松本零士と生涯を共にするキャラクター
松本零士は福岡県出身で1938年1月25日生まれです。これは奇しくも石ノ森章太郎と同じです。どちらも高校時代に手塚治虫と親交をもつようになり,高校時代に漫画家としてデビューしています。石ノ森が高校卒業後は上京して順調な漫画家人生を始めたのに対して,松本は上京して少女漫画で不定期に描くもののじきにスランプとなります。
デビュー時は本名の「松本あきら」を使用していましたが,1965年頃から「松本零士」を使うようになりました。私は松本零士より10歳若い世代ですが,「松本あきら」時代の作品はまったく記憶にありますん。
少女誌から少年誌,青年誌にまで活動の場を広げた松本の出世作が少年マガジンに連載された「男おいどん」です。すでにこの時,松本は30代に入っています。この作品で初めて松本零士の名前を知りましたが,まさかSFが得意な作家とは夢にも思いませんでした。
この「男おいどん」の主人公である九州出身の「大山昇太」はチビで蟹股・ド近眼・醜男というメガネの怪人であり,松本零士と生涯を共にするキャラクターの一人です。
「男おいどん」とほぼ同時期に発表された「ガンフロンティア」ではメガネの怪人の「トチロー」と彼の親友「ハーロック」が登場します。「戦場まんがシリーズ」に収録されている「わが青春のアルカディア」の中には「ファントム・F・ハーロックU」と「台羽元」が出てきます。
「キャプテン・ハーロック」でもこの二人のキャラクターは出てきますが,作品世界を共有しているわけではありません。それに対して「クイーン・エメラルダス」(QUEEN EMERALDAS),「銀河鉄道999」は「キャプテン・ハーロック」と作品世界を共有しています。
「クイーン・エメラルダス」では「エメラルダス」,「ハーロック」,「トチロー」が登場しており,この3人が松本零士と生涯を共にするキャラクターです。これに付け加えるとすれば「銀河鉄道999」の「メーテル」と「キャプテン・ハーロック」の「トリさん」ということになるでしょう。
実際のところ松本零士の漫画作品ではこの4人と1羽のキャラクターがよく登場しており,さらにアニメにおける設定もありますので,正確に記述するのは困難です。
また,「キャプテン・ハーロック」に登場する副長の「ヤッタラン」,医者の「ドクター・ゼロ」,ドクターの飼い猫の「ミーくん」,コック長の「ますさん」も松本作品ではおなじみのキャラクターです。
松本零士の名前をメジャーに押し上げたのはアニメの「宇宙戦艦ヤマト」です。この作品で松本は監督と設定デザイン担当とクレジットされていますが,実際は製作総指揮をとっていた西崎義展が実質的な監督であり,松本は「総設定・美術・デザイン」の担当であることが和解書の形で確認されています。
ともあれ,この作品の大ヒットにより松本零士の世界は大きく広がることになります。映画版に先立ちテレビ版が放送されたのは1974年ですから松本零士が36歳のときです。
「宇宙戦艦ヤマト」さらには「銀河鉄道999」の大ヒットにより,松本零士は日本のSF界の寵児となり,その縁で大学教授をはじめ多くの公職に就いています。
宇宙海賊キャプテンハーロックの世界
物語の冒頭には次のような一文が掲載されています。
地球の海が死滅した時 人々は言った
『人類の終わりの時が来た』と・・・
頭上に広がる無限の海に なぜか目をつぶって
人類の行く末をひたすら嘆いた
新しい人類の輝かしい未来を信じて
新しい無限の海『宇宙』へ
歯をくいしばって乗り出して行った
わずかばかりの男たちの事を
この人々は指さし あざ笑った
『はかない夢を追う無法者』と・・・
これはそういう時代の物語である
・・・…時に西暦二九七七年……
作者の設定は作品発表時から1000年後の世界であり,人類は気力を失い滅亡を待つだけとなった時代と説明されています。この場合の「気力」とは太陽系の外宇宙に乗り出して行くことを行くことを意味しているようです。
地球が属している太陽系の中心には直径約140万kmの太陽があり,その外側を8つの惑星が公転しています。太陽は太陽系の質量の99・86%を占めており,その巨大な重力により太陽系を支配しています。
