私的漫画世界
こころに残るラストシーン 真っ白に燃え尽きたジョー
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ちばてつや…寡作の漫画家

ちばてつやは手塚治虫よりほぼ10年後の生まれであり,1938年生まれの石森章太郎,松本零士と同じ世代ということになります。漫画家としてデビューしてから10年ほどは少女マンガと少年マンガの両方の世界で活躍するという珍しい経歴をもっています。

ちばてつやはほぼ40年にわたり執筆活動を続けましたが,その間に発表した作品はwikipedia に掲載されている範囲では27作品に留まっています。人気漫画家の範疇では手塚治虫や石森章太郎を「多作の人」の代表とするならば,ちばてつやは「寡作の人」の代表ということになります。

その中で下記のような漫画賞を受賞しています。
第3回講談社児童まんが賞 |1・2・3と4・5・ロク,魚屋チャンピオン
第7回講談社出版文化賞児童まんが部門|おれは鉄兵
第23回小学館漫画賞青年一般部門|のたり松太郎
第6回日本漫画家協会賞特別賞|のたり松太郎

ちばてつやの代表作といえば「あしたのジョー」ということになりますが,なぜかこの作品は漫画賞を受賞していません。1960年代と70年代の「講談社まんが賞」の受賞履歴を下表にまとめてみました。

同時期の作品に比しても,社会的反響の大きさからも「あしたのジョー」が選定されてもまったくおかしくはありません。このことからこの時期の漫画賞の選考基準がどのようなものであったかを推測することができます。

やはり,ジョーが犯罪を犯し「特等少年院」に送致されるところから物語が始まったところが当時のマンガのあるべき姿から逸脱しているという評価をされたのではないでしょうか。

ちばてつやが少年誌あるいは一般誌に連載した作品の主人公は「ハリスの旋風の石田国松」,「あしたのジョーの矢吹丈」,「おれは鉄兵の上杉鉄兵」,「のたり松太郎の坂口松太郎」のように社会的な規格を大きく逸脱した人物となっています。このような社会の規範からはみ出した人物像がちばてつやの一つの理想像のようです。

「あしたのジョー」の場合はそのような行動が反社会的な犯罪にまで進んでしまったため漫画賞の選考委員の評価を下げたのでしょう。当時の漫画では「不良」を主人公にした反社会的な匂いのする作品などはほとんど先例がありませんでした。

この辺りの設定は先行する「巨人の星」の主人公である優等生の星飛雄馬の正反対のものです。それは原作者の「高森朝雄(梶原一騎)」の持ち味の一つであり,ちばてつやのテイストにも合致していたようです。

ジョーの少年院送致はこの物語の原点となっており,普通の感覚ではどん底ともいえる少年院やドヤ街の生活からボクシングを通してあしたを目指すことが物語の骨格となっています。それが原因で漫画賞を逃したのであればずいぶん気の毒なことだと考えます。

初期設定を少年院以外の環境に置くことも可能かもしれませんが,少年院を舞台においたとしても物語全体が反社会的だという評価にはならないと考えますが,1960年代末の少年誌の倫理的規範からすると仕方がないのかもしれません。

漫画賞を受賞しなくても,個人的には「あしたのジョー」はちばてつやの代表作であり,同時期のマンガ作品と比較しても燦然と輝く金字塔であると評価しています。

年度 受賞作家 受賞作品

1960年
1961年
1962年
1963年
1964年
1965年
1966年
1967年
1968年
1969年
1970年
1971年
1972年
1973年
1974年
1975年
1976年

寺田ヒロオ
つのだじろう
ちばてつや
白土三平
森田拳児
水木しげる
石森章太郎
川崎のぼる
ジョージ秋山

手塚治虫
真崎守
松本零士
水島新司
矢口高雄
ながやす巧
ちばてつや

スポーツマン金太郎
ばら色の海
1・2・3と4・5・ロク,魚やチャンピオン
シートン動物記,サスケ
丸出だめ夫
テレビくん
ミュータント・サブ,サイボーグ009
巨人の星
パットマンX

火の鳥
ジロがゆく,はみだし野郎の子守唄
男おいどん
野球狂の詩
釣りきち三平
愛と誠
おれは鉄兵

「あしたのジョー」は2回買い直しています

個人的には「あしたのジョー」を2回買い直しています。最初はKCコミックス(全20巻)によるものであり,これは扱いが悪かったこともありボロボロになってしまいました。

