Home 亜細亜の街角 | 孟臘 / 雲南 / 中国/Apr 2013

孟臘(モンラー)  (参照地図を開く)

雲南省の南端にある孟(孟+力)臘県はラオスに向かって突き出た半島のようになっており,三方をラオスに囲まれている。県内にはハニ族,ヤオ族,タイ族などの少数民族が多い。

地理的には辺境であるが,孟臘(現地では臘ではなく,月へんに昔という地名が使用されている)の町には近代的なビルもあり,20元程度の安宿も何軒かある。

ここはラオスと景洪を結ぶ国境の町なので旅行者が立ち寄ることも多い。孟伴方面に20kmのところに望天樹と呼ばれる熱帯雨林の森があり,地上20-30mのキャノピーウオークを経験することができる。

ルアンナムタ→モンラー移動

ルアンナムタ(08:20)→ボーデン(10:30)→国境(11:00)→モーハン(11:30)→孟臘(12:30)と110kmをバスで移動する。前日に市場で余ったラオスキープを中国元に両替しておく。レートは良くないが贅沢はいっていられない。

7時にバスターミナルに行くとすでにチケット売り場は開いていた。チケット(ボーデンまでは12,000K)を買って,トラックバスを確認する。

乗客は誰もいないので近くの食堂で恒例のフランスパン・サンドイッチをいただく。トラックバスに戻るとすでに座席がかなり埋まっているので,あわてて荷物を屋根にあげて座席を確保する。

2年前に出会った右半身が不自由なランテン族の女性がバスを回って乗客に喜捨を求めているので,残った小銭は彼女にあげる。

ボーデンまでの道路はいちおう舗装されているが凹凸が多くよくゆれる。2つのチェック・ポストといくつかの集落を過ぎボーデンのイミグレに到着する。

ここでラオスの出国手続きを済ませる。入国の際に受け取った出国カードに記入し,パスポートと一緒に提出するだけの簡単なものだ。バスで一緒のオーストラリア人は出国カードが見当たらないと騒いでいたが,貴重品袋の中から出てきたので事なきをえた。

ラオスのトラックバス(3000K)で国境を越え,中国側イミグレのあるモーハンに向かう。すでに,バンコクでビザは取得しているので,中国の入国手続きはいたって簡単であった。小さな入国カードに必要事項を記載し,パスポートと一緒に提出するだけである。

国境の町モーハンは小さな小さな町だが,ここでも大規模な道路工事が行われている。ここから孟臘までは白タクならぬ白トラックで移動する。値段交渉はうまくいかず,同行のオーストラリア人と合わせ20元を支払うはめになった。入国そうそう気分の悪いことだ。

孟臘県労働就業服務中心

宿は孟臘県労働就業服務中心というたいそうな名前であるが,ただの安宿である。部屋(20元)は8畳,2ベッド,TV,T/S共同である。部屋の清潔度は問題ないし,シーツもきれいなものだ。窓には鉄格子が入っており,その外側のガラス窓は外に開くようになっている。

共同のトイレ設備のひどさはうわさ通りである。洗面所は日本の旧式の流し台のようになっており使い勝手は悪い。中国では水回りに金をかけることはムダだと考えているようだ。一方,部屋の中には28インチくらいの立派なテレビがあり,番組は20チャンネルを越えている。

南国の街

孟臘は南国の町である。北緯22度付近なので,ベトナムのハノイ,あるいはミャンマーのマンダレーとほぼ同じ亜熱帯に属する。町の大通りの両側には新しいビルが立ち並び,目覚しい経済発展の影響がこの地にまで及んでいるようだ。

南国の町をことさら強調するように,一部の道路の街路樹にはアブラヤシが植えられている。現在はまだ小さいが,大きくなったら枝が大きく茂り管理は大変だろう。広い通りを歩いていると「乗らないか」としょっちゅう三輪自転車の輪タクから声がかかる。

オーストラリア人と一緒に中国銀行を探してみたが移転したか閉鎖されたようだ。中国農業銀行では米ドルTCの両替は不可で,現金のみ扱っている。しかも,レートが悪かったので銀行員とレートについて交渉し,少し上げてもらった。こんな経験は初めてだ。

町の中ではマージャンが盛んだ。遊ぶ人たちは場所を選ばない。店先,歩道などにテーブルが置かれゲームをする人と見物人が集まっている。マットの下には現金が忍ばせてあり,上がった人にはその場で2-5元の現金が手渡される。

中国のマージャンは日本と異なる。役満を除き役による点数の差はない。また,役なしでも,振り聴でも上がることができる。そのため,ひたすら鳴きマージャンになる。ポン,チーの声が至る所から聞こえる。

西双版納はタイ民族のふるさとである。この町にも多くのタイ族が住んでいる。この店には華やかなタイ族の民族衣装が飾られている。鮮やかな色合いの細身のブラウスと,同色の長い細身のスカートが特徴である。

