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アルコールを代謝できる動物

酒の主成分はエタノール(エチルアルコール)です。日常生活でアルコールといえばエタノールのことを意味します。エタノールは糖類が酸素の少ない環境で微生物により分解されるときに生じます。したがって,人類の誕生以前から自然界にはアルコールが存在していたことでしょう。

人類はアルコール分解酵素をもっているのでアルコールを摂取しても一定時間で代謝(分解)することができます。このようなアルコール分解酵素を人類はどこで手に入れたのでしょうか。

アルコール代謝酵素はアルコール脱水酵素(ADH,alcohol dehydrogenase)と呼ばれており,生化学的特性から5クラスに分類されます。クラスTのADHについては通常の哺乳類では2種もっていますが,類人猿では3種(ADH1,ADH2,ADH3)もっています。

このことは霊長類はアルコール摂取の機会が多いため代謝遺伝子を維持してきたと考えられます。熱帯から亜熱帯にかけて生息する霊長類の多くは樹上生活を送っており,木の葉や果実,種子などを常食しています。

特に果実は糖類を含む高カロリーの食料です。ところが,中には発酵してアルコール分を含むものも一定割合で含まれています。霊長類はそのような果実からアルコールを摂取していると考えられます。

目的は高カロリーの糖分ですが,異物としてアルコールが混入しているという図式です。アルコールは代謝によりエネルギーになりますが,「酔う」という副作用が生じます。自然界ではアルコールに酔っていては天敵から狙われやすくなり,生存が危うくなります。

そのため,樹上生活の霊長類はアルコール代謝酵素を維持しているのだと考えられます。類人猿から進化した人類の祖先もこの遺伝子を有していました。地上生活を送るようになった人類の祖先はアルコールを口にする機会は減ったでしょうが,自らの手で酒を造るようになるまで遺伝子は維持され,活性化した状態であったようです。

樹上生活の霊長類よりずっとたくさんのアルコールを摂取している酒豪動物がいるという記事( asahi.com 2008年7月30日)がありましたので引用してみます。

東南アジアの熱帯雨林にすむ原始的な哺乳(ほにゅう)類ツパイのなかまが,アルコールを飲むことがわかった。日常的に「飲酒」習慣がある野生の哺乳類は珍しく,しかも人間より強いらしい。 マレーシア西部のヤシの一種は花の蜜が発酵するとアルコール度数が最高3.8度とビールなみになる。この木に群がる動物を調べたら、ツパイのなかまのハネオツパイが蜜を主食にしていた。

ツパイはリスに似た小型哺乳類でサルの祖先に近いとされる。発信器をつけて追尾したり,毛の中のアルコール代謝物を調べたりした結果,人間なら泥酔状態になるほどの量を飲んでいた。アルコールの代謝能力は人間より高く「飲酒」後も平気で木に登る。 研究チームは「ヒトのアルコール代謝機能に受け継がれているかもしれない」という。

この記事から推測するとアルコール分解酵素の遺伝子は原猿類の時期から引き継がれたものかもしれません。ともあれ,人類はアルコール分解酵素を維持したまま,およそ1万年前に農耕生活を開始し,その直後からアルコールとの新しい関係を構築したようです。

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類人猿と人類の進化(分化),ミトコンドリアDNAをもちいた算定では,およそ500-600万年前にヒトとヒトに最も近縁な類人猿であるチンパンジーの仲間が分かれたと推定されています。


このページの主役であるエチルアルコール(エタノール),多くの人を良い気分にしてくれる反面,分子量が小さいので血液脳関門や血液胎盤関門をすり抜ける困り者の物質です。



コモンツバイ,サルというよりはリスに似ています。画像は 「アイラブサイエンス:動物」から引用


文明の始めから酒はありました

果物はぶどう糖や果糖を含み,かつ酵母菌が付いているため容易にアルコールになります。人類が初めて口にしたアルコールはそのようなものだったのでしょう。遠い昔の人々はどうすればこの「よい気分にしてくれる液体」を作ることができるのか研究を重ねたことでしょう。

その結果,世界の文明の黎明期からビール,ワイン,穀物酒は存在していたようです。文明が進むにつれていろいろな醸造酒造りの技術が確立し,酒はますます身近なものになったことでしょう。

人類が醸造した酒は旧大陸の東西でほぼ同じ時期(およそ8000年前)に始まったようです。もちろんそのような古い時期の酒が残っているわけではなく,酒を醸造したと思われる痕跡や容器などに付着している物質を分析したものです。

中国では紀元前7000年ごろの賈湖遺跡(かこいせき)から出土した陶器片を分析したところ,米・果実・蜂蜜などで作った醸造酒の成分が検出されたと報告されています。オリエント世界では,紀元前5400年頃のイラン北部ザグロス山脈のハッジ・フィルズ・テペ遺跡から出土した壺の中にワインの残滓が確認されました(wikipedia)。

また,紀元前3000年代にはシュメールの粘土板にビールのことが記録されています。文明の黎明期から旧大陸の東西で果物と穀物を利用した二種類の酒が醸造されていたことが分かります。

しかし,その後の酒の歴史は東西で異なり,西側ではワイン(果実酒)とビール(穀物酒)が併存して発展し,東側では穀物酒中心となったようです。この差異は西側にはぶどうという酒造りに適した植物があったためです。

オリエント世界に酒を広めたのはメソポタミアで最古の文明を築いたシュメール人です。紀元前4000年頃にはシュメール人はワインやビールを造っており,これがエジプトやギリシャに伝わったとされています。

ただし,ワインはブドウ栽培の適地が限定されていたため地域的な広がりは狭く,重要な交易品となっていました。ワインが地中海沿岸地域に広まったのは2000年前のローマ時代です。

