HOME > 徒然なるままに > No.17 地球は90億人を養えるか

2008/03/15

人類が溢れる地球


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■歴史を通し食糧の確保は人類の最大の課題でした

サルと別れる前の人類の祖先は森林で樹上生活を送っていたと考えられています。彼らの食料は木の葉や果実あるいは昆虫などであったはずです。彼らの生息していたアフリカ大陸の中央部の豊かな森林に異変が起きます。アフリカ大地溝帯の活動が活発化して西側に高地が形成されたため,その東側はしだいに乾燥化していきました。森林は小さくなり周辺はサバンナに変わっていきました。樹上生活をしていた人類の祖先は新しい環境に適用するため,森を出て二足歩行を始めました。最初は小さくなった森の間を行き来する程度のものが,森が消滅することにより本格的な二足歩行になったと考えられています。

二足歩行を始めても食料問題は悪化する一方であったことでしょう。長い間彼らは乏しい食料で何とか生き延びてきました。約250万年前に出現したホモ属は石器を作り,肉食を始め,異なる環境へ適応できるようになりました。肉食による栄養状態の改善は脳の巨大化,複雑化に大きく寄与したであろうと考えられています。また,植物だけを食料としていた頃に対して,その分布範囲を大きく広げることが可能となりました。

彼らはホモ・エレクトスに進化し,アフリカを出てヨーロッパやアジアに拡散しました。ホモ・エレクトスは絶滅しましたがその跡を継いだホモ・サピエンスは世界中に広がり,やがて増え続ける人口を養うために7000年から1万年前に世界各地で農耕が始まりました。狩猟採集から農耕への移行は人類の大きな転換点となり,人口も飛躍的に増大しました。

人類は「鋤」という新技術を開発し,農耕文明は新しい飛躍を遂げることになります。農耕を開始した頃の世界人口は500万人程度と推定されていますが,4000年前には5000万人,キリストが誕生した頃には2億人に達しています。食料の増産に比例するように人口は増加し,1800年には10億人に達したと考えられています。産業革命そして石油文明の到来は農業の機械化と化学肥料をもたらし,人口は急増します。

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20世紀は経済規模,穀物生産,人口がともにかってない規模で拡大するとともに,その変化のスピードが加速され,人類があらゆる分野でめざましい発展をとげた世紀となりました。その反面,地球の自然システムへの負担が急激に増大した時代でもあります。後世の人々はこの時代を「環境破壊の世紀」と呼ぶかもしれません。明らかに地球の環境容量は現在の人口と経済システムを支えることはできません。21世紀に人類は新たな知恵と行動を実現できるのでしょうか。地球の未来はこの世紀にかかっているのです。

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■穀物増産を支える三つの要素

21世紀の初頭に世界の人口は60億人を越え,なお年間8000万人の割合で増加しています。米国を除き先進国の人口は20世紀末には安定したので,人口増加のほとんどは開発途上国で発生しています。それらの国々では,増大する人口を養うため穀物の増産が重要課題となっています。21世紀に入っても人口と食糧の競争は続いているのです。

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20世紀を振り返ってみると穀物生産は人口増加を上回っています。このめざましい増加を支えた3つの要素があります。一つは矮小化に代表される品種の改良です。穀物の丈を低くして茎に配分される光合成生産物を種子に回すようにしました。もう一つは化学肥料の投入量の増大,各種農薬の使用です。植物が遺伝学的にもっている潜在能力をフルに引き出させるためのものです。第三の要素はこの50年間で2.5倍になった灌漑面積の拡大です。灌漑農地は生産性が高く,世界の耕地面積の16%に過ぎませんが,穀物の約40%を算出しています。これらの三つの要素が穀物増産を支えてきました。

■限界が見えてきた食糧増産

しかし,世界的な食糧をめぐる指標は明らかに1990年を境に悪化しています。そこには水,土地といった自然資源の限界と反収を向上させてきた技術の限界があります。1950年から2000年にかけて穀物の生産は6.3億トンから18.6億トンに増加しました。しかし,一人あたりの穀物生産量は1984年の342kgをピークにして減少に転じています。これは食糧の増産が人口増加を下回ってしまったことを意味しています。食料全体を見ても農地,牧草地,海洋漁場という三つの生産地域が限界あるいは過剰利用により劣化している状況です。