1970年代になると第一次漫画文庫本ブームとなりました。ちばてつや漫画文庫が講談社から刊行され「あしたのジョー」を含め全作品を揃えました。その頃は毎月のように書店に通い,その月に刊行されたものを買い求めていました。

当時は漫画の文庫化が流行っており,小学館も同じように有名作品を文庫化しています。文庫本はサイズが小さく保管には便利なので好きな作品はほとんど揃えました。

しかし,文庫本には大きな欠点がありました。絵が小さすぎて迫力がないし,ネーム文字も比例しないまでも小さくなります。これでは少し老眼が入るととても読みづらくなります。さらに,第一次漫画文庫本ブームはじきに終焉し,新しい作品は刊行されなくなりました。

そのため,我が家の文庫本はすべて処分し,新しく新書版で買い直したり古本屋から購入することになりました。文庫本の処分により我が家の「ちばてつや」作品は一点も無くなってしまいました。

当時,ビッグコミックに連載されていた「のたり松太郎」は揃えることはできましたが,「あしたのジョー」は古本屋でも入手困難でした。ところが,1993年に「完全復刻版」が刊行されました。これは連載終了後20年を記念してのイベントなのでしょう。

私はこの情報にしばらく気が付かず数年が経ってから本屋で注文したところ,第8刷となっていました。連載終了後も「あしたのジョー」の高い人気が分かります。

こうして,我が家の書棚には久しぶりに「あしたのジョー」が並ぶことになりました。この頃の講談社の完全復刻版としては「ゲゲゲの鬼太郎(水木しげる)」,「デビルマン(永井豪)」も並んでいます。

梶原一騎原作の二つのスポーツ漫画

「あしたのジョー」は1968年1月から1973年6月まで少年マガジンに連載されました。原作者の梶原一騎はこの作品では高森朝雄という異なるペンネームを使用しています。

少年マガジンには「あしたのジョー」より1年半先んじて1966年6月に「巨人の星(原作:梶原一騎,作画:川崎のぼる)」の連載が開始されています。原作者のペンネームを変えたのは,すでにスポーツ根性ものとして少年マガジン誌上で人気作品となっていた「巨人の星」と同系列の作品であると読者が先入観をもつことを編集部サイドが危惧したためとされています。

少年マガジン誌上ではこの二大スポーツ漫画の人気が沸騰し,同誌の発行部数は飛躍的に増大しました。しかし,「巨人の星」は飛雄馬が巨人軍に入団してからは荒唐無稽な魔球に手を染めるようになり,リアリズムからはどんどん離れていきました。

それに対して「あしたのジョー」は(一部にリアリティを失する場面はあるものの)最後まで本格的なボクシング漫画として成長していき,あの伝説の最終場面に到達します。

スポーツ漫画としてどちらの作品がより歴史的評価に耐えられるかは明らかです。黎明期のなんでもありの状態から,次の段階として非超人の人間が活躍する作品ではマンガといえども一定のリアリズムが要求されるようになっています。

「梶原一騎」という当時の売れっ子原作者をもつ作品でも,「川崎のぼる」は原作をそのまま絵にし,「ちばてつや」は自分の感性に合わせて原作を改変したようです。連載が終了して40年も経過し,梶原一騎はすでに鬼籍に入っています(1987年死去)が,ネットの普及によりちばてつやと梶原の関係についてもいくつかのエピソードをチェックすることができます。

一つは漫画家と原作者の関係です。ちばてつやは少女漫画からスタートしましたが,「あしたのジョー」の連載を始める前に「紫電改のタカ」,「ちかいの魔球」および「ハリスの旋風」を発表しており,少年漫画においても大きな地歩を占めていました。

当時の漫画界では一流の仲間入りを果たした漫画家が原作物を手掛けることは敬遠されていました。ちばてつやが(おそらく編集部がおぜん立てをした)原作付きのボクシング漫画に同意した理由は「ハリスの旋風」の一部で描いたボクシングに本格的に取り組んでみたいという願望があったからと伝えられています。また,主人公の設定がちばてつやの感性に合致していたことも大きな理由だったのでしょう。

