく,自分たちの食料を持続可能な方法で生産する仕組みが必要なのです。注意深い自然の利用と手間をかけた農業によりそれは実現できます。食料の自給自足により生活が安定すると女性の地位向上が実現できるので,過剰な出生率を低減することにつながることが期待できます。

国名 1950年 2000年 2050年
中国 545 1267 1417
インド 372 1042 1614
米国 158 282 404
日本 83 127 102
インドネシア 77 224 288
ブラジル 68 176 219
バングラデシュ 44 130 222
パキスタン 41 146 335
フィリピン 20 77 146
メキシコ 28 100 129
エチオピア * 65 174
エジプト 22 70 130
ナイジェリア 37 114 289

世界の人口大国の人口動向,単位は100万人です。開発途上国でも1950年あたりから少死化が始まりましたが,まだほとんどの国では少子化の兆しは見えません。農地の拡大と単収の増加がどちらも限界にきていますので,どこかで破局点がくる可能性が高いと考えられます。「マルサスの罠」が現実のものとなりそうです。



トウモロコシ 小麦 コメ
面積 収穫量 面積 収穫量 面積 収穫量
1990 129 482 232 589 148 345
2000 137 591 218 583 152 399
2010 158 832 222 646 155 443


出典はUSDA(米国農務省),面積は100万ha,収穫量は100万トンです。2010年のトウモロコシの作付面積データは2008年のものを使用しました。コメと小麦の単収の増加率は1990年代からにぶっています。


緑の革命の限界|単収増加の飽和

じつは,このような視点は20世紀の緑の革命の問題点を踏まえて検討されてきたものです。近代農法,つまり農業の工業化は最適条件が非常に狭いため,世界中どこでも適用できるといういうものではありません。世界の農業地域の社会条件,環境条件は極めて多様であり複雑なものです。そのような分野を工業のように画一的に扱うのは大きな過ちです。

自然の恵みはすばらしいものですが,それはとても傷つきやすいものなのです。一時的な増収を目指すのではなく,それぞれの地域に合わせた持続可能な農業形態が求められています。

世界の農地の80%は天水に頼っています。そこは灌漑農地に比べるとずっと生産性は低いのですが,多くの小規模な農民が自給自足の生活を営むことができます。この地域の農業を持続可能な形で最適化することが21世紀の緑の革命の課題です。なんといっても灌漑に適するような土地はもうほとんど残されていないのです。

既存の灌漑農地の単収は今後の努力で増加するかもしれません。しかし,トウモロコシを除きその伸び代はそれほど大きくはないでしょう。いかに技術を駆使しても,植物の持つ潜在力以上の収穫を引き出すことはできません。緑の革命は単収を一段高い水準に押し上げたものの,どこかに限界があります。単収の増加が永続することはありえないことです。

日本のコメがそのよい例です。日本のコメの単収(精米ベース)は1.4トン/haから20年ほどで4.7トン/haに達しましたが,その後は横ばい状態になっています。品種改良,化学肥料,適切な灌漑の三つの要素が最高の条件で満たされても,梅雨時の日照時間が低下するため日本では5トン程度が限界値なのです。

その反面,カリフォルニアでは稲の生育時の天候に恵まれるため,飛行機から種をまくという粗放型の稲作ですが,日本よりも3割ほど単収は上回っています。いかに,栽培環境を整えても日照時間に反応する植物の本質は単収の限界となっています。

● コメの生産量での注意事項

コメの単収の多少を議論するときには二つのことに注意しなければなりません。一つは収穫量の定義です。コメは籾→玄米→精米と加工されますが,どの段階のものかにより数字が大きく変わります。籾を100とすると玄米はおよそ70-75,白米はおよそ65といったところです。つまり,籾と白米(精米)では35%ほど数字が異なります。

もう一つはインディカ種とジャポニカ種の違いについても留意する必要があります。世界中で生産されているコメの大半はインディカ種と呼ばれており,すべて長粒品種です。日本で栽培されているものはジャポニカ種と呼ばれており,(世界的には長粒品種もありますが)ほとんどは短粒品種です。単収でみると明らかにインディカ種が多収型ということになります。

● 減少する穀物の期末在庫

緑の革命の成果が一巡したアジアでは1990年を境にコメの反収の増加率が小さくなっています。この背景には灌漑農地に緑の革命が行き渡り,新たに優良な灌漑農地が増えないことが要因としてあげられます。逆に中国などでは経済発展により優良な農地が商工業地や道路等に転用されて減少する事例も出ています。

フード・セキュリティー(食糧安全保障)を考える上で最も基本となる指標は穀物繰り越し在庫量(期末在庫,次の収穫が始まる時点での穀物の在庫量)です。この数字は各年度の豊作・不作により大きく変化しますが,大きな傾向としては1980年代から一貫して減少しています。米国農務省(USDA)穀物等需給報告によると2006/2007年の世界の穀物生産量は19.7億トン,消費量20.5億トンとなり,消費量が7,200万トン上回りました。

過去7年間で需要を下回るのは6度目となり,穀物の期末在庫率は3.7ポイント下がり,15.8%(57日分)にまで落ち込むとみられています。これは在庫量が56日分にまで低下して穀物価格が2倍に跳ね上がった1972年以来最低の水準です。在庫量が60日を切ると必ず価格は上昇します。実際には2007年にはオーストラリアが大干ばつに見舞われ,繰り返し在庫が少ないため小麦の価格は2倍に高騰しました。それにつられる形で2008年はコメの国際価格も急騰しました。

フィリピンやインドネシアは一時期,コメの自給を達成しましたが人口増により再び輸入国になっています。コメを主要なカロリー源にしているフィリピンは2010年のコメ生産量は1080万トンですが,250万トンを輸入しており,世界最大のコメ輸入国となっています。

今後40年間にフィリピンの人口は9200万人から1億4600万人に増加すると推測されています。5400万人分のコメは780万トンに相当します。つまり,国内の生産が伸びなければ40年後のフィリピンは1000万トンのコメを輸入することになります。2010年の世界のコメ貿易量は3000万トン,生産量の7%にすぎません。

● 2008年の穀物高騰・・・コメの場合

そのため,コメの輸出国において小さな変動が起こるだけで国際価格は急騰します。2008年はそのような年でした。年初のタイ米(精米ベース,FOB価格)はトン当たり380ドルでしたが,5月には1000ドルを超えてしまいました。発端はコメの主要輸出国であるベトナムとインドの輸出停止措置でした。

これにあわてたフィリピンが大量の買い付けを行い,投機筋の思惑が国際価格の高騰を招きました。結果として投機筋とコメの流通業者は大きな利益を手にしたという図式です。

国際的に流通している3000万トンのコメを買い占めるために必要な資金はトン当たり400ドルとして120億ドルに過ぎません。投機筋の動かす巨額のマネーが流れ込むとあっというまに高騰します。

もちろん,価格の高騰は消費者が買うことで成立するものであり,フィリピン政府のいくらでも買うという姿勢が高騰を招きました。タイ政府は(流通業者からの圧力を受けたのか)最高値の時期に政府備蓄米を放出して市場を冷却させませんでした。

このときフィリピン政府からコメの調達を依頼されたA氏(当時のアロヨ大統領に非常に近い人物とされています)には5%のコミッションが入ったとされており,価格の高騰はコミッションの高騰に結び付いたと噂されています。

食糧という生きるために欠かせないものまで金儲けと腐敗ゲームに翻弄されることになります。これが市場経済の現実なのです。そして,その陰で多くの人々がコメから見放された暮らしを余儀なくされることになるのです。コメ価格高騰の最大の被害者はアフリカの国々でした。それらの国ではコメが主要な食糧になってきており,地域の環境に適したコメの栽培を促進する必要があります。


主要コメ生産国の生産量と消費量(2008年),出典はUSDA(米国農務省)です。コメはアジアの多くの国々の主食となっており,最近ではアフリカでも消費が増加しています。しかし,中国,インドのような国は国内の作柄しだいでは輸出が停止される危うさもはらんでいます。コメの国際貿易はタイとベトナムだけに頼っている状況です。




世界の穀物生産量と貿易量(2008年),出典はUSDA(米国農務省)です。コメは世界生産量の7%に相当する3000万トンが国際的に取引されます。しかも,その多くは東南アジアの2カ国とインドに頼っており,大きな不安定要因を抱えています。1993年におけるコメの国際取引は1200万トンでしたが日本が250万トンを輸入すると国際価格は跳ね上がりました。日本にとっては国際価格が2倍になっても何の問題もありませんが,他の輸入国にとっては死活問題となります。




