一色まこと
「一色まこと」は「出直しといで」「花田少年史」の時から知っていますが,ギャグ調の絵柄が好きではなかったので単行本を収集することはありませんでした。それが,「ピアノの森」になるとずいぶん絵柄がすっきりしてきており,これなら収集する価値があると判断しました。
そのように考えたのは2006年くらいのことでしたので新しい装丁のもので収集を始めることができました。というのは,2002年時点で「ピアノの森」はアッバース・コミックスとして第9巻までがすでに発刊されていましたが,連載がモーニングに移ったことによりモーニング・コミックスとして第1巻から再刊されています。
単行本を収集する人にとっては装丁が変わるということは一大事であり,9巻までは旧装丁,10巻からは新装丁では書棚に並んだ時の印象がずいぶん変わります。
「ピアノの森」の全巻を揃えたいとする人の多くは書棚に並べたときの違和感を避けるため第1巻から買い替えることになります。これは単行本を収集する人にとっては気の毒な二重投資となります。
作者の「一色まこと」は長い間というかつい昨日まで男性であると思っていました。このブログを書くためにwikipedia を開いたところ,「日本の女性漫画家」となっており驚きました。そう言われてみると,主人公の高校時代以降の造形は女性の作品という感じが強くなります。
「一色まこと」はおそらくペンネームなのでしょう。「一色氏」は古い武家の家系であり,清和源氏の流れをくみ,足利氏の支族の一つです。発祥の地は三河であり,現在の愛知県西尾市には一色町の地名が残っています。
室町時代には大いに隆盛し,若狭・丹後・伊勢・志摩・三河・尾張二郡(知多・海東)の大守護となっています。また,室町幕府の要職を占めています。しかし,15世紀になると一色氏は将軍足利義教と対立し,次第に衰退していきます。
作者の「一色まこと」に関してはネット上でも個人的なプロファイルはほとんど明らかになっていません。1984年に第10回ちばてつや賞佳作を受賞した「カオリ」で商業誌デビューを果たしています。商業誌デビューは20歳前後でしょうから,作者の生年は1864年前後と推測できます。
「ショパン国際ピアノコンクール」のあたりから不定期連載となったのは作者が遅筆であることが影響していますが,それ以上にこの作品に対する作者の思い入れが強く,自分が納得できるものになるまでストーリーを検討し,描画を工夫しているためであると一部のサイトではささやかれています。おそらくそれは正しい見解なのでしょう。
モーニングの編集部もそのような作者に対して理解を示しているので不定期連載が可能になっているのでしょう。自分の納得の出来るものを世に出すという姿勢は現在のようにとにかく締切に合わせて描き上げる漫画家が多い中では特異な存在となっています。
読者にとっては作者のそのような苦悩や心血を注ぐ姿を紙面から読み取ることはできませんが,音の世界を紙の世界で表現しようとする作者の苦労は十分に伝わってきます。
ピアノの森執筆履歴
「ピアノの森」は1998年より「ヤングマガジン・アッパーズ(講談社)」において連載が開始されました。この雑誌は月2回のペースで刊行されており,単行本の発刊履歴からすると「ピアノの森」はほとんど休載することなく第9巻まで進行しています。
ところが第9巻と10巻の間には約3年の間があいており,長期休載期間があったことが分かります。休載期間は第80話(2002年11月,いつかふたりで)と第81話(2005年4月,特別のピアノ)の間にあります。
この間に「ヤングマガジン・アッパーズ」は廃刊となり,第81話からは発表誌を「モーニング(講談社)」に移し,第2章ということで再開されました。
単行本は同じ講談社でもモーニング系のコミックスとして新しい装丁で再刊されるようになりました。そのため,古本屋の書棚にはアッバース時代のものとモーニング系のものが別々に並ぶことになります。
2005年4月に隔週連載が再開されたものの,遅筆の作者は定期的に原稿を出すことができず,2008年5月からは不定期連載になっています。
第101話(2006年1月,ワルシャワの胎動)からは先は足かけ8年に渡り延々と「ショパン国際ピアノコンクール」が続きます。第25巻ではコンクールの最終審査の発表があり,物語の大団円も近いような気がします。
巻数 | 発刊 | 内容 |
---|---|---|
第01巻 | 1999年08月 |
地方都市の森脇小学校でカイ,雨宮,阿字野が出会う 修平はカイが森のピアノを弾くのを聞いて驚く |
第02巻 | 1999年08月 |
森のピアノでカイは阿字野の音を再現する 阿字野はカイの隠された才能に気付く |
第03巻 | 1999年10月 |
カイは阿字野にショパンの弾き方の教えを乞う 阿字野はカイに普通のピアノの弾き方を訓練する |
第04巻 | 2000年04月 |
カイが全日本学生ピアノコンクールに出場する 修平はカイに全力で勝負することを約束させる |