当時の梶原一騎は原作の改変を激しく嫌うことで有名でした。それに対してちばてつやは作画を引き受けるにあたり,「時と場合に応じてこちらの方で原作に手を加えさせてくれ」と注文をつけました。担当編集者が恐る恐る梶原にその旨を伝えたところ,梶原は「手塚治虫とちばてつやは別格だ,いいでしょう」と快諾しました。

ところが,連載1回目にちばてつやはいきなり「話の導入部がわかりづらい」と梶原の用意した原稿を丸々ボツにして新たに第1話のストーリーを作り上げました。「好きに手を加えてくれ」と言った梶原もさすがにこれには激怒し,連載を止めるとまで言い出して編集者が梶原を説得し,何とか継続させるほどの大騒ぎにななりました。(wikipedia あしたのジョーより引用)


力石徹の過酷な減量エピソードはちばてつやと梶原一騎の設定確認の行き違いによって生まれたものです。原稿には力石とジョーの身長差などは設定されてません。「ハリスの旋風」に見られるようにちばてつやは彼我の体格差を強調する描写が持ち味となっています。

原稿の内容からちばてつやは特等少年院でも無敵の力をもつ力石を(西のように)大柄な体格の人物として解釈しました。そのため,ジョーと力石の初対面のシーン(豚と一緒に脱走を図る)において,力石の身長をジョーより頭一つ分高く描いてしまいました。

発行された誌面を見た梶原はこの身長差では二人が同じ階級で戦えないということに気付き,後に話のつじつまを合わせるため力石に過度の減量を強いることになります。

ジョーとの試合後に力石が死亡する件については,ちばてつやは大反対し激論になったというエピソードもあります。ちばてつやは漫画家として当時,飛ぶ鳥を落とす勢いの原作者に対して一歩も引かずに自分の作品として描こうとする姿勢が伝わってくるエピソードです。(wikipedia ,他より引用)


当時の梶原一騎は連載を何本も抱え超多忙であり,「あしたのジョー」の原作も滞りがちでした。そのため,物語の後半のストーリーはほとんどちばてつやが考えていたとされています。

「あしたのジョー」を不朽の名作に押し上げたのは最終回の真っ白に燃え尽きたジョーの姿でしょう。この最終回に関しては次のようなエピソードが残されています。

梶原が最初に作った最終回は「ホセ・メンドーサに判定で敗れたジョーに段平が『お前は試合では負けたが,ケンカには勝ったんだ』と労いの言葉をかけるものでした。ラストシーンは白木邸で静かに余生を送るジョー見守る葉子の姿」というものでした。

しかし,その原稿を手渡されたちばてつやは「今まで死ぬ思いでボクシングをやってきたのに,最後の最後で『ケンカに勝った』はないだろう!」と猛反発し,「結末は自分が作る!」と梶原にねじ込んだそうです。

多忙なスケジュールに追われていた梶原はあっさりとこれを承諾しました。このような経緯で最終回はちばてつやが考え出すことになりましたが,それは容易なことではありませんでした。彼はアシスタントと一緒に20通りものアイディアをひねりだしても納得がいくものはありませんでした。

締め切り時間が迫る中で悩んでいたちばてつやに作品を最初から読み返していた当時の担当編集者がジョーが紀子に「ほんの瞬間にせよ,まぶしいほどまっ赤に燃えあがるんだ。そしてあとにはまっ白な灰だけが残る。燃えかすなんか残りやしない。まっ白な灰だけだ」と語るシーンを発見し,「これこそあしたのジョーのテーマではないか!」と進言しました。

ちばてつやはこの意見に同意し,あの伝説となったラストシーンを描き上げました。その後,5日間は何もできず,ご飯もおかゆしか食べられなくて家族も心配していたと週刊誌の取材に述べています。(wikipedia より引用)


連載終了後しばらくちばてつやはジョーの絵が全く描けなくなったそうです。また後年,「今でもたまにジョーや力石のイラストを描くが,あの頃の迫力には全く及ばない」とも語っています。

まさに,この作品は30代のちばてつやが心血を注いだ作品となりました。実際,「あしたのジョー」が進行するとちばてつやは他の連載をすべて断り,「あしたのジョー」に専念していました。苦吟の結果に生まれた「真っ白に燃え尽きた」ラストシーンを見て梶原一騎は「この漫画は君のものだ」と告げたそうです。

