亜細亜の街角
■ベンガルの氾濫原と大河の風景
Home 亜細亜の街角 | Srinogol & Mawa / Bangladesh / Mar 2005

スリノゴルとマワ・ガット (地域地図を開く)

ダッカから南西に約50kmnある村,この地域は典型的なベンガルの氾濫原の農業地帯で,雨期の7-9月は道路,居住地以外は冠水してしまう。村の道路沿いには小さな商店が並び,けっこうなにぎわいを見せている。

スリノゴルからさらに南西に15kmほどのところにあるポッダ川の船着場。ここまでの道路や橋は整備されており,快適に移動できる。乾期の休日ともなると,ダッカのひどい大気汚染や排ガスからのがれ,人々がやってくる。

特に見どころはなく,対岸の見えない水の流れがあるだけだ。ここからフェリーに乗ると,クルナやジョソールに行くこともできる。

スリノゴルまでバスで行く

2週間ぶりに戻ってきたダッカは雨模様であった。乾期とは思えないほどよく降る。今朝も雨のため30分ほど足止めされてから,宿の近くからスリノゴル行きのバスに乗る。

途中でブリゴンガ川の大きな橋を渡った。この橋は,ロケット・スチーマーでダッカに着いたときに目にしたものだ。名称が「中パ友好橋」なので,バングラデシュ独立前に中国の援助でできたもののようだ。

橋から先は片側1.5車線の幹線道路になる。バスは大きなクラクションを鳴らして,追越をかける。道路は盛り土により平地から4-5m高くなっている。雨期には周辺の平地はすべて冠水するのであろう。乾期の今は,一帯は水田となっており,写真に撮りたい景色が連続して出てくる。

バスは枝道に入り,スリノゴルのバザールで僕を降ろしてくれた。この枝道も周辺より相当高くなっており,その先は再び幹線道路に合流している。バザールの前にはリキシャーがずらりと並んでいる。

チャイをいただいて歩き出す

相変わらず天気は悪い,今にも雨が降り出しそうな空模様は,典型的なベンガルの氾濫原によく似合っている。小さなバザールでチャーイをいただき,水路から5mほども高くなっている道路を歩き出す。

村の一本道の周辺は水路になっている。その水路はホテイアオイで半分くらい覆われており,小舟で移動するのは大変そうだ。この強い繁殖力をもつ南米原産の植物は,世界中の淡水域に進出している。国連環境計画の調査によると,世界の53ヶ国で被害が報告されている。

成長が早く,熱帯では2週間で2倍の面積に増えるといわれている。バングラデシュにおいても,あらゆるため池,水路で繁殖している。ホテイアオイは見てくれはそれほど悪くない。薄紫の花もかれんだ。しかし,いったん水系に入り込むと大変なことになる。

小学校にて

水路から見ると村の通りに面した家は半高床式になっている。つまり,道路に面している側は道路と同じ高さで,反対側は棒杭で支えられている構造である。

村には2階建て,コンクリート製の立派な小学校がある。ちょうど子どもたちの登校時間である。子どもたちが校庭に集まっており,格好の被写体である。

女の子はちゃんと整列してくれるが,男の子はメチャクチャである。やはり男女別に写真を撮るしかない。じきに授業時間となり子どもたちは教室に入る。

授業が始まる前のひととき,先生はまだ来ていないので教室に入る。この学校は校舎だけではなく,机もいすもちゃんとしている。後ろの壁にはアルファベットを覚えるための絵が貼ってある。

子どもたちは一心にカメラを凝視している。なんだかすごく目が大きい。写真で歓声があがるとちょっとまずいので,口に指を当て「シーツ」と言いながら画像を見せてあげる。僕が帰るとき,子どもたちは廊下に出てきて,金網越しに見送ってくれたのが印象的だ。

緑の海と小島

バングラデシュは多くの河川が網の目のように交錯している。その中で三つの主要河川がある。インドヒマラヤに源流をもつガンジス河,チベットから東インドを経由するジョムナ河,世界一の多雨地帯のメガラヤの水を集めるメグナ河である。

一つでも大河なのにダッカの南でその三河川が合流する。どの河川の水量が増えてもこのあたりの地域は水につかることになり,定常的な氾濫原となっている。乾期に水田となっているこの平地も水に沈んでしまう。そのため,道路や居住地は土を盛り上げた高いところにある。

雨期の間の交通手段はノーカと呼ばれる小舟だけになる。そう考えると,少し高くなった居住地は,緑の海に浮かぶ小さな島のようにも見える。

客待ちのリキシャー

村の道路が幹線道路と交わる坂道のところにリキシャーが整列している。村の中心部からここまで歩いて10分とかからないのでリキシャーの利用度は低い。それでも村では他に賃仕事が無いので,お客が少なくともリキシャーで稼ぐしかないのだ。

幹線道路に出ると,たくさんの男の子がまとわり付く。道路の周囲は広大な水田になっており,その写真を撮ろうとするとフレームの中に入ってしまう。いくら追い払っても集まってくるので,ほとほと手を焼いた。

幹線道路から新しい盛り土道路が造られている。周囲の土地から粘土を掘り,ザルに入れて頭に乗せて運んでいる。すべてが人力で行われている。このペースで100mの道を造ると1月くらいはかかりそうだ。

マワの泥道

スリノゴルの幹線道路でバスをつかまえ,マワ・ガットには15分ほどで到着する。ダッカからボリシャルやクルナ県に行くためには,マワ・ガットでフェリーに乗らなければならない。そのため波止場に行く道はバスが連なっている。

天気は雨,バススタンドからポッタ川の波止場に行く200mほどの道は,バスでこねられて泥だらけのぬかるみである。商店の軒先を利用し泥道を避けながら川に向かう。飯屋があったので昼食にする。ごはん,魚カレー,チャーイで23タカは安い。衛生状態はともかく味は悪くない。

対岸が見えない

マワはジョムナ河とガンジス河二つの河川が合流したポッタ河に面している。それでも想像を絶するスケールである。乾期でも対岸はほとんど見えない。ただ,巨大な水の広がりが非常にゆっくり動いているだけである。

船着場には車なら20台は積めそうな大きさのフェリーが停泊している。このフェリーはおそらく対岸のカオラカンディ・ガットに向かうものであろう。

そこからは,陸路(?)でボリシャルやジョソールに移動することができる。僕はボリシャルから船でダッカに向かったので,ここのフェリーは利用していない。

簡易四手網漁

フェリーの近くで漁師が小舟で漁をしている。2本の竹の間に網を張り,舟の横木に乗せる。横木の向こう側で力を緩めると竹網は水中に沈む。

少し舟を動かして,竹網の反対側を下に押すと,てこの原理で竹網があがる。運が良いと魚が入るかもしれない。舟は網を下ろし,舟を動かし,網を上げる動作を繰り返しながら遠ざかっていく。

集落を訪問する

中バ友好橋からの風景

マワ・ガットからの帰り道,中パ友好橋のダッカ側で降ろしてもらった。この名前の由来はバングラデシュとパキスタンが一緒であった時の名残であるが,バングラデシュが独立してからはどう呼ばれているのかは分からない。

橋のスロープには黄色のオートリキシャーがずらりと並んでいる。この橋の上からショドル・ガットとは別の川の景色を楽しむことができた。

川幅はここでも利根川くらいはありそうだ。周辺にはレンガ工場が多く高い煙突から煙が出ている。天気のせいか,スモッグのせいか,遠くの景色はかすんでいる。風景に気をとられているとまた雨が降り出した。


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