水かけ祭りが近いので,シルク製の高級品が展示されている。まさか,このシルクの衣装で水かけに参加することはないがろうが。

寄宿舎生活の小学生

西双版納は広く学校は少ない。というより学校は町か村にしか無いようだ。遠くから通う子どものために食事付の寄宿舎が用意されている。英語の話せる先生の話では政府の補助があり,費用負担はわずかな金額だという。

しかし,日本のテレビ番組では,その費用すら払えないため中学校への進学をあきらめる子どもも多いという。また,進学させる場合でも,両親は親戚から多額の借金をすることになる。経済発展といっても内陸の農村がその恩恵にあずかるのはまだまだ時間がかかる。

僕が小学校を訪問したときはちょうど夕食の時間であった。子どもたちは大きなホーローのカップを持って集まってくる。この中にごはんとおかずを一緒に入れる。子どもたちの寄宿舎は男女別になっており,広い部屋に5-6台の2段ベッドが置かれている。一人一人のスペースはとても狭い。

夜の街

早朝の青空市場

朝の強い味方

朝の大通りには朝食をとる場所がない。たくさんある食堂は朝食の営業をする気が無いらしい。いろいろ探して屋台の並ぶ道を見つけた。

餃子と包子が準備されている店があった。せいろは2元で,8個の餃子が入っている。中国しょうゆと唐辛子でいただく。中身はひき肉と白菜で味はなかなかのものだ。8個いただくとちょうどおなかがいっぱいになる。

翌日は市場の周辺でファストフードの屋台が出ているのを発見した。僕の食べられそうなメニューはおかゆ,油条(あげパン)と豆乳である。油条はその場で揚げているし,豆乳は大鍋で温めている。この組み合わせも,雲南の朝食としてよくいただいた。

持ち帰り用には焼き鳥がある。大きいものは鳥一羽を使用する。内臓をとり,代わりに香草を詰めて焼く。香ばしい香りが食欲を刺激する。しかし,この料理は大きすぎて一人旅の僕は味わえなかった。食べられないとなると,いっそう中国版焼き鳥はおいしそうに見える。

刀削麺

珍しい刀削麺の店があった。練った小麦粉の生地を刃物で削っていく。簡単なように見えても熟練の技が必要だ。下の大鍋には湯がわいており,その中に落ちた板状の麺が茹でられる。

出来上がりは短めのうどんのようになる。刀削麺は中国北方の文化かと思っていたら,南の外れでもこの特異な麺文化は根付いていた。

望天樹の空中回廊

孟臘の郊外には望天樹という観光地がある。孟伴方面のバス(7.5元)に乗り,望天樹で降りる。周囲はこの国では珍しい熱帯林となっている。

入場料の20元を払って中に入る。ウイークデイのせいかほとんど客は見かけず,貸しきり状態である。ここでは背の高い木の幹を利用してつり橋の回廊を作り,地上20m近い空中歩行を楽しむことができる。

空中回廊はよく揺れる

木の幹の部分は固定した足場になっているけれど,中間点はよく揺れる。足元はアルミの板をはしご状に並べているだけでちょっと怖い。両側のワイヤロープを握りながら歩くと周囲の熱帯林を高いところから眺めることができる。

地上を散策することもできる

この森は地上を散策することもできる。亜熱帯の植物を見たり,巨大な木の板根を観察したりしてけっこう楽しめた。帰りのバスを待っていると,白タクが25元で孟臘に行くと誘いかける。まだ日が高かったのですぐに断った。

售票庁(售票処)

学校を訪問する

小学校の入り口には駄菓子屋とスイカ屋がある。学校が終了すると,かなりの割合の子どもたちはここで買い食いをする。子どもたちが持っているお金は,元ではなく角である。それも丸めてくちゃくちゃになって筆箱の中に入っていたりする。子どもたちはこのお札を取り出しスイカを受け取る。

角は1/10元,しかし正規の読み方は分からない。僕の聞いた口語の発音はすべて毛(マオ)となっていたからである。そういえば元の本来の読み方も「ユエン」であるが,口語では「クワイ」となる。2003年の時点では実質的な最小単位の1角札がちゃんと使用されていた。

中国の紙幣は1,2,5の系列になっているので,日本人にはちょっと数えづらい。そういえば,日本でも2000円札が鳴り物入りで発行されたがさっぱり流通していないのはそんなところに理由があるのかもしれない。

ここではスイカの小さな切り身は1角だ。僕も2角で2切れをいただく。暑い気候にスイカはよく合い,それからもずいぶんお世話になった。

街角には小さなパイナップルの切り売りしているおばさんもいる。パイナップルの皮をむき,芯はとらずに半分にする。これを割り箸に刺したものが5角である。バンコクの1/3の値段である。しかし,味はすばらしい。渇いたのどにパイナップルの甘いジュースが心地よい。

校庭では先生が手動のバリカンを持って男子児童の散髪をしていた。中国の散髪の値段は日本人からみると何十円程度のものであるが,地域の家庭にとってはそれなりの出費なのだろう。先生は馴れた手つきでバリカンを動かす。

早朝の青空市場を再訪する


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