ジョーが特等少年院に送致される

東京の片隅にあるドヤ街からこの物語は始まります。ドヤ街の一角にある玉姫公園でジョーは丹下段平や太郎たちと出会います。ジョーのケンカする姿の中にボクサーとしての素質を見出した段平はジョーと契約し風来橋(泪橋)の下に小屋を立て,ささかなボクシングジムを開くことになります。

しかし,ジョーは太郎たちと遊び歩きボクシングにはまったく身が入りません。そんな中で詐欺事件を起こしジョーは鑑別所に収監されます。ボクサーを育てる夢を捨てられない段平は独房にいるジョーに葉書を出します。そこには「あしたのために・その1,ジャブ」とあり,下記のような内容が記されています。

攻撃の突破口をひらくため,あるいは敵の出足を止めるため,左パンチをこきざみに打つこと。このさい,ひじを左わきの下からはなさぬ心がまえで,やや内角をねらい,えぐりこむようにして打つべし。せいかくなジャブ3発に続く右パンチは,その威力を3倍にするものなり。


これを読んだジョーはいったん葉書を細かく引き裂いてしまいますが,独房における退屈をまぎらわすために再び組み合わせて内容をじっくり読みます。段平の葉書のように繰り出したジャブは「シュッ」と空気を切る音がします。ジョーは正しいパンチが大きな威力をもつことに気が付き,退屈しのぎもありひたすらジャブに取り組みます。

観察期間が終了し大部屋に移されたジョーは西が仕切る部屋のリンチに遭遇します。さらに,夕食を取り上げられるに及んで大部屋のメンバーを段平直伝のジャブでたたきのめします。

ジョーは再び独房に戻され,裁判の結果,特等少年院に送致されることになります。現在ですと少年審判のケースですが当時は家裁の裁判の形になっていたようです。この裁判の席上でジョーは白木葉子と対面します。

力石との邂逅

特等少年院では西と同じ部屋に入れられ,(当然のように)収容生と問題を引き起こします。ジョーは脱走のチャンスを待つことにします。そんなとき,模範収容生の力石が段平からの葉書(あしたのためにその2・右ストレート)を届けに来ます。

豚の一群とともに脱走しようとしたジョーは力石により阻止され,プロの本格的なパンチの威力に驚きます。ジョーの関心は脱走から打倒力石に向かいます。

ジョーから通信教育の追加を催促された段平は白木葉子の学生慰問団と一緒に少年院に入ります。院内の雨天体操場で行われた劇の途中でジョーはミスキャストの茶番という捨て台詞を残して席を立ちます。

白木葉子の祖父は力石の後援者という関係もあり,再びジョーと力石は拳でまみえることになります。そこに駆け付けた葉子にジョーは学生慰問団が彼女自身のためにやっているのではと看破します。院内では(当然ですが)私闘は禁止されていますので,葉子の提案で1週間後にボクシングという形で決着をつけることにします。

段平はなまじの特訓ではすでにプロボクサーとして大物の力石には対抗できないと必殺技をジョーに身をもって教えます。ジョーは完全に気を失って倒れ,それを見た人々は段平を責めますが,彼は「これはあしたのために・その3なのだ」とつぶやき倒れ込みます。この「あしたのために」という言葉は葉子の胸に深く刻まれることになります。

1週間後の試合は段平の進言によりダウン無制限の条件で行われます。けんかではなくボクシングに徹した力石の強さは本物であり,ジョーは何度となくダウンさせられます。そして,力石がとどめのストレートを繰り出したときロープの反動を利用したジョーの右のクロスカウンターがさく裂しダブルノックアウトになります。

この壮絶な試合に感動した収容生の間でボクシング熱が沸騰します。寮の対抗試合における青山との試合でジョーは防御の重要性を学ぶことになります。しかし,力石は対抗試合の途中で出所することになり,二人の対決はプロのリングに持ち越されます。

葉子と紀子

出所したジョーは風来橋(泪橋)の下にある丹下ボクシングジムからプロ入りを目指します。とはいうものの生活費を稼がなければならないのでドヤ街にある林屋という乾物店で西とともにバイトをすることになります。

ジョーは林屋の一人娘で高校生の紀子が葉子とそっくりなことに驚きます。「あしたのジョー」に出てくる主要な女性キャラクターは葉子と紀子だけです。紀子はジョーに出会ってからすぐに彼に好意をもったようです。彼女の造形はちばてつやの少女漫画にしばしばでてきており,ちばてつやのお気に入りのキャラクターです。