地球は太陽から1.5億km離れたところにあり,光の速さでも8.3分かかる距離です。数字が大きすぎるため太陽系内の尺度としてはAU(1AU=約1.5億km=太陽・地球距離)が使用されます。
一番外側の海王星までの距離は30AU(45億km)であり,一般的にはここまでを太陽系とすることが多いのですが,その外側にはエッジワース・カイパーベルト(50AU),さらにその外側には散乱円盤(数百AU),その存在が仮定されているオールトの雲は10,000Auもしくは100,000AU(1.58光年)にまで広がっていると考えられています。
2013年にNASAはボイジャー1号(1977年打ち上げ)が太陽系圏から脱出したことを確認しています。太陽系圏とはちょっと聞きなれない用語であり,太陽系の磁気圏が及ぶ範囲と定義されます。そこは太陽から125AUほどのところであり,厳密にいうと太陽系を離脱するまでにはあと3万年ほどかかる計算です。
太陽系はこのように広大な空間ですが,太陽系の属している「天の川銀河」の直径は約10万光年であり,そこには太陽と同じような恒星が2000億個もひしめいています。世紀の天体イベントともいうべき超新星爆発が100年から200年に1度くらいの頻度で発生します。
実際には「ひしめいている」という表現は正しくはありません。太陽から太陽にもっとも近い恒星までの距離は4.2光年もあります。銀河の中心部はもう少し恒星の密度が高いので恒星間距離を1光年(約10兆km)として計算すると,これは太陽直径(140万km=0.014億km)の700万倍に相当します。
銀河中心部の恒星を野球のボールよりちょっと大きい直径10cmの球だとすれば,最も近い恒星は700kmのかなたということになります。恒星が密集している銀河の中心でもこのくらいスカスカの状態なのです。
それに対して「天の川銀河」と「アンドロメダ銀河」の距離は約254万光年であり銀河の直径10万光年の25倍程度となっています。もっとも「天の川銀河」の円盤直径は10万光年ですが,銀河の周囲には球形のハローという領域が広がっており,その直径は円盤直系の10倍,100万光年とされています。
この領域には古い恒星や古い恒星からなる球状星団が比較的不規則に回転しています。さらに,「天の川銀河」に取り込まれた複数の矮小銀河が同じように不規則に回転しています。
ハローの天体は「天の川銀河」が衝突・合体により成長していく過程で取り込まれた天体であると考えられ,正確な「天の川銀河」の領域はハローを含むことになります。そうすると,「天の川銀河」の大きさは100万年光年程度となり,「アンドロメダ大星雲」領域とは非常に近いということになります。
「キャプテン・ハーロック」の活動の舞台は太陽系の外に広がる外宇宙であり,作品中ではそこは力が支配する無法の海と表現されています。
残念ながら恒星間航行は距離の壁があり,光速の10分の1(秒速3万km=時速1億km)で飛行できる宇宙船でも1光年先の恒星までは10年かかることになります。ボイジャーの速度は時速6万kmですので太陽系離脱までに3万年ということになります。
多くのSF作品がそうであるように海賊戦艦アルカディア号にもワープ装置がなければ物語は進展しません。アルカディア号と40人の乗り組員はかってハーロックがトチローと一緒に渡り歩いた太陽系の外宇宙に向かって旅立ちます。
アルカディア号の乗り組員が40人なのは「アリババと40人の盗賊」のパロディでしょう。実際にはアルカディア号は全長全長400mの巨大戦艦であり艦載機も搭載していますので40人で動かし,戦闘するのは困難です。直接的な比較にはなりませんが,原子力空母の乗組員数は5000人を超えています。
松本零士の作品は総じて距離の概念が希薄です。マゾーンのペナントの軌跡をたどるときも「太陽系からも銀河系からも出ていくぞ・・・両舷全速 無法の海が俺の墓場だ 諸君 共に行こうではないか」といった具合です。実際には銀河間航行は100万光年単位の移動になるのですからこの距離感の小ささはかなり違和感があります。