墓室の壁画や文書から読み解かれた結果,古王朝時代(ピラミッド時代)のエジプトでは現代に通じる方法でビールが醸造されていたことが分かりました。アサヒビールのサイトから引用して,当時の工程を説明してみます。

原料には大麦が使用されました。大麦を水につけて発芽させ,粉砕します。それをこねてパンに焼きます。ただし,パンは内部を生のままにした半焼きの状態にすることがポイントです。これをちぎってカメに入れ,お湯を加えてどろどろに溶かし,若草を入れた後,煮沸して放置することで自然発酵させました。

発酵用のカメは粘土でできており,人の背丈以上の大きなものでした。発酵時には容器を密封し,途中で薬草を加えて苦みをつけていたようです。この時代のビールはパンと同様に「食べ物」として扱われていました。

パンとビールはピラミッド造りの労働者への給料としても支払われていました。ワインは庶民には手の届かない高級品でしたが,ビールは庶民の飲み物として大いに飲まれていたようです。

醸造酒を大きく分類すると単発酵酒と複発酵酒に分類されます。単発酵酒の代表はワインであり,複発酵酒の代表は穀物酒です。アルコール発酵とは微生物が糖をアルコール代謝するものなので,酒の醸造のためには糖分が必要です。

ワインの原料のぶどうは糖分を含んでいますので,一度の発酵で醸造することができます。一方,穀物酒の場合はでんぷんの糖化,アルコール発酵という二段階の工程が必要になりますので複発酵酒となります。

ビールの場合,原料である大麦は麦芽になるとき自分自身の酵素で糖化されます。しかし,東アジアの穀物酒に使用されるコメや雑穀は発芽時の糖化力が弱いのでコウジカビやクモノスカビにより糖化し,それからアルコール発酵させることになります。

中には口噛み酒のように蒸した穀物を口の中で噛んでから吐き出し,それを貯蔵して発酵させるようなものもありました。この口噛み酒が東アジアの穀物酒造りの原型という説もあります。

このようにユーラシア大陸の西側ではワインとビール,東側では穀物酒というように地域に合わせた酒が発展していきます。エジプトで確立されたビール醸造法は紀元前2000年頃には中央ヨーロッパに伝わって行きました。

当時,この地域に居住していたのは古代ゲルマン人であり,ビールが彼らのアイデンティティになりました。一方,地中海沿岸地域はぶどう栽培の適地となっていたのでワイン文化圏となりました。

ローマ帝国が地中海沿岸地域を支配する大帝国に発展するとワイン文化圏は一気に広がっていきます。こうしてヨーロッパではアルプスの南側がワイン,北側がビールという二つの酒文化圏が形成されました。

ローマ帝国がアルプスの北部にも支配地域を広げると,そこはワインとビールの混合文化圏となりました。しかし,ギリシャ,ローマの時代にはビールはワインに比べて一段劣る酒とされてきました。

8世紀に西ローマ帝国を再興したフランク王国の「カール大帝」はビールをこよなく愛し,戦地における戦勝の祝宴にはビールを兵士とともに痛飲しました。この時期からビールはワインと同等の地位をもつ酒となっていきます。


1990年代 中国が世界一のビール消費国となる
1945年   米不足の際に日本酒に三増酒が導入される
1923年   日本でウイスキー製造が始まる
1800年代 メキシコでテキーラが誕生する
1800年代 ビール醸造の近代技術が確立される
1800年代 ラガー(低温発酵)ビールの登場
1700年代 バーボンウイスキー誕生
1700年代 密造からスコッチ・ウイスキーに発展
1600年代 ワインにコルク栓のガラスびんが広まる
1600年代 日本で芋焼酎造りが盛んになる
1600年代 ブランデー,シャンパンの誕生
1516年   ビール純粋令が発令される
1400年代 ビール醸造にホップがさかんに使用される
1400年代 アイルランドで最古のウイスキーの文献

1100年代 ポーランド・ロシアでウオッカが誕生する
1000年代 ビール醸造にホップが初めて使用される
1000年代 中国では白酒(蒸留酒)が主流となる
0900年代 日本酒の醸造法が確立される
0700年代 カール大帝によるビールの復権
0700年代 ヨーロッパでワイン蒸留酒が始まる?
0500年代 中国に汾酒(蒸留酒)についての文献

2000年前 ローマ帝国の拡大とともにワイン文化圏が広まる

4000年前 ビール醸造がゲルマン民族に伝わる

4500年前 エジプトの庶民がビールを飲む
4500年前 ワインは地中海の重要な交易品となる
5000年前 シュメールの粘土板にビールの記述

7400年前 イランの遺跡で酒の成分を検出
9000年前 中国の賈湖遺跡で酒の成分を検出

酒の歴史は人類の歴史と重なっています。人類は1万年前に農耕を始め,ほとんど同じ時期に醸造の歴史を開始しました。




エジプト古王国時代(ピラミッドの時代)のビール製造工程は現代の醸造法とほぼ同じであるため,現代ビール醸造法の源流とされています。



ローマ帝国の版図の拡大, BC133年(赤),BC44年(橙色),AD14年(黄),AD117年(緑)で色分けしてあります。紀元前後に地中海沿岸はローマの支配下にはいり,ワイン文化圏となりました。画像はwikipedia から引用しました。


蒸留酒は命の水

醸造酒(アルコール度数5-10度)を蒸留するとアルコール度数の高い蒸留酒を造ることができます。アルコール度数とは酒の中に含まれているエタノールの体積割合をパーセントで表したものです。日本の場合,1度=1% ということになります。エタノールの比重は0.78(@15℃)ですので重量割合はアルコール度数に0.78をかけると出てきます。

醸造によって生れた醸造酒のもとをウオッシュ(wash,もろみ)といいます。ウオッシュにはエタノール,水分,穀物残渣が混じったゲル状のものであり,これを濾すことにより醸造酒ができあがります。ただし,蒸留酒の蒸留工程ではウオッシュがそのまま使用されます。

