星里もちる
星里もちる(1961年生)は男性の漫画家です。アニメーションの撮影助手や漫画のアシスタントなどを経て1986年に「危険がウォーキング」でデビューしています。当初は徳間書店の雑誌を発表の場としていましたが,1990年から「ビッグコミック」系に連載するようになり1991年連載開始の「りびんぐゲーム」で人気作家となります。
星里もちるにとっては「他人である男女の雑居」がなぜかお決まりのテーマとなっているようです。「オムライス」では今井光と美人四姉妹,さらには光ると離婚したはるなまでが一つの家に住むという設定であり,「ルナハイツ」では南條の新居が女子寮となり,4人の女子社員,さらには南條のかっての婚約者までが一緒に住むという強引な設定になっています。
今井光は高校生のはるなと性的な関係をもち,彼女が16歳になるのを待って結婚しますが,半年で破たんします。南條は新婚のための新居を購入したにもかかわらず婚約破棄を言い渡されます。このような女性に振り回される優柔不断の優しい男性が複数の美女と暮らし,その中の一人と結ばれるという物語に仕上がっています。
美女と一緒に暮らせることは男性にとってはある種のあこがれではありますが,そのことが複数の作品の共通テーマとなっていることはちょっと異常な感じを受けます。作者にとってはこのような設定になにか特別な思い入れがあるのかもしれません。
ストーリーもかなり強引な進め方に難があります。しかし,全体としては単行本4巻ぐらいにコンパクトにまとまっており,絵柄もシンプルで好みですのでついつい集めてしまう不思議な魅力の作家です。
その中でも「オムライス」はもっともできのよいラブコメに仕上がっています。光とみどりの出会い,今井家における同居,みどりの家出,光と上原のひどい関係,はるなとの再会,葉子の失恋,はるなの演劇に対する情熱と物語はたくさんの笑いを内蔵しながら進行していきます。
第3巻の後半の直幸の話はラブコメではよくある展開ですが,男女雑居物語の基本ルールに違反しています。男女の雑居物語は居住者相互間および居住者の外での生活からストーリーを膨らませることが基本ルールでしょう。
ここを飛ばして珠子のプロポーズ大作戦,院長先生の正体,光の実家の温泉旅館の立て直しと進めると物語の展開は一貫しており,大団円の「また会う日まで」までつながります。
今井光の行為は青少年保護条例違反なのでしょうか
19歳の今井光は15歳の稲盛はるなにナンパされて性的交渉をもちます。このような行為が法律あるいは条例に抵触するのかどうか調べてみました。
二人の間にどの程度の恋愛感情があったかどうかは語られてはいませんが,どうみても合意の上の行為であり,刑法では男女ともに性的同意年齢は13歳に設定されていますから刑法176条(強制わいせつ罪)や刑法176条(強姦罪)は適用されません。
その一方で児童福祉法34条では「児童に淫行をさせる行為をしてはならない」と規定されています。この法律でいう児童とは18歳未満の者となっています。この法律はあまりにも漠然としており,何が犯罪の構成要件となるかが分かりません。
そのため,自治体は「青少年保護条例」の中で独自の青少年に対する,淫行・わいせつ行為の禁止(いわゆる淫行条例)を制定しています。wikipedia では次のように説明されています。
淫行条例とは,日本の地方自治体(都道府県など)の定める青少年保護育成条例の中にある,青少年(既婚者を除く18歳未満の男女)との「淫行」「みだらな性行為」「わいせつな行為」「みだらな性交」また「前項の行為(=「淫行」など)を教え・見せる行為」などを規制する条文(淫行処罰規定)の通称である(正式な名称ではない)。
この内容は(児童福祉法よりは具体的になっているものの)何が違反の要件になるかは地方自治体それぞれが,そのときどきの判断で摘発するという危うさをもっています。光のケースもはるなの親が(うちの高校生の娘を誘惑したとして)告発すれば条例違反とすることもできそうです。さすがに解釈範囲が広すぎますので最高裁判所は次のような判例を下しています。
…本条例(福岡県青少年保護育成条例)一〇条一項(当時)の規定にいう『「淫行」とは,広く青少年に対する性行為一般をいうものと解すべきでなく,青少年を誘惑し,威迫し,欺罔し又は困惑させる等その心身の未成熟に乗じた不当な手段により行う性交又は性交類似行為のほか,青少年を単に自己の性的欲望を満足させるための対象として扱つているとしか認められないような性交又は性交類似行為』をいうものと解するのが相当である。
ただし,右の「淫行」を広く青少年に対する性行為一般を指すものと解するときは,「淫らな」性行為を指す「淫行」の用語自体の意義に添わないばかりでなく,例えば婚約中の青少年又はこれに準ずる真摯な交際関係にある青少年との間で行われる性行為等,社会通念上およそ処罰の対象として考え難いものを含むこととなって,その解釈は広きに失することが明らかであり,また,前記「淫行」を目にして単に反倫理的あるいは不純な性行為と解するのでは,犯罪の構成要件として不明確であるとの批判を免れないのであって,前記の規定の文理から合理的に導き出され得る解釈の範囲内で,前叙のように限定して解するのを相当とする。…
1985年(昭和60年)10月23日,最高裁大法廷
この判例では淫行とされる行為は次の2点に限定されています。
@青少年の心身の未成熟さに乗じた不当な手段により行う性行為
A青少年を自己の性的欲望を満足させるための対象として扱う性行為
『通常の交際関係にある青少年との間で行われる性行為全般を処罰の対象とするのは明らかに社会通念から逸脱しています。淫行を単に反倫理的あるいは不純な性行為と解するのでは,犯罪の構成要件として不明確である』として,上記のように犯罪としての構成要件を限定しています。
ここまで明確化されると光は(仮に告発されても)淫行条例により逮捕されることはないでしょう。とはいうものの,二人の関係が明るみになり責任を取る形で光は16歳になったはるなと結婚します。
このとき今井は20歳ですから親の反対があっても結婚することができます。そのため,今井は実家である老舗の温泉旅館を経営する父親から勘当されます。ただし,現行法では実の親子関係を一方的に断つ法的な手続きはありませんので,勘当は言葉だけのものとなっています。
また,今井は実の両親から「相続排除」ともなっていません。そもそも,親の意に沿わない結婚をしたという理由で相続排除はほとんど認められません。
注)光が家業を継がずに東京の学校に行ってしまったことが勘当の始まりなのかもしれません。はるなとの結婚は勘当を決定的にしたとも考えられます。
今井光にとってはそれなりの代償を払ったはるなとの結婚ですが,わずか半年で破たんしています。破たんの原因,理由は作品中ではあまり明らかになっていません。3年ぶりに再会し19歳のはるなはみんなの前でまだ光を愛していると堂々と口にしてます。