私的漫画世界
偏愛するメイドとヴィクトリア朝の英国を描くために生まれた物語
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森 薫

森薫(女性)の個人情報はほとんどネット上には出ていません。いくつかのインタビューにおける本人の発言から推定すると下記のような経歴となります。

1978年:東京都で生まれる
1993年:高校入学,同人誌で活動を始める
1996年:高校卒業,バイトをしながら同人誌活動を継続する
      この時期に「シャーリー」を執筆している
2000年:イベント会場でコミックビーム編集部から声をかけられる
      連載開始までは1年半くらい編集部の指導を受ける
2002年:月刊誌「コミックビーム1月号」から「エマ」の連載開始
2006年:コミックビーム9月号から「エマ・番外編」を連載開始
2008年:隔月誌「Fellows!」10月号から「乙嫁語り」を連載開始
2013年:年10回発行の「ハルタ」に移り「乙嫁語り」の連載を継続

私の書棚に並ぶ作家の多くはアシスタントを経由して漫画家となった方が多いのですが,最近では同人誌を経由した作家も増えてきており,森さんもその一人のようです。

wikipediaで調べてみると同人誌とは「同人(同好の士)が,資金を出し作成する同人雑誌の略語」と説明されており,漫画の一次創作に関する同人誌としては次のように記載されています。

一次創作系同人誌とは既存のマンガやゲーム,アニメなどのキャラクターや設定などを題材としないものをいう。 コミックマーケット等オールジャンル同人誌即売会のほか,COMITIA(コミティア),そうさく畑などの創作系同人誌即売会,同人誌ショップ,一部の一般書店で販売される。 コミティアなどの同人イベントでは商業出版社がプロ志望者を対象に作品持込を会場で受け付ける出張編集部が設けられることもある。


同人誌の時代から『メイド』を偏愛しており,作品はメイドものに限定されていたようです。同人誌関連のイベントで編集者から声をかけられたときの様子を対談の中で次のように語っています。

私はイベントで一本釣りという感じでした。もちろんプロになれたらいいなという気持ちはありましたが,投稿も持ち込みもしていなかったので,声をかけていただいた時,正直ピンと来なかったし,自分がそんなに上手いとも思っていなかったので「このレベルでは商業誌は無理じゃないかな」と。でも「大丈夫!」と言われたので「頑張ります!」って。「覚悟しろ!」と言われて,「しました!」という感じでしょうか。


もっともその時点から実際に『エマ』の執筆を開始するまでは1年半ほどの(プロの漫画家になるための)準備期間が必要でした。商業誌の最初の物語はそれまで描き続けてきた『メイド』ものとなります。これはコミックビーム編集部の英断によるものです。

森薫は『好きになったらそれしか考えられない』という偏愛の人であり,傍から見ると『ちょっとそれは』と思えるほどのレベルとなっています。

とはいっても巷間をにぎわしている『メイド萌え』とは全く無関係であり,職業としてのメイドに興味があるようです。少なくとも作品中にはメイドに関連して性的な表現が皆無なのはとても好感がもてます。

単行本の巻末には『あとがきちゃんちゃらマンガ』という3ページの何を描いてもよい付録が付いており,そこには森薫本人が出てきて『創作秘話?』を披露しています。『エマ』についていえばその中で『これが大事なんです』あるいは『そこが一番大事なんです』と編集担当を説得する場面が描かれています。

編集担当や読者にとってはそれほど力を入れなくてもと言えるものでも,作者にとっては大変な思い入れがあることが分かります。これほど凝り性の作家の編集担当は大変なことだったと推測します。結果論になりますが(作者の思い入れがどこまで理解されたかは別にして)『エマ』はヒット作となり「Fellows」の売り上げに大きく寄与したことでしょう。

2003年に発刊された『Emma Victorian Guide』には職業としてのメイドについて大変な量の記述があります。驚いたのは巻末の『参考文献一覧』です。おそらくここに掲載されている書籍の大半は森薫が収集したものなのでしょう。

歴史ものの大家といえば『司馬遼太郎』さんがいます。彼も一つの作品を書き上げるために収集可能な限りの資料を集めていました。そのため,神田の古書店のある領域の本がすべて無くなったというような逸話が残されています。

歴史ものといわれる分野の作品を執筆するときには多くの書籍等により考証していかなければなりませんが,それにしてもこれだけのものに目を通すという徹底ぶりには頭が下がります。