エタノールの沸点は約78℃ですので醸造酒を加熱すると水分より先にエタノールが気化します。偶然でしょうがエタノールの比重と沸点は0.78と78ですので,これは覚えやすいですね。一方,水の沸点はいわずとしれた100℃です。

この沸点の温度差を利用し,適度な温度にウオッシュを加熱するとエタノールを多く含んだ蒸気が出てきます。この蒸気を集めて冷却すると,醸造酒よりアルコール度数の高い(20-25度)液体を造ることができます。

このような蒸留を複数回繰り返すとアルコール度数60-70程度の液体ができ上がります。複数回の蒸留の時にはウオッシュが連続して蒸留される多段式の連続蒸留器が使用されこともあります。中にはラムのように80度を超えるところまで蒸留するものもあります。

蒸留酒の歴史はユーラシア大陸の東西でかなり異なった展開をみせています。現代の中国では蒸留酒を白酒(ぱいちゅう)と呼んでおり,その代表的なものが汾酒(ふんしゅ)と茅台酒(まおたいちゅう)です。中国では6世紀に汾酒についての記述が残されています。この汾酒は現在と同じ蒸留酒であったと考えられています。つまり,中国では蒸留酒は少なくとも1400年の歴史をもつことになります。

それに対してユーラシア大陸の西側では蒸留技術そのものは長い歴史をもっています。紀元前3000年頃のメソポタミアでは香水作りに蒸留機が使用されていたといわれています。また,紀元前4世紀にギリシャのアリストテレスは「海水を蒸留すれば飲める水を作ることができる」と文書に残しています。

しかし,それを酒に適用しようというアイディアはなかなか生まれなかったようです。8世紀になりヨーロッパの錬金術師がたまたま醸造酒を彼らの仕事道具である蒸留器に入れてみると,それまで味わったことのない素晴らしい液体ができあがりました。

彼らはそれを薬として扱いラテン語でアクア・ヴィタエ(Aqua-vitae),つまり「命の水」と呼んでいました。カタカナ表記ではアクア・ヴィーテとされることもあります。これが,現在につながる蒸留酒の始まりです。

それに対して,wikipedia の「ウイスキー」では,『最初に蒸留アルコールが製造されたのは8-9世紀の中東だった。蒸留技術はキリスト教の修道士らによってアイルランドとイギリスにもたらされた』とされています。当時の修道士の使用言語はラテン語でしたので,蒸留酒をアクア・ヴィタエと呼んでも不思議はありません。

いずれにしても蒸留酒造りの技術は8世紀頃にヨーロッパにもたらされたと考えられます。同時に「アクア・ヴィタエ」は各地の言葉に訳され蒸留酒をさすようになりました。あのウイスキーもアイルランドやスコットランドの古語にあたるゲール語のウシュク・ベーハー(命の水)が語源となっています。

しかし,ウイスキーが初めて文献に登場するするのは15世紀初頭のアイルランドです。また,12世紀にイングランドのヘンリー2世がアイルランドに侵攻したとき,農民たちがウスケボー(ウシュク・ベーハー)を飲んでいたという記録があります。

ウイスキーが劇的な変化をとげるのは1707年のイングランドによるスコットランドの併合に始まります。18世紀の後半になると財政危機に陥ったイングランド政府はウイスキーに重税をかけるようにります。

スコットランドのハイランドではこれに抵抗してウイスキーの密造がさかんに行われるようになりました。ハイランドでは麦芽(モルト)を乾燥させたり蒸留するための燃料として周囲にたくさんあったピート(泥炭)を利用しました。また,ウイスキーを隠して貯蔵するため比較的手に入れやすかったシェリー酒の空き樽に詰めるようになりました。

ピートの使用しよりウイスキーに爽やかな香味が加わり,さらにオークの樽の中で熟成され,まろやかな味わいと琥珀色をもつスコッチ・ウイスキーの原型となります。スコッチ・ウイスキー誕生にははなかなかのドラマが隠されています。

また,ヨーロッパを代表するもう一つの蒸留酒であるブランデーについても面白い逸話が残されています。サントリーのお客さまセンターには次のように記されています。

16-17世紀,ヨーロッパは寒波に襲われ,また宗教戦争の影響もあってワインの品質が落ちました。オランダが輸入していたフランス・コニャック地方のワインも長い輸送に耐えられず酸っぱくなってしまったため,蒸溜して輸送することにしました。これが、意外にもおいしいと評判になり,ブラン・デ・ヴァイン(焼いたワイン)として普及したのです。


初期のウイスキー蒸留装置,サントリーお客様センターの「ウイスキーに関するQ&A」ら引用しました。上部の漏斗の先は冷たい水で冷やされていたのでしょう。





ラオス名物の蒸留酒「ラオラオ」の蒸留の様子。ドラム缶の中には雑穀を発酵させたもろみが入っています。ドラム缶の上のたらいにはメコン川の水が張られ,アルコールを含む蒸気はたらいの底で冷やされ液体に戻り,パイプを通ってカメに貯まります。





イランのテヘランとエスファハーンの中間にあるガムサル村はローズ・ウオター,ローズ・オイルの里として知られています。ローズ・ウオターは5月中旬から6月初旬のほんの短い間,それも早朝に収穫されたバラのつぼみを大きな釜で蒸留して抽出されます。


言語区分命の水を表すことば
ラテン語 アクア・ヴィタエ(Aqua-vitae)
ゲール語(古語) ウィシュク・ヴェ一ハ(Uisqe-beatha)
アイルランド語 ウスケ・ボー
北欧 アクワァ・ビット(aquavit)
フランス オー・ド・ヴィ(eau-de-vie)
ロシア ジーズナヤ・ヴァダ(Zhiznennia Voda)
モンゴル語 アルヒ

