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糖と炭水化物

砂糖は糖類に含まれます。糖(栄養学的には糖質)とは単糖および単糖を構成成分とする有機化合物の総称で,糖=炭水化物(厳密には糖<炭水化物)と考えて差支えありません。炭水化物は炭素と水素,酸素から構成される物質です。

ほとんどの炭水化物中の水素と酸素の割合は2:1と水(H2O)と同じなので,炭素と水が結合したようにも見えます。このため炭水化物と呼ばれています。炭水化物は脂肪と同様に動物のエネルギー源となりますが,実際に体内でエネルギー源として使用されているものはブドウ糖です。

炭水化物のほとんどを占める糖は分子の大きさにより単糖,小糖,多糖に区分されます。
(1) 単糖:分子構造的にそれ以上分解されない最小単位の糖
(2) 小糖:単糖が2-20個程度結合したもの
(3) 多糖:単糖がそれ以上結合したもの

単糖の代表的なものにはブドウ糖(グルコース),果糖(フルクトース)があります。いずれも分子式はC6H12O6ですが原子の結合状態が異なります。炭素が6個含まれていることから六炭糖と呼ばれています。ブドウ糖は人間をはじめ動物や植物の活動のエネルギーになる物質の一つです。特に脳にとっては唯一のエネルギー源となっています。

果糖は果物に多く含まれることからこのように命名されています。糖の中ではもっとも甘味が強いものですが,温度により甘みが変化する(温度が低くなると甘みが強くなる)性質をもっています。果物を冷やすことにより甘みが活性化されるのはこの性質によるものです。

小糖はオリゴ(ギリシア語で小さいを意味する)糖ともいわれています。このグループにはショ糖(砂糖),麦芽糖,乳糖などが含まれます。いずれも単糖が2個結合したものなので二糖類と呼ばれています。私たちがふだん砂糖といっているのはショ糖のことで,ブドウ糖と果糖が1個づつ結合したものです。

分子式でみると「ショ糖=ブドウ糖+果糖−水」ということになります。逆にショ糖に水を加えると「ショ糖+水=ブドウ糖+果糖」という反応が可能になります。これを加水分解といい,このような反応を生物の体内で行う機能をもっているのが「酵素」です。私たちが砂糖を摂取すると消化器官でブドウ糖と果糖に分解され吸収されます。

麦芽糖はブドウ糖が2つ結合したもので水あめの主成分です。オオムギを発芽させ湯を加えることによって,大麦中の酵素が働いてデンプンが糖化されます。麦芽糖はこの麦芽(モルト,ビールの原料にもなります)に多く含まれることからこの名前がつきました。私たちがごはんを良くかんで食べると甘みを感じるようになります。これは,でんぷんが唾液に含まれる酵素により分解され麦芽糖ができるからです。

花の蜜の主成分はショ糖です。ミツバチは吸い取った蜜を体内の転化酵素の働きで果糖やブドウ糖を主成分とする蜂蜜に変え,巣房に保存します。ハチミツは一種の加工食品でハチが作ったものということができます。蜂蜜の成分は種類により大きく変化しますが,平均的には果糖38%,ブドウ糖30%,水分17%となっています。

多糖類はブドウ糖がたくさんつながったもので,でんぷん,セルロース,グリコーゲンなどがその代表的なものです。人間の体内の酵素はでんぷんやグリコーゲンの結合を切ってブドウ糖を産生し,エネルギーとして使用することができますが,例えばセルロースは分解することはできません。つまり人間はセルロースを消化できないということになります。

食物の成分の中で人間が消化できないものを総称して食物繊維といいます。食物繊維の大半は植物や菌類の細胞壁を構成する多糖類です。ヒトが消化することができないので食物繊維は栄養素とは考えられてきませんでした。

しかし,大腸内の腸内細菌が嫌気発酵することによって一部が酪酸やプロピオン酸のような短鎖脂肪酸に変換されてエネルギー源として吸収されます。また,腸の働きを維持したり,大腸がんを低減する機能も指摘されており,日本では2000年の「第6次改定日本人の栄養所要量」から栄養素の1つとして扱われることになりました(wikipedia)。

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単糖の代表はブドウ糖(左)と果糖(右),とちらもC6H12O6という分子式で表されますが原子の結合状態が異なります。


ショ糖=ブドウ糖+果糖−水,ショ糖は砂糖の化学的な呼び名です。ブドウ糖と果糖が一つづつ結び付いたものです。


麦芽糖=ブドウ糖+ブドウ糖−水,名前の通り大麦を発芽させると自分の酵素で糖化されて麦芽糖ができます。水あめの原料であり,ビールの原料にもなります。





でんぷんはブドウ糖の重合体(たくさん繋がったもの)です。ブドウ糖は分子が小さすぎるので植物はそれをたくさん結合させてでんぷんの形で保存します。


異性化糖

私たちが摂取しているもう一つの糖類に「異性化糖」があります。異性化糖はブドウ糖と果糖を主成分とする液状糖で,じゃがいもやとうもろこしなどのでんぷんを原料に製造されます。難しい名前が付いているので化学的に合成されたような印象を受けますが砂糖と同じ天然甘味料です。

まず,でん粉を酵素の力で分解してぶどう糖を作り,その一部を別の酵素の力で果糖に変換したものです。ブドウ糖と果糖は同じ分子式(C6/H12/O6)で表されますが,分子内の結合状態は異なります。このような分子を異性体といいます。最初に出来たブドウ糖の一部をその異性体である果糖に変換したものなので異性化糖と呼ばれます。

異性化糖の甘みはブドウ糖と果糖の含有割合により異なり,砂糖の70%から120%と幅があります。果糖の甘みは温度が低くなると強くなる性質をもっています。また,ブドウ糖と果糖のいずれも砂糖より甘みが口中に残りにくい性質があるため清涼飲料,パン,缶詰,乳製品,冷菓などで砂糖と同様に大量に使用されています。

日本国内では異性化糖が使用されている食品の原料欄には「異性化糖」あるいは「ぶどう糖果糖液糖(果糖含有率50%未満)」,「果糖ぶどう糖液糖(果糖含有率50-90%)」と表示されています。米国よりはずっと少ないとはいえ,清涼飲料水の消費拡大により日本では砂糖類の1/4は異性化糖となっています。

米国ではコーンスターチ(トウモロコシから作られたデンプン)を原料に使っているため HFCS (high-fructose corn syrup) と呼ばれています。米国では異性化糖におけける果糖の含有量を直接表現で表しておりHFCS55(果糖含有量55%),HFCS42(果糖含有量42%)などと呼ばれています。

米国ではHFCSは砂糖より安価なこと,および食品に添加しやすいことから1975年ころから急激に使用量が増加し,2000年には砂糖(840万トン)とほぼ同量(800万トン)が消費されるようになりました。800万トンを当時の総人口2.8億人で割ると一人当たり年間28.5kg,1日当たり78gということになります。この数値は平均値なので多い人は軽く100g以上を摂取していることになります。

しかし,2000年代に入って砂糖への回帰が始まり,HFCSの消費量は減少に転じています。その原因は健康への悪影響が多数報告されていることによります。バイオエタノールの生産増加により原料となるトウモロコシの価格が上昇したことも副次的な要因となっています。

砂糖も異性化糖もブドウ糖と果糖の形で体内に吸収されます。しかし,砂糖は消化酵素によりブドウ糖と果糖に分解されてから吸収されるのに対して,異性化糖はブドウ糖と果糖の混合液であるため,(分解の必要がないので)吸収が早く,食べる(飲む)と急激に血糖値(血液中のブドウ糖値)がはね上がります。

清涼飲料水には容積比で12%程度の異性化糖が含まれており,それが一気に吸収されることになります。この急激な血糖値の上昇に対応するため膵臓からインスリンが分泌され,血糖値を下げようとします。したがって,日に何度もこのような状況が起きると,脾臓に対する負担が増大します。また,インスリンは脂肪合成を促進しますので肥満の一つの要因となっています。