世界のコメ生産量および単収の増加率,出典はFAOSTATです。1963年から2003年までの世界のコメの生産量と反収の増加率を10年毎にまとめたものです。緑の革命により最初の30年間は反収の高い伸びが生産量の増加を後押ししましたが,1993年から2003年にかけての反収の伸びは明らかに小さくなっています。1年あたりの増加率は0.57%であり,人口増加(1.18%/年)に追い付かない状況です。




世界の穀物生産量,消費量および期末在庫,出典は「農林水産省・世界の農産物貿易と食料需給の動向」です。縦軸の単位は億トン,期末在庫量は%で表しています。期末在庫量が16.5%ということは60日分の在庫があることを意味します。1970年代には期末在庫が60日を切ったため,穀物価格が高騰しています。

もう一つ,気がかりなのはトウモロコシはほとんどが家畜の飼料になりほんの一部しか人の食糧にはならないことです。2006年以降の穀物生産量増分の大半はトウモロコシによるものなので食糧問題がどうなっているかは読み取れません。


緑の革命の限界|水資源の枯渇

緑の革命に欠かせない水の供給にも限界が見えています。地球上で1年間に蒸発する海水はおよそ500兆トンであり,そのうち50兆トンが陸上降水量となります。このうち南極圏と北極圏の降水はまったく利用できません。さらに,熱帯圏の降水量は多すぎて人類の利用はほんの一部に限定されます。また,陸上の降水量は季節により大きく変化し,ときには恵みの水ではなく洪水等の被害ももたらします。

人類が利用可能な再生可能な淡水(降水により補充される淡水)は14兆トン/年程度と見積もられています。雨として陸上に降った淡水の大半は川に入り,平均すると16日間くらいで海に達します。河川における平均滞留時間は距離の短い川ほど早くなります。

一部の淡水は蒸発したり,湖沼等で一時的に蓄えられたり,地中に浸み込み地下水となります。このような淡水資源のうち人類はすでに5-5.5兆トンほどを使用していると推定されます。水使用の内訳は大ざっぱに農業が70%,工業用水が20%,都市給水が10%となっています。

● 赤道をはさんで南北に位置する乾燥ベルト地帯

陸上の水資源は化石帯水層を除き降水に頼っていますが,地域により降水量は大きく変化します。大まかにいうと降水量は緯度によりベルト状に区分される傾向があります。つまり,赤道付近は多雨地域,北回帰線と南回帰線付近は少雨地域,両回帰線からさらに高緯度になると比較的雨の多い地域ということになります。この傾向に加えて大陸と海洋の配置の影響,山岳地帯の影響により地域の降水量と降水の多い季節,少ない季節が決まります。

少雨地域が南北の回帰線付近にベルト状に存在するのは,地球の大きな大気循環によるものです。赤道周辺の熱帯地域では太陽輻射量が大きく,暖められた大気は上昇気流となります。上昇気流は雲を形成し,大量の雨を熱帯地域にもたらします。

潜熱を失い乾燥した大気は南北の回帰線の辺りで下降し,(断熱圧縮により)熱く乾いた風となって赤道方向に移動します。この大きな大気循環のため南北の回帰線付近は亜熱帯高気圧帯となり,この高気圧に一年中支配されるため南北の回帰線の辺りはベルト状の少雨地帯(乾燥ベルト地帯)となります。

また,大陸の内陸部では山脈により湿った大気の流れが遮られたり,海から遠いため水蒸気の供給が少ないことにより生じる雨陰砂漠や内陸砂漠もあります。乾燥ベルト地帯に砂漠が集中するのは降水量が少ないことに加えて太陽輻射量が大きいので蒸発量が多いことがあげられます。つまり,多少雨が降っても蒸発量がはるかに大きいので,すぐに土地は乾燥してしまいます。

砂漠とは年間降水量が250mm以下,または降水量より蒸発量の方が大きく植生の乏しい地域と定義されています。世界の砂漠面積は約36億haであり,全陸地面積のの約4分の1を占めています。

砂漠の周辺には乾燥地や半乾燥地が隣接しており,そのような地域では降水量の減少や人間活動(過度の農耕,放牧,伐採)により毎年600万haもの土地が砂漠化しています。現在の食糧生産の相当部分はそのような限界地で生産されています。

21世紀の農業の一つの課題は砂漠化の進行を防止しながら,自然の恵みの範囲内で地域の基本的ニーズ(食糧,薪炭材など)をどのように満たしていくかということになります。そのようなアプローチは農業の工業化を進めた「緑の革命」とはまったく異なるものであり,伝統的な農業形態に新しい農業技術が付加されたものになるはずです。

● 現在でも農業用水は不足しています

世界の農地を俯瞰するとその80%は天水に頼っており,残りの20%が灌漑農地ということになります。日本の水田は100%灌漑水田となっており,必要な水は天水でまかなわれています。農業に関しては日本は水に恵まれた国ということができます。

しかし,世界的には農地の20%を占める灌漑農地に供給する水がすでに不足しています。黄河,ガンジス川,コロラド川など大陸を代表する大河においても乾季には干上がったり,河口まで到達する水量がごくわずかな状況となっています。その原因は上流部における過剰な取水にあります。

中国南部は水に恵まれていますが,水質汚染が深刻な影響を与えています。すでに1/4の水系では農業用水にも使用できない汚染レベルとなっています。大陸の河川は大小の支流が集まって巨大な水系を形成していますので,1ヶ所で汚染が発生すると,下流側の水系全体が汚染されてしまいます。

華北平原の水不足は慢性的なものになっており,中国の2/3の都市は水不足に直面しており,農村部では3.2億人の人々が安全な飲料水すら確保できない状況にあります。また,北部の砂漠化も深刻であり,毎年1700km2もの乾燥地が砂漠化しています。

現在の食糧生産を支える水資源はすでに過剰使用の状況であり,さらに都市や工業に使用する淡水も急増しています。カリフォルニアでは不足する水資源を都市と農業でどのように分け合うかが現実の問題となっています。

このような場合,水の生産性という観点からすると農業にはほとんど分がありません。1000トンの水を使用して農業では1トンの小麦(約500$)を生産します。水に支払うことのできる金額はせいぜい50$でしょう。それに対して都市は1000トンの水を200-300$で買ってくれます。工業用水の場合は同じ水で14,000ドルの製品を生産することができます。農家は自分たちの権利となっている水を都市に売ることになり,農地は放棄されます。

21世紀には淡水は貴重な資源となり,「湯水のように使う」ということわざは「大切に使用する」という意味になりつつあります。グローバル市場経済においては一国の中で水を節約する最高の方法は穀物を輸入し,水資源を都市や工業用水に優先的に使用することなのです。

● 地図から消える世界4位の湖

中央アジアの真珠と呼ばれていたアラル海は,綿花栽培のための過剰取水により急速に縮小し,不毛な土地に変わっていきました。人類が水環境に与える影響はこのように大きなものになっているのです。食糧と商品作物の栽培のため,人類は今後も新たに大量の水を必要としますが,そのような水資源はもう残されていません。


縮小するアラル海,画像はUNEP:Vital Water Graphics より引用し変更しています。カザフスタンとウズベキスタンにまたがるアラル海は今から50年前には世界第4位の面積(66,000km2,琵琶湖の約100倍)をもつ巨大な湖でした。塩分濃度は1%程度であり,魚の宝庫として地域の産業と水運を支えていました。

半砂漠地帯に位置するアラル海を涵養していたのは天山山脈を水源とするシルダリヤとパミール高原を水源とするアムダリヤの2つの河川でした。ところが1960年代になるとウズベキスタン(当時はソ連の一部)では大量の灌漑用水を取水して綿花を栽培するようになりました。その量は毎年100km3にもなりました。乾燥地帯に位置し,表面積の広いアラル海からは毎年30-35km3の水分が蒸発するため,流入量が蒸発量を下回ると急速に縮小していきます

● 国際河川を巡る争い

河川が複数の国にまたがって流れる場合があります。そのようなものを国際河川といいます。古い文明を育んだチグリス川やユーフラテス川も国際河川の一つです。トルコに源を発し,シリア,イラクと流れ下ります。乾燥地域の位置するシリアやイラクにとってはほとんど唯一の水源ですので,まさしく国の生命線となっています。

このような国際河川ではしばしば水紛争なります。トルコではチグリス川とユーフラテス川の大規模な水資源開発を進めており,下流側のシリア,イラクから大変な批判を受けています。上流でダムができて取水がされると下流では流量が減少します。

川の水位が下がると既存の灌漑設備は役に立たなくなったり,両河川の合流部にある大湿原がやせ細るという問題も発生しています。また,流域の都市にはほとんど下水処理施設がないので河川の汚染も深刻な問題になりつつあります。世界の水事情はそこまでひっ迫しているのです。

