聖 悠紀と超人ロック
聖悠紀(ひじり・ゆき)は新潟県新発田市出身です。愛知工業大学工学部在籍中から漫画同人誌に参加しており,「超人ロック」は1967年に同人誌で発表されています。同人誌といっても印刷されたものではなく肉筆のものをグループ内で回覧していたという逸話が残されています。
聖悠紀の漫画家としてのデビューは1971年(1972年)であり,「超人ロック」が商業誌に発表されたのは1977年です。学生時代に考え出され,作者の中で暖められていた作品が10年後に受け継がれたことになります。
それ以降,発表雑誌をいくつも変えながら現在まで描き継がれています。作品の初出をアマチュア時代の1967年とすれば46年(2013年時点)の長寿作品ということができます。作品を掲載誌をもとに時系列で並べると下記のような年譜となります。
掲載誌による区分 | 掲載時期 |
---|---|
同人誌およびプロデビュー後の作品 | 1967年-1974年 |
少年キング | 1979年-1988年 |
月間OUT | 1991年-1995年 |
MEGU(ビブロス) | 1996年-1997年 |
ZERO(ビブロス) | 1997年-1999年 |
ムック(超人ロックSpecial,専門雑誌形態) | 2000年-2006年 |
ヤングキング・アワーズ | 2003年-2007年 |
コミックフラッパー | 2007年- |
作者にとっては漫画家人生の入り口に「超人ロック」があり,それを生涯,描き続けることになりそうです。既発刊の単行本は93冊と熱烈な超人ロックファンはカウントしています。
毎日新聞デジタル版の「MAN TAN WEB」 には「超人ロック:誕生から半世紀 聖悠紀が語る“長寿”の理由」という記事が掲載されています。その一部を引用してみます。
昨年(2011年)のファンイベントでは「あと30年書きます」と宣言した63歳の聖さんは「あと29年間ロックを描き続けたいと思っています」と笑う。「(江戸時代の浮世絵師の)葛飾北斎が90歳になって絵がうまくなったという逸話がありますが,最近ようやく分かるようになりました。私の絵もまだまだうまくなると思いますし,実際なっていますよ」と情熱を燃やす。不死の時を生きるロックと同様,聖さんのモチベーションも“不死鳥”のように燃え上がっている。
葛飾北斎は晩年「画狂老人」というネームで絵を描き続けていたとう逸話が残されており,聖悠紀も北斎の年齢まで描き続けたいということのようです。上記の記事の中には「手塚治虫」の「火の鳥」に影響されていることが記されています。
「火の鳥」は手塚のライフワークとされる作品であり,1954年にその原型ともいうべき「黎明編」が発表されています。手塚自身の執筆は1988年の「太陽編」で区切りをつけており,足かけ34年に及ぶ作品となっています。
「火の鳥」は物語が過去から現在,そして未来に進んでいくのではなく,ある時代の独立した物語の集合体ということになります。それぞれの物語では主人公も時代も異なり,過去と未来の物語が交互に語られることもあればランダムとなることもあります。
「火の鳥」は時間を超越した不死の存在であり,人類の過去・現在・未来に現れ,人類の誕生から終焉までを見続ける存在となります。ただし,本来は人類の終末であるべき「未来編」が「黎明編」につながっており,終わりのない物語の形式をとっています。手塚は個々の生命体の輪廻を生命全体あるいは人類という種の輪廻として描きたかったのではと思われます。
「超人ロック」も「火の鳥」に類似した形式をとっています。物語は西暦2037年以降の未来を舞台にしています。宇宙航行技術(超空間航法)と重力制御装置の開発により人類は太陽系から他の恒星系に進出し,それを記念して「宇宙暦」を採用するようになりました。
それは西暦2265年からそれほど時間は経過していない時期のことです。人類は次々と植民地惑星を開発していき,宇宙暦0219年には銀河連邦が発足し,このときの植民地惑星は25になっています。
物語は宇宙暦1200年代まで進行しており,その全編に超人ロックが登場します。つまり,ロックは不死身に近い体質ということになります。
彼は「若返り」と「再生」という二種類の超能力を使っています。「若返り」はDNAの発現を操作して成長や老化をコントロールするものであり,見かけの年齢と実年齢は一致しなくなります。
しかし,「若返り」には限界がありますので,ときには「再生」を行います。これはロックだけが使用できる特殊な若返りであり,その能力や知識を何らかの方法で体内で保存したまま赤ん坊もしくは胎児まで戻っているようです。知識や能力は封印されており,ある年齢に達すると発現します。