しかし,葉子は容姿こそ紀子に似ていますが,ちばてつやのそれまでの漫画には登場していないキャラクターであり,こちらは梶原一騎による設定ということなのでしょう。

どちらもジョーに好意を寄せることになりますが,三角関係のような展開にはなりません。「あしたのジョー」は硬派の拳闘漫画に徹しています。それでも二人の女性は物語の中でそれぞれ重要な役割を果たします。

葉子はどん底まで落ちたジョーを復活させ,パンチドランカーの心配を払しょくし,世界タイトルに向けて野生の勘を取り戻させるように仕向けます。

紀子は丹下ジムに出入りするようになり,なにかとジョーの身の回りの世話を焼きます。そして,たった一度のデートでジョーの人生観を引き出します。このときジョーが語った内容が物語の最終回を決定づけます。

丹下ボクシングジムのライセンス

丹下ボクシングジムはかっていくつもの問題を起こしたため,他のジムの会長たちの反対により日本ボクシングコミッショナーからライセンスが交付されません。そのためジョーは一計を案じます。

新人王決定戦でバンタム級の新人王となったアジア拳の「ウルフ金串」とのけんかに持ち込んだジョーはクロスカウンターで相打ちとなります。これがマスコミの格好の話題となり,ウルフ金串の名誉回復をめざすアジア拳会長の強引な主張により丹下ジムのライセンスが交付されます。

西とジョーはB級ライセンスを取得し,ドヤ街の人々はそのお祝いにかけつけます。彼らが届けてくれた酒やごちそうは新聞記者の乗ってきた自動車を分解して売り払ったお金で仕入れたというおちも付いています。この辺りは梶原節ではなくちばてつや節なのでしょう。

プロ入り後の初戦でジョーはノーガードで打たれながらクロスカウンターの一撃でKO勝ちを収め,その後も順調に勝利を重ね,ウルフ金串との一戦を迎えます。

ウルフはジョーのクロスカウンターを逆手に取るダブル・クロスでジョーをマットに沈めます。何回かのダウンの末にダブル・クロスのタイミングを体で覚えたジョーはダブル・クロスに合わせたトリプル・クロスカウンターでウルフをKOします。ウルフはあごを複雑骨折し,引退を余儀なくされます。

力石との死闘

ウルフとの試合結果を見届けた力石は「おれの姿が見えるか,おれの声が聞こえるか,次はいよいよおれの番だ!」と話しかけ,バンタム級に向けて減量を開始します。

現在はバンタム級やフェザー級は2つに区分されていますが当時はバンタム級が115-122ポンド(52.2kg-55.3kg),フェザー級が122-130ポンド(55.3kg-59.0kg)だったと思われます。

本来ならウエルター級の体格をもつ力石は厳しい節制によりかろうじてフェザー級を維持していますが,バンタム級に移るにはさらに4kgの減量が必要です。そのため,自分の意志で過酷な減量を開始します。

バンタム級転向の初戦で力石はひどく痩せた姿をさらし,ジョーとの戦いの主要武器となるアッパーカットを披露します。このアッパーカットはジョーの必殺技であるクロスカウンターを完全に封じるものであり,段平はそのことに気が付き戦慄します。

力石との一戦は後楽園ホールで行われ,ジョーは腰の引けたショートフックで対抗しますが,一発必殺のアッパーカットに比べて分の悪い闘いとなります。そして,ねらいすました一打をあごに受け倒されます。試合の帰趨はもう誰の目にも明らかです。

第6ラウンドにジョーが苦し紛れにはなった大振りのパンチが力石のテンプルをとらえ,力石は転倒するとき最下段のロープに後頭部を打ちつけます。

立ち上がった力石はジョーが得意とするノーガードでジョーに迫ります。丹下会長はトリプル・クロスを危惧してジョーに声をかけます。足を使って逃げていたジョーは対抗策として自分のノー・ガートにすることを思いつき,二人は先に手を出せないままリングでにらみ合いとなります。

