亜細亜の街角
■世界最大の民主主義国家の首都
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デリー  (地域地図を開く)

デリーはインド共和国の首都,人口1000万人を抱える大都市である。首都という特殊性のため,連邦直轄地として州と同格に扱われている。空路,列車の起点となっているので,北インドを旅行するためには一度は立ち寄ることになる。

デリーは旧市街にあたるオールド・デリーと官庁や高級ホテルが並ぶニュー・デリーに区分される。ニュー・デリー駅の西側にはバックパッカーが集まる安宿街メインバザールがある。インドに到着したばかりの旅行者をねらう,インチキ旅行代理店も多いので,くれぐれも要注意である。


城と市場

ムガール帝国第5代皇帝シャー・ジャハンにより築かれた城は,城壁が赤砂岩でできていることから,「ラール・キラー(赤い城)」と呼ばれている。チャンドニ・チョークから赤い城門を眺める。

2つの見張り台に挟まれた城門の上には,2本のミナレットが立ち,その間に傘のようなチャトリ(小塔) が配置されている。見張り台の上にも大き目のチャトリが置かれている。城門としては優美な建築であるが,次の皇帝はその軍事的欠点に気づき,城門の前を土塁で囲ってしまった。

中に入ると巨大な建物が点在している。一通り見て回った。たくさんの部屋を通り,たくさんの廊下を通った,巨大な石柱の回廊も見た。しかし,記憶の扉を開こうとしても何も思い出せない。建物の中が何もない空間であったように,僕の記憶も空虚なものしか残っていない。

城の外部が見下ろせる場所があった。すぐ近くに大きな露店市場が広がっている。布が商われている一角では原色のサリーが地面を覆い,ロープにかけられものがはためいている。大変な人出である。空っぽの城よりも,人々のパワーが溢れる市場のほうがずっと面白そうだ。

とはいうものの,ラール・キラーは歴史的建造物であり,インドの貴重な文化遺産であるのは確かである。何組かの子どもたちが先生に引率されて歩いている。


二つの寺院

ラール・キラー(デリー城)を出てまっすぐ行くと,大きな通りの向こうにジャイナ教とシーク教の寺院が隣り合っている。多民族国家のインドは同時に多宗教国家でもある。世界中の宗教がここにはあるのではと思われるほど多様な宗教が根付いている。

主要な宗教の人口に占める割合は,ヒンドゥー教(81%),イスラム教(12%),キリスト教(2.3%),シーク教(2%)などであり,この他に仏教,ジャイナ教,ゾロアスター教(拝火教),ユダヤ教,自然崇拝などがも見られる。

ジャイナ教は仏教とほぼ時期のBC5世紀に成立している。その頃はバラモン教にあきたらなくなった人々が新しい宗教を模索した時代であった。開祖はマハーヴィーラで,彼の尊称がジナだったことからジャイナ教と名づけられた。

一方,シーク教はイスラム教がインドに入ってきた15世紀に成立している。開祖はナーナク,ヒンドゥー教とイスラム教のよいところを融合させようと興した宗教である。シーク教徒はパンジャブ州に多く,ターバンを巻き,立派なヒゲをたくわえているので目に付きやすい。

どちらも比較的マイナーなため,あまりお目にかかれない2つの宗教の寺院である。どちらの宗教も「来るものは拒まず」なので,お参りの人たちと一緒に見学させてもらった。


ジャマー・マスジット

ジャマー・マスジットは赤い城と並び,オールド・デリーを代表する建築物である。このくらいの大きさの建物なら記憶にちゃんと止めることができる。赤と白のコントラストが美しいこのモスクを建設したのは,あのタジ・マハールのシャー・ジャハン皇帝である。

この皇帝の建築センスは秀逸である。最初に訪れたとき,このモスクに異教徒が入れることを知らなかったので,石段の上の広場でその造形美に感心していた。翌日,再びここを訪れ中に入ることができた。入口で履物を預けるとき,写真撮影禁止の表示がちらっと見えた。しかし,この建物を写した写真はたくさんあるので,特に問題にはならないだろう。

マスジットの内部は石畳の広大な空間になっており,その向こうに,2本のミナレットを両側に配し,3つの白いドームを乗せたモスク本体がある。中央の入口は大きなアーチになっており,広場に面した壁は石柱と小さなアーチになっている。広場の石畳は熱く焼けており,日本人の足裏では耐えられない。モスクまで巾の狭いじゅうたんが敷いてあるので,そこを歩いてモスクに入る。

モスクの中は(どこのモスクもそうなのだが)装飾が極力排除されている。モスクは祈りの場であり,イスラム教徒は偶像崇拝を固く禁止されているためである。風通しのよいモスクの中には祈る人もいれば,のんびり横になっている人もいる。虚飾のない空間で人々は祈りを通して神と対話する。

ジャマー・マスジットからオールド・デリーの雑踏の中を適当に歩き出す。人ごみの中を観光客の少女を乗せたらくだが通る。上から見下ろす少女はちょっと誇らしい表情をしている。そりゃ,この雑踏の中をらくだで移動するのは,気持ちがいいよね・・・。

男の子のグループが「おじさん,撮ってよ」と目で訴える。う〜ん,いい笑顔だ。ハイ,撮りますよ。雑踏の中で今日もたくさんの出会いがあった。


国立博物館にて

巨大なインド門をちょっと見て,国立博物館に向かう。さすがは首都の博物館である。数え切れないコレクションが展示されている。展示の方法も悪くない。ガンダーラ,ヒンドゥー,仏教,イスラム教などの分野の美術品は大いに興味深かったが,なんといっても膨大なコレクションである。

そんな中で小さな女神チャームンダーの像は廊下にあった。遠藤周作の「深い河」に出てくる,インドの苦悩を一身に負った姿である。この本を読んでいなければ気にも留めなかったことだろう。

この小さな不気味ともいえる像に僕はしばらく見入っていた。(館内は写真禁止です,この1枚は内緒で撮らせていただきました)

国立博物館は大勢の見物客で混雑していた。そろそろ帰ろうかと入り口のホールに出る。そのとき女学生の一団が,教師に先導されて入ってきた。インドの女学生の服装は華やかだ。服装のスタイルも,顔立ちもさまざまだ。やはり,インドは多民族・多宗教国家である。


朝のひととき

メインバザールから北側の地域を散歩していた。冬のデリーの朝は少し寒かった。男たちは大八車に坐り,チャーイをすすりながら,朝のひとときを過ごしていた。子どもたちは足早に学校に向かう。

近くではゴミ収集のダンプとシャベルカーが動き出している。この男たちの周囲だけ時間がゆっくり流れている。僕もこのような時間の過ごし方が好きだ。近くのチャーイ屋で朝の一杯を楽しむことにしよう。


ニューデリー駅西口付近

素焼きの壷や容器が並んでいる。売り子はのんびりと客を待っている。竿が一本立っており,その先にはコウモリ傘が取り付けてある。売り子はその日陰に入り,日がな一日ここに坐って客を待っているようだ。きっと明日ここにきても同じ光景に出会えることだろう。


異国の制服

インド世界においては女学生の制服がすてきだ。思わず写真に残しておきたいと思うのだが,これがなかなか難しい。カメラを堂々と正面から構えると,宗教的なものかはたまた文化的なものか,十中七八は横を向かれたりして失敗する。

かなり前方から準備し,少し斜めからとると自然な姿の彼女たちが撮れる。この集団の制服はパンジャビードレスをベースにしたもので,肩にかけられた白いショールがすばらしいアクセントになっている。



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