「命の水」を表す言葉はヨーロッパの各地に残されており,いずれも蒸留酒を意味するものとなっている。飛び地のようにモンゴルでも「命の水」が使用されており,これはアジアからヨーロッパにまたがるモンゴル帝国の時代の遺産かもしれません。


新大陸の蒸留酒

新大陸が発見されると地域固有の材料を使用してバーボン・ウイスキー,テキーラ,ラムという3つの特徴のある蒸留酒が生まれました。バーボン・ウイスキーは米国で生まれ,主原料は51%以上80%未満のトウモロコシおよびライ麦,小麦,大麦などです。

バーボンの名前は米国独立戦争において米国に味方してくれたフランスの「ブルボン王朝」にちなんでいます。米国初代大統領のジェファーソンがフランスへの感謝の気持ちから,ケンタッキー州の一郡を「バーボン郡」と名付け,その地域で生産されるウイスキーの名前となりました。

テキーラはメキシコで生産されています。主原料はアガベ・アスール・テキラーナ と呼ばれる竜舌蘭です。竜舌蘭から造られる蒸留酒の一般名称はメスカルですが,テキーラ村とおよびその周辺地域で蒸留されたものは特にテキーラと呼ばれています。

竜舌蘭(リュウゼツラン科・リュウゼツラン属)は巨大で鋭いトゲの付いた葉をもつ植物で,作付後,6-8年で茎の部分にでんぷんを蓄え肥大します。収穫は細身のシャベル状の刃物で茎から葉を切り落とします。葉を切り落とされた茎はパイナップルのような形状となるためピニャ(パイナップル)と呼ばれます。大きなものは50kgにもなります。

伝統的な方法ではピニャを地下室のような場所で30時間ほど蒸し焼きにします。これが糖化を促します。その後,1週間放置してから石臼ですり潰し汁を絞り出し,発酵,蒸留となります。蒸し焼きにより糖化を促す方法は先住民の知恵を引き継いだものです。

ラム(ラム酒)は西インド諸島が発祥の蒸留酒です。原料はサトウキビの搾り汁もしくは廃糖蜜です。廃糖蜜とはサトウキビの搾り汁からショ糖を取り出した残りの黒く粘り気のある物質です。

廃糖蜜を利用するものはインダスタリアル・ラム,サトウキビの搾り汁を利用するものはアグリコール・ラムと呼ばれています。発酵後,連続蒸留器でアルコール度数を80度以上にします。

現在の酒は大きく醸造酒,蒸留酒(スピリッツ),混合酒(醸造酒に蒸留酒を加えた酒)に区分されます。世界には非常に多彩な酒文化が存在しており,人々はその地域で得られる果物,穀物を利用して,その地域の風土や気候に合わせた方法で酒を造っています。



リュウゼツラン(竜舌蘭),茎を肥大させそこにでんぷんを貯蔵します。開花時期になるとでんぷんが糖化されるので,その前に収穫します。


リュウゼツラン(竜舌蘭)の収穫,丸形の鋭利な刃を付けた柄の長い道具を使用して,球茎部分が残るように葉をそぎ落します。この球茎部分はパイナップルに似ていることからピニャと呼ばれます。写真は「テキーラを作ってみたい」から引用しています。


酸素が少ないと発酵が行われます

酵母菌は嫌気環境(酸素の少ない環境状況)ではアルコール発酵を行って,ブドウ糖をピルビン酸を経由してエタノール(エチルアルコール)と二酸化炭素(炭酸ガス)に分解し,生存や増殖に必要なエネルギーを得ます。このように微生物が嫌気環境で糖やたんぱく質を分解することを発酵といいます。ちなみに私たちになじみの深い乳酸菌は乳酸を作ります。

(1) C6H12O6 → 2 C2H5OH +2 CO2 + 2APT・・・アルコール発酵
(2) C6H12O6 → 2 C3H6O3 + 2ATP ・・・乳酸発酵
(3) C6H12O6 + 6 O2 → 6 CO2 + 6 H20 + 38ATP・・・有酸素燃焼

(1) がアルコール発酵,(2)が乳酸発酵,(3)が有酸素状態でブドウ糖が燃焼したときの反応式です。ATP(アデノシン3リン酸)は生物の体内でエネルギーを必要とする反応過程には必ず使用される物質で,生物のエネルギー通貨です。

生物がエネルギーを得るということは食物あるいは自分が光合成した物質からATPを産生することを意味します。アルコール発酵では2個のATPしか得られませんが,クエン酸回路による有酸素燃焼では平均して38個のATPを得ることができます。

酵母菌も酸素が十分ある環境ではアルコールはほとんど作らず効率よくエネルギーを得ることができます。分かりやすいようにぶどう糖1gから得られるエネルギーで説明すると,酵母菌はアルコール発酵で約80cal,有酸素燃焼では約1,460calのエネルギーを得ることができます。

1gのぶどう糖を完全に燃やすと約3,800calのエネルギーが得られるので酵母菌の燃焼効率は38%になります。ということで酵母菌には気の毒ですが,アルコールを作るためには酸素の少ない環境で活動してもらう必要があります。

余談ですがぶどう糖を分解してエネルギーを獲得する仕組みはほとんどの生物で共通しています。私たちの体内でもぶどう糖はピルビン酸に解糖され,アセチルCoAという物質を経由してTCAサイクルに入り,ATPを産生するともに二酸化炭素と水に分解されます。

体内でぶどう糖が不足すると脂肪が分解され,脂肪酸を経由してアセチルCoAが産生され,脂肪がエネルギーに変わります。タンパク質もある程度分解された後はTCAサイクルに入りエネルギー源になります。


酸素の少ない環境では微生物は発酵により細々とエネルギーを調達します。アルコール発酵では2個のATPしか得られませんが,クエン酸回路による有酸素燃焼では平均して38個のATPを得ることができます。この仕組みはほとんどの生物に共通しています。