第7ラウンドになっても両者のにらみ合いは続き,観客の罵声に背中を押されるようにジョーがダブル・クロスをしかけます。しかし…,ダブル・クロスの右ストレートはかわされがら空きになった顔面に力石のアッパーカットがさく裂します。ジョーにとっては最初で最後のテンカウントKO負けとなります。

ジョーがリング下で握手を求めると力石は手を差出しそのまま倒れ,控室で死亡します。力石に奇妙な友情を感じていたジョーはひどいショックを受けます。控室で横たわる力石の顔には白い布がかけられており,ジョーは二度その布をめくり,持てる力を出し切って宿敵を倒した満足な死に顔を眺めます。

世界戦までの道のり

宿敵という関係ではあれ,おそらくジョーにとっては力石はもっとも身近に感じた人間であったことは確かでしょう。玉姫公園でつっぷしたジョーの姿を木陰から葉子が覗いており,この瞬間に二人は力石を喪った悲しみを共有していたのででしょう。

遅れたやってきた段平と西に「なさけないことをいうようだが,あれ以来……あの力石の死顔を見て以来,頭がどうかしちまっているんだ。すでに…この世に力石がいないと現実に頭の中がからっぽになっちまったんだ」と話します。新聞記者により連れて行かれたクラブでジョーには葉子に会い,次のように指摘されます。この葉子の言葉は「あしたのジョー」の名言の一つです。

はっきりいいます……
あなたはリング上でウルフ金串のあごを割り再起不能にし,そしてまた力石徹をも死に追いやった罪ぶかきボクサーなのよ…
このままでは男として義理が立たないでしょう。
あなたはふたりから借りが…神聖な負債があるはず!
いまこの場ではっきり自覚しなさい。
ウルフ金串のためにも力石くんのためにも,自分はリング上で死ぬべき人間なのだと!
あなたはいま,リングを捨てるつもりらしいけれど…
そうはさせないは!
おそらく力石くんもウルフさんもゆるしはしないでしょう
わたしもだんじてゆるしません!


葉子の指摘やウルフ金串との再会によりジョーの闘争心は見かけ上は回復していきます。しかし,ジョーは力石の亡霊にとりつかれ,顔面を思いきり打てないボクサーになってしまいます。試合では顔面を打ちますがそれは腰の入ったものではなく,KOパンチはもっぱらボディーを狙うようになります。

このジョーの欠点を見抜いた他のジムの会長たちはジョー潰しに動き出します。日本バンタム級チャンピオンのタイガー尾崎戦はTKO負け,1位の原島戦は顔面に強烈なパンチを打ちますがリング上で嘔吐してしまいます。

力石の亡霊から逃れられないジョーは中央のリングを去り地方回りの草拳闘に身を落とします。ジョーの再起を願う葉子はベネズエラから「無冠の帝王」と呼ばれるカーロス・リベラを招へいします。

カーロスは日本バンタム級第2位の南郷を相手に醜態を演じながら2発の強烈なパンチでKOします。第1位の原島戦を前にジョーはカーロスの公開練習で相手をし,16オンスのグローブでテンプルにクロスカウンターを決めます。この一発でカーロスが真剣になり,スパーリングは終了します。

カーロスは次の原島戦でも醜態を演じながら目立たない一打で勝利します。そして,カーロスはタイガー尾崎戦を前に1分以内のKOを宣言し,わずか16秒でKOします。

カーロスの次元の違う強さを見せつけられたジョーは試合を申し込み,4回戦の練習試合,さらには後楽園球場での10回戦を戦うことになります。カーロスの強さがジョーの闘争本能を刺激し,葉子が目論んだようにジョーは力石の亡霊を吹っ切ることができました。

完全復活したジョーが葉子のところにファイトマネーを受け取りに行ったとき,カーロスが世界タイトルマッチであっさり敗れたこと,彼がすでに日本の無名のボクサーに壊されていたという情報が入ります。

そんなときに丹下ジムを訪ねて来た紀子はジョーに公園に誘われます。紀子にとっては好意を寄せるジョーとの初めてのデートです。このとき紀子は「もうボクシングをやめたら」と話します。それに対する答えがこの物語のラストシーンに結び付きます。