もう一つの問題は異性化糖の約半分は果糖であり,その代謝はブドウ糖とはかなり異なっていることです。ブドウ糖は体内の基本エネルギー物質ですので吸収後は血流により体内の細胞に運ばれ,そこで燃焼させられます。肝臓で代謝されるものはブドウ糖の20%程度に過ぎません。

一方,果糖は代謝を100%肝臓にたよっているため肝臓への負担が大きい糖ということになります。同時に果糖の代謝には一定量のミネラルが必要となります。また,果糖の代謝物質は脂肪に転換されやすく,肥満の原因となっているという報告もあります。

実際,米国プリンストン大学の研究チームは「ネズミを使用した研究報告」の中で,「全体の摂取カロリーを同じにしても,グラニュー糖を摂取したネズミよりも異性化糖を摂取したネズミの方が著しい体重増加を示した。異性化糖は実験動物の著しい体重増加の原因になるうえに,長期間摂取すると,とりわけ腹部の体脂肪の異常な増加につながり,中性脂肪という体内を循環している血中脂肪の上昇を招く」ことを明らかにしました。

果糖そのものは有害物質ではなく,果物や野菜にも含まれています。通常の食生活では1日の摂取量は15g程度であり,一緒にミネラルや食物繊維が摂取されるためマイナス面はカバーされていました。

ところが,異性化糖の登場により,異性化糖が添加された清涼飲料水や食品をよく飲食する米国の若者では果糖の摂取量は50g以上になっています。このため果糖単独の大量摂取の弊害が現れてきているようです。米国の小中学校では清涼飲料水の販売が禁止される事態にもなっています。



異性化糖はブドウ糖と果糖の混合液糖,オリゴ糖と呼ばれることもあります。加工食品のラベルをチェックすると,「ブドウ糖果糖液」あるいは「果糖ブドウ糖液」と表示されているはずです。清涼飲料水にもたくさん使用されていますが米国で健康によくないという報告が多数出ているので砂糖に回帰しているかもしれません。





米国人一人当たり種類別甘味料使用量の推移
出典:農畜産振興機構・砂糖
米国では砂糖とほぼ同量のトウモロコシ由来の異性化糖(HFCS)が消費されています。この異性化糖の製法特許は日本国がもっていました。いわゆる,輸出特許です。

果物 果糖 ブドウ糖 ショ糖 全糖
りんご
みかん
ぶどう
バナナ
 5.5
 1.5
 8.0
 2.5
 2.0
 3.0
 1.5
 7.5
 4.0
 4.0
 2.5
 5.5
 0.5
 16
 7.0
 10-13
 8-9
 15.5
 23
 14

果物に含まれる糖(果肉100gあたりの糖含有量,単位:g)
野菜と異なり糖質が多いのでほどほどにいただくようにしましょう。


脳は酸素とブドウ糖を大量に消費する臓器

ヒトの脳はどの臓器よりも多くのエネルギーを消費します。脳は体重の2%程度にもかかわらず消費エネルギーの約20%を占めています。重量比でみると他の臓器の10倍ものエネルギーを消費する脳細胞は,エネルギーや酸素が滞ると速やかに機能が低下します。

個人差はありますが空気中の酸素濃度(通常は21%)が18%程度になると酸素欠乏症の症状が現れてきます。また,脳に血液の供給が止まると10秒もたたないうちに意識不明に陥り,数分で回復不能のダメージを受けます。

脳のエネルギー源はブドウ糖だけとなっています。それは,血液循環系と脳の間に血液脳関門という障壁(バリア)があるからです。このような関門は体内の血液中にある物質が勝手に脳や生殖器に行かないようにするためにあります。血液中の物質が自由に脳に入り込むようになれば,脳の活動は著しく阻害されます。いわば,脳の安定性を乱さないための関所ということができます。

血液脳関門は毛細血管の内壁がきわめて狭くなっていることによる物理的な障壁です。このため,血液脳関門の機能が正常なときは分子量500以上の分子は通過できません。その結果,栄養素としては分子量の小さいブドウ糖(分子量180)だけが通過できるわけです。

多くの薬剤もこの関所を通過することはできませんが,中には通過できるものもあり,ある種のかぜ薬を飲むと眠気を催すのはそのためです。血液脳関門を通過できる有害物質としてはアルコール,麻薬などがあります。

脳内に到達したアルコールは大脳新皮質を麻痺させるため,本能や情動が開放され快感をもたらします。一方,麻薬類の多くは脳内の神経細胞を刺激したり,神経伝達物質として作用したり,神経伝達物質の生成あるいは分解に関与します。

そのため,精神活動の麻痺,高揚感,あるいは幻覚・幻聴などをもたらします。神経伝達物質は短時間で分解されますが,脳起源ではない麻薬類は簡単には分解(排出)されず脳に深刻なダメージをもたらします。

アルコールや麻薬類を常用すると,それらの効果が薄れると脳が異常な興奮状態や不安状態に陥ります。これが離脱症状であり,この不愉快な症状を軽減したり回避したりするため,同じ物質を摂取しようとします。これが依存症です。依存症はアルコールや麻薬類の使用だけとは限りません。買い物,ギャンブル,携帯電話などの精神的な依存症もあります。

胎児と母親を結んでいる胎盤にも血液胎盤関門があり,そこで酸素や栄養素の受け渡しが行われます。この関門のおかげで母親と胎児の血液が混ざり合うことはありませんし,母親の血液中にある物質が胎児に自由に受け渡されることはありません。

しかし,ある種の物質はこの関門を通過することができるので,妊娠時の薬の服用,食べ物には最大限の注意が必要です。ニコチンは血液胎盤関門を通過できるので,妊娠前の女性の喫煙には警告が発せられています。1960年代初期に使用された睡眠薬サリドマイドは胎児に深刻な奇形を引き起こしました。また,水俣病におけるメチル水銀も関門を通過し胎児性水俣病を引き起こしました。


画像はwikipediより引用しました。
脳の重さは1200-1600g,体重の2%程度ですが,エネルギーの20%を使用する大食いの臓器です。そのため酸素やブドウ糖の供給が途絶えるとすぐに深刻なダメージを受けます。


光合成と消化

ブドウ糖はほとんどすべての生物のエネルギー源となっており,植物体内で合成されます。植物は葉緑素の働きにより光のエネルギーを利用して二酸化炭素と水からブドウ糖や果糖を作り出します。この反応は光のエネルギーを利用しているので光合成といいます。

この反応は二段階で行われ,光のエネルギーから酸素とエネルギーを作り出すプロセスが明反応,取り込んだ二酸化炭素と明反応で作られたエネルギーを使いブトウ糖などの有機物を作るプロセスが暗反応と呼ばれています。

植物は自分の生命活動に必要なブドウ糖を作るわけですが,その反応の余剰物質として酸素が出てきます。植物も自分の呼吸のため酸素は必要としますが,大部分の酸素は廃棄物として放出されます。

この酸素は二酸化炭素ではなく水に由来するものです。植物は水を光のエネルギーで分解し,水素だけを利用し酸素は廃棄しているわけです。太古から連綿と酸素を放出し続ける光合成植物のおかげで,大気中の酸素は約21%も存在するようになりました。

植物の一次生産物であるブドウ糖はそのままでは保存しづらいので植物はブドウ糖をたくさん結合させて「でんぷん」の形で根,茎,種子などに保存します。またブドウ糖を果糖やショ糖に転換して果実や蜜の中に保存する場合もあります。

でんぷんは化学的な構造によりアミロース(直鎖型)とアミロペクチン(枝分かれ型)に分類されます。植物の種類により貯蔵されているでんぷんの種類や組成が異なるので,その性質も異なります。

私たちがごはんを食べてエネルギーを得ることができるのは,体内の酵素の力で,コメのでんぷんを分解してブドウ糖を作ることが出来るからです。このように食べ物から栄養となる物質を作り出すことを消化といいます。