● 地下水の過剰使用

今日の灌漑農業の抱える最大の脆弱性はそのかなりの部分を地下水に頼っていることです。地下水は地表水により涵養される再生可能資源ですが,多くの地域では灌漑農業や都市への給水のため自然の涵養量を上回る地下水を汲み上げています。地下水資源は急速に減少し,地下水位は低下していきます。特に中国華北部,インド北部の地下水位は危険な速さで低下しています。

インド亜大陸の降水はモンスーンにより支配され,はっきりと雨季と乾季に分かれます。天水を利用していた時代,ほとんどの農業生産は雨季の雨を頼りにしていました。ところが,コメと小麦の栽培において緑の革命が導入されると地下水による安定的な灌漑農業が行われるようになりました。

バングラデシュの稲作は乾季栽培が主流となり,ため池の水で不足する分は地下水が使用されています。伝統的な農村では雨季にコメを作り,乾季に野菜を作るサイクルであり,多くの土地なし農民が労働力を提供して暮らしていました。緑の革命によりコメ作りは乾季に行われるようになり,雨季は仕事が無くなるため,伝統的な農村共同体は崩壊し,土地なし農民は都市の貧困層を形成するようになります。

ガンジス平原に位置するパンジャブ州は年間降水量が500mm(日本の1/3以下)にもかかわらず,地下水の大量使用によりインドの小麦の22%,コメの12%を生産する穀倉地帯となっています。降水量の少ないパンジャブ州における地下水の使用量は涵養量をはるかに上回っており,州内のほとんどの土地で地下水位は急激に低下しています。

井戸は次々と涸れ,それを補うためさらに深井戸が掘られるという悪循環に陥っており,120mもの深井戸も出てきています。この地域の農業基盤が崩壊するとインドは確実に食糧輸入国に転落します。

中国華北地域の水不足も深刻であり,都市給水などにより地下水位は危険な速度で低下しています。華北に隣接する内モンゴル自治区では半乾燥地の砂漠化が急激に進行しています。中国の1人当たりの水資源は世界平均の1/4にすぎず,しかも水資源の分布は南部に偏っています。

人口の40%,耕地の50%は北部に存在しているのに,降水量の80%は南部に集中しています。この水資源の偏在が中国の抱える最大の問題点なのです。中国が国威をかけて三峡ダムを建造したのも,南の水をなんとか北に送ろうとする世界最大級の国家事業(南水北調)の起点なのです。

地表水によりほとんど涵養されない地下深部の帯水層やまったく涵養されない化石帯水層も利用の対象となっており,枯渇という深刻な事態を引き起こしています。米国では地球上で最大のオガララ帯水層が毎年120億m3汲み上げられる反面,地下水位の下がった地域では100万haもの灌漑農地が放棄されています。

降雨量が極端に少ないアラビア半島でも化石帯水層からの汲み上げにより,砂漠地帯で小麦や家畜飼料の栽培が行われています。アラビア半島の帯水層はこの地域が現在よりずっと湿潤であった1万年以前に蓄積されたもので,石油と同じ化石資源です。

サウジアラビアの再生可能な水資源は20億m3と見積もられていますが,2000年の時点で農業部門だけでも150億m3もの水を使用しています。農場はフレーム長が350mほどのセンターピボットと呼ばれる回転式スプリンクラーが使用されため,米国式の円形農場となっています。

暑く乾燥した砂漠でスプレー式灌漑で小麦を栽培するためには(地表からの蒸発量が大きいため)収穫1トンあたり通常の3倍の3000トンもの水を必要とします。このような農場で栽培された飼料を使って飼育された家畜のミルクを1リットル生産するために必要な水は1000リットルと推計されています。

灌漑農業における地下水の過剰使用は世界中で毎年1600億トンにも達すると推計されています。これはナイル川の年間流量の2倍に相当します。この過剰使用された水はほとんど穀物栽培に使用されています。

穀物を1トン栽培するためには約1000トンの水が必要ですので,水赤字(地下水の過剰使用)で生産された穀物はおよそ1.6億トン,これは世界の穀物生産量の8%を占めています。土地の劣化と水不足について考えると,現在の穀物生産量を維持するとがどれほど大変なことかが分かります。


世界の1年間の淡水使用状況,人類はすでに再生可能淡水の1/3を利用しています。今後の人口増加と人口の都市集中により農業用水と都市給水は増加します。しかし,現在でも河川の利用はほぼ限界に達しており,さらに河川の汚染により使用可能な淡水は減少傾向です。

大ざっぱな計算では1トンの小麦を栽培するためには1000トンの水が必要です。コメの場合はさらに多くの水が必要です。2050年までに増加する20億人の人口を養うためには4億トンほどの穀物が必要になります。





世界の降水量地図。画像は「自由が丘夜の猫:BAR」より引用しました。北回帰線と南回帰線の両側にベルト状の少雨地帯があることが分かります。




南北方向の地球規模の大気循環。赤道付近では太陽からの強い輻射により上昇気流が生まれ,大量の雨を降らせます。このため赤道付近では熱帯降雨林が形成されます。雨を降らせて乾いた大気は南北に移動し,南北の回帰線あたりで下降します。このため回帰線付近では亜熱帯高気圧となり降雨量が減少します。大気循環の最終ステージでは乾いた風が地上の水分を赤道方向に運び去ります。このようなメカニズムで赤道をはさんだ南北に乾燥ベルト地帯が形成されます。




世界の穀物耕作地と灌漑地面積,灌漑地は天水農耕地のほぼ2倍の生産効率をもっていますが,条件の良い土地はもう残されていません。灌漑農地の造成コストは年々上昇しており,生産費を上昇させています。また水資源そのものが限界にきており,今後の灌漑農地の拡大は限定されます。





乾季のバングラデシュの農村風景,バングラデシュでは緑の革命により伝統的な雨季米から乾季米に転換されました。伝統的なため池で不足する水は地下水をポンプでくみ上げて供給しています。




地下水の過剰使用,出典は「地球白書(ワールド・ウオッチ研究所)」です。灌漑農業における地下水の過剰使用(水赤字)は世界中で毎年1600億トンにも達すると推計されています。これはナイル川の年間流量の2倍に相当します。地下水はある程度は地表水により涵養されますが,過剰使用により急速に水位が下がっています。この水赤字により収穫される穀物は1.6億トンにもなると推計されます。



20世紀の半ば以来,水の使用量は3倍に増加しています。その一部は地下水の過剰な汲み上げにより賄われており,あらゆる大陸で地下水位の低下が起きています。顕著な地下水の減少が発生している地域は@南欧,A北アフリカ,B南アフリカ,C中央アジア,D中東,Eインド全域,F中国華北,G中国中部,H米国great planesなどです。淡水利用の70%は灌漑農業に使用されますので,水不足はそのまま穀物不足につながります。





カンサス州の農場,画像はwikipediaから引用しました。センターピボットと呼ばれる巨大な回転式スプリンクラーにより散水されるため円形の農場になります。使用される水は地球上で最大のオガララ帯水層から汲み上げられます。


緑の革命の限界|塩類の集積

灌漑農業のもう一つの問題点は塩類の集積です。農耕地に一定以上の塩類が存在すると作物の生育に重大な支障が生じます。ときにはまったく作物が育たなくなります。塩類は地中に含まれており水に溶けて河川により海に運ばれます。

ボリビアにウユニ塩原というすばらしい景観の場所があります。アンデス山脈に挟まれた標高3700mの盆地状の土地に12,000km2もの塩の平原が広がっています。この塩原の塩分の大半はアンデス山脈の雪解け水により運ばれてきたものです。この塩原から流れ出す川はないため,水分が蒸発すると塩分だけが残されることになります。

ここには約100億トンの塩があり,現在でも毎年2.5万トンが流入しているそうです。この地域はかっては広大な(おそらく海水起源の)塩水湖で覆われており,それが干上がって特異な地形となりました。現在の塩類の蓄積速度から考えると40万年で100億トンになる計算ですので,当初の塩水湖自体も海水起源ではなくアンデスから流入したものとも考えられます。

ここはアンデス山脈に挟まれた盆地状の地形となっており,流れ出す川はありません。雪解け水は強烈な太陽と砂漠気候により蒸発し,塩分が蓄積されました。このように自然の働きにより特定の物質が集められることを「濃集」といいます。

地球上にはマグマや水,ときには生物の働きにより特定の物質が濃集されることがあり資源となります。ウユニでは塩類以外にもレアメタルのリチウムも濃集されており,埋蔵量は140-500 万トンという世界最大級の資源として脚光を浴びています。