体内でぶどう糖が不足すると脂肪が分解され,脂肪酸を経由してアセチルCoAが産生され,脂肪がエネルギーに変わります。


酒と宗教

世界にはいろいろな宗教がありますが,酒類を積極的に推奨しているものはないようです。反対に酒を積極的にあるいは間接的に禁忌としている宗教はたくさんあります。

イスラム教では聖典コーラン(クルアーン)の中で「酒は心を乱す飲み物で悪魔の業であり,これを避けなさい」とはっきり禁止しています。これはイスラム教の創始期に飲酒におぼれイスラム教徒としての義務をなおざりにする人々が多数でてきたため,明確な禁忌となったと言われています。

現在でもアラビア半島では外国人が泊まるホテル以外の場所では飲酒が禁じられています。しかし,アラビア半島から東に行くにしたがってこの禁忌はゆるやかなものになり,「酒におぼれない限り個人的な飲酒は認められる」程度に解釈する人もいます。

数え切れないほどの神が存在し,教義を記した聖典をもたないヒンドゥー教では意外にも飲酒は好ましいものではないとされています。インドの街では非常に目立たないところに酒屋があり,人々は悪いことをするかのようにこっそり酒を買い求めていきます。外国人旅行者はホテルのレストランやバーで飲むことはできます。

州により法律が定められているので,グジャラート州のように禁酒法が実施されているところもあります。また,禁酒法が実施されていない州もドライデー(禁酒日)があり,この日は酒類を一切販売されません。

仏教では在家信者の五戒(不殺生,不偸盗,不邪淫,不妄語,不飲酒)の中に不飲酒があり酒を飲むことが禁じられています。初期の経典にあたる「長阿含経」には釈尊が晩年に五戒の一つとして不飲酒を説いたという記述が残されています。

仏教の理想とするところは,さまざまな苦や煩悩に満ち満ちたこの世にあって,乱されることのないこころの平安を得ることでした。そのためには八種の正しい道(八支)が必要であるとされてきました。飲酒は正しい行いや精進の妨げになるので排除されたのでしょう。

キリスト教の聖典である聖書には酒を戒める言葉は残されていません。有名な最後の晩餐の場面でイエスはぶどう酒の杯を持ち「この杯はあなたがたのために流される私の血による新しい契約である」と語っています。キリスト教徒にとってはぶどう酒は神との契約の証なのです。

それでもクリスチャンの方のHPには「クリスチャンは自発的に自主的に酒の常習や酒酔いを避けるように心がけるべきです。それは酒への欲求や依存によって,神に従う生活が壊されるからです。酒への欲求や依存は神を求めず酒を求めていることになります」と記されています。

クルアーン5章91節:悪魔の望むところは,酒と賭矢によってあなたがたの間に敵意と憎悪を起こさせ,あなたがたがアッラーを念じ礼拝を捧げるのを妨げようとすることである。それでもあなたがたは慎しまないのか。

クルアーン2章219節:かれらは酒と賭矢についてあなたに問うであろう。言ってやるがいい。「それらは大きな罪であるが,人間のために(多少の)益もある。だがその罪は益よりも大である」。またかれらは何を施すべきかをあなたに問うであろう。その時は「何でも余分のものを」と言ってやるがいい。このようにアッラーは,印をあなたがたに明示される。恐らくあなたがたは反省するであろう…。

仏教における五戒(在家の信者が守るべき主要戒律)
・殺生戒:生き物,特に人を殺してはならない
・偸盗戒:盗んではならない
・邪淫戒:夫婦間以外の性行為をしてはならない
・妄語戒:うそをついてはならない
・飲酒戒:酒を飲んではならない


アルコール代謝|モンゴロイドだけに酒に弱い人がいます

体内に入ったアルコールは胃・十二指腸・小腸で吸収され血液中に入り,おもに肝臓でエタノール→アセトアルデヒド→酢酸→二酸化炭素・水というように代謝されます。しかし,一部のアルコールは血液脳関門をすり抜けて脳に入り,大脳新皮質を麻痺させるため,本能や情動が開放され快感をもたらします。この状態が「酔った」状態です。

ところが,エタノールの代謝中間物質のアセトアルデヒドは少量でも顔面紅潮,吐き気,頭痛をもたらすやっかいな毒性物質です。また,発がん物質とされています。この物質が体内で速やかに分解されないと,いわゆる「悪酔い」した状態になります。

アセトアルデヒド分解酵素はALDH(アセトアルデヒド・デヒドロゲナーゼ)と呼ばれており,ALDH1とALDH2の2種類あります。血液中のアセトアルデヒドの分解の主役となるのはALDH2の方です(ALDH1は補助的な役割に留まります)。

アセトアルデヒド毒性物質ですので肝臓においてALDH2により速やかに酢酸に代謝されます。ところが,肝臓の健康状態に問題がなくても,日本人の中にはアセトアルデヒドを正常に分解できる人,分解能力の低い人,まったく分解できない人がいます。アセトアルデヒドを正常に分解できない人が酒を飲むと少量でもすぐ悪酔いしまいます。

これは,日本人のALDH2遺伝子に活性型と不活性型が混在していることに起因しています。このように一つの遺伝子が複数の型に分かれていることを遺伝子多型といいます。両親から不活性型のALDH2遺伝子を受け継いだ人はまったくアセトアルデヒドが分解できない(アルコールが飲めない)人となります。

片親だけから不活性型のALDH2遺伝子を受け継いだ人はアセトアルデヒド分解能力の低い(アルコールに弱い)人となります。両親から活性型のALDH2遺伝子を受け継いだ人は正常にアセトアルデヒドを分解できる(アルコールに強い)人となります。