でんぷんの消化によってできたブドウ糖は小腸から吸収され,血流により体中のすべての細胞に運ばれ,そこで肺から取り入れられた酸素を使って燃焼させられます。このプロセスは植物がブドウ糖を光合成するもののちょうど逆になります。

ブドウ糖が生物体内で燃焼するといっても本当に熱を出して燃えるわけではありません。ブドウ糖を分解する過程でATPというエネルギー物質が生成されます。ATP(アデノシン3リン酸)は生物の体内でエネルギーを必要とする反応過程には必ず使用される物質で,生物のエネルギー通貨です。

生物がエネルギーを得るということは食物あるいは自分が光合成した物質からATPを産生することを意味します。これが正常な糖代謝です。砂糖を摂取するとブドウ糖と果糖に分解されて吸収されます。このうちブドウ糖は問題ありませんが,果糖は体内での代謝がブドウ糖とは異なっており,要注意物質となります(異性化糖を参照してください)。



地球上でもっとも大量に存在する炭水化物はセルロース

植物は根,茎,葉といった構造体を作らなければならないので,ブドウ糖を結合させてセルロースを作り出します。セルロースはでんぷん(α-グルコース)と同じ多糖類に属しますが,構成するブドウ糖はβ-グルコースのため分子の立体構造が異なります。このためセルラーゼという特別な酵素でなければ分解することはできません。

セルロースは植物細胞の細胞壁および繊維の主成分であり,天然の植物質の1/3を占める地球上で最も多く存在する炭水化物です。繊維素とも呼ばれ,綿はそのほとんどがセルロースです。穀物やサトウキビの残差はほとんどがセルロースです。

高等植物ではセルロースはリグニンと結合し,いわゆる「木質部」を形成します。木質部の細胞は時間とともに死滅し,堅固なリグニン構造だけが残り,樹木の支持体となります。木材から紙パルプを作るためには,木材を粉砕し化学処理によりリグニンを除去してセルロースを取りださなければなりません。

1トンの紙を作るためには2-3.5トンの木材が必要になります。製紙工場では大量の水,エネルギー,化学薬品を使い,大量の大気汚染物資や水質汚濁物質,固形廃棄物が排出されます。古紙のリサイクルはこのプロセスにおける環境負荷をずっと小さくすることができます。

地球上におけるセルロースの年間生産量は1000億トンと穀物(20億トン)の50倍にもなります。セルロースはブドウ糖が結合したものですが,動物の消化酵素ではその結合を分解できないため,ほとんどの動物は消化することができません。

私たちは野菜を食べて栄養素を摂取することができるのは,咀嚼により細胞壁を機械的にすりつぶして内部の物質を消化するからです。よく噛むことにより野菜の栄養は吸収しやすくなります。


光合成(水と二酸化炭素からブドウ糖を産生する)生物は30億年前に現れました。光合成生物の放出する酸素により地球環境は大きく変化しました。地球上の生物の大半は光合成から始まる食物連鎖により生きています。




生物がでんぷんを分解してブドウ糖を産生し燃焼させるしくみはほとんどの生物に共通しています。30億年前に始まった光合成は,生物にとって地球でもっともすぐれたエネルギー生産の仕組みであったようです。



木材パルプと古紙パルプ製造工程,木材パルプの本来の色は段ボールのような薄茶色です。そのままではノートやOA用紙,印刷用紙には使用できませんので漂白します。また,このような紙は再生紙100%では品質が低下しますので,新しいパルプを混入します。


セルロースを消化する動物

セルロースを始めとする大多数の多糖類をヒトは消化することができません。それでは草食動物はどうやって草や木の葉から栄養が摂れるのでしょうか。その秘密は胃や腸の中に常在する微生物を利用することです。

草食動物といえども自分のもつ酵素ではセルロースを分解することはできません。そこで,セルロースを分解する微生物を胃や腸内に大量に住まわせます。これらの微生物は発酵によりセルロースを分解し栄養素に変えてくれます。

この仕組みをウシで説明してみましょう。反すう動物の中でもっとも草食に適した形で進化したのはウシの仲間です。家畜となっている乳牛は分娩後10ヵ月の間に7000kgもの牛乳を出します。

7000kgの牛乳の中には200kgのたんぱく質,250kgの脂肪,300kgの糖などが含まれています。乳牛は草を食べてこれほどの栄養を産生することができるのです。その秘密は反すう動物に特有な胃の構造にあります。

ウシの胃は4つに分かれており,食道に近い方から第1胃,第2胃,第3胃,第4胃となっています。第1胃から第3胃までは食道が変化したもので,胃液を分泌する本来の胃は第4胃ということになります。大きさは第1胃が80%を占めており,成体では120リットルにもなります。

第1胃は巨大な発酵工場として機能しています。第1胃内には内容物1gあたり約100億の細菌と50-100万の原生動物(プロトゾア)が常在しています。これらの微生物は嫌気性の環境で食道を通過した草や飼料を発酵させます。

これらの微生物はセルロースやでんぷんを分解して酢酸,プロピオン酸,酪酸などの低級脂肪酸を生成します。これらの栄養素は第1胃から直接吸収されます。発酵の副産物として発生するメタンガスや二酸化炭素は口から排出されます。このためウシのゲップには大量のメタンガスが含まれます。

飼料中のたんぱく質は分解され微生物に利用されます。窒素化合物である尿素も微生物によりたんぱく質に変換されます。微生物の体を作っているたんぱく質はとても栄養価が高く,最後の第4胃で消化・吸収されます。

また,第1胃内の微生物はビタミンB複合体を合成する能力があり,そのようなビタミンもウシの栄養素となります。つまり,ウシは第1胃という発酵工場で草や飼料から自分に必要なあらゆる栄養素を産生しているということになります。

第2胃は第1胃と内容物をやりとりしたり,反芻(はんすう)するときに内容物を食道の下まで送り出す役割を担っています。反芻の主要目的はセルコースの物理的な粉砕,および第1胃の内容物にアルカリ性の唾液を混ぜ合わせるこにより,発酵により酸性に傾いた第1胃内のph環境を中和させることです。

このため,ウシは一日に50-60リットルもの唾液を出ています。また,ヒトでは尿とともに排出される尿素をウシは唾液中に分泌し,第1胃の微生物の栄養素として利用しています。

第1胃で分解された草は少しずつ第3胃に送られ,そこではそれを栄養源として微生物が大繁殖します。これらの微生物は発酵の産生物と一緒に第4胃に送られ,そこで消化,吸収されます。

大きな発酵工場を有するウシはセルロースの50-80%を分解して栄養素とするとともに,微生物をたんぱく源として利用しています。このすぐれた栄養摂取の仕組みがあるため,乳牛は前記のように大量の牛乳を出すことができます。

ヒトの大腸にも常在微生物が存在しており,食物中の繊維質の5%程度は分解され,生成物は栄養素として吸収されます。複胃をもたない馬は盲腸に微生物が生息しており,繊維質の30-50%が分解されます。

セルロースを主食にしているユニークな昆虫にシロアリがいます。シロアリは社会性を有していることとその姿かたちからアリという名前は付いていますが,アリはハチ目に属しており,ゴキブリ属のシロアリとはまったく別の昆虫です。

シロアリは原始的な昆虫であり,日本でもイエシロアリのように木造家屋を食い荒らす害虫として知られています。しかし,大多数のシロアリは人間のテリトリーではなく森の朽木や地中あるいは地表のアリ塚に住んでおり,朽木や落ち葉などを主食にしています。

その中にヤマトシロアリのように朽木を主食にしているものがいます。彼らは朽木をかじり食べ,その開いた空間を巣として利用しています。朽木の成分は木質セルロースです。本来の木質部はセルロースとリグニンが結合した強固な物質ですが,朽木ではリグニンが分解されて木質セルロースになります。

木質セルロースを食べるシロアリはセルロースの消化能力が低く,大部分は腸内に生息している原生生物や細菌に分解してもらっています。セルロース分解の主役は複数種類の原生生物ですが,それらはシロアリの腸内でしか生きられません。シロアリは原生生物に安全な環境を提供し,その見返りとして原生生物が利用しなかった栄養素を吸収しています。また,多くの種類の細菌も原生生物と共生関係にあるようです。