この定期的な「再生」によりロックはほぼ不死身となり,「火の鳥」と同様に恒星系に進出していく人類の未来を見続ける存在となっています。
また,単行本で1冊あるいは複数冊で完結する一つの話しとなっており,しかも執筆は時系列的に並んでいるわけではなく,かなりランダムになっています。そのため,熱心な読者が「超人ロック」の年譜を作成しており,作者自身もそれを元に「超人ロック・宇宙年表」 を公表しています。この年表は過去にも物語の進捗に合わせて何回か変更されています。さらに,話によってはこの年表との整合性が取れないものもあります。
このように「超人ロック」はある意味では時間を無視した作品となっていますが,各話は独立していますのでどこから読み始めても作品世界を楽しむことができます。私の持っている少年キング版10巻の内容は次の通りです。
巻数 | サブタイトル | 宇宙暦 |
---|---|---|
第1巻 | 炎の虎 | 287年 |
第2巻 | 魔女の世紀 | 301年 |
第3巻 | ロード・レオン | 336年 |
第4巻 | ロンウォールの嵐 | 162年 |
第5巻 | 冬の惑星 | 163年-301年 |
第6巻 | サイバージェノサイド | 144年 |
第7巻 | 光の剣 | 377年 |
第8巻 | アウター・プラネット | 379年 |
第9巻 | 星と少年 | 453年 |
第10巻 | スター・ゲイザー | 458年 |
少年キング版は38巻まで続きます。一時期は20巻まで収集しましたがすべて処分し,その後,再び古本屋で10巻まで購入しました。やはり,ロックの超能力と他の超能力者との闘いがメインテーマとなりますので,どうしてもストーリーの類似性が目に付きます。そのため,最初の10巻までで止めています。それでは第1巻から内容をひもといていきましょう。
第1巻|炎の虎
この話の舞台は総人口は5000万人の辺境の惑星マイアです。メインゲストは「女性海賊アマゾナ」と「銀河連邦情報局員マリアン」です。「アマゾナ」は超能力者であり海賊船のキャプテンとして部下を率いて勝手気ままにふるまっています。
「マリアン」は銀河連邦情報局長官はバレンシュタインからロックと思われる人物の監視を指示されますが,彼女が選ばれた理由は彼女がかってロックが唯一こころを許したリアンナにうり二つであったことによるものです。
サブゲストとして「暗黒騎士団」が登場します。「暗黒騎士団」とは連邦軍の重歩兵装甲に改造を加えた完全な破壊機械軍団,金のためならどんな汚い仕事でも引き受けるという軍団であり,13騎で構成されています。強固な装甲,強力な火力に加え,エスパーに対してはESPバリアを形成することができます。
主人公のロックは再生からまだ時間がそれほど経過していないため少年の姿で描かれています。超能力も一部を除き発現していません。彼はエナ市の家庭に迎えられ,養親と姉と暮らしています。超能力は普通の人々にとっては恐怖心を抱かせますので封印し,普通の少年を装っています。
ストーリーは惑星の統治者ゼノン公の暗殺から始まります。彼の乗っている宇宙船は海賊船により破壊されます。そのとき使用されたD弾(重陽子弾)がエナ市に落下し,市民2万人が跡形もなく消滅しました。ロックは養い親と姉のメラニを失います。
生き残ったロックはアマゾナと対決しますが,海賊船の乗組員がゼノン公の謀略により殺害されたことを聞き,家族の復讐心を抑え込みます。マリアンにそのことを指摘されたロックは「ぼくたちをほんとうに受け入れてくれる人たちが現れる・・・…そう思いつづけて・・・・・・」と語ります。この話しの主題は普通の人々に受け入れられない超能力者の孤独感ということになります。
暗黒騎士団と対決し絶体絶命のアマゾナを救出したロックは彼らを壊滅させます。その直後にマリアンはゼノン公のグライダーからの銃撃により殺害されます。
そのはずみで彼女の超小型録音機が作動し「私が彼を冷静に監視することができないのです。ですからこれがおそらく最後の報告になると思います・・・が・・・このまま彼のそばで監視者としてとどまるつもりです……彼にとって私が情報部の一員にすぎないとしても・・・彼を・・・彼を愛しています」と語ります。
再び自分を受け入れてくれた人を失い,ロックはアマゾナとともにゼノン公と対決します。公邸の幻影装置で傷ついたところをびロックに助けられたアマゾナはテレパシーで次のように会話します。
もうだいじょうぶ…
ここにはだれもいない
だれも君を傷つけるものはいない・・・
あたたかい…
なぜ私を助けたの? 二度も…
私はあなたの家族を殺した・・・
あなたも殺そうとしたのに・・・…なぜ?・・・
同じエスパーだから?
