亜細亜の街角
水をかけられ仕方がなく泊まるはめに
Home 亜細亜の街角 | Thakhek / Laos / Apr 2001

タケク  (参照地図を開く)

ビエンチャンとサワンナケートの間に位置するタケクは,古くからメコンの交易で栄えてきた。対岸はタイのナコーンパノムで,もう少し南のサワンナケートと同じくタイ・ラオス・ベトナムを結ぶ交易の中継点である。

ビエンチャン→タケク移動

ビエンチャン(06:00)→タケク(11:30)と移動する。タケク行きのバスは早朝にしかない。バスステーションは早朝から混雑している。涼しい午前中の移動が楽なこと,何か起きても明るいうちに対処できることが早朝バスの理由であろう。

バスは韓国の現代製でまだ新しい。側面には日本のODAロゴが記載されている。日本からの援助はこのようなところにも使われていることが分かりちょっとうれしい。そういえば,ビエンチャン市内にも同じロゴを付けたバスが走っていたことを思い出す。

荷物を屋根に乗せまず席を確保する。バスは新しいし,座席は1列4人なので今日は楽な移動になりそうだと考えていたら甘かった。ラオス正月が近いせいか乗客はどんどん増え,発車する頃には乗車率170%である。

バスの車掌は座席を通路側に15cmほどずらし3人掛けに改造する。通路側に座っていた自分は3人掛けの真中にされ身動きもままならない状態になる。それでも乗客は収容できず通路に立つ人や通路に置かれた荷物に座る人も多い。身動きができないうえ,時間が経つにつれて車内温度も上がる。今日の移動にふさわしい言葉を探せば「酷暑・すし詰め地獄」となる。

Sooksomboon Guest House

11:30にタケクのバスステーションに到着する。あー苦しかった。このバスステーションは町からだいぶ離れており,回りには小さな食堂があるだけで冷たい飲み物もない。

トクトクで「Khammouan Hotel」に行き,部屋代を聞くとシングルで80,000K(10$)と言われ驚く。もっと安い部屋はないかと聞くと,料金表を見せてくれた。確かに全室エアコン付きで80,000Kはもっとも安い。

近くの「Sooksomboon Guest House」に行く。ここもゲストハウスからホテルに改装されており,旧館は10$から,新館は9$と言われる。小さな町であり見るべきところもほとんど無いので,このままサワンナケートまで行ってしまおうと荷物を持って外に出ると音楽が聞こえる。中庭で水かけをしている男女の集団がいる。

ちょっと覗いたのが運のつきとなりこの集団につかまり水をかけられてしまう。このためこのホテルの新館に泊まることになった。

このホテルの旧館はガイドブックにあるようにまるで博物館である。しかし,その内部は立派な木製のドア,廊下の調度品を備えたコロニアル風のホテルになっている。新館の部屋は12畳,トイレ・シャワー付き,きれいなシーツとベッドカバーのかかったキングサイズのダブルベッド,机,イス,洋服タンスがある。エアコンも付いておりこれで9$である。

タケクから見るメコン川

タケクから見るメコンは川幅500mはありそうだ。大きな船が対岸と行き来している。近くには船着場がありフェリーも運行している。ただし,この時間はフェリーが動いていないため川沿いの道路には大型トラックが並んでいる。たぶん明日のフェリーを待っているのだろう。船付き場に下りていく斜面にも大きな丸太や荷物をを積んだトラックが待機しており,タイとの経済的な強い結び付きが感じられる。

夕食はメコン川沿いの屋台で怪しげなクイティオ・スープをいただく。ホテルを除きこのあたりには他に食堂はないので,ここで食べることになったがこの味で,この屋台で6000Kは高い。冷たい飲み物はまったく期待できない。夜になって対岸のきれいな明かりが見られたことがこの町の唯一の収穫である。

朝からギャンブル

朝食のため外に出る。メコンの岸には朝食の材料は見当たらない。その代わり,こんな朝早くからダートを使用した一種のギャンブルがおおっぴらに行われていた。

お金を数字の書かれた盤に張り,自分でダートを少し先に立ててあるダート板めがけて投げる。自分の張った数字のところにうまく刺さったら張った金額の何倍かがもらえる仕組みになっている。このダートには子供も参加している。


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