森薫は漫画家以前に学究の徒にならなければ納得できる作品が描けないようです。その彼女が『メイド』と同じように好きなものが『ヴィクトリア時代の英国』であり,その二つが結び付いて『エマ』が誕生しました。時代考証がしっかりしていますし,背景や細部を大切にする絵柄がそれに加わるのですから,大向こうをうならせる作品になります。

メインストーリーは新興勢力を代表するジョーンズ家の跡取り息子と生きるために大変な苦労をしなければならなかったエマの純愛物語であり,周辺の人々のエピソードをサイドストーリーとして挟み込んでいく形式をとっています。これは,作者の描きたいものと読者を意識したストーリーを整合させるための方法でしょう。

私はどちらかというとストーリーを追って読むタイプですが,エマに限ってはページの中の背景もしっかり見るようにしています。そうすると,作者が描きたかったものが(部分的にでも)理解することができます。

物語の展開は静かであり,テンポはとてもゆっくりしています。これは連載1回分の24ページで1話を構成しており,かつ1話の中にあまりたくさんのことを詰め込まないようにしているためでしょう。この独特の間合いをもったコマ運びも慣れると違和感はなくなります。

1話を24ページに割り振り,ところどころに「sequel」として1ページの後日談が追加されることがあります。会話を続けるような場合を除き,コマとコマの間の時間経過をしっかりとっていますので,ゆったりしているようでも静かな情景の連続体として確実に物語の時間軸を進めることができます。

本篇の上品さと『あとがきちゃんちゃらマンガ』のおふざけの落差には驚きを感じます。『あとがき』の方は作者の性格がそのまま反映されているようです。エマ番外編の中に4コマ漫画があり,それは作者の性格がある程度反映されているのか,意外な笑いの要素を含んでいます。

このように徹底的な凝り性の作家ですのでいきおい寡作の人になります。商業誌のデビューが2002年ですので,すでに11年間も漫画家生活を送っていますが,発刊された単行本は私の知る限りでは18巻だけです。

● エマ:本作7巻,番外編3巻
● 乙嫁語り:6巻
● シャーリー:1巻
● 森薫拾遺物語:1巻

そのうち,『シャーリー』は同人誌の時代の作品ですので実質11年間で17巻ということになります。現在は若さというパワーで書き込みの非常に多い作品をこなしていますが,この先も同じような品質の描画を現在と同じくらいのペースで作り出していけるかどうかは不明です。

『エマ』の書き込みでも大変なものでしたが,『乙嫁語り』の絵柄は一段と凄みが増しており,個人的には漫画職人・森薫のピークなのではと危惧しています。漫画家・森薫の一つの到達点となっている『乙嫁語り』はていねいに読むことにしています。

『メイド+ヴィクトリア時代の英国』の次はどうして中央アジアなのかについては対談において次のように語っています。

中学生くらいから中央アジアや,その生活,民族衣装に興味がありました。あと当時,とにかく馬をたくさん描きたかったんです。でも,いざ描いてみたらうまく描けなくて,民族衣装も描いてみるとディテールが細か過ぎて,2コマで疲れて。それでもう1つの描きたい対象だった,メイドに傾倒していったんです。

そして今回,新作を描く機会をいただいて,今ならあの頃描きたかったものが描けるかなと思いました。馬を描きたい気持ちも強くて,『エマ』もイギリスに向かうきっかけは,馬から入ったようなものなので。だから,小さな欲望の積み重ねでした。でも今,中央アジアは描いておいたほうがいいなというのはありました。


『エマ』では背景に自然の風景が入る場面は比較的少なかったのですが,『乙嫁語り』は必然的に風景描写が大きなウエイトを占めるようになります。森薫は自然描写に関しては『谷口ジロー』の影響を受けたと語っています。

谷口ジロー』は私の好きな漫画家の一人であり,自然描写に関しては現在の日本でももっとも優れた絵を残しています。『ブランカ』や『神々の山嶺』に見られる自然描写は圧倒的な質感をもっており,森薫の描画にきっと良い影響を与えてくれたことでしょう。

2014年にはマンガ大賞を受賞しており,そのお祝いの席上で「80歳まで現役宣言」を出していますが,あれだけの細かい書き込みは眼を酷使しますので,老眼が入ってくると厳しいものとなります。現在のような素晴らしい作品が描ける漫画家寿命は50歳くらいと考えて,今後もいい仕事を続けてもらいたいものです。