怪物同志だから?
ちがう,君がぼくを必要としていたから・・・
わからない・・・どういうこと?
私は今まで だれにも頼らなかったし
これからも だれかを頼るつもりはないわ
たとえそのために 自分の命さえなくすとしても…
かまいはしない
人間はジャングルに住む虎じゃない!!
人間?
すくなくとも・・・私たちは人間じゃないわ!
幻覚によりゼノン公の宇宙船を自爆させたアマゾナに対してロックは一緒にいこうと誘いますが,アマゾナは拒否し,ゼノン公配下の戦闘艦を乗っ取って,再び海賊に戻ろうとします。止めようとするロックにアマゾナは光の剣をかざして突っ込んできます。
衝突の直前に自分のESPバリヤを切ったアマゾナはロックのバリヤにより致命傷を負います。うすれいく意識の中でアマゾナは「ロック・・・ありがとう・・・」とつぶやきます。
この話しの主題は「普通の人々に受け入れられない超能力者の孤独感」であり,アマゾナも同じように孤独感を味わってきたはずですが,どうしてロックと一緒に行くことを拒んだのでしょう。
彼女は自分を人間として扱ってくれたロックに惹かれていく自分を許せなかったのでしょう。彼女は自分を慕ってくれた大勢の部下を死なせていますので,自分だけが人間らしい暮らしをすることは彼らに対する裏切りと考えとのでしょう。
とはいうものの,ロックのあたたかさに触れてしまったアマゾナは今までのように孤独の中で生きていくことはできませんのでロックの腕の中で死ぬことを選択したようです。
第2巻|魔女の世紀
メインゲストは「レディ・カーン」でありサブゲストは「ジェシカ」,「コーネリア」,「ヤマキ長官」です。
「レディ・カーン」はホログラムで登場し,最終場面で実体が明らかにされます。多くの会社のオーナーで」ある彼女はその財力により自らの千年王国を樹立しようと多くのエスパーを育成しています。
千年王国の目的は「銀河系の恒久平和と繁栄,それに完全な自由と平等をもたらす」ことであり,彼女に忠誠を誓う聖母の子どもたちである超能力者が統治する計画となっています。「レディ・カーン」は17年前にロックにこの計画に参加することを打診して断られています。
「ジェシカ」は極めて特異なエスパーであり,あらゆる超能力を中和し,さらには超能力者そのものを分解する能力を有しています。カーンは彼女の超能力に目をつけ,15年前,幼い彼女の両親を目の前で殺害します。殺害者はロックに扮しており,これにより彼女はロックに対する恐怖心が植え付けられ,15年後に「コーネリア」の教育により,その特異な超能力を開花させます。
「コーネリア」はすぐれた超能力者であり,千年王国の目的を信じ,聖母ではなく闘士としてレディ・カーンの道具として働いています。
「ヤマキ長官」は銀河連邦情報局長官のバレンシュタインからその任を引き継ぎました。年齢は30そこそこといったところです。レディ・カーンに関する調査をロックに依頼し,自らも事件に巻き込まれます。
銀河連邦情報局の調査によるとカーンは17年前に学校を作り,そこに連邦の中から素質のありそうな子どもたちを集めてESP教育を施しており,推定では毎年10人前後の超能力者が生み出されていると推定されます。
「コーネリア」に率いられたエスパーの実戦部隊は連邦軍の施設を襲撃し,管理コンピューターを破壊してしまいます。これにより,一部宙域の連邦軍は身動きがとれなくなります。いくつかの惑星は反乱軍に支配されてしまい,銀河連邦の半分は反連邦となってしまいます。
「レディ・カーン」はロックが自分の計画に対する最大の障害になることを熟知しており,周到な抹殺計画を立てます。「ジェシカ」はコーネリアにより記憶喪失の状態にされ,ヤマキ長官と出会い,相思相愛となるように仕組まれます。
ヤマキ長官を訪ねて来たロックを見たジェシカは悪夢を思いだしロックをESP攻撃します。彼女の前ではロックの超能力も役に立たず,あわやというときにヤマキ長官が身を挺してロックをかばい,彼女の名前を呼びかけます。ヤマキ長官への愛を思い出したジェシカは殺せという暗示に逆らいきれず,自分自身の超能力を分解してしまいます。
ロックからジェシカの超能力と催眠暗示によるカーンの企みを聞いたヤマキ長官はそれでもジェシカを愛することができると宣言します。
カーンのコロニーは高温のガス星の限界軌道に近いところにあります。そこにはカーンが次世代の子どもを生み・育てる聖母たちの花園があります。ロックはここでコーネリアと超能力抜きで対決します。剣を突きつけた状態でコーネリアがたずねます。
ジェシカはな ぜ自分を分解したりしたのだ?