文献によりかなりの開きがありますが,日本人の場合は約5%が飲めない集団,40%が弱い集団,55%が強い集団に属しています。実はこのように酒に弱い人々はモンゴロイドの一部にだけ存在します。特に中国,韓国,日本に多いとされています。

世界の人々を大別するとネグロイド,コーカソイド,モンゴロイドとなります。ネグロイド,コーカソイドの人々はほぼ100%活性型のALDH2遺伝子を受け継いでおり,アルコールを普通に飲むことができます。同じモンゴロイドでも新大陸に居住するネイティブ・アメリカンは他の地域の民族に比べてそれほど差はないことも知られています。

このことから,おそらく中国で2万年ほど前にALDH2に突然変異(不活性型)をもつ人が現れ,その遺伝子が子孫に受け継がれたものと考えられています。日本人では弥生時代の渡来人の一部にそのような遺伝子をもった人々が混ざっていました。

それ以前に日本に住んでいた縄文人はその遺伝子とは無関係だったので活性型のアセトアルデヒド分解遺伝子を持っていたはずです。現在でも縄文人の血を濃く受け継いでいると考えられるアイヌの人たちでは酒に弱い人の割合が少なくなっています。また,渡来人の比率が高いと考えられている近畿地方では酒が弱い人の比率が高くなっています。

最初に突然変異を起こした人は一人ですから,その人の遺伝子を受け継いだ人の多さに驚かされます。こうして考えると,(少なくとも近代までは)酒に弱いということは個人の生存にとってマイナス要因とはならなかったようです。

自分がどの集団に属しているかはアルコール・パッチテストにより簡単に判定することができます。弱い集団に属する人は要注意です。本来は酒に強くないにもかかわらず,慣れで強くなったと錯覚して飲んでいると肝臓をこわしやすいからです。

モンゴロイドにだけ酒に弱い人がいるのは不活性型のALDH2遺伝子をもっているためなのですが,オーストラリア先住民族のアボリジニーは活性型のALDH2遺伝子をもっているにもかかわらず,極端に酒に弱い民族集団として知られています。

その原因は,アルコール分解酵素であるADHが不活性であるためとされています。実際,ADH2(ALDH2ではありません)遺伝子にも民族による遺伝子多型が見られるそうです。アボリジニーの人々がなぜ極端に不活性なADH しかもっていないかについてはこれから調べてみることにします。

自然界では酒を空気にさらした状態で放置すると酢酸ができます。これはアセトバクター属 (Acetobacter) の酢酸菌によるものです。酢酸菌はエタノールをエタノール→アセトアルデヒド→酢酸というように代謝します。これはヒトの体内におけるアルコール代謝と同じプロセスです。

このようにエタノールから酢酸を生成するプロセスは酢酸発酵と呼ばれています。自然界には糖から(エタノールという中間代謝物なしに)酢酸を生成する微生物もいますが,こちらは酢酸発酵とは呼ばれません(「セルロースを消化する動物」参照)。

発酵とは狭義には「微生物が嫌気条件下でエネルギーを得るために有機化合物を酸化して,アルコール,有機酸,二酸化炭素などを生成する過程である」と定義されています。

しかし。酢酸発酵は明らかに十分な酸素のある環境で行われるプロセスです。ということで,発酵の定義を調べなおしてみると「広義には微生物を利用して食品を製造すること,有機化合物を工業的に製造することをいう」となっていました。


アルコールを代謝(分解)して無害の酢酸にするためにはADH(アルコール分解酵素)とALDH(アセトアルデヒド分解酵素)が正常に機能することが必要です。




アルコールを酢酸に代謝するプロセスは二段階の酸化プロセスとなります。アセトアルデヒドの分解が滞ると「悪酔い」ということになります。




日本人の酒の強さは3つに区分されます。両親から活性型のALDH2を受け継ぐと「強い」,片親から不活性型のALDH2を受け継ぐと「弱い」,両親から不活性型のALDH2を受け継ぐと「飲めない」人となります。


アルコールが体内から消えるまでの時間は?

酒に強い(アセトアルデヒドを正常に分解することのできる)人でもエタノールを代謝(分解)するためには一定の時間が必要です。およその目安として体重1kgにつき1時間にアルコール0.1gを分解します。体重が50kgの人が1時間に分解できるアルコールの量は5gです。もっともこの数値は平均的なもので,個人差があり,そのときの体調により左右されます。

日本酒の1合,ウイスキーのダブル1杯,ビール中ビン1本,ワインのグラス2杯はおよそ20gのアルコールを含みますので,体重が50kgの人ならアルコールが分解されるまでに4時間かかる計算になります。ちょっと休めば酔いは収まると考えて車を運転するのはとても危険です。

酒を飲むと胃や小腸からアルコールが吸収され血液中のアルコール濃度が上昇します。だいたい飲酒後30分ほどで血液中のアルコール濃度は最大となり,その後ゆるやかに下降します。上に出てきた20gのアルコールを摂取するとアル血液中のコール濃度のピークは0.02-0.04%ほどになります。

エタノールは血液脳関門をくぐりり抜け,脳内に入り込み,脳の活動を抑制(麻酔作用)します。そのため,運動機能の低下,理性・自制心の低下,動態視力・集中力・認知能力・状況判断力の低下など起こり,この状態で車を運転することは大変危険なことになります。

日本の道路交通法では「何人も酒気を帯びて車両等を運転してはならない」と規定されており,飲酒運転の罰則は「酒気帯び運転」「酒酔い運転」に分類されます。酒酔い運転は酒気帯びよりも重大な違反状態であり,「アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態」と規定されています。つまり,体内のアルコール濃度とは無関係に運動・感覚機能,判断・認知能力の低下が判定基準となります。

酒気帯び運転は体内のアルコール濃度により判定されます。そのための方法として呼気中のアルコール濃度が測定されます。判定レベルは呼気1リットル中のアルコール濃度が0.15mgと0.25mgの2段階になっています。