19世紀後半の英国階級社会

ヴィクトリア時代は大英帝国の絶頂期であり,好景気のため階級対立が緩和されたため,フランス革命のように新興の中産階級が貴族階級を追い落とすような動きはありませんでした。そのため,従来の貴族階級に新興の土地持ち資本家を加えた上流階級が残り,中流階級,労働者階級とともに3つの階級を形成するようになっています。

ジョーンズ家は3代にわたる当主の努力により金持ちの中流階級から土地持ちのスクワイアとなり,上流階級の末端に名を連ねることになります。ジョーンズ家の稼業は商業・貿易商ですので中流階級のままでもやっていけますが,上流階級に属することにより商売の信用は格段に増すことになるのでしょう。

当主のリチャード・ジョーンズは長男のウイリアムが貴族の娘と結婚することを望んでいます。そのような結婚によりジョーンズ家が貴族家の一員となることができます。

例えばキャンベル子爵家では娘が3人であり,上の二人はそれぞれ伯爵夫人となっています。爵位は長男による世襲制ですので,仮にウイリアムがエレノアと結婚し,男子が生まれると,その子がキャンベル子爵となる可能性があります。

この時代にスクワイアから爵位付きの貴族になることがどの程度のすごいことなのかは作品中には語られていませんが,リチャードがウイリアムとエマとの結婚に反対する最大の理由はスクワイアから脱落することなのでしょう。

ウイリアムの母親・オーレリアは社交界(上流階級のおつきあい)に疲れて田舎に引っ込んでしまいました。ウイリアムが労働者階級のエマと結婚するようなことになればジョーンズ家は社交界からつまはじきにされる可能性が高くなります。スクワイアであっても社交界から締め出されては上流階級の一員ということにはなりません。これが,リチャードの悩みとなります。

「Emma Victorian Guide」には当時の経済事情についても記されています。貨幣の単位は1ポンド=20シリング=240ペンス(1シリング=12ペンス)となっています。物価の水準については次ような記述があります。

● メガネ=4ポンド半=1080ペンス
● パン1個=5ペンス半
● オレンジ2個=1ペンス
● カキ4個=1ペンス
● レモネード1杯=1ペンス
● マッチ1箱=1ペンス

庶民の生活は1ペニー銅貨が基本であり,1ペンス=100円くらいの感覚です。ウィリアムはエマと一緒に水晶宮を訪れたとき「ちなみに入場料はたったの1シリング・・・だそうです」と発言しており,エマは何も言いませんが金銭感覚の違いに階級を強く意識したことでしょう。

エマがケリーの家で働いていた時の給与は記されていませんが,貴族邸宅のハウスメイドの年給は14ポンドとなっています。現在の感覚では年収34万円くらいのものです。それに対して,貴族階級の年収は5万ポンドは下回らなかったことでしょう。

エマの生い立ちからケリーと死別するまで

物心がついた時には父はいなかったようです。母も早くに亡くなり,母方の叔父によってヨークシャー州の漁村で育てられます。食い扶持が一人増えたことにより義理の叔母はエマにつらくあたり,11歳くらいの頃には磯のカキを取ってくるように命じられています。

自分で取った貝などを町に売りに行くとき人買いに連れ去られます。エマは他の女の子と一緒にロンドンに連れて行かれ,娼館に売られようとしたとき逃げ出します。逃げ出したといっても住むところがないので路上で暮らし,簡単な仕事をするか,花を売って暮らしていました。

ロンドンの冬の最低気温は5℃程度ですので路上生活は相当の困難さはあったと思われます。そのような厳しい環境でもエマは生き延びて15歳になります。退職した家庭教師のケリーは友人の家で雑仕事をしていたエマを見出します。

これがエマの人生の転機となります。ケリーは『私ね 前から思っていたのよ 教育ってのがどれほどのものなのか』と友人に語り,自分の家に連れて帰り,メイド・オブ・オールワークス(雑役女中)の仕事を教え込むとともに,この時代のメイドにしては珍しい立ち振る舞いやフランス語や文学の基礎など様々な教養を教えました。

これが現在のエマの人格を形成しています。ケリーに見つけ出されたときは田舎育ちにしては顔立ちが整っている少女に過ぎませんでしたが,エマの素直で控えめな性格もあり少なくともレディ・メイド(侍女)くらいは務まるほどの女性となっています。