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これから50年間に増加する30億人を養うため少なくとも6億トンの穀物増産が必要になりますが,その可能性はあるのでしょうか。残念ながらその可能性は小さいと言わざるを得ません。穀物を増産させるためには農地の拡大と反収の向上という2つの手段しかありません。農地の拡大はすでに限界に達しています。条件のよい土地はもう残っておらず,これから開発する土地は斜面,半乾燥地,熱帯林など条件の悪いところしかありません。旧ソ連のカザフスタンやブラジルのアマゾン入植など限界的な土地の農地化は過去にも大きな失敗をした経験があります。

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近代農法,つまり農業の工業化は最適条件が非常に狭いため,世界中どこでも適用できるといういうものではありません。世界の農業地域の環境条件は極めて多様であり複雑なものです。そのような分野を工業のように画一的に扱うのは大きな過ちです。自然の恵みはすばらしいものですが,それはとても傷つきやすいものなのです。一時的な増収を目指すのではなく,それぞれの地域に合わせた持続可能な農業形態が求められています。

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もう一つの反収の増加の可能性はどうでしょうか。残念ながら穀物増産を支える三つの要素も限界が見えています。植物の生産性は植物の遺伝的形質と環境的要因により決定されます。植物のもっている単収の潜在能力をフルに引き出すためには栽培方法,環境要因を最適化(世界的にみると容易ではありません)する必要があります。よい例が日本のコメです。1878年に日本のコメの反収はヘクタールあたり約1.4トンでしたが1984年には4.7トンに達しました。しかし,その後は横ばい状態になっています。品種改良,化学肥料,適切な灌漑の三つの要素が最高の条件で満たされても,梅雨時の日照時間が低下するため日本では5トン程度が限界値なのです。同様に世界の多くの地域でもコメ,小麦,トウモロコシの反収の伸びが低下しています。

画像作成中 フード・セキュリティー(食糧安全保障)を考える上で最も基本となる指標は穀物繰り越し在庫量(次の収穫が始まる時点での穀物の在庫量)です。この数字は各年度の豊作・不作により大きく変化しますが,大きな傾向としては1980年代から一貫して減少しています。米国農務省(USDA)穀物等需給報告によると2006/2007年の世界の穀物生産量は19.7億トン,消費量20.5億トンとなり,消費量が7,200万トン上回ると予測されています。

過去7年間で需要を下回るのは6度目となり,穀物の期末在庫率は3.7ポイント下がり15.8%(57日分)にまで落ち込むとみられています。これは在庫量が56日分にまで低下して穀物価格が2倍に跳ね上がった1972年以来最低の水準です。在庫量が60日を切ると必ず価格は上昇します。米農務省は今年の小麦価格は前年度比で12%,トウモロコシは22%上昇すると予測しています。実際には2007年にはオーストラリアが大干ばつに見舞われ,繰り返し在庫が少ないため小麦の価格は2倍に高騰しました。

これから人口が急増すると考えられている南アジア,東南アジア,アフリカの国々では穀物生産量を人口増に合わせて拡大するのは(アフリカはそれなりの可能性はあります)容易なことではありません。これらの地域の最高の環境対策は人口の安定化なのです。それが出来ない場合は(とても悲しいことですが)もっとも貧しい人々が飢餓という調節機能により淘汰される可能性は大いにあります。

■肉食文化の急速な拡大

人類と穀物の関係についてもう一つ考えておかなければならないのは「肉食」の急激な拡大です。所得が増えるにしたがって人々は競って肉食を始めるようになり,豚肉,家禽肉,牛肉,鶏卵,牛乳などは今では日常の食卓に上るようになっています。このような食材は「穀物集約的製品」と呼ばれ,先進国においてはそれらを生産するためには多くの穀物が使用されています。1999年に世界で生産された牛肉と羊肉6700万トンのうちおよそ8割は牧草で飼育されていますが,2割は穀物で育てられています。世界で収穫される穀物18.6億トンのうち12億トンは直接に食糧として消費され,残りの6.6億トンは家畜や家禽,水産養殖の飼料として利用されています。世界の三大穀物生産地でみると,インドは飼料として利用される穀物はわずか4%ですが,中国では27%,米国では68%となっています。

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一人の人が生きていくためにはおよそ1年間に200kgの穀物が必要です。しかし,上記のような「穀物集約的製品」をたくさん食べるようになると状況が変わってきます。当然のことですが1kgの肉を生産するためにはその何倍もの穀物が必要だからです。例えば1kgの牛肉を生産するためには7kgの穀物が必要ですので,年に20kgの牛肉を食べるとそれだけで140kgの穀物を間接的に消費していることになります。

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