シロアリの排泄物は森の栄養素となります。このようにシロアリは植物性有機物を分解し,リサイクルさせる重要な働きをしています。世界の植物性有機物の15%程度はシロアリの体内を通過しているという報告もあります。

シロアリの腸内で生息しているようなセルロース分解能力をもった微生物の能力を高めることにより,トウモロコシの茎,ムギワラ,廃棄食料などから工業的に糖を作り出そうという研究も進んでいます。糖からは次節のように容易に燃料となるエチルアルコールを作ることができます。このプロセスが確立すれば食料と競合しない燃料が生産できる道が開かれます。


アフリカのサバンナに代表されるように,イネ科の草を消化することができる反芻動物(上図の灰色の種)は哺乳類でもっとも繁栄しているグループです。




牛の胃は4つの分かれており,食道に近い第1-3胃は発酵工場とその補助をする役割を担っています。ここで,微生物がセルロース,でんぷんを発酵により分解します。




第1胃の微生物はセルロースから酢酸や低分子の脂肪酸を産生します。これらの物質は第1胃から吸収され,ウシの主要な栄養源となります。




アリとシロアリは似たような社会性昆虫ですが,アリはハチの仲間でありシロアリはゴキブリの仲間です。シロアリは木材を分解して土に返すという重要な役割を担っています。





これは家屋の害虫のイエシロアリ,お菓子の家ならぬ食べ物の家に居住しています。イエシロアリは家屋の木材を食べ,その中に巣を作り「定住」しますので,家屋に大きな被害が発生します。


バイオ燃料(トウモロコシや砂糖を燃やす社会)

現在,地球温暖化防止の一つの切り札としてバイオ・エタノールバイオ・ジーゼルが脚光を浴びています。バイオ・エタノールはサトウキビやトウモロコシを原料にエタノールを製造するものです。簡単に言うとサトウキビやトウモロコシを原料に酒を造り,それを蒸留して純度の高いエタノールにしたものです。本来ならラム酒やバーボン・ウイスキーになるべきものをガソリンに混ぜて車を走らせるわけです。

バイオジーゼルはナタネ油のような植物油をジーゼル燃料に混合します。ヨーロッパでは伝統的に燃費の良いジーゼル車が普及しており,ジーゼルエンジンは植物油を混ぜても動かすことができるのです。原油価格の高騰により,ヨーロッパではナタネ栽培がブームになっています。

バイオ・エタノールもバイオ・ジーゼルも大気中の二酸化炭素を取り込んだ植物を燃やして車が走ることになるので,二酸化炭素の増加には寄与しない(カーボン・ニュートラル)ことになります。しかし,それほど単純な話ではありません。それは燃料を生産するためにどれほどのエネルギーが投入されたかという観点が欠如しているからです。

ブラジルのサトウキビ・エタノールのEPRは8程度とされています。それに対して米国のトウモロコシ・エタノールは米国政府の報告でもEPR=1.34 とされています。EPRは「Energy Prifit Ratio」という概念で,産生されたエネルギーを投入されたエネルギーで割ったものです。

EPR=1.34 というのは1.34のエネルギーを産生するため1.0のエネルギーが必要であったことを意味します。機械化された農場でトウモロコシを生産し,それをエタノールに転換するするために使用されるエネルギーはとても大きいということです。

このようなエタノールを1.34使用するとそれは化石燃料を1.0使用したのと同じだけの二酸化炭素を排出していることになり,カーボン・ニュートラルからはほど遠い数値となっています。米国のトウモロコシ・エタノールのEPRは0.8程度だとする米国の研究者もいます。車の燃費改善や公共交通への投資などにより,燃料の消費を低減することの方がずっと効率の良い温暖化防止策だということです。

もう一つの問題はサトウキビ,トウモロコシ,ナタネ油はすべて食品となるものです。原油の高騰によりガソリンスタンドとスーパーが食料の奪い合いをするという事態になっています。トウモロコシの価格が高騰し,それを飼料としている酪農,養鶏農家の経営をひどく圧迫しています。すでに砂糖の国際価格は2倍に上がり,いずれ国内産の牛乳や鶏卵の価格に転化されるのは避けられないでしょう。

2010年末の時点で地球上には69億人の人間が暮らしており,しかも毎年8000万人もの人口が増えています。食糧の増産は今後はそれほど見込むことができないので,穀物の価格はどんどん上がっていくことになりそうです。現在でも世界人口の2割が満足な食事を摂ることができない状態です。このままいくと,21世紀の早い時期に大規模な飢餓が現実のものになるかもしれません。

米国のエタノールを100リットル製造するためには350kgのトウモロコシが必要です。実際にはエタノール製造の残渣は家畜の飼料として使用されるので,350kgよりは小さな数値になりますが,それでも貧しい人の1年分の食糧に相当します。

それに対して,ワラやサトウキビ残差のように食料にならないセルロースあるいはリグニンを含んだ木質部を糖化することができるようになれば,それから得られる燃料のEPRは現在よりずっと大きくなる可能性をもち,かつ食料と競合することはありません。この技術開発は簡単ではないようです。しかし,この技術に投資することは食糧の安全保障,地球温暖化防止のため大きな役割を果たすことになります。


急増する世界のバイオエタノール生産量
米国はトウモロコシ,ブラジルはサトウキビ,中国はケナフなどの草を原料にしています。




EPRは「Energy Prifit Ratio」という概念で,産生されたエネルギーを投入されたエネルギーで割ったものです。この数値はエネルギー資源を論じるうえで欠かすことができません。その意味では米国のエタノールは余剰のトウモロコシを活用するためだけの政策のようです。


砂糖の原料作物

砂糖生産の2大作物としてテンサイとサトウキビがあげられます。テンサイは主として冷涼な地域で生産されます。日本ではサトウダイコンとも呼ばれており,ダイコンのように肥大した根の部分に約16%の糖分を含んでいます。

サトウキビは亜熱帯から熱帯地域で生産され,竹のように直立した茎の部分に約15%の糖分が含まれています。どちらも自然の産物なので栽培環境・方法,気候などにより含有糖分は変化します。

南北に細長い日本では北海道でテンサイが,奄美諸島や沖縄ではサトウキビが生産されています。日本の砂糖自給率は約35%で小麦(14%),大豆(4%)に比べるとずっと高い数値になっています。

生のサトウキビをかじってみると十分に甘く,おやつの代わりにすることができます。東南アジア,中国南部,インドでは長さ2mほどのサトウキビが1本単位で売られています。子どもたちは30cmほどに切ったサトウキビをかじり,甘い汁を吸い取り,カスを吐き出しています。また,サトウキビを搾ったジュースもあり,暑い気候とよく合った飲み物となっています。

一方,テンサイはどうでしょうか。私は子ども時代を十勝平野で過ごしました。そこには広大な甜菜糖の畑が広がっていました。砂糖の原料であることは知っていましたので,一本を掘ってその一部を食べたことがあります。時期が早すぎたのか甘味よりもえぐみや生ぐさのため,とてもおやつになる代物ではありません。このときの経験がトラウマになり,甜菜糖にはどうも愛着がわきません。

果物の場合は糖度によりどの程度甘いかがおよそ分かります。もちろん他の成分によって人間が感じる甘味は多少変化します。同じ糖度のみかんとりんごではりんごの方が甘く感じるはずです。それはみかんの酸味が甘さを感じるのを抑えるからです。

一方,野菜類の場合は他の味覚成分の影響が強いため,糖度だけでは甘さが分かりません。タマネギの中には糖度10度を超えるものがあります。これはミカンと同程度ですが,辛味成分のため,生のタマネギをかじって果物のような甘味を感じることはできません