地層中にはこのようにたくさんの塩分が含まれており,通常の河川水にも微量の塩分が含まれます。特に大陸のように河口までの距離が長い川は相対的にたくさんの塩分を含むことになります。つまり,灌漑に河川水を使用しても,排水条件が悪いと農地に塩分が少しずつ集積されることになります。

また,土地によっては地中にたくさんの塩分を蓄積しているところもあります。そのような土地で灌漑農業をすると,地中に浸み込んだ余分な水分が塩分を溶かし,表層が乾燥すると毛細管現象により再上昇して塩分を運び上げる現象も起こります。

タイ東北部やオーストラリアの一部地域の塩類集積は森林伐採が地表の水分環境を変えたために起こっています。これらの地域の地中には塩分を含んだ地下水があります。森林や根の深い植生が表層の水分を吸収しているときは地下水位は十分低いところにありましたが,森林や植生が除去され,根の浅い作物が栽培されると,地下水位の上昇が引き起こされました。

いずれにしても,地表に塩類が集積すると農地の生産性は著しく阻害されます。オーストラリア・ニューサウスウェールズ大学の報告では世界中で塩害の影響を受けている灌漑農地は21%に達するとされています。



干上がったウユニ塩原,ウユニ塩原はボリビア中央西部の標高3700mのところに位置する面積約12,000km2の広大な塩の平原です。塩原の厚さは場所によっては100mほどにもなると報告されています。ここには約100億トンの塩があり,現在でも毎年2.5万トンが流入しているそうです。この地域はかっては広大な(おそらく海水起源の)塩水湖で覆われており,それが干上がって特異な地形となりました。



オーストラリアの塩害発生のメカニズム。この地域の地下水には塩分が含まれています。森林や深い根を張った植生に覆われていた時期は雨水は根により吸収され,地下水にはほとんど浸透しませんでした。しかし,植生が除去され根の浅い作物が植えられると雨水の30-40%が地下水まで浸透し,地下水位の上昇を招きました。上昇した地下水は乾季に下がりますが地表には塩分が残されます。


緑の革命の限界|失われる農地の肥沃さ

土壌の劣化(肥沃さの喪失)も深刻です。20世紀に増加した巨大な人口を養うため放牧地,農地のいずれもが疲弊しています。土地の生産性に関しては二つの問題を抱えています。一つは土壌の流出による失われる農地の肥沃さであり,もう一つは世界で20億人の人々がかろうじて生計を立てている半乾燥地帯の砂漠化です。

農地の肥沃さは厚さわずか15-20cmほどの表層の土壌(表土)により決まります。土壌は植物が長い間をかけて形成した植物に必要な有機物あるいは無機物の栄養素を含んだ部分であり,そこではみみずや昆虫,微生物などが植物の生育に適した環境を作り出しています。

土壌は土,腐植土,空気の混合物のため形態により,単位容積あたりの重さが大きく変わってきます。そのため,仮比重(空気込の比重)と真比重(空気をはぶいた土の比重)という概念があります。農地の土壌の仮比重(カサ比重ともいいます)は0.8程度ですが,押し固まっている山の土は2以上になります。植物が根を張り栄養分を吸収するためには0.8程度の空気や栄養素がたくさん含まれた土が必要です。これを農地では土壌と呼んでいます。

熱帯雨林は多くの植物が繁茂しているため豊かな表土があると考えられるかもしれませんが,実際には非常に薄い表土しかありません。温帯の落葉広葉樹林の代表であるブナ林では毎年大量の落ち葉が供給され,しかも微小動物や微生物による分解速度は熱帯に比べてずっと遅いので,豊かな腐葉土が形成されます。しかし,熱帯では分解速度があまりにも早いため,栄養素はすぐに植物に吸収されてしまいます。そのため,腐葉土のような土壌は形成されません。

熱帯雨林では有機物や栄養素はほとんど植物体にあり,土壌はとても貧弱なのです。熱帯雨林の巨木は板根と呼ばれる板状の根をもっています。土壌が薄いので根は下ではなく,水平方向に伸びます。しかし,大きな本体を支えなければなりませんので,板状の根を四方に出すことになります。

熱帯雨林を広い範囲で切り開くと貧弱な表土はたちまち強い熱帯の雨により流出してしまい,砂漠のような状態になってしまいます。温帯においても森林や草原を農耕地に変えると,同じように土壌の流出が始まります。森林や草原は土壌を乾燥や水食,風食から守るとともに,土壌そのものを形成してきました。

地球の歴史の大部分を通して土壌の形成量は浸食量を上回ってきました。それに対して農地は作物栽培のため表土が深く鋤きこまれ,かつ一年のある時期表層から植物が全く無くなるため,風や雨により容易に表土が失われます。劣化した土地のほとんどは以前より肥沃度が低下しているもののそのまま農業生産に使用されています。

半乾燥地域においては風食が,降雨量が一時期に集中する地域では雨食が土地の肥沃さを奪っていきます。年間を通して降雨に恵まれ,水田という耕作システムを行っている日本では実感できませんが,米国の穀倉地帯ですら風や雨による表土の喪失を防ぐため,土地保全プログラムを制定し,一定期間休耕地として草地に戻す措置をとっています。

草原においても過放牧は植物を失わせる要因となり,世界の多くの半乾燥地域では砂漠化が進行しています。逆に適切に管理されている農地では,毎年少しずつ土壌を改善することもできます。土地の生産性を損なわない利用が持続的な農業,牧畜のキーなのですが,現実の世界においては巨大な経済的圧力や人口圧力が限界地を荒地に変えていっています。

FAO(国連食糧農業機関)は2008年の「グローバル土地劣化・改善アセスメント」を出しています。この報告書は1981年から2003年までの間に収集されたデータに基づいています。それによると,生態系の機能や生産性の低下と定義される土地の劣化は,耕作地の20%,森林の30%,草地の10%で進行中となっています。

劣化する土地に直接依存している人口は世界人口の4分の1にあたる15億人にのぼると推定されています。土地劣化のは影響には生産性の低下,基本的資源と生態系の損傷,生息地の減少による生物多様性の喪失が含まれます。

1991年のアセスメントでは土地面積の15%が劣化していることが示されましたが,2008年のアセスメントで確認された24%の劣化地の大半は新たに発生したものです。以前から劣化が進んでいた地域ではこれ以上の劣化が進みようがなく,放棄されるか低い生産性のままに管理されています。

今回のアセスメントでは主な劣化地域は赤道から南のアフリカ,東南アジアと中国南部,中央北部オーストラリア,パンパ,そしてシベリアと北米の広大な北方林地帯でした。世界中の陸域が人間活動により改変され,他の生物の生息環境が著しく狭められていることが分かります。

ただし,FAOの「土地劣化」は人の手が入った土地はほとんど生物多様性と二酸化炭素吸収源としては劣化の扱いになりますので,数字をそのまま鵜呑みにするわけにはいきません。報告書の中では日本の土地劣化は35%となっており,とても素直にうなづけるものではありません。報告書のオリジナルがみつからないので劣化の定義を確認する必要があると考えています。


土地の肥沃さとは表面の15-20cmの土壌(表土)で決まります。植物と小さな動物,微生物は共同で落ち葉などを分解し植物が再利用できる形に変えます。この働きにより,人の手が入らない土地では毎年少しずつ土壌が形成されます。しかし,それが農地に転換されると,乾燥,雨や風による浸食により土壌が失われていきます。土壌は土地の豊かさそのものであり,日本では地力とも呼ばれています。地力が落ちることは収穫が減少することにつながります。




熱帯雨林の大木は板根と呼ばれる特殊な板状の根を水平方向に広げます。熱帯では土壌が薄いので樹木は下方向ではなく水平方向に根を張ります。




世界の土地劣化状況,出典はFAO(国連食糧農業機関)Human-induced soil degradationです。縮小画像は見づらいので内容は正式サイトで確認願います。FAOの2008年報告では,生態系の機能や生産性の低下と定義される土地の劣化は,耕作地の20%,森林の30%,草地の10%で進行中となっています。劣化する土地に直接依存している人は15億人にのぼると推定されています。



米国の耕地における土壌侵食の推移,データは「ルーラル電子図書館」から引用しました。機械化により広大な農地を展開する米国では風と水による土壌の浸食が深刻な問題となっています。土壌生成速度を考慮ると農業生産を持続できる土壌侵食許容量は(土壌の種類によって異なりますが)通常は4.9-12.4 ton/haです。しかし,土壌浸食が減少した2003年においても耕地面積の28 %(4,130万ha)では許容量を超える土壌侵食が生じています(ルーラル電子図書館・No.46 アメリカ 耕地からの土壌侵食の実態)。