第05巻 | 2000年08月 |
誉子はカイの励ましにより上がり症を克服する コンクール予選における修平,誉子,カイの演奏 |
第06巻 | 2001年03月 |
コンクール地区本戦における修平と誉子の演奏 修平は地区予選で優勝し誉子は特別奨励賞を受ける |
第07巻 | 2001年09月 |
森のピアノが焼失する 修平は全国大会で優勝し留学する |
第08巻 | 2002年05月 |
スランプで一時帰国した修平はカイと再会する カイは複数のバイトをかけもちし高校に通う |
第09巻 | 2002年11月 | 修平はカイの部屋に泊り自分を取戻す カイはマリアとしてP☆クラで演奏し佐賀,冴と知り合う |
第10巻 | 2005年07月 |
中学生の誉子は司馬のレッスンを受けるようなる 誉子がショパンコンクール・オーディションに出場する |
第11巻 | 2005年12月 |
誉子の腱鞘炎が発覚し本選を辞退する 大分のコンクールで誉子はカイと再会する |
第12巻 | 2006年04月 |
カイはセローの指揮でM響と共演する ショパン音楽コンクール予備選が始まる |
第13巻 | 2006年12月 |
ショパン音楽コンクール一次予選が始まる 優勝候補のパン・ウェイの演奏は阿字野の音をなぞる |
第14巻 | 2007年06月 |
阿字野とカイの約束が明らかにされる 修平が演奏し喝采を浴びる |
第15巻 | 2008年05月 |
レフ・シマノフスキの演奏 カイの演奏が始まる |
第16巻 | 2009年08月 |
カイの演奏は大喝采をうけるが評価は分かれる 第一次審査通過者30名の発表 |
第17巻 | 2010年03月 |
落選したアダムスキとの話から修平は何かを感じ取る 第二次審査が始まる,ソフィ,パン・ウェイの演奏 |
第18巻 | 2010年07月 |
修平は自分の心をピアノで表現し喝采を浴びる レフ・シマノフスキは完璧なショパンを演奏する |
第19巻 | 2010年11月 |
カイの演奏はその導入部で会場の色を変える 第二次審査を通過できなかった修平は苦悩する |
第20巻 | 2011年09月 |
雨宮洋一郎は勝ち負けにこだわるまちがいに気付く 修平はカイにひどいことを言ったことを悔やむ |
第21巻 | 2011年11月 |
最終審査を前に修平はカイと和解し練習に付き合う パン・ウェイのゴシップ速報が出回る |
第22巻 | 2012年08月 |
カイたちと雨宮洋一郎,佐賀が顔を合わせる 記事に苦悩するパン・ウェイを阿字野が励ます |
第23巻 | 2013年05月 |
パン・ウェイは温かみのあるショパンを演奏する 誉子が修平と二次審査のピアノについて語る |
第24巻 | 2014年05月 |
カイは照明のアクシデントを最大の演出に変える カイのピアノは森を抜けて大きな広がりをもつ |
第25巻 | 2014年05月 |
レフの演奏は一時乱れるがポーランドの心を弾く 利害抜きの素直な審査の結果,カイはウイナーとなる |
第26巻 | 2015年01月 |
カイの依頼でドクター仲尾が阿字野の手の手術する 周囲の励ましによりピアニスト阿字野が復活する |
「ピアノの森」と「Dr.コトー診療所」
「私的漫画世界」の目次で確認していただいたいのですが,奇しくも「ピアノの森」と「Dr.コトー診療所」という業界ものの作品が並ぶことになりました。どちらも大ヒット作品となっており,単行本の巻数も類似しています。ネット上の情報では「ピアノの森」の単行本売り上げは1巻あたり約25万部,「Dr.コトー診療所」は約48万部とされています。
業界ものは作品を通してある業界の内情が分かる仕掛けとなっており,それが読者の知的好奇心をくすぐります。それに加えて人間ドラマが物語性を高めているのが人気の秘密です。
それでは「ピアノの森」と「Dr.コトー診療所」を比べるとどちらがドラマ性の高い作品を作りやすいかというと明らかに「Dr.コトー診療所」の方です。
医者もの,警察もの,事件記者もの,法曹界ものではドラマの骨格となる事件は向こうからやってきます。マスメディアを注意深くチェックしていれば作品に取り込むことのできる様々な事件を拾い上げることができます。
特に医者ものは患者の命を救う行為が主になりますので比較的容易に感動的なドラマに結び付きます。それに対して「ピアノの森」はピアニストの世界を描いたものであり,仮に天才的なピアニストを登場させたとしても,物語性を高めるためには医者ものに倍する苦労が必要となります。
さらに,演奏の良し悪し,感動を紙の媒体で表現しなければなりませんので,読者がどこまで理解できるかという問題もあります。それに対して。医者ものでは命の問題は非常に分かりやすいので読者の共感を呼びやすいという側面ももっています。
「ピアノの森」は作者が渾身の力で描き上げた作品であり,「Dr.コトー診療所」との単行本売り上げ部数の差(人気の差)は読者の共感の得やすさ,分かりやすさではないかと分析します。