砂糖の二大原料作物はサトウキビとテンサイ,南北に細長い日本では亜熱帯性のサトウキビと温帯性のテンサイの両方が栽培されています。




サトウキビ畑の風景,ススキのような花穂が見えます。サトウキビとチガヤ,ススキは近縁の植物です。


サトウキビのたどってきた道

サトウキビ(イネ科・サトウキビ属)の原生種や栽培地域の広がりについてはネット上でもなかなか検索できませんでした。いろいろなキーワードで検索した結果,ようやく「農畜産振興機構・お砂糖豆知識」を見つけることができました。このサイトにサトウキビのたどってきた道について詳しく記されていましたので私なりに以下のようにまとめてみました。

サトウキビの歴史を語るうえで重要な種が二つあります。一つはサトウキビ野生種(Saccharum spontaneum)です。学名をそのまま翻訳すると「自然に生えるサトウキビ」となり,サトウキビ属の始祖と考えられています。もう一つはサトウキビ栽培起源種(Saccharum officinarum)であり「薬になるサトウキビ」を意味します。こちらの種が栽培サトウキビの起源種です。

サトウキビ野生種はインド,インドシナ半島,台湾,中国南部,インドネシア,ニューギニア島など世界各地に分布しており,その故郷は北インドとされています。一方,栽培起源種は熱帯アジア,インドネシア,ニューギニアなどに分布しており,今から1万年程前にインドネシアのスラウェシ島からニューギニア島にかけての地域で栽培作物になったとされています。

南太平洋の島で栽培されたサトウキビは東南アジアを経由してインドに伝えられ,紀元前2000年頃にはインドで砂糖が製造されるようになりました。それまでのサトウキビは甘味をもつ搾り汁(ジュース)として利用されていましたが,古代のインドで初めて砂糖が誕生しました。インドの砂糖とサトウキビはアラビア人によってペルシャ,エジプト,中国などへと伝えられました。

インドに起源をもつサトウキビの野生種が東南アジアを経由して南太平洋の島々に分布域を広げ,栽培種として同じルートをたどって故郷のインドに戻ってきたわけです。この壮大な移動を「農畜産振興機構・お砂糖豆知識」は次のようにていねいに説明しています。

サトウキビ野生種はインドから南太平洋の島々にかけて分布していますが,日本でも南西諸島,九州,本州の各地にも海沿いの地域を中心に分布が確認されています。外観はススキに似ており,ススキに似た穂を出します。

「お砂糖豆知識」の著者はカルスヘアー(小花を包む細い毛)の産毛のような繊細さ,白銀色の美しさはススキに優ると記しています。私は関東に居住していますのでサトウキビ野生種をすでに見ているかもしれません。しかし,このような知識がなければススキだと思い,さして気にも留めなかったことでしょう。

ススキとの見分け方は茎を折ってみるのがよさそうです。ススキの茎は中空であり,サトウキビ野生種の茎は内部が充実しています。サトウキビ野生種の多くは甘味を持ちませんが,中にははっきりと甘味を感ずるものもあるそうです。サトウキビの近縁種のチガヤ(イネ科・チガヤ属)も植物体に糖分を蓄える性質があります。

北インドに起源をもつサトウキビ野生種は自然の力や人手により分布域を東南アジアに広げていったようです。そこで,近縁種のエリアンサス属やナレンガ属の植物と交雑したと推定されています。

氷河時代には海水面が低下しており,インドネシア西側の島の多くは大陸と陸続きになっていた(スンダランド)ので近縁種と交雑したサトウキビ野生種はさらに西に分布域を広げていきます。そうして,ウォレス線とニューギニア島の間の地域で栽培起源種の直接の祖先であるロバスタム種(Saccharum robustum.)が生まれます。

サトウキビ栽培起源種はこの種から進化したとされています。サトウキビがどのようにして甘味を獲得したかについては,突然変異によるとする説,他種との自然交雑によるとする説などがあります。ロバスタム種の異なる株の中から甘味を持つものが発見され,作物としてのサトウキビ栽培起源種が成立したとするのが定説となっています。

サトウキビ栽培起源種は南太平洋の島からインドに伝播する間に人手により甘味の強化,異なる栽培環境への適応が図られ,砂糖発祥の地とされるインドでインド細茎種(Saccharum barberi)が生まれます。この新しい種は里帰りした栽培種が近縁の在来植物と交雑して生まれたとされています。


サトウキビのたどってきた道,サトウキビはインドで生まれ,西太平洋の島に進出し,そこで栽培起源種が生まれ,元来た道を通って再びインドに戻ってきました。




氷期の東南アジア,画像は「国立科学博物館・日本人はるかな旅」から引用しました。インドシナ,スマトラ,ジャワ,ボルネオが一つにまとまりスンダランドを形成していました。熱帯雨林に恵まれたこの地域でホモ・サピエンスは数を増やしていったと考えられています。オーストラリアとニューギニアは一つのまとまりサフールランドと呼ばれています。そのため,オーストラリアに移動した集団はサフール人と呼ばれることもあります。


サトウキビから砂糖を製造する

サトウキビは竹のようにすらりと直立した茎をもち,そこからススキのような葉がたくさん出ています。花もススキそっくりです。サトウキビは茎の部分にショ糖(砂糖の正式名称はショ糖です)を蓄積します。

植物が光合成により産生できる物質はブドウ糖であり,動物と同じように植物のエネルギー源となっています。ブドウ糖を重合させたでんぷんは植物自身の特定の器官や種子に栄養素として貯蔵され,次世代の栄養源となります。また,β型のブドウ糖を重合したセルロースは植物の骨格ともいうべき細胞壁や繊維質の成分です。

つまり,植物にとってはブドウ糖は必須物質ですがショ糖はある種の目的のため特別に産生される機能栄養素ということになります。花の蜜,果実にはショ糖あるいはブドウ糖,果糖が含まれており,受粉を助けてくれる昆虫や,種子を運んでくれる動物を引き付ける成分となっています。

ところが,サトウキビは茎の中に大量のショ糖を蓄積しています。これは,植物にとってはとても危険なことです。草食動物にとっては甘味があり,消化の良い高カロリーの食料なのですからもっとも食べられやすい植物ということになります。つまり,ショ糖をたくさん蓄積するようになったサトウキビはヒトの保護がなければとても生きていけない種になってしまいました。

中国の雲南省やタイ,インドネシアでは農地開発により生息地を狭められた野生象が畑の農作物を荒らす被害が頻発しています。サトウキビやパイナップルのように甘みのある作物は当然,被害に会うことになります。その防衛策として雲南省では電気柵が設けられました。しかし,象はすぐに木の枝などを押し当ててフェンスを倒す「技」を覚えてしまったと報告されています。

サトウキビはどうしてショ糖を茎に蓄積するのかは解明されていません。一般的に植物は光合成により得られた単糖類は生命活動に必要な夜間のエネルギー源として利用したり,植物体を形成したり,高分子化合物やたんぱく質,脂質を産生するための原料やエネルギーとして利用します。

また,次の世代を残すために植物は種子,茎,根に大量のでんぷんなどの栄養素を蓄積します。分子量の小さなショ糖はでんぷんなどに比べて貯蔵性は良くないとされていますが,サトウキビ,タマネギ,テンサイなどの植物はなぜか茎や根に大量のショ糖を蓄積しています。

これらの植物がなぜショ糖の形で栄養素を蓄積するのかはよく分かっていません。現在の研究ではそれぞれ違った代謝調節機能が働いているからとしかいえません。

サトウキビは種子繁殖も可能ですが一般的には(茎に次世代のための栄養素を蓄積しているため)イモ類と同じように栄養繁殖が行われます。つまり,適当な長さに切った茎が次世代の種苗ということになります。イモ類との差異はサトウキビはでんぷんの代わりにショ糖を蓄積しているということです。

サトウキビには竹のように節がありそこに脇芽が付いています。日本の南西諸島では2つの芽が残るように(二芽苗,二節苗)切って春もしくは夏に植え付けます。収穫は18か月後となります。また,刈り取ったサトウキビの株を放置して発芽させ,翌年に収穫することもあるようです。