このケリーの教育は映画の『マイ・フェア・レディ』を彷彿とさせます。言語学専門のヒギンズ教授はひょんなことから,下町生まれの粗野で下品な言葉遣いの花売り娘イライザを淑女に仕立て上げることになりました。

イライザはヒギンズ教授の家に住み込みながら厳しい指導を受けます。彼女は試験的に上流階級のレディとして競馬場に連れて行かれ,立ち振る舞いは合格しますが,教養のなさで馬脚を現します。その後,さらに特訓を受け社交界に華々しくデビューし,立派なレディとして評価されるようになります。

ところがある日,イライザは自分がヒギンズ教授の研究対象として扱われていたことを知り,傷心のためヒギンズ教授の前から姿を消します。主演の『オードリー・ヘップバーン』が花売り娘と社交界の花の二役を見事に演じており,ミュージカル映画の傑作の一つとなっています。

エマにとってはケリーはヒギンズ教授であり,母のような存在でした。15歳のエマは初めて自分の部屋をもち,働くことにより人並みの生活を手に入れることができました。子どものいないケリーですが主人と使用人という関係を崩すことはなく,その枠内でできる限りの教育を与えてくれました。

エマは近眼のためメガネをかけていましたが,容姿端麗のため多くの手紙を受け取るようになりましたが,すべてを拒否しています。両親のいないエマにとってはケリーが母であり,ケリーの家が自分の家なのですから,彼女はその家を出ることなどは考えられないのです。エマには(出生証明書がないためなのか)姓がありません。そのため,ウィリアムとの結婚証明書にはケリーの姓である「ストウナー」と記しています。

そんなとき,かってのケリーが家庭教師をしていたウィリアムがケリーを訪ねてきます。ウィリアムは厳格な性格のケリーを苦手としており,父親に言われて初めて彼女の家を訪問します。ウィリアムはエマを一目見て気に入ります。

エマはウィリアムの控えめな求愛に少しずつ心を開いていきます。水晶宮で閉門のため閉じ込められた二人はそこで一晩を過ごすことになり,お互いの想いを確認します。

しかし,二人の属している階級の違いによるよる大きな障害はエマにも十分に理解できますので,愛の始まりは苦悩の始まりとなります。ケリーが病で臥した時,二人の間で次のような会話が交わされます。

暗いわね
え?
あなたよ
この前まであんなに楽しそうにしていたと思ったら
上がったり下がったり 忙しいわね
ジョーンズさんが お父様に話すと言っていました
どこまでも説得するつもりだと
・・・・・・
でも・・・やっぱり無理なんです 現実として考えれば考えるほど
階級の違いがどれだけ大きいかということは 良く知っていますから
(ケリーはエマの頬に手を当て)
大丈夫 あなたたなら


このあと日をおかずケリーは亡くなり,エマは住み慣れた家を出なければなりません。ウィリアムとはすれ違いで会うことができず,これといって行く当てもないまま,故郷に向かう列車に乗ります。

メルダース家のハウスメイドとなる

エマの乗った列車はヨークシャー行きですが,駅で間違えられて声をかけられたドロテアのメイドのターシャと同じコンパートメントになり,その縁でメルダース家のハウス・メイドに採用されることになります。

メルダース家の屋敷は「ハワース」にあります。「ハワース(Haworth)」はイングランドの北部,マンチェスターから北東に70kmほどのところにある田舎町です。

近くをグレート・ノーザン鉄道が走っており,作品中ではヨークから支線が出ているように描かれています。現在はケイスレー(Keithley)から全長7.8kmの保存鉄道が走っており,その途中駅となっています。ここはジーゼル機関車に混じってときどき蒸気機関車が走っており,英国ではちょっとした観光路線となっています。

保存鉄道の途中駅である「ハワース」は小説「嵐が丘」の舞台となった土地であり,ブロンテ姉妹(ヴィクトリア時代を代表する小説家姉妹シャーロット,エミリー,アン)の生家があるところです。シャーロットは「ジェーン・エア」,エミリーは「嵐が丘」,アンは「ワイルドフェル屋敷の人々」を発表し,英国文壇に大きな影響を与えました。

エマの次の土地を「ハワース」にしたのはこの土地に対する作者の思い入れからなのでしょう。メルダース家はドイツから移住してきた一家であり,使用人の半分くらいはドイツ系の人たちです。