漁獲限界に達した海洋資源

肉食を支える資源は海洋資源と家畜です。どちらも経済成長とともに消費量は急速に増大する傾向があります。しかし,農耕地の生産量が限界に近づいているように,世界の牧草地および海洋漁場も限界あるいは過剰利用により劣化している状況です。

特に海洋資源は過度に利用されていることは明らかです。国際法では海洋は自由航行の認められた公海と沿岸国の主権がおよぶ領海(沿岸から12海里)とに分けられます。この中間の部分が排他的経済水域(EEZ,沿岸から200海里=370km)と呼ばれるところです。この範囲は自由航行は認めまれますが,沿岸国が経済的主権を有しています。

日本は多くの島からできていますので,領海とEEZを含めると448万km2という世界でも6番目の海洋国家になります。おとなりの中国は日本に比べて30倍もの国土面積を有していますが,領海とEEZの合計は88万km2にすぎません。最近の中国が南シナ海の南沙諸島や尖閣諸島を中国の核心的利益と発言する背景にはEEZ内の拡大による海底および海洋資源の確保という重大な利害がからんでいるからです。

このように,世界の海洋は経済的にはEEZと公海に分けられることになります。漁業資源の相当部分は公海にあり,そこでは参入自由の原則があり,一部の生物種を除き捕獲規制はありません。つまり,早い者勝ちで捕獲することができますので必ず乱獲につながります。

多数者が利用できる共有資源が乱獲されることによって資源の枯渇を招いてしまうことを共有地の悲劇(コモンズの悲劇)といいます。共有地の悲劇は海洋だけではなく,陸上でもしばしば発生します。wikipedia では経済法則としての共有地の悲劇を次のように説明しています。

共有地(コモンズ)である牧草地に複数の農民が牛を放牧する。農民は利益の最大化を求めてより多くの牛を放牧する。自身の所有地であれば牛が牧草を食べ尽くさないように数を調整するが,共有地では自身が牛を増やさないと他の農民が牛を増やしてしまい,自身の取り分が減ってしまうので,牛を無尽蔵に増やし続ける結果になる。

こうして農民が共有地を自由に利用する限り,資源である牧草地は荒れ果て,結果としてすべての農民が被害を受けることになる。また,牧草地は荒廃するが全ての農民が同時に滅びるのではなく,最後まで生き延びた者が全ての牧草地を独占する。このことから、不当廉売競争による市場崩壊とその後に独占市場が形成される過程についてもコモンズの悲劇の法則が成り立つ。(引用了)

上記の説明の後半部分はともかくとして陸上の共有地が荒廃する大きな原因は共有地の悲劇に由来すると考えられます。畜産・牧畜と漁業の生産拡大の相当部分は共有地の悲劇の上に成立していたといえます。

排他的経済水域内の漁業資源保護はまさしく自分の利益にかないますので,ほとんどの国の政府は国内法で規制しています。2008年のFAOの報告では,海洋漁業資源の50%は最大限に利用され,24%は乱獲もしくは枯渇状態にあるとされています。実際,1990年から中国を含めた海水面漁獲は横ばいもしくは減少傾向にあります。

特に高度回遊性のサメ類の50%以上,マグロ,カツオ,カジキ類の30%の資源量は大きく減少しています。排他的経済水域と公海にまたがって生息する魚であるタラ,ヒラメなど魚全体の66%を占める魚類への被害も深刻です。

海洋資源は非常にデリケートなものです。日本の例にとると,戦前の北海道では毎年,春先になるとニシンの大群が沿岸に押し寄せてきて,当時の装備でも100万トン近い漁獲がありました。しかし,昭和30年になると北海道のニシンは幻の魚となり,現在の若い人はほとんど生のニシンを見たことも食べたこともないようになってしまいました。

冬になると産卵のためやってくる日本海のハタハタも1960年代は2万トンの漁獲量があったものが,1970年代になると漁獲量は減少し,1980年代になるとほとんど捕れなくなり,資源保護のため一時期は捕獲禁止となりました。

1985年には400万トンの水揚げがあったマイワシは2000年代には数万トンに激減しています。資源そのものが減少することもあれば,海水温や海流の変動などにより魚の回遊ルートが変わることもあります。海洋資源は注意深く持続可能な量に限定しなければ,すぐに食卓から消えてしまうのです。

魚は発展途上国の人々にとっては重要なタンパク源であり,先進国の人々にとっては食肉に代わる健康食品です。今後も需要の増加は続くでしょう。海洋資源の限界が見えてきたので,多くの国では商品価値の高い魚の養殖が増加しています。

特に中国では広大な自然および人口の内水面を抱えていますのでそこで淡水魚を養殖しています。2008年の内水面養殖魚の大半を占めるのは中国産のコイやフナの仲間で2059万トンにも達しています。現在のトレンドでみると,近い将来,漁獲量の半分が養殖魚となる日が来るかもしれません。

日本でもホタテ(北海道,青森),コンブ(北海道,岩手),ワカメ(岩手,宮城,徳島),ギンザケ(宮城),カキ(宮城,広島,岡山),ノリ(宮城,千葉,愛知,兵庫,香川,岡山,熊本),マアジ(静岡),マダイ(三重,愛媛,長崎,熊本),ハマチ(愛媛,香川),シマアジ(高知,大分),フグ(長崎,熊本),ブリ(長崎,鹿児島),ヒラメ(大分),クルマエビ(熊本,鹿児島,沖縄),モズク(沖縄)など,沿岸各地で養殖が行われています。私たちの口に入る海産物の相当割合は養殖によるものです。

養殖のうち海藻類は自分で栄養を作り出し,貝類は海水中のプランクトンを食料としているので給餌の必要はありません。魚類については家畜と同様に飼料を与えます。日本の養殖魚の大半は海水面養殖ですので飼料は魚粉が中心となります。

日本の養殖で消費される魚粉はおよそ35万トンで世界生産の7%程度となっています。数年前は魚粉の割合がもう少し高かったのですが,価格の高騰(2005年=600$,2010年=1400$)により陸上で生産された穀物や油を搾ったかすを混ぜています。最近では魚粉を25%程度にして,植物性たんぱく質で代替しようとする研究も進められています。

現在の魚の養殖は南米西海岸で大量にとれるカタクチイワシに頼っており,しかも陸上の家畜や家禽の飼料とも競合しているので安泰というわけではありません。穀物で肥育される家畜の場合,牛肉1kg(日本の市場価格は交雑牛で1200円/kg)を肥育するのに必要なトウモロコシは7-11kgとされています。日本のトウモロコシ価格(もちろん輸入品です)は2万円/ton(2011年2月)ですので,飼料代が約20%ということになります。これが魚の養殖では飼料代が60%程度になるそうです。

これに対して中国の内水面養殖はだいぶ様子が異なります。2010年の中国の内水面養殖の生産量は2000万トンに近い数字となっています。養殖の対象となっている代表的な魚種はハクレン,コクレン,草魚,コイ,フナなどとなっています。1997年のデータではこの5種でほぼ3/4を占めており,おそらくその傾向は変わっていないと考えられます。

この巨大な内水面養殖の多くは農家の庭先の池で行われています。もちろん中には巨大な人工池や自然の大きな湖沼を利用するものもありますが,多くは有機物を循環させる複合農業の形態となっています。

ベトナムを旅行した時,池にせり出してトイレがしつらえてありました。人がここで用を足すと,排泄物は池に落ち,魚の餌になるという有機物のリサイクルの仕組みができていました。中国の養殖池もかなり発想は近いものです。

池の周辺には草食魚のための草場があり,この草と豚舎から流れ出る排泄物による肥育が行われています。池の中では,上層魚(ハクレン・コクレン),中層魚(草魚・ダントウボウ),そして下層魚(コイ)が論理的な比率で同時に飼育されています。

草魚は草類を,ハクレン・コクレンは排泄物で培養されたプランクトンを,下層では雑食性魚類が余剰物質を食べ,一つの池の中で食物連鎖を巧みに利用したシステムが作られているのです。これを混合養殖,生態養殖等と呼んでいます。さらに,池の底にたまった泥は農耕地の肥料となります。(「中国の淡水養殖事情・福田氏」より引用)

この循環型の養殖はすばらしい発想です。豚の排泄物は非常に多いので,先進国ではその処分に苦慮しています。草地に散布すると窒素やリンが地下水を汚染することもあるやっかいものです。それを,有機資源として魚の養殖に利用することにより,廃棄のコストがなくなるばかりか,新しいタンパク源を生み出すことになります。