ちょっとことばがたらなかったかもしれないな・・・
おれ,負い目や義理だけで拳闘をやっているわけじゃないぜ
拳闘が好きだからやっているんだ
紀ちゃんのいう青春を謳歌するってこととちょっとちがうかもしれないが…
燃えているような充実感はいままでなんどもあじわってきたよ…
血だらけのリング上でな
そこいらのれんちゅうみたいにブスブスとくすぶりながら
不完全燃焼しているんじゃない
ほんのしゅんかんにせよまぶしいほどまっかに燃えあがるんだ
そして…
あとには真っ白な灰だけが残る
燃えかすなんか残りはしない
まっ白な灰だけだ


この答えの中にジョーの拳闘に対する姿勢,人生の考え方が凝縮されています。しかし,平凡な幸せを求めている紀子は彼の考え方にはついて行けません。「わたし・・・ついていけそうにない」と語る紀子はジョーに対する想いと訣別したようです。

カーロスとの死闘で一回り強くなったジョーは順調に東洋ランカーを破り,減量苦と戦いながら金竜飛をKO勝を収め東洋チャンピオンとなります。丹下ジムには引退して林屋に就職した西が紀子と一緒にお祝いにやってきます。

そんなとき,ジョーが気を失って倒れるという事件が起こり,段平はパンチドランカーを疑います。葉子もハワイで一緒に砂浜を歩いたとき,ジョーの足跡が蛇行していることから同じ疑いを持ちます。

ジョーはハワイで行われた防衛戦で見事にKO勝ちを収めます。葉子はこの試合のフィルムをボクシング医学の世界的な権威キニスキー博士に送って診断を依頼しました。彼の診断はまず心配はないということでした。

葉子はプロモーターとして世界チャンピオンのホセ・メンドーサと日本における試合興行権の独占契約を結びます。これにより,葉子の意向に反した日本におけるホセ・メンドーサの世界戦は行えなくなりました。

世界タイトルマッチ

葉子は人気の中で失っていたジョーの野生味を取り戻そうと考え,世界タイトルマットに先立ち,野生児ハリマオとの一戦を企画します。ジョーは見事に変則的なボクシングを繰り広げるハリマオを仕留めます。

この試合会場にほとんど廃人と化したカーロスが現れ,控室に連れて行かれます。試合後にジョーは駆け出そうとして一瞬目の前が暗くなり転倒します。さらに,ジョーは控室でカーロスに新しいシャツのボタンをかけようとしますがうまくできません。この様子を見ていた葉子はジョーがパンチドランカーに蝕まれていることを確信します。

ジョーの世界タイトルへの挑戦はテレビ局を通じて進められます。葉子はキニスキー博士を日本に呼んでジョーの練習を観てもらいます。彼の診断は「かなり重症」ということでした。

葉子は世界戦の取りやめを説得しようとジョーに連絡をとりますが,ジョー自身は自分の体調と葉子の懸念を知っており,手紙を読むことも電話に出ようともしません。

そして,試合会場となった武道館の控室で葉子は必死の説得を試みます。葉子の告白もジョーを引き留めることはできませんでした。リングには世界一の男が待っているのです。

万全とはいえない体でジョーは善戦し15回を戦い抜きます。コーナーでイスに座ったジョーはグラブを外してもらい,葉子に「あんたに受け取ってもらいたいんだ」と言いながら渡します。

判定の結果はホセの勝利となりますが,右手を上げられたかれは老人のようにやつれ果てていました。一方,ジョーはまっしろな灰を象徴するように描かれており,その顔には満足な笑みが浮かんでいます。この最終ページの1枚を描くためちばてつやは精魂を傾けたのです。


のたり松太郎

人並み外れた傍若無人な性格と怪力の持ち主である「坂口松太郎」が力士とのけんかをきっかけに相撲部屋に入門します。同期に一緒に入門した小柄で研究熱心な田中がおり,二人で廃業の危機を迎えたこともあります。しかし,坂口は持ち前の怪力を生かして,田中は熱心な稽古と研究により力士として成長していきます。

坂口は大相撲のしきたりを次々と破るため相撲協会の役員たちに嫌われながらも十両,幕内と番付を上げ,それにひきずられるように田中も幕内に定着します。この作品に登場する力士は連載当時の有名力士の四股名を少し変えただけで顔もそっくりですので,相撲通ならすぐに分かるようになっています。

この作品は中断を挟みながら1973年から1998年までビッグコミックにおいて連載されており,最後の駒田中奮闘編(33-36巻)が終了しても表向きは完結していない不思議な作品です。