メルダース家におけるエマの役割はハウス・メイドであり,今までの仕事の方法と少し異なっているところに戸惑いを感じますが,メイド長のアデーレの評価は「覚えは早いし,仕事も丁寧」ということです。家政婦のヴィークもその評価を聞いて一安心です。

エマがオーレリアとともにジョーンズ家を訪れる

メルダース夫妻がロンドンでの晩さん会の招待を受けます。英国での立場を強化するためこのような社交上の義理を欠くわけにはいきません。ドロテアに付き従うメイドの人選に悩むヴィークにアデーレはエマにやらせるべきだと告げます。

エマはレディ・メイド(侍女)のような形で近くに住むドロテアの友人の「ミセス・トロロープ」と呼ばれてる女性宅を訪問します。東洋趣味で自然に溢れた家にエマは驚きます。もちろんドロテアもエマも彼女がジョーンズ夫人(オーレリア)であり,ウィリアムの母親であることは知りません。オーレリアはエマに「雰囲気あるわ 素敵な娘」と口にします。

滞在先のロンドンのデパートでドロテアはオーレリアに再会します。オーレリアは息子ウィリアムの婚約パーティに出席するためやってきましたが,マーサは侍女も付けずにパーティに出るのは不憫だとこぼします。

それを聞いたドロテアがエマを侍女として付けることを提案し,エマは急きょ衣服を整えることにことなります。ドレスに着替えるとエマはレディのようになり,二人はエマを一緒にウィリアムの婚約パーティに出席させることを決めてしまいます。ドロテアは「見た目は大丈夫であり,中身も案外大丈夫なのでは・・・」と話し,エマには逃げ場がありません。

メガネを外していますのでジョーンズ家における婚約パーティでは周囲の状況がよく見えず,そのため落ち着いてオーレリアと行動を共にします。グレースが母親を見つけて近寄ってきてもエマだとは分かりません。

グレースに呼ばれてやって来たウィリアムはエマに気が付き,声にならない叫びを上げます。オーレリアがウィリアムを紹介するとエマは驚きのあまり気を失います。

パーティが終わってから控室で二人は劇的な再会を果たし,エマはウィリアムの胸に顔を埋めて泣き崩れます。そこにオーレリアが入ってきて一瞬で事情を察したようです。このときの出会いはこれで終わり,二人の元の生活に戻り,手紙のやり取りとなります。

婚約解消

エマの会いたいですという便りにウィリアムは予告なしでメルダース家を訪ねます。門から入ってきたウィリアムを窓から確認したエマは外に飛び出し抱きつます。エマってこんなに情熱的な一面をもっていたのですね。

使用人たちはあっけにとられ,ドロテアは「ファンタスチック」とつぶやきます。ウィリアムがジョーンズ家の跡取りと分かり,メルダースは困惑を隠しきれません。

ロンドンに戻ったウィリアムはキャンベル子爵家を正式に訪問し,エレノアとの婚約解消を申し入れます。このときのエレノアはとても気の毒です。

この時代の婚約解消がどの程度,社交界におけるマイナスになるかは分かりませんが,愛する婚約者から突然に解消を告げられたエレノアの気持ちは察するに余りあります。ジョーンズ家でウィリアムと対面した時のエレノアの泣き顔は二度と見たくないですね。

ウィリアムから婚約解消の話を聞いたキャンベル子爵はそれしきのことでとその筋の人物を呼び,エマを誘拐しアメリカに置き去りにします。エマ失踪でメルダース家が大騒ぎになっている頃,ウィリアム宛てにエマから「迷惑をかけてすみませんでした。アメリカに行きます」という手紙が届きます。

ウィリアムは家族に婚約解消を伝え,父親のリチャードは翻意を迫りますが,普段は優柔不断のウィリアムは一歩も引かず,説得は不調に終わります。

エマを探すウィリアムはジョーンズ家と取引のある会社を経由してアメリカの港町に電報を打ってもらいます。その結果,エマは見つかり,ウィリアムはハキムの船で迎えに行きます。二人はそれぞれの気持ちを再確認し,メルダース家に戻ります。