世界の主要なサトウキビ生産国では人件費が安いため主として人力で収穫が行われます。ヨーロッパ諸国が植民地経営に乗り出した時代,カリブ海の島では大規模なサトウキビのプランテーションが作られまし た。

その農園で働いていたのは奴隷貿易でアフリカから連れてこられた人々でした。そのような仕組みは「砂糖のあるところに奴隷あり」といわれるほど常態化していました。現代でも半奴隷的なサトウキビ農園は残っています。

日本ではサトウキビの収穫は一部が機械化されていますが,大半は人力のようです。与那国島でのサトウキビ収穫の様子は七尾さんの「与那国きびかり日記」に生き生きと紹介されています。

それによると農家に支払われる金額は1トンあたり約2万円です。立派なサトウキビ1本が1kg前後なので20円に相当します。1年から1年半かけて栽培した結果が1本20円なのです。それでも離島の農家にとっては貴重な現金収入となっています。

収穫時はサトウキビをを刈り取り,先端部の葉と茎に付いている枯葉を取り除き,茎だけの形にして製糖工場に搬送します。収穫後のサトウキビは切断面から酸化が進み劣化するので,速やかに製糖工場に運ばれます。

そこでサトウキビを切断,粉砕して圧搾機にかけます。繊維質のかす(バガス)を除いたしぼり汁に石灰を加えます。これはさとうきびの微酸性を中和すると同時に,不純物を沈澱させて除去するためです。沈澱物をろ過したあとの液を煮詰めたり真空状態で濃縮して水分を除去すると黒砂糖ができます。黒砂糖は蜜を含んでいることから含蜜糖と呼ばれています。

日本で使用される砂糖の約2/3は海外から輸入されたものですが,日本国内には精糖(製糖ではありません)工場がたくさんあります。実はサトウキビの場合,栽培している国々の製糖工場でしぼり汁を濃縮し,遠心分離機でショ糖の結晶と蜜を大まかに分離しているからです。

ここで取り出されたものは粗糖と呼ばれ,白砂糖(正式には上白糖)の原料になります。砂糖として国際的に取引されているのはこの粗糖(原料糖)ということになります。黒砂糖はしぼり汁をそのまま濃縮・乾燥させたものですので,サトウキビに含まれるミネラル分がそのまま残っています。

粗糖はまだ白砂糖と呼べるものではありません。消費国の近代的な工場で再びショ糖を結晶化させ,蜜と分離する精糖プロセスが必要になります。そこでは遠心分離機,イオン交換樹脂塔,真空結晶缶などの大がかりな装置が使用されます。

こうして出来上がったものが白砂糖です。白砂糖はショ糖含有率約98-99%,蜜成分がほぼ完全に除去されているため分蜜糖と呼ばれています。ショ糖の結晶は無色透明ですが光の乱反射により白く見えます。白砂糖は茶色の砂糖を漂白したわけではありません。

身の回りにある砂糖を区分してみると黒砂糖と和三盆は含蜜糖,三温糖,グラニュー糖,上白糖は分蜜糖ということになります。同じに見える砂糖でも原料となる植物の種類により微妙に風味が異なります。これはショ糖以外のそれぞれの植物固有の成分が含まれているからです。

さらにサトウキビからとれる砂糖でも,その精製度(ショ糖の割合),精製方法により風味が異なります。日本食は砂糖を使う機会が多いので,用途に応じて使いこなすと食生活が豊になります。

三温糖は分蜜糖にもかかわらずごく薄い茶色になっています。この茶色の成分は糖蜜によるものではありません。原料糖から上白糖(精製糖)を作る最初の工程ではショ糖以外の成分(蜜成分やその他の成分)を取り除きます。この工程で出来上がったものがファインリカーと呼ばれる糖液です。

この糖液に結晶の核となる細かいショ糖の粒を加えて加熱するとショ糖が結晶します。これを遠心分離器にかけると純度の高いショ糖(一番糖)ができます。残りの糖液を同じように加熱・結晶化・分離すると二番糖になります。三温糖は五番糖くらいになり,何度も加熱されるためカルメラのように焦げた状態となり色が付きます。



別名シュガー・アイランドと呼ばれるフィリピン・ネグロス島,耕作地の大半がサトウキビ畑となっています。




フィリピン・ネグロス島,サトウキビの収穫風景です。働いているのは農民もしくはサトウキビ労働者です。大土地所有制の象徴となっていたネグロス島のサトウキビ農園の一部は農民のものになりました。




フィリピン・ネグロス島,サトウキビの茎だけが収穫されます。収穫作業はすべて手作業であり,強い日差しのもとでの重労働です。



サトウキビが収穫されてから上白糖になるまでの工程です。サトウキビの搾汁は製糖工場において精製され,粗糖(原料糖)になります。国際的に取引きされるものは大半が粗糖です。粗糖は消費国の精製工場で第2段階の精製工程を経て上白糖になります。


砂糖の消費量

砂糖(ショ糖)は,サトウキビ,テンサイ,サトウヤシ,サトウカエデなどの搾り汁あるいは樹液を煮詰めたり濃縮することにより作られます。世界的にみるとサトウヤシやサトウカエデから作られるものはごく少量です。

世界中で1年に生産される砂糖は約1.4億トンでこのうち65%はサトウキビ,35%はテンサイから作られます。主食となる穀物(コメ,小麦,トウモロコシ)の生産量は約20億トンですから,砂糖は人が食べる穀物に対して無視できないエネルギー源となっています。

日本人は昔に比べて砂糖分をたくさん消費していますが一人当たりの消費量で比較してみると,先進国では最も少ないようです。逆に所得が低くても,ブラジル,キューバなどの生産地は日本の3倍近い砂糖を摂取しています。米国の砂糖消費量は見かけ上少なくなっていますが,砂糖とほぼ同量のHFCS(トウモロコシ由来の異性化糖,「異性化糖」の章を参照)を摂取しています。


一人あたりの砂糖の年間消費量(2005年データ),砂糖の生産地の一人当たり消費量が大きいことが分かります。米国の消費量が見かけ上小さくなっているのは,ほぼ同量の異性化糖を使用しているためです。


日本の食料自給率(2003年),日本の食料自給率は年々低下しています。その中で砂糖は国の支援があるので比較的高い自給率になっています。


バイオマス資源としての廃棄物

サトウキビを収穫し砂糖を製造する過程で大量の残余が発生します。収穫のときに取り除かれた茎以外の部分(梢頭部の葉,茎にまとわりつくガラの枯葉)や圧搾後の搾りカス(バガス)がそれに該当します。サトウキビ生産量と残余の割合は次の通りです。
・サトウキビ残さ率=0.28,残余量(乾燥重量)=サトウキビ生産量×残さ率
・バガス発生率=0.15,バガス発生量(乾燥重量)=サトウキビ生産量×発生率

参考までに穀物の残さ率は 1.30です。サトウキビの世界生産量は約13億トンでので上記の発生率を使って計算すると乾燥重量でサトウキビ残余は約3.6億トン,バガスは約2億トンにもなります。現在,これらはほとんど廃棄物となっていますが,貴重なバイオマス資源として利用できる可能性があります。テンサイの場合は葉と搾りかすは家畜の飼料としてすでに利用されています。

廃糖蜜はサトウキビの搾汁から砂糖を精製した後に残った粘状で黒褐色の液体です。廃糖蜜はサトウキビの生産地で粗糖を製造するときおよび消費国で粗糖を精製して上白糖にする工程で発生します。

廃糖蜜にはまだ糖分が含まれているのでそのまま甘味料としたり,黒砂糖に混入されたり,いくつかの食品の原料として再利用されます。最近ではバイオエタノールの生産が急速に伸びており,今までじゃまものであった廃糖蜜が資源として見直されることになりました。

(1) 廃糖蜜を培地にしてグルタミン酸を生成する微生物を養い化学調味料を製造する
(2) 微生物の力でアルコール発酵させ,それを蒸留させてラム酒や醸造アルコールを製造する
(3) 廃糖蜜を培地としてパンに適した単種の酵母(イースト)を製造す