血液中のアルコール濃度と呼気中のアルコール濃度は比例関係にあり,呼気1リットル中のアルコール濃度が0.15mgは血液中のアルコール濃度0.03%に相当します。つまり,20gのアルコール(ビール中ビン1本)を飲むと,ある時間帯は酒気帯びの基準を超えることになります。

近年,日本では交通事故の死亡者が激減しており,ピーク時(昭和45年,死亡者16,765人)の1/3程度にまでなっています。そのような中で飲酒運転による悲惨な事故が後を絶ちません。そのため,飲酒運転に対する罰則がどんどん強化されています。

道路交通法では呼気中のアルコール濃度により間接的に血液中のアルコール濃度を測定しています。しかし,この方法にには大きな問題があります。飲酒運転が危険なのは脳の機能が低下しているからであり,血液中のアルコール濃度は必ずしも脳の機能の状態を反映していないからです。

脳は体の中で特異な臓器であり,血液中の物質が自由に脳との間を行き来するようになってはいません。たくさん酒を飲んで,ある時間が経過し,血液中のアルコール濃度が低下しても,脳内では血液中と同じようにアルコールの代謝が進んでいるとは限りません。

また,代謝物質(アセトアルデヒド)が蓄積される影響もあります。血液中のアルコール濃度は,例えば水を大量に飲むことにより低下させることができますが,それにより脳内の状況が良くなることはありません。


ビール中ビン(350ml)を2本飲んだ時の血液中のアルコール濃度の変化モデル。このグラフの最大値やアルコール分解時間には個人差があります。


急性アルコール中毒

上述のように体内でアルコールを分解するためには一定の時間が必要になります。そのため,短時間に大量のアルコール摂取すると血液中のアルコール濃度が急激に上昇します。これが急性アルコール中毒であり,血液中のアルコール濃度により比例して症状は重症化し,死に至る場合もあります。

血液中のアルコール濃度ですから,体重の重い人は同じ量を飲んでも(体重と血液量は比例するので)相対的に影響は小さくなります。急性アルコール中毒は酒に強い体質,弱い体質(ALDH2遺伝子の活性型と不活性型)は関係がありません。アルコール摂取し消化器官から吸収されることについてはALDH2遺伝子は関与していないからです。

急性アルコール中毒は血液中のアルコール濃度に比例して脳内のアルコール濃度が上昇するために発生します。アルコールは脳を麻痺させる働きがあり,大脳辺縁部から始まり,次第に生命維持に欠かせない脳幹部にまで広がっていきます。

脳幹部は呼吸や心臓の働きを制御するところであり,ここが麻痺すると呼吸機能や心拍機能が停止します。血液中のアルコール濃度が0.4%を越えると,1-2時間で約半数が死亡します。アルコールを摂取してから血液中のアルコール濃度が最大になるまでには30-60分ほどかかりますので,この間にまだ酔っていないと判断し,大量の酒を飲むと急性アルコール中毒に結び付きます。

このような場合は「ほろ酔い期」,「酩酊期」を飛び越えて一気に「泥酔期」や「昏睡期」に到達してしまいます。「いっき飲み」が危険なのはこのためです。飲み始めてから1時間以内に泥酔状態になった場合,および1時間に日本酒で1升,ビールで10本,ウイスキーでボトル1本程度飲んだ場合は急性アルコール中毒を疑い(生命にかかわる危険があるので)すぐに救急車を呼ぶべきです。(wikipedia)

血中alcohol 酩酊度
身体への影響
0.05% ほろ酔い 陽気,気分の発揚
0.08% ほろ酔い 運動機能の低下,反射の遅れ
0.1% 酩酊 まっすぐ歩けない
0.2% 泥酔 錯乱,記憶障害
0.3% 昏睡 意識を喪失する
0.4% 昏睡 昏睡状態となる


アルコール依存症…脳がアルコールを欲しがるのです

人の脳が他の動物と最も異なるところは精神活動を担う大脳新皮質という部位が非常に発達していることです。大脳新皮質は快感を求め本能や情動のおもむくままに行動することを強く抑制しています。これに対してアルコ−ルは大脳新皮質を麻痺させるため,本能や情動が開放され快感をもたらします。この状態が酩酊状態です。

酩酊状態は一過性のものですが,過剰な飲酒を続けると脳はアルコ−ルに対して耐性をもつようになります。その結果,酔うためのアルコ−ル量が増え,いつも脳の神経細胞がアルコ−ルである程度麻痺されている状態が続くようになります。

そして,脳内のアルコ−ル濃度が下がると神経細胞が異常な興奮を示すようになります。これが禁断症状とか離脱症状と呼ばれる状態です。この症状は麻薬などの薬物依存症と類似しており,アルコール依存症と呼ばれています。

現在ではアルコール依存症は病気と考えられています。アルコール依存症者については,意志の弱い人,だらしのない性格の人,道徳感の低い人などというイメージがつきまといますがそうではありません。

飲酒をコントロールできないのは病気の症状なのです。現在,普通の社会生活を送っている人でも,何らかのきっかけでアルコール依存症になる可能性は十分にあります。

アルコール依存症は進行性の病気であり,初期,中期,後期の3段階に分けられます。
(1) 初期 :アルコールに精神的に依存するようになり習慣性飲酒が始まる
(2) 中期 :軽い離脱症状,飲酒のことで嘘をついたり家庭内で問題が起きる
(3) 後期 :仕事に明らかな支障が出て家庭崩壊に至ったりする

習慣性飲酒からアルコ−ル依存症への進行の時間は男性で約10年,女性では約6年といわれています。他の病気とも同じでアルコ−ル依存症も早期発見,早期治療が大切です。

治療には専門家の指導が欠かせませんので,自分や家族の飲酒に問題を感じた人は速やかに専門家に相談し,指導を受ける必要があります。アルコール依存症とその治療については「特定非営利活動法人ASK(アルコール薬物問題全国市民協会)」のHPに詳しく掲載されています。