草(草魚の食べる特別なものです)と豚の排泄物で養殖するのですからコストも非常に安いことでしょう。中国内陸部を旅行したとき魚は何回か口にしました。今にして思うと,あのときの魚はこのようにして生産されたものだったのかもしれません。2000万トンの淡水魚を生産するためどの程度の投入量があるのか知りたいものです。

このように有機物のリサイクルにより,環境負荷を軽減する姿勢は(必要のためとはいえ)90億人と推測される2050年の食糧生産の大きなヒントとなるものです。現在も飢餓に苦しんでいる9-12億人の人々を減らすためには,地域あるいは国として食料の自立を図ること以外に解決策はありません。

米国のトウモロコシはすでに人の食糧ではなく,家畜の飼料か工業原料に変質しています。そのようなトウモロコシの生産量が増加しても,南アジアや中部アフリカで飢餓に苦しんでいる人々の食卓に乗せられる食料が増えるわけではありません。このような人々が食料生産で自立するためには,化学肥料や農薬に頼るのではなく,有機物の循環による持続的な農業や牧畜しか方法がありません。


世界の漁業生産量の推移,出典はFAO・Fisfstat Plus です。FAOによれば世界の主な漁業資源のうち,今後開発の余地があるのは1/4で,約半数の資源はこれ以上の漁業生産を拡大する余地がないとされ,残りの28%は過剰に開発されているか枯渇しているか,あるいは枯渇状況から回復中であるとされています。実際,1990年から中国を含めた海水面漁獲は横ばいもしくは減少傾向にあります。



区分 2002年 2004年 2006年
漁獲量
養殖生産量
93
40
95
46
92
52
   合計 134 141 144
海面 漁獲量
養殖生産量
85
16
86
18
82
20
海面計 101 104 102
内水面 漁獲量
養殖生産量
9
24
9
28
10
32
内水面計 33 37 42


世界の漁業と養殖業の生産量,単位は100万トン。出典は(社)国際農林業協働協会『世界漁業・養殖業白書です。海水面,内水面ともに漁獲量は増加していません。その反面,養殖は着実に増加しています。



飼料の成分 2004年 2009年
魚粉
小麦粉
大豆油かす
米ぬか油かす
その他
 188
 35
 24
 11
 71
 57
 11
 7
 3
 22
 185
 40
 28
 12
 83
 53
 11
 8
 4
 24
合計 33万トン 100% 35万トン 100%


養魚飼料の主要原料使用状況,出典は(財)日本水産油脂協会『水産油脂統計年鑑』(2009年)です。飼料の半分を占める魚粉はアンチョビー(カタクチイワシ)が主体となっており,近年の世界生産量は500-550万トンです。主要生産国はペルー(28%),チリ(15%),タイ(8%)となっています。タイは自国の消費量を賄いきれないので輸入国となっています。



種類 卸売価格
(円/kg)
肥育係数
(kg/kg)
飼料価格
(円/kg)
牛肉 1200 11 20
豚肉 500 7 20
240 3 20
マダイ 1000 2 150
ハマチ 1000 2 150


家畜と魚養殖の飼料コストを比較してみました。正しい肥育係数が分かると肉1kgを生産するのに必要な穀物の量が分かります。多くの文献では家畜の体重を1kg増加させるために必要な飼料穀物kg としていますが,実際には体重500kgの牛から得ることのできる枝肉量は半分くらいと推定されます。また,多くの場合,牛は牧草と配合飼料の両方で飼育されており単純な図式にはなりません。一方,魚の価格(円/kg)は魚の重さそのものもので計算されます。牛肉の価格は交雑牛,家畜の飼料価格はトウモロコシ価格(2万円/トン)から算出し,魚養殖の飼料価格は魚粉価格です。実際には配合飼料の魚粉含有量は約50%であり,残りは小麦粉や大豆の搾りかすとなっています。魚の肥育係数は文献により数字が2-5くらいまで変わります。


肉食文化の急速な拡大

FAO(国連食糧農業機関)は「世界食料農業白書2009」の中で,人口増加と所得の向上によって今後も食肉の需要は引き続き増加し,世界の食肉生産量は現在の2.3億トンから,2050年には4.6億トンに倍増すると報告しています。

これは恐ろしい数字です。2008年データでは世界の家畜の飼育頭数は牛が13.5億頭,豚が9.4億頭,羊が10.8億頭,山羊が8.5億頭,それにニワトリ184億羽となっています。この膨大な家畜が倍増するというのは考えられない数字です。

農畜産業振興機構のデータでは2008年の世界の食肉生産量は牛肉が6488万トン,豚肉が1.4億トン,鶏肉が9370万トン(骨付き肉),合計は3億トンとなっています。FAOのデータでは2.3億トンですので鶏肉の骨を除いてもまだ数字の開きがあります。

世界の食肉の生産量に関しては時系列のデータがそろいませんので,対比するデータとして2001年の出所不明のデータと比較すると牛肉が4800万トン,豚肉が8800万トン,鶏肉が5300万トン,合計1.9億トンとなっています。中国の豚肉消費量が急増しており,この7年でFAOデータでは20%の増加,農畜産業振興機構のデータでは50%の増加となっています。確かにこの勢いで増加すると,今後の40年で2倍という予測は現実味があります。

それにしても2.6億トンの食肉を70億人で均等に分けると37kgとなります。自分の食生活を振り返ってみるととても1か月に3kg,毎日100gの肉を消費しているとは思えません。データは異なりますが農畜産業振興機構のデータをもとに日本,中国,米国,EU諸国の食肉消費量を比較してみました。食肉消費量の単位は万トンであり,kg/人は一人あたりの消費量を表しています。

国・地域 牛肉 豚肉 鶏肉 合計 kg/人
日本 117 249 193 559 45
中国 608 4641 1195 6444 48
米国 1245 881 1306 3432 109
EU諸国 835 2103 850 3788 76


中国の食肉消費量はすでに日本を追い抜いています。今後,EUのレベルまで増加するとしても食肉消費量は3000万トンの増加に留まります。FAOのいう40年で2.3億トンの増加ということになると,残りの2億トンはどの国で増えるのか見当がつきません。

食肉の消費量が増加する最大の問題点は,自然資源に与える影響がきわめて大きいことです。家畜を牧草で飼育するにしても,穀物で飼育するにしても地球上にはもう自然資源の余裕がないということです。

世界中で生産される穀物(約20億トン)のうちトウモロコシは42%を占めています。一部の国ではトウモロコシは食糧となっていますが,その大半は家畜の飼料やバイオエタノールに使用されています。特に世界生産の4割を占める米国のトウモロコシは人の食糧には適さないものとなっています。

日本ではコメは唯一自給できている農作物ですが,その生産量は900万トンです。しかし,1600万トンものトウモロコシを家畜の飼料のために輸入しています。このトウモロコシが形を変えたものが卵,鶏肉,ミルク,牛肉,豚肉なのです。日本の家畜用飼料の自給率は25%程度です。

そのような事情から人類が食糧としている穀物は世界生産の約50%しかありません。飼料やバイオエタノールに回される穀物が増えると,穀物価格が上昇し,低所得食料不足国(LIFDCs)の食料輸入額は必然的に増加します。しかも,そのような国の人口増加率は高く,穀物価格の高騰は確実に飢餓人口を増加させることにつながります。2008年の穀物高騰により,世界各地で暴動が起きたことは記憶に新しいですね。これが食肉生産の第一の問題点です。

それでは,牧草で家畜を飼育するのはどうでしょうか。日本には400-450万頭の乳業と肉牛がおり,仮に牧草だけで飼育すると1頭あたり1haの牧草地が必要とされています。日本の牧草地は80万haですからとても現在の牛だけも飼育できないことになります。

世界の事情もこれと類似しています。世界の放牧地は現在の家畜数に対して十分ではありません。乾燥地域の周辺に広がる半乾燥地域では牧畜が10億人の人々の生計を支えていますが,植物の生産性以上の家畜が草を食べるため植生がどんどん劣化し,砂漠化が進行しています。

南の大国ブラジルは世界最大の牛飼育国になりました。ブラジルでは牛は放牧地で飼育されています。雨季と乾季がはっきりしているブラジルの牧草の生産性はおそらく日本より良いことはないでしょう。とすると,1頭当たり1ha以上の牧草地が必要となります。

ブラジルにしても新たな牧草地を造成するためにはアマゾンを開拓するしかありません。牛1頭の飼育のために1haの貴重な熱帯林が消滅することになります。これが食肉生産の第二の問題点です。

結論を言うと,本来は穀物を生産して人の食糧とすればはるかに効率の良いにもかかわらず,食肉という効率の悪い食料に転換するために,世界の自然資源が大量に使用されているわけです。日本人にしても現在の肉の消費量を半分にしても魚も卵もありますから栄養的にはまったく問題はないはずです。肉食による地球環境負荷の大きさを想像する必要があります。