白砂糖と黒砂糖の論争

白砂糖は体に有害で黒砂糖は体に良いという説は本当でしょうか。「五訂食品成分表」を参照して砂糖および代表的な食品の100gあたりの成分を見てみましょう。カルシウム,カリウム,鉄のいずれにおいても黒砂糖は植物由来の食品としては優れた数値が示されています。

サトウキビのエキスを凝縮したものですから当然かもしれません。それに対して上白糖はほとんどゼロに近い数値になっているので果糖の代謝に必要なミネラルを補給するという観点からは黒砂糖が体に良いというのは正しい考え方です。ただし,砂糖は主食にはなりませんから,必要なミネラルを砂糖から摂取することは考えられません。

もっとも健康に気を使うのでしたら,玄米とはいいませんが,精白米をやめて5分づき,あるいは7分づきのご飯にするのがずっと効果的です。これは別にコメに限ったことではありません。

現在,私たちが口にする小麦,ソバなども精製度が高く,その過程で重要なミネラルを失っています。加工食品はその性質上,どうしてもおいしさや食べやすさが優先されます。健康のためということであれば(食べやすい範囲で)できるだけ精製度の低い食品を食べることです。

成分分析表だけからは分からない黒砂糖の効用があるのかもしれません。長い間砂糖を生産してきた沖縄県には「黒砂糖は命を延ばすが,白砂糖は命を縮める」という古くからの言い伝えがあります。さすがに摂り過ぎない限り白砂糖が命を縮めることは無いでしょうが,黒砂糖が体にとってプラスになるというのは経験から生まれたことでしょう。


代表的な食品の100gあたりの栄養成分,黒砂糖は(精製度が低いので)ミネラルを豊富に含んでいます。玄米もミネラルが豊富ですが,白米になるとミネラル


グリコーゲンと脂肪

体内で消化されたブドウ糖は血液により体中に運ばれ,細胞のエネルギー源として利用されます。しかし,運動をするときなどのように短い時間で大量のエネルギーが必要になる場合に備えて,血液中の余分のブドウ糖は肝臓と骨格筋に吸収され,グリコーゲンという多糖類に再合成され,一時的に貯蔵されます。グリコーゲンは手持ちの現金のようなものでエネルギーを必要とするときはすぐに取り出すことができます。

しかし,その量はとても少なく肝臓でも全重量の5-6%(約100g),骨格筋ではわずか0.4−0.6%(約300g)です。体を動かしたり運動をするとエネルギー源となるブドウ糖が消費されます。すると,肝臓のグリコーゲンはブドウ糖に分解されて血液中に放出され,運動中の血糖の維持に利用されます。全身の筋肉組織内に蓄えられたグリコーゲンは筋肉運動のためのエネルギー源として使われます。

エネルギー摂取量が消費量を上回ると超過分は必ず脂肪として蓄えられます。動物が大量にエネルギーを蓄えることができるのは脂質だけです。脂質は細胞がエネルギーを必要とする時すみやかに分解されエネルギーを供給します。グリコーゲンがエネルギーの現金であるのに対して,脂肪は銀行預金のようなものなのです。

預金(脂肪)は収入が少なくなる(食べ物は少なくなる)ときに備えて必要なものです。長い生命の歴史の中で飽食よりはるかに飢餓に遭遇することが多かった動物はほとんど無制限に脂肪を蓄積する能力を獲得しました。現代の人類の場合はそれが裏目に出て,肥満とそれにより引き起こされる生活習慣病が大きな社会問題になっています。

貯蔵された脂肪を減少させるためにはブドウ糖が足りない状況を作りこむことがポイントです。身体がブドウ糖を節約しないといけなくなったとき貯蔵されていた脂肪がエネルギーとして動員されます。とはいうものの脂肪預金には思った以上にたくさんのエネルギーが蓄えられています。脂肪1kgのエネルギーは約7,000kcal,それに対して一日の所要カロリーは2200±200kcalであり,早足で20分歩いたときの消費エネルギーは約100kcalです。



ホルモンによる血糖値の制御,血糖値は体の機能を維持するために非常に重要です。特に血糖値が下がると生命に危険が及びますので,血糖値を上げるためには3種類のホルモンが用意されています。しかし,血糖値を下げるためのホルモンはインスリンしかありません。このホルモンで制御できなくなると糖尿病になります。


血糖値の制御はとても重要です

動物のエネルギー源として欠かせないブドウ糖は血液中に含まれており,各種のホルモンにより一定の範囲内に制御されています。これが血糖値で,血液1dl(100cc)中のブドウ糖の量をmg(1/1000g)で表します。

ブドウ糖は体のエネルギー源なので,必要なときにすぐに使用できるようになっていなければなりません。血糖値を一定の範囲内に制御することは生体の維持に極めて重要です。健康な人の血糖値は空腹時で80-100つまり80-100mg/dlです。食事のあとは一時的に上昇し,食後2時間で150くらいまで上がり徐々に低下していきます。

健康な人でも食事を抜いたり,空腹時に運動などをすると血糖値が低下します。血糖値が60-50に低下すると動悸,手足の震え,冷や汗,イライラ,空腹感などの症状が表れます。これが50以下になると脳がエネルギー不足になり反応行動が鈍いまたはおかしくなったり,昏睡,痙攣,麻痺などが起こります。血糖値の低下は短時間で生命の危険に結びつきます。

それに対して人間の体では3種類のホルモン(グルカゴン,アドレナリン,コルチゾール)が段階的に働き,肝臓などに蓄えられているグリコーゲンが分解され,ブドウ糖が血液中に放出されます。ですから健康な人では血糖値が50以下になることはまずありません。

逆に血糖値が高くなりすぎるとインスリンが働き,骨格筋と脂肪組織でブドウ糖を吸収するようになります。インスリンの分泌が少ない場合,あるいはインスリンの働きが阻害されるような場合,ブドウ糖が体細胞に吸収されずらくなるため血糖値は下がらず,いろいろな障害の原因となります。これが糖尿病です。

高血糖は低血糖と異なり短時間では障害があらわれないので慢性病になります。また,インスリンの働きがうまくいかないとブドウ糖が細胞に取り込まれづらくなり,細胞はブドウ糖をエネルギー源として使用できなくなります(糖代謝の異常)。このため細胞は脂肪を分解してエネルギーを得ようとして糖尿病ケトアシドーシスのような急性合併症を引き起こしすことがあります。

日本には糖尿病もしくはその予備軍となっている人が約1600万人ほどいると推定されていますが実際に治療を受けているのはその半分に過ぎません。残りの半分の人は治療を中断したり放置しています。高血糖の状態が続くと体内の血管がどんどん劣化していき,糖尿病性網膜症,糖尿病性腎症,糖尿病性神経障害,動脈硬化などの重篤な合併症が発生します。

体内でインスリンを作ることができるにもかかわらず,何らかの要因で分泌量が減少したり,その働きが阻害されることにより発症する糖尿病を2型糖尿病といいます。日本人の糖尿病の大部分を占める病型で遺伝的要因,加齢,肥満,食べ過ぎ,運動不足などの生活習慣の関与が大きいとされていますがその原因はよく分かっていません。とはいうものの,肥満がこの病気の大きな要因になっていることは明らかです。



ホルモンによる血糖値の制御,血糖値は体の機能を維持するために非常に重要です。特に血糖値が下がると生命に危険が及びますので,血糖値を上げるためには3種類のホルモンが用意されています。しかし,血糖値を下げるためのホルモンはインスリンしかありません。このホルモンで制御できなくなると糖尿病になります。


砂糖と脂肪の危険性

砂糖そのものは自然食品ですから過度に摂取しない限り体に悪いものではありません。しかし,人類は砂糖を含む甘い食品を食べ過ぎる傾向があります。人類が狩猟・採集で暮らしていた遠い昔の時代,季節の変化の中で安定した食糧を確保することは大変難しいことであったにちがいありません。その時代から人類はつねに飢餓と戦わなければなりませんでした。高カロリーの脂肪と糖分を多く含む食品を好むのはDNAに刻まれた人類の生得的欲求のようです。