エマはドロテアに「形だけでもドロテアのような淑女に近づきたい」と教えを乞います。ドロテアはオーレリアを訪ね事情を話します。社交界と反りが合わなかったオーレリアは身分違いの結婚がエマにとっても大変なことであることを承知しており,「きっと・・・とても大変なことだと思うけど・・・」と話しますが,「あなたは私と違うわね・・・」とも続けます。エマはオーレリアのところでレディとなるための作法を学ぶことにします。

子爵家との決別

ウィリアムはキャンベル子爵に会い,エマの拉致は彼の指示によるものだと理解します。彼の侮蔑的な発言に対し「成りあがりにも矜持というものがございます!! あとはご自由にどうぞ!」と訣別します。

ウィリアムはその足でハワースのオーレリアの屋敷に向かい,出迎えたエマを抱きしめプロポーズします。二人はロンドンに向かい,ジョーンズ家の前にケリーのお墓に詣でます。彼女の墓は若くして亡くなった夫の横にあり,二人はそれぞれのお墓に花束を飾ります。

ジョーンズ家にはオーレリアもおり,リチャードにエマとの婚約について話しますが,そう簡単にはいかないようです。ウィリアムの弟妹も決していい顔はしません。

オーレリアの屋敷に戻ったエマはドロテアの取り寄せたドレスで身を飾り,ウィリアムにエスコートされて夜会に出席することになります。さすがにこのときはメガネをしておらず,美しいレディとして描かれています。

ここまでが第7巻までのメインストーリーのあらましであり,本篇はここで終わりとなります。作者はロンドンなどのいくつかの名所を描くためにいくつかのサイドストーリーをその間に挟み込んでいます。そのサイドストーリーでは収まりきれないページ数のものや後日談が8-10巻の番外編ということになります。

・ 夢の水晶宮:ケリーと夫のダグラスの短い結婚生活
・ ブライトンの海:エレノアとアーネスト・リーヴとの出会い
・ The Times:新聞にまつわる複数の小さなエピソード
・ 家族と:ターシャの実家の人々
・ エーリヒとテオ:ピクニックでテオが籠から逃げ出してしまう
・ 歌の翼に乗せて:メルダース夫妻の朝
・ 友情:ウィリアムとハキムの出会い
・ ふたりでお買い物:ポリーとアルマのお買いもの
・ 三人の歌手:オペラハウスを描きたかったので作った物語
・ 自転車:エマがなんと自転車に乗ります
・ アデーレの幸せ:生きたと思える人生を生きたいと願う
・ 規律:監督生となったアーサーの学園生活
・ 後日:リーヴとエレノアの約束
・ いつまでも愉しき日々:けっこう楽しめる4コママンガです
・ 新しい時代:ウィリアムとエマの結婚式の様子

ウィリアムとエマは身分の違いを乗り越え,結婚は祝福されたものとなりますが,その未来に本当の試練は待ち受けています。社交界の立場はそのまま上流階級の立ち位置となりますので,ウイリアム夫妻が社交界でどのような地歩を占めることができるかは不透明です。

出自と人格は無関係なものであるにもかかわらず,それがイコールの関係にあると考えられているのが階級社会です。とはいうものの20世紀は目前であり,新しい庶民の時代が到来しようとしていますので,その新しい時代がウィリアム夫妻を後押ししてくれることを願わずにはいられません。


シャーリー

現在のところ「シャーリー」の単行本は2冊になりました。作者の気持ちとしてはこれからも描き続けたいようです。第1巻には「シャーリー」が5話,それに「僕とネリーとある日の午後」「 メアリ・バンクス」が収録されており,第2巻は「シャーリー」一色で8話構成となっています。

いずれもメイドを題材にした作品であり,第1巻に収録されているものはおそらくエマで商業誌デビューを果たす前の同人誌時代の作品だと思われます。2006年から「Fellows!」(エンターブレイン)誌上に「シャーリー」の新作が不定期で掲載されており,第2巻ではそれらが収録されています。

エマと比較すると背景が白っぽいし,顔の描写も異なっています。そのあたりは時間のかけかたの差なのでしょう。とはいうものの,書き込みの少ないシンプルな絵もけっこう楽しめます。

乙嫁語り

「乙嫁語り」は「おとよめがたり」と読みます。2008年から「Fellows!」→「ハルタ」にて連載中の作品です。舞台は中央アジアであり,若いお嫁さんを主人公にしており,彼女たちを通して日本ではなじみの少ない19世紀の中央アジアの生活様式や習俗が紹介されます。