肉食はもう一つの環境負荷を引き起こします。それは家畜の糞尿による環境汚染です。畜産の工業化が進むと狭い地域でたくさんの家畜が飼育されることになります。本来ですと家畜の排せつ物は貴重な有機肥料になるのですが,あまりにも飼育密度が上がると地域で処理できる限界を超えることになります。排泄物は産業廃棄物となり高いコストで処理することになります。

植物にとっては有機肥料はとてもよいごちそうになりますが,過多になると例えば硝酸態窒素のように人にとって有害な物質をため込むとにもなります。また,排泄物に含まれる窒素やリンが地域の水系や地下水を汚染するという問題も発生しています。

FAO(国連食糧農業機関)は「世界食料農業白書2009」の中で「必要とされている場所での食料増産により,価格高騰の影響を防ぎ,同時に生産性の向上により,農村貧困者の収入増と雇用創出をはかる必要がある」と続けています。現在,もっとも必要とされる農業支援は,低開発食糧不足国の食糧自立です。

地域の資源により,持続可能な方法で食糧の自給を達成することがアフリカや南アジアの飢えた人々を救う,唯一の手段です。これが21世紀の緑の革命が進むべき方向です。遺伝子組み換えにより米国の穀物が増産できたとしても,この地域の人々にとってはなんの救いにもならないからです。


世界の家畜飼育頭数(2008年),出典は総務省・統計局・農業生産量・畜産です。世界の家畜の飼育頭数は牛が13.5億頭,豚が9.4億頭,羊が10.8億頭,それにニワトリ184億羽となっています。この膨大な家畜や家禽が肉とミルクを供給してくれますが,それらの食料のため大量の自然資源が必要とされています。




主要国の牛肉生産量と消費量(2008年),出典は「農畜産業振興機構・絵で見る世界の畜産物需給」です。2008年の世界の牛肉生産量は6488万トン(枝肉換算)となっています。牛肉消費量は米国,EUのほか新興国で増加しています。牛肉輸出量ではブラジル,豪州,ニュージーランドの3カ国が約5割を占めています。




主要国の豚肉生産量と消費量(2008年),出典は「農畜産業振興機構・絵で見る世界の畜産物需給」です。2008年の世界の豚肉生産量は、1.4億トン(枝肉換算ベース)となっています。中国が生産,消費ともに世界の1/3を占めています。豚肉は地産地消の形態が一般的で,生産量と消費量はかなり均衡しています。牛肉の消費は先進国・新興国中心であったのに対して,豚肉は東アジアで広く消費されています。日本は127万トンを輸入しており,世界全体の2割を占める最大の豚肉輸入国です。




主要国の鳥肉生産量と消費量(2008年),出典は「農畜産業振興機構・絵で見る世界の畜産物需給」です。2008年の世界の鶏肉生産量は9370万トン(骨付き換算ベース)です。米国の生産量は1656万トン,消費量は1306万トンであり,グラフエリアからはみだしてしまいます。鶏肉の貿易は鳥インフルエンザにより大きく影響されています。日本はロシアに次ぐ輸入国であり,その輸入先は中国,タイなどからブラジルに変わっています。



地域 陸地面積 耕地面積 永年作物地
アジア 3093 505 69
北米 2135 252 16
南米 1760 113 13
ヨーロッパ 2207 277 16
アフリカ 2964 219 27
オセアニア 849 46 1.4
世界合計 13,009 1411 143


世界の農用地面積,単位は100万ha,出典は統計局・世界の統計・第4章 農林水産業です。陸地面積は内水面を除いた総土地面積,耕地は短年性作物の収穫が行われている土地および放牧のための牧草地,一時的な休閑地を含みます。永年作物地とはココア,コーヒー,ゴム,果樹,ナッツ類などのように収穫後に植替えの必要のない永年性作物を栽培・収穫している土地であり,木材用の林地は含みません。世界の農耕地面積は6.7億haとされていますので,耕地面積の40%ということになります。


地球は90億人を養えるか

結論からいうと地球は90億人を養うことができます。現在でも人の口に入る穀物・雑穀がが12億トン,イモ類が7.3億トン,大豆が2.3億トン,バナナが1億トンの収穫があります。放牧地や海洋漁場の過剰使用はあるものの1.4億トンの漁獲量と2.3億トンの食肉,6000万トンの卵,6.9億トンのミルク(水牛を含む)というタンパク源もあります。また,1.4億トンの植物油もあります。これらの生産量を90億人で割り,カロリー計算をしてみました。

食品 1人あたり生産量(kg/人・年) 単位カロリー熱量
(kcal/1kg)
一人あたり熱量
(kcal/人・日)
穀物 133 3500 1270
イモ類 81 1000 220
バナナ 11 500 15
大豆 26 4150 296
魚介類 15 2000 82
食肉 26 3000 214
6.6 1280 23
ミルク 76 710 148
食用油 15 900 370
合計 2506


単純に現在の世界の食糧を90億人で割ってみると,家畜の飼料に回される穀物を除いても十分なカロリーとタンパク源があることが分かります。つまり,平均すると現在の食料でも90億人は養うことができるということになります。肉食を少し抑えて穀物の一部を人の食糧にすれば,平均総摂取カロリーは3000kcal程度にはなるはずです。

しかし,現実の世界は70億人のうち10億人が飢えている状況です。飢餓の原因は食糧の偏在と貧困にあります。FAOは2010年時点の世界の飢餓人口を10億人と推定しており,その大半はアフリカ中部と南アジアに集中しています。

FAOの報告書では世界の栄養不足人口の3分の2は7つの国(バングラデシュ,中国,コンゴ民主共和国,エチオピア,インド,インドネシア,パキスタン)に集中しています。中国を除いたこれらの国々は人口が大きく,人口増加率の高い国ですので当然の結果です。

巨大な人口圧力が地域の自然資源を「サバクトビバッタ」のように破壊してしまう前に人口抑制・削減のプログラムが実行されなければ,あらゆる努力は水泡に帰するでしょう。地域が養うことのできる最大人口を上回る人口は自然淘汰されるという厳然たる事実から目をそむけてはなりません。

● 飢餓が発生する要因

飢餓が発生する要因はいくつかあります。干ばつのように地域的な気候異変により引き起こされる場合もあれば,紛争難民のように暴力が生産手段を破壊する場合もあります。しかし,現在の飢餓はそのような突発的なものではなく慢性的なものであり,「静かな飢餓」とも呼ばれています。その要因は二つあげらられます。

一つはマスサスのいう「人口の罠」です。地域資源の最大生産力以上に人口が増えると,人口の動的な均衡が起こります。生存に必要な最低限の食糧や衛生環境が充足されないため,特に乳幼児の死亡率が高くなります。一部の弱い立場の人々は農村かでは暮らしていけなくなり,都市に流入し,都市の貧困層を形成します。

第二の要因は開発途上国の抱える巨額の債務です。1970年代から先進国とIMF(国際通貨基金),世界銀行のような開発銀行は発展途上国の開発支援という名目で融資を行ってきました。開発支援融資の大半は途上国のインフラを整備するために使用されましたが,必ずしも国の発展にとって有効なものではありませんでした。

特に独裁者や腐敗した政府が多いアフリカではその傾向が強く,期待された経済成長のないまま債務だけが残る結果となりました。1980年代にIMFと世界銀行はそのような債務国にSAP( 構造調整計画)を導入しました。簡単にいうと債務を返済させることを優先する経済運営です。

サブサハラのアフリカ諸国が国際的な商品作物のモノカルチャーに染まっていったのはSAPによるものです。国内の最優良農地が商品作物の栽培に使用され,食糧の生産がおろそかになってしまいました。しかも,SAPにより多くの国が同じような商品作物を栽培するようになったため,国際的な市場価格が低落して債務の返済はおろか利息の支払いも滞るようになります。このような国は「重債務貧困国(HIPCS)」と呼ばれています。

債務の返済のために国の経済構造を調整され,公衆衛生や教育に対する国家予算も削られました。さすがに,このような調整は大きな非難を浴びることになり,世界銀行も貧困の削減に取り組むようになりました。また,ミレニアム・サミットでは一部債務の免除が認められました。しかし,サブサハラのアフリカ諸国の債務は2000億ドルとなっており,1980年の2.4倍になっています(債務が脅かす子どもの権利・ユニセフより)。

構造調整の後遺症はとても重く,人口の急増もあり,食糧の自給すらままならない状況になっています。このような状況を考えると人口増加をどうやって低減するか,地域でどのように食糧を自給できるようにするかが基本的な課題となります。