年次 推計患者数
推計総患者数
1984年 17.9
1987年 19.6 34
1990年 19.3 41
1993年 16.9 32
1996年 21.7 47
1999年 17.1 37
2002年 17.1 42
2005年 16.7 43

アルコール依存症の患者数推移(単位は千人),厚生労働省・平成17年患者調査報告より。推計患者数は病院に入院・通院している人数で,総患者数は病院を利用していないアルコール依存症患者数を含みます。


未成年者の飲酒の危険性

未成年者飲酒は法律で禁じられています。しかし未成年者の飲酒は広く蔓延しています。「未成年者の喫煙および飲酒行動に関する全国調査(厚生省,2004年度)」の報告書には下記のような憂慮すべき調査結果が掲載されています。
中学生:月に1回以上飲む人が8人に1人,週に1回以上飲む人が人が3%
高校生:月に1回以上飲む人が30%,週に1回以上が飲む人が8%

上記の調査結果が他の先進国に比べて高いのか,低いのかというデータは持ち合わせていませんが,深刻な社会問題であることは確かです。その背景には3つの要因があるようです。
(1) 未成年者の飲酒に対して大人(親)が寛容である。
(2) 自動販売機の普及により未成年者でも容易に酒が手に入る。
(3) 未成年者飲酒の危険性に関する正しい知識が普及していない。

アルコール健康医学協会から出されている「アルコールと健康」という小冊子には,子どもから大人への移行期にあたる思春期の飲酒が精神と肉体の発育にどのような影響を与えるかが詳しく述べられています。主要な論点は次の通りです
(1) 未成年者のホルムアルデヒド分解速度は成人に比べて遅い
(2) 未成年者はアルコールに対する感受性が高い
(3) 未成年者の飲酒は成人よりも脳に与える影響が大きい
(4) 未成年者の飲酒は性機能の正常な発達を妨げる可能性がある
(5) 未成年者の飲酒は臓器障害の危険性を高める
(6) 未成年者の飲酒は精神的な発育を阻害する
(7) Jカーブは未成年者の飲酒には当てはまらない

悪酔いの原因物資であるアセトアルデヒド(アルコールの一次代謝物質,有毒物質)の分解速度が成人と未成年者では異なるかついては(人体実験ができませんので)正確なデータはありません。ラットを使用した動物実験では幼いラットほど分解速度は遅いという結果が得られています。

この実験の意味するところは(おそらく)人でも未成年者のアセトアルデヒド分解速度は遅く,有毒物質であるアセトアルデヒドが長く体内に存在し続けるすることを意味しています。そもそも,日本人の約半数はアセトアルデヒド分解酵素(ALDH2)の活性が弱いまたは働かないということも忘れてはなりません。

未成年者がアルコールに対する感受性が高いという事実はアルコール依存症になりやすいということを意味しています。成人の場合は過度の飲酒が習慣化してからアルコール依存症になるまでの期間は男性で15-20年,女性で5-10年とされています。しかし,未成年者の場合は数か月から2年ほどで依存症に進んでいきます。未成年者の習慣的飲酒はアルコール依存症に至るリスクを非常に高めることになります。

飲酒の習慣化が脳の委縮(脳細胞の死)を引き起こすことはよく知られています。飲酒をしない場合でも脳細胞は年齢とともに減少し,脳は委縮していきます。ところが,飲酒が習慣化するとこの委縮が20歳代から始まります。飲酒量が適度の集団とアルコール依存症の集団を比較すると,依存症集団では脳の委縮が20-30年も早く進行しているケースも報告されています。この傾向は年齢の低いときに飲酒を習慣化した場合は特に顕著に現れます。

思春期に習慣的な飲酒を開始すると性機能の正常な発達を妨げる恐れがあります。大量の飲酒はしばしば内分泌機能や性ホルモンの異常を引き起こします。性ホルモンによる第二次性徴が現れてくる思春期の飲酒は微妙なホルモンバランスを狂わすことになり,成人以上に大きな影響を与える可能性があります。具体的には男性性器の発育を阻害したり,女性の場合は生理不順や無月経を引き起こします。

アルコールは肝臓で分解されアセトアルデヒドを経由して水と二酸化炭素に分解されます。このことは肝臓が特にアルコールの影響を受けやすい臓器であることを意味しています。未成年者の場合は臓器の機能が未発達のためアルコールに対する耐性が弱く,障害を受けやすいのです。

思春期は体の変化とともに精神的も発達過程にあり,社会化,個性化などの成長を通して人格が形成されます。この時期に自我の形成がうまくいかないと精神的な発達障害,適応障害につながります。もちろん,発達障害の原因は家庭や学校における人間関係に大きく影響されますが,飲酒の習慣は逃避行動,学習意欲の低下に結び付くことが多く,精神的な発達に悪影響を与えます。

適度の飲酒は寿命に良い影響を与えると報告書があります。つまり,適量を飲んでいる人は全く飲まない,あるいは過度に飲む人に比べて死亡率が低いという統計データがあります。横軸を飲酒量,縦軸を死亡率とするグラフにすると,アルファベットのJの形になるので,「Jカーブ効果」いわれています。

しかし,未成年の頃から習慣的に飲酒をしていた場合は飲酒量が増えると死亡率は上昇します。つまり,未成年の飲酒は確実に心身に悪意影響を与え,死亡率を高めているのです。にもかかわらず,未成年の飲酒は広く蔓延しています。子どもたちの飲酒がどれほど有害なものであるかを親の世代は認識し,未成年者の飲酒がどうして禁止されているかをていねいに説明してあげる責任があります。