ふくやま けいこ
「ふくやまけいこ」はネットで検索してもほとんどエピソードが出てこない作家です。単行本のカバーに次のように自己紹介が記載されています。
東京生まれ,おいてけ堀で産湯をつかいし後,めでたくデパート店員になるが,遅刻・イネムリの多さに転職を希望,流れ流れてマンガ家に。エンピツにうさぎを彫るのがとくいだ。
1981年に自主出版の個人誌「ふくやまジックヴック」を刊行し,これが注目されて1982年に商業誌デビューを果たします。「ふくやまジックヴック」は「福山慶子」の名前で出されており,5版まで版を重ねたようであり,ふくやまけいこの原点としてマニア垂涎のお宝ブックとなっています。
ふくやまさんのデビューは二説あり,一つは「地下鉄のフォール(wikipedia)」,もう一つは「エリス&アメリア(hayakawa online)」となっています。
デビュー作はどちらにしても,20歳くらいの頃にはもう漫画家かアニメーターになる意志は固まっていたようですから,「流れ流れてマンガ家に」という自己紹介は多分に照れ隠しの表現なのでしょう。ともあれ,1982年にデビューしてから現在に至るまでファンタジー,SFの分野で創作活動を続けています。
私は持っていませんが初期作品の「エリス&アメリア ゼリービーンズ」の表紙画像を見る限りでは絵柄の変化はほとんどないようです。ふくやまさんの作品で最初に入手したのは「アップフェルランド物語」でした。田中芳樹の原作ですのでストーリーはしっかりしているし,フリーダとアリアーナの造形はかわいいし,もう少し彼女の作品を集めてみようかという気にさせられました。
田中芳樹は現代日本を代表するストリーテラーであり,彼の代表作を含め多くの作品が漫画家されているという珍しい作家です。作画を担当する漫画家も一流どころがそろっており,確かに彼の作品は漫画との相性が良いようです。
作品名 | 作画担当の漫画家 |
---|---|
銀河英雄伝説 | 道原かつみ,鴨下幸久 |
アルスラーン戦記 | 中村地里 |
創竜伝 | CLAMP(未完) |
夏の魔術シリーズ | ふくやまけいこ |
薬師寺涼子の怪奇事件簿 | 垣野内成美 |
アップフェルランド物語 | ふくやまけいこ |
最初の出会いが別のふくやま作品であったなら,私の書棚に彼女の作品は並ばなかったかもしれません。その意味では幸運な出会いでした。
徳間書店から出された「アップフェルランド物語(B6版)」には作者自身のあとがきはありませんが,A5版サイズのものにはすべてあとがきが付いており,その最後に下記のような感謝のことばが添えてあります。
● アップフェルランド物語
連載時,担当して下さった編集・デザイナーのみなさま,今回担当して下さった編集・デザイナーのみなさま,手伝ってくれたアシスタントのみなさま,そしてなによりこの本を読んで下さったあなたにこころからの感謝を! 2007 ふくやまけいこ
● 髪切虫・桜
そしていつものように,あらゆる人たちにたすけてもらい,めいわくをかけつつ,おかげさまでこの本になりました。よんでくれてありがとう! これからもがんばるっす! ふくやまけいこでした
● レイニー通りの虹
担当して下さった榎本さん,中沢さん 本当にありがとうございます。手伝って下さったいまいさん,いちかわさん,ぐんじさん,ちばさん,うちのお姉さん どうもありがとう。そんなこんなで一冊ぶん いろんな話を描かせていただいて 楽しかったです。ここまで読んでくださって本当にうれしいです!! どうもありがとうございました。また よかったら読んでみて下さいね。これからもがんばります。 それでは…
読者だけではなく編集担当者,デザイナー,アシスタントにも感謝の気持ちを綴る姿勢は好感がもてます。彼女を作品を集めるようになったのはそんなところにも理由があるのかもしれません。
高橋留美子とふくやまけいこ
ネット上ではふくやまが一時期,高橋留美子のアシスタントをしていたという情報があります。私は未確認ですが,「うる星やつら」の最終巻にアシスタントへのスペシャル・サンクスがあり,そこにふくやまの名前が記載されているそうです。アシスタントというよりは短期間の応援のようなものだったと推測します。
「うる星やつら」の執筆時期は1978年-1987年であり,ふくやまの漫画家デビューは1982年ですから,時期的には整合します。高橋留美子の作品は「うる星やつら」と並行して「メゾン一刻」,その後は「らんま1/2」と続きます。
私はかねがね「うる星やつら」のラムちゃんの造形と「らんま1/2」の天道あかねの造形に至る変化について不思議に思っていました。ラムちゃんの切れ長の目のきつい表情からあかねの時々見せる可愛らしい表情(例えば第3巻リップ・バトルの扉絵)とは相当の落差があります。
こんなことを書くと全国の留美子ファンから殴られそうですが,あかねの可愛い表情とふくやまの初期造形は目元の表現という点で類似しています。そう考えると,高橋留美子が一緒に仕事をしたふくやまの絵柄の影響を受けたと推測できます。それがラムとあかねの造形の違いとなって表れたということです。
「うる星やつら」と「らんま1/2」の登場人物の造形を比較すると,後者の方がずっと洗練されています。ふくやまとの出会いは天才・高橋留美子にとっても幸運な出来事だったのでないでしょうか。(以上は私の個人的な推理です)
ふくやまの少女の絵柄は1970年代の少女誌で活躍する女流漫画家のものとは異なり,シンプルな表現でありながら,可愛らしさと生身の暖かさがちゃんと伝わってきます。そのような表現力は「東京物語」ではフミちゃんの清楚な姿となっており,昭和初期を舞台とする物語にぴったり合っています。
東京物語の舞台
ふくやまさんの作品の中で(原作ものを除き)ちょっと異色の探偵物語です。主人公は出版社に勤める新入社員の桧前平介と橋の下の小屋住まいながらご町内の揉め事を片付ける有名人の牧野草二郎です。
物語の舞台は昭和初期の東京市(現在の東京23区に相当)です。昭和初期,東京府(現在の東京都)は東京市といくつかの群から構成されています。行政府は現在の大阪のように東京府と東京市にそれぞれに首長を置き,東京市役所は東京府庁内に置かれるという二重行政となっています。
実は1898年(明治31年)以前は,東京市,大阪市は名目上の特別市であり,東京府知事が東京市長を兼務し,東京市の行政は東京府が行っていました。この時期にも15区はそれぞれ区議会をもち,東京市の下位の自治体とされています。
東京府は1943年(昭和18年)に東京都制が施行され,東京府は東京都となり,東京市は廃止され東京市役所の機能は東京都庁に移されました。旧東京市35区は従来どおり議会(区会)をもつ自治体と認められましたが,区長には官吏が任命されるようになりました。
このときの措置により東京都の二重行政(東京府と東京市)は解消され,それから70年後に橋下氏は二重行政の見直しを求め大阪府知事→大阪市長となります。
15区で構成された東京市の人口は1906年(明治39年)に初めて200万人を突破しましたが,その後は増加していません。それに反して,周辺部の人口は急増し,周辺地区を包含した大東京という表現が生まれます。
この大東京が現在の23区に相当します。1923年(大正12年)東京市は関東大震災にみまわれ大きな被害を受け,人口は周辺に流出し,大阪市に抜かれます。そのため,1932年(昭和7年)に周辺の5郡82町村を編入して新たに東京35区となりました。「東京物語」の舞台はこの頃に当たります。
昭和10年頃の物価水準はおよそ下表の通りです。作品中では昭和初期の1円はおよそ現在の6000円に相当するという注釈がありますが,個人的には物価は3000倍くらいの感覚があたっていると考えていいます。また,当時の感覚としては月収100円が豊かな暮らしの基準でした。
ちなみち,岩波文庫は20銭,作品中にでてくる「小説愉快」は30銭のようです。また,桧前平介の下宿料(2食付)は25円となっています。
費目 | 価格 | 費目 | 価格 |
---|---|---|---|
アンパン | 5銭 | 豆腐1丁 | 5銭 |
そば(もり) | 12銭 | タバコ(バット) | 16銭 |
お汁粉 | 15銭 | うな重(並) | 60銭 |
日本酒1升(上等) | 1円89銭 | 日本酒1升(下等) | 1円 |
カレーライス | 20銭 | まんじゅう | 5銭 |
とんかつ | 25銭 | 握りずし(並) | 25銭 |
ビール(大瓶) | 33銭 | ラーメン | 10銭 |
米1俵(60kg) | 8円20銭 | 岩波文庫 | 20銭 |
映画館入場料 | 50銭 | 銀座の地価1坪 | 1万円 |
山手線初乗り料金 | 5銭 | 芥川賞 | 500円 |
日雇い労働者賃金 | 1円30銭 | 新聞購読料1ヶ月 | 90銭 |
下宿(2食付) | 16円50銭 | 国鉄三等(東京−大阪) | 6円 |
小学校正教員月収(男子) | 73円 | 大学授業料年額(帝大) | 100円 |
工場労働者月給 | 40円 | 住込奉公人(食住つき) | 3-10円 |