そのため,人間の体は脂肪と糖分に対して満腹感を感じにくいメカニズムをもっています。甘いものをついつい食べ過ぎたり,飲み過ぎたりするのはこのためです。豊かな食料に囲まれ,自分の好きなものを好きなだけ食べられる先進国では,慢性的な過食への移行は人類の生理学的な反応だったとも言えます。

その反面,ビタミンやミネラルといった微量栄養素は不足する傾向にあり,肥満と合わせて新しいタイプの栄養不良人口が増大しています。そしてそのようなタイプの肥満は途上国でも急速に広まっています。肉食の多いブラジルでは成人人口の約30%,経済発展の著しい中国では約20%が太りすぎ,あるいは肥満となっています。

国が豊かになり公衆衛生が改善される反面,人々がカロリーを過剰に摂取し,栄養に乏しい食品を食べ始めると集団の健康パターンに大きな変化が現れます。病院では感染症の患者が減少し,心臓病,糖尿病,ガンといった慢性病の患者が増えます。食習慣の変化が慢性病増加の原因となっていることは今日では広く知られるようになりました。

高カロリー,高脂肪の食事は肥満を促進し,肥満は心臓病,脳卒中,糖尿病,そして各種ガンのリスクを増大させます。また,高血圧と動脈硬化も促進します。さらに,太りすぎの人々は致命的ではないが身体を衰弱させる多様な疾患にかかる可能性が高くなります。関節炎,ホルモン分泌異常,喘息,睡眠時無呼吸症候群,腰痛などがその例としてあげられます。まさしく肥満は万病のもとなのです。

豊かな食生活を享受できる環境にあっては,どのように糖分や脂肪と付き合うかが健康を維持するカギとなります。まだそのような分別が身に付いていない子どもたちに対して適切な食育を指導するのは親世代の重要な義務でしょう。なぜならば,子どものうちに身に付いた味覚や食習慣を大人になって変えるのは非常に大変なことだからです。


BMIによる区分(日本ではBMI=25以上を肥満としている),BMIは体重が適正か否かを算出する尺度として国際的に使用されています。BMIが22あたりがもっとも長生きできるというデータもあります。


OECD諸国の肥満(BMI>30)人口比率(2006年頃),この表の割合はMI>30ですからはっきりと肥満状態です。OECD諸国のデータでは2000年代に入っても摂取カロリーは上昇しています。


食料の不足による飢餓人口と食料の過剰摂取と運動不足による肥満人口は不健康な地球の象徴となっています。FAOなどのデータをもとに作成しました。


動物と甘味

人は甘いものを食べるとある種の快感を感じます。そのため,食事で満腹していても「ケーキは別腹」とおいしくいただくことができます。このように甘味に対して特別に反応するのは人間だけではありません。

哺乳動物の多くは「甘味」に対して積極的に反応することが知られています。そのような動物は「甘味」を感じることに特化している味蕾をもっており,「T1r2」と「T1r3」と呼ばれる1組のタンパク質が甘みの受容体となっていることが解明されています。

哺乳類の味覚は口腔内の味覚受容細胞により知覚されます。この受容細胞はさまざまな化学物質に応答し,その情報を脳に伝達します。その結果,脳は基本的な5つの味覚(甘味,塩味,酸味,苦味,うま味)を感ずるようになっています。

脳は味覚の中で甘味(カロリー源),塩味(ミネラル),うま味(タンパク質,脂肪)は好ましい味と判断し,摂取しようとします。その一方で酸味(未熟,腐敗)や苦味(毒物)は好ましくない味と判断します。

このような味覚による判断はすべての動物で一様というわけではなく,進化の過程で環境から得られる食料に適応するため変化してきたと考えられています。甘味について特異な反応を示すのはネコ科の動物です。家猫もライオンも甘味に対してはまったく反応しません。

これは,甘味の受容体となっているたんぱく質の遺伝子が正常に働らかなくなっているからです。なぜ,ネコ科の動物に甘味受容体の遺伝子異常が発生したかについては,「種の生存に重要でない遺伝子は時間がたつにつれてより多くの変異を蓄積する傾向がある」ということで説明されています。

遺伝子の変異は個体レベルで発生します。その結果,種の生存に重要な機能が失われると,その個体が生き延びて,遺伝子を次の世代に伝える確率は低くなります。一方,変異がそれほど重要ではない機能に関するものの場合は,その個体が次の世代に遺伝子を伝える確率はさほど低くなりません。そのため,種の中では重要でない遺伝子は変異の蓄積が大きくなります。

肉食であるネコ科の動物は塩味(ミネラル),うま味(タンパク質)は重要な味覚ですが,甘味をもつ食料を口にすることはほとんどありません。甘味を感じることは種としての生存に重要ではないのです。そのため,遺伝子に変異が蓄積しやすく,現在では甘味を感じることはできなくなっています。猫が砂糖に興味を示さないのはそのためです。それに対して犬は雑食であり肉以外のものも食べるので甘味もちゃんと分かるようです。


適切な予防措置がとられなければ砂糖=虫歯

人が糖類を食べると口の中の細菌がそれを代謝して酸が産生されます。この酸が歯垢(プラーク)のPHを下げます。その結果,歯の表層下からカルシウムやリン酸などのミネラルが溶出します。これを脱灰(だっかい)といいます。

しかし,この部分がそのまま虫歯になるわけではありません。唾液の中で飽和状態にあるミネラル分が脱灰部分に再び沈着して傷んだ部分を修復するように働き,歯の健康を維持しています。これを再石灰化(さいせっかいか)といいます。すなわち,むし歯とは脱灰と再石灰化の日常的な繰り返しなのです。もちろんそれらのプロセスには次に上げるいくつかの要因が関係してきます。

(1) 唾液の性質,歯の性質・形態など個人的な身体特性
(2) 口腔内細菌や歯垢の状態
(3) 糖質(砂糖など)の摂取量,摂取回数
(4) 糖質が歯に停滞する時間

つまり砂糖の摂取=虫歯という簡単な図式にはならず,適切に予防することにより砂糖を摂取しても虫歯を防ぐことはできます。しかし,砂糖がもたらされてからイギリスで虫歯が激増したという長期的な統計データ,砂糖から隔離され虫歯のほとんどなかった集団が砂糖と出合うとすぐに子どもたちに虫歯が蔓延したことなどからも明らかなように,適切な予防措置がとられなければ砂糖は虫歯を発生させるトリガーになることは避けられません。

虫歯を防ぐには脱灰を抑え,再石灰化を促進する予防措置が大切になります。歯の周辺に微量のフッ素が存在すれば,脱灰は抑えられますし,フッ素なしに比べて,3-5倍も再石灰化のスピードを増すことが明らかにされています。このため欧米では歯磨き剤にフッ素を配合したり,水道水フッ素化によるむし歯予防方法を実行しています。

それにより当該地域では小児のむし歯が激減しています。もちろんフッ素の使用は一定のリスクがあります。しかし,それを差し引いても子どもの虫歯が減るということは公衆衛生にとって価値のあることでしょう。

平成11年歯科疾患実態調査/厚生労働省のデータでは日本人一人当たりの永久歯の平均虫歯数(DMFT)は15.67本,虫歯が原因で抜かれた永久歯は5.91本と報告されています。永久歯28本のうち,半分以上が虫歯になり,2割が虫歯のために失われてしまったことになります。昔から言われているように歯は命であり,次の世代を担う子どもたちの虫歯をどうやって予防するかは大きな社会問題なのです。


12歳児の永久歯虫歯保有率,各国とも子どもの虫歯は大きな社会問題になっています。3歳までに虫歯が発生しなかった子どもはその後は虫歯にならないという報告もありますので,乳幼児期の歯の手入れは非常に重要です。

参照サイト