柴田昌弘
柴田昌弘(1949年生)は1973年に「別冊マーガレット」(集英社)でデビューしています。一時期は和田慎二のアシスタントを勤めてたこともあり,描画のタッチは影響されているようです。「紅い牙」シリーズのように少女漫画にメカニックやハードなSF・サスペンスの要素を取り込み,独自の地歩を占めていました。
その後は活動の舞台を少年誌,青年誌に移しています。2008年には「サライ」の長期連載を完結させ,公式サイトで「長期連載の終了というタイミングもありましたので,以前より打診のあったお誘いを受け,マンガ学部のある京都の大学で非常勤講師などをやることになりました。とりあえず一年間」と語っており,漫画家生活からは足を洗った状態となっています。
紅い牙の系譜
古代超人類の血を色濃くもつ「小松崎ラン」を主人公にした話は短編形式で6話あり,その集大成に相当するものが「ブルー・ソネット」ということになります。他の6話は全部まとめても単行本2冊程度の分量ですが,ブルー・ソネットは19巻の大作となっています。掲載誌はいずれも「花とゆめ」という少女雑誌です。
ブロック番号 | タイトル | 著作時期 |
---|---|---|
紅い牙・I |
狼少女ラン |
1975年 |
ランはタロンの技術陣が遺伝子操作により古代超人類の遺伝子を濃集して生み出されました。この遺伝子を濃集する技術については残念ながら多くは語られていません。タロンの目的はすぐれた超能力者の量産であり,貴重な遺伝子を利用するためランを捕獲しようとしています。
古代超人類とは宇宙からやってきた高い文化と超能力をもった人々であり,地球の人々は彼らを神と崇めていました。この古代超人類と地球人が混血すると超能力は少しずつ