食糧の自給といっても20世紀の緑の革命のような農業の工業化とは逆の方向を目指さなければなりません。コストはかからないが手間ひまをかける持続可能な農業形態です。手間ひまをかけることにより多くの人々が農村で自給自足の暮らしを送ることができます。

サブサハラ・アフリカの生産性の低い土地では主として女性たちが食糧の生産を担っています。そのような農業を新しい明確な方向付けのもとに支援していくことが貧困の低減につながります。経済成長のおこぼれで貧困を低減するという20世紀型のモデルがアフリカや南アジアでは通用しないのは明らかです。

● 廃棄される食料

経済的に豊かな国々では肥満という飢餓と反対の栄養不良が大きな社会問題となっています。同時に,7人に1人が食料の不足に苦しんでいるときに,豊かな国では多くの食材や調理品が廃棄されています。日本の台所事情を表す指標は2つあります。一つは穀物の自給率,もう一つは供給熱量ベースの食料自給率です。現在の数値は穀物自給率が28%,供給熱量の自給率は40%となっており先進国では最低,おそらく世界的にも最低ラインでしょう。

この低い自給率を補うため日本は毎年5800万トン,金額にして500億ドルもの食料を海外から輸入しています。金額ベースの種別では魚介類,肉類,穀物,野菜,果物の順になっています。穀物輸入量は2600万トンでありコメの生産量をはるかに上回っています。輸入穀物の6割強を占めるトウモロコシは家畜飼料となるので,私たちが食べている国内産の肉類,鶏卵,乳製品の相当割合は輸入穀物が姿を変えたものなのです。

このようにして輸入品とあわせ1.2億トンもの食料が私たちの食卓に並ぶことになります。しかし,1.2億トンのうちかなりの割合は流通,加工,販売あるいは家庭の中で廃棄されます。いったいどのくらいの食料が廃棄されるかを調査したサイトがあります。

「日本から考える食料問題」によると家庭から廃棄されるものが年に1000万トン,企業等から廃棄されるものが940万トン,合わせて1940万トンもの食料が毎年廃棄されているのです。この量は1日1800カロリーで暮らしている途上国の人たち4600万人分の食料に相当するそうです。

「飽食の時代」というコピーがありましたが,現実は食料までもが「大量廃棄」の時代となっているのです。単純に比較できませんが,WFP(国連世界食糧計画) によると2004年の世界の援助食糧(穀物)は750万トンです。日本で廃棄される食料がいかに多いか考えさせられます。

WFPでは「学校給食プログラム」も実施しています。そこから引用してみましょう。世界では6600万人,アフリカだけでも2300万人もの小学生が空腹のまま学校に通っています。十分に食べ物と栄養を摂っていない子どもは勉強に集中することが難しいということが分かっています。

7500万人の学齢期の子どもが学校へ通っていません。貧しい家庭では子どもを学校に通わせるか働かせるかのどちらかを選ばなければなりません。今日の食事をなんとかするため,子どもに教育を受けさせるよりも働かせざるを得ないこともままあります。学校給食は子どもを毎日学校へ通わせる大きなきっかけとなります。

学校給食は子どものお腹を満たし,子どもは学習に集中できるようになります。わずか25セントで一杯のおかゆを給食として提供するのに加え,一ヶ月分の持ち帰り用食糧を提供することができます。50ドルあれば一人の子どもに一年分の食糧を提供することができます(引用了)。

私は単に飢えている人々に食糧を与えるだけの政策には賛成できません。彼らに永続的に食糧を与えるわけにはいきませんし,彼ら自身に強い依存心を持たせてしまうからです。飢餓の蔓延している世界では食糧支援は必要です。地域紛争などにより食糧生産の場所から切り離されてしまった人々もいます。このような人々には食糧支援は急務です。

しかし,大多数の「静かな飢餓」には,人々が地域で食糧の自給と出生率を低減するためのプログラムがセットされていなければなりません。依存心を育てる支援ではなく,自立のための支援ということです。アフリカの女性たちはとても働き者です。彼女たちにほんの少しの食糧と技術的な支援があれば,立派に自立して,食糧を自給できる可能性は十分にあります。

国連機関であるFAO,WFPの視点がそこを目指していることはとても心強いことです。1980年代に途上国の構造調整で非難を浴びた世界銀行も貧困の低減を開発支援の中心に置いています。WFPの給食プログラムのように50ドル(約5000円)で1人の子どもに1年分の食糧を提供できます。私たちの豊かすぎる食生活を少し見直し,廃棄する食材を減らすことにより浮いたお金で,お腹を空かせた子どもたちと食べ物をシェアできることは素晴らしいことです。

私たちは世界中から食料を買いあさる暮らしを改め,食料を無駄なく利用することを心がけなければなりません。食糧安全保障のため政策的に日本の農業基盤を強化していくことは当然ですが,それと同時に私たちの食生活・食文化を考え直すことも必要です。

肉や乳製品を中心とした欧米型の食生活から伝統的な穀物や野菜を中心とした食生活への回帰は,食料自給率の向上に資するとともに大きな社会問題となっている生活習慣病を低減することにもつながります。

最近「食育」と言葉がをよく耳にします。日本の食生活は1970年代には三大栄養素のバランスがほぼ適切で,主食である米を中心に水産物,畜産物,野菜等多様な副食品から構成されるいわゆる「日本型食生活」が形成されました。

しかし,近年は単身世帯の増加,食の外部化の影響もあり肉類と油脂の摂取量が増えており,栄養素のバランスは崩れつつあります。家庭でそして学校で子どもたちにバランスの取れた食生活を身につけてもらうことが重要です。朝食をちゃんと取る習慣も重要です。子どもの頃に身に付いた食習慣を大人になって変えていくのは大変なことだからです。


世界の飢餓(栄養不良)人口マップ,出典はWFP(世界食糧計画)およびFAO(国際連合食糧農業機関)の2008年データです。飢餓人口はアフリカと南アジアに集中していることが分かります。割合はおそらく各国の総摂取カロリーと総人口から割り出したものと推定されます。FAOの推計では2008年の飢餓人口は9.6億人となっていますが,一つの国の中の食糧の不均衡を考えると飢餓人口は12億人程度と考えられます。




地域 人口
(億人)
 GNP
(US$)
所得分布
(%)
貧困率
(%)
中・南アフリカ 7.5   851 13 43
中東・北アフリカ 3.8   2104 17 4
南アジア 15.4   777 19 32
東アジア 19.7   2371 17 9
中南米 5.6   4847 12 9
旧ソ連 4.1   4264 20 2
先進国 9.7   37,212 21 -


世界の地域別絶対的貧困者,出典は:ユニセフ2008年子ども白書です。所得分布は下位40%の世帯が全体に占める割合,この数値が40%に近いと所得格差は小さくなります。この表から読み取れることは,GNPが低く,かつ所得分布の格差が大きな地域に絶対的貧困者が多いということです。それらの地域は人口が急増しているところと重なっています。

貧困の再生産を防ぐためには食糧の地域的自給を達成する必要があります。半乾燥地域や厳しい乾季のある土地条件のよくないところでも,人手をかけることにより持続的な食糧生産は可能です。周辺化された地域の人々の自立を助ける農業援助が求められています。



地域別の貧困人口割合(2005年),出典は世界銀行です。上記のユニセフのデータと同じものですが,世界銀行のデータは貧困レベルを2段階に分けています。南アジアやサブサハラ・アフリカでは人口の70%以上の人が1日2US$以下で暮らしています。



世界の飢餓人口,単位は億人,出典はFAO報告書2009年です。飢餓人口は上記の貧困人口とほぼ重なります。飢餓を減らすためには食糧の自給自足と雇用の増加により,経済的自立を促進する政策が必要です。ODA(政府開発援助)は周辺化された農民の自給自足,都市貧困層の経済的自立を支援するものであるべきです。



食料の不足による飢餓人口と食料の過剰摂取と運動不足による肥満人口は不健康な地球の象徴となっています。FAOなどのデータをもとに作成しました。



日本の品目別食料自給率の推移,単位は%,出典は総務省・統計局です。日本の食料の自給率はどんどん低下しており,2003年のカロリーベースの自給率は40%程度に落ちています。肉類は50%となっていますが,家畜を飼育するための飼料の75%は輸入穀物に頼っています。



メニュー別輸入依存度,単位は%,出典は農林水産省です。こちらは上記の表とは逆に数値が大きいと輸入依存度が高くなります。ラーメンに使用される食材のうち輸入品の割合は97%ということになります。国産100%の食べ物はごはんだけです。ただし,外食産業ではチャーハンなどに加工したコメを輸入していますので100%国産米というわけではありません。




参照サイト