長官を助けるために そうするしかなかった
あの男のために?
ただの人間じゃないか?
それもただの…催眠暗示で…
彼女も人間だ
道具じゃない! 人間なんだ
泣き 笑い 怒り 悲しみ 人を愛し…
なぜ人間として生きない コーネリア
人間として 女として なぜ 生きようと
だまれ・・・
千年王国という ありもしない幻を追いかけて
ただの道具として生きていくつもりなのか
同じエスパーを殺し 人間を殺し
だまれ…
しかたがないとあきらめて このまま生きていくのか
だまれーーーーっ
ロックの指摘にコーネリアの感情が爆発します。この話の主題は「超能力者といえども人間であり,人間らしく生きていくべきだ」ということになります。カーンの実体はプランジャーにつながれた頭脳体であり,彼女の真意を聞いたコーネリアにより破壊されます。
ジェシカはコーネリアにより両親殺害とカーンの企みを催眠テレパシーで伝えられ,ロックの悪夢を消し去り,ヤマキとの愛を思い出すことにより人間性を取り戻します。
コーネリアはロックに「人間らしく生きるってことはだれのためでもない,自分のために正直に生きるってことなのね……私 あなたが好きよ ロック」と告白します。
しかし,コーネリアは一連の事件の責任者としていまわしい過去の記憶の一部を消去されることになります。「さようなら ロック さようなら」と背中を向けて去っていくコーネリアを見送るロックの背景は巨大な銀河となります。
第3巻|ロード・レオン
メインゲストは「ロード・レオン」と妹の「フローラ」です。二人の父親は12年前に二人の眼前でグレート・ジョーグに殺害され,レオンは(たぶん)両手両足切断され,フローラは眼球と視神経を破壊され放置されます。医者のドクが来るのが少しでも遅ければ二人は助からないところでした。
ドクは禁止されているサイバーの技術でレオンの手足を作ります。フローラの傷は治され,眼球も人工物で置き換えられましたが,視神経の破損はどうしようもなく視力は戻りません。
二人は養護施設で育ちますが,超能力を操れるようになったレオンは12歳の時に養護施設を出ます。その後,レオンは海賊船の艦長となり,グレート・ジョーグの関連施設を徹底的に破壊するようになります。一方,フローラは教師となり,一人住まいをしています。
ロックはフローラを訪ねて彼女の口からレオンの憎しみの原因を知ります。最後にフローラはレオンを説得するためロックに同行することにします。
腕の激痛から自分に残された時間は少ないことを感じ,レオンの海賊船はグレート・ジョーグの本拠地である惑星ローン・ウォールを目指します。海賊船は連邦軍との戦闘で破壊され,レオンは惑星にテレポートします。
この頃,レオンは腕の激痛のため正気を失っています。不幸にもグレート・ジョーグはその少し前に心臓発作で死亡しており,遺体を発見したレオンはとどめを刺そうとしますが,ロックに制止され闘いとなり,いつしかロックをグレート・ジョーグと認識するようになります。騒ぎで駆け付けたフローラの説得も功を奏さず,レオンの刀がフローラに振り下ろされます。
惑星ハノンに脱出したレオンはドクの遺言を聞いて,ひたすら破壊するのが自分の生きた証だと思い込み,ロックとの戦いの結果,惑星を破壊して力尽きます。ロックは自分の「再生」能力を使用して,レオンを無垢の赤子にして蘇生させたフローラに届けます。
この話の主題は「人間は憎しみだけで生きてはならない」ということなのでしょうが,レオンがなんとも哀れであり,赤ん坊がまっとうな人生を歩むことを願わずにはいられません。しかし,その希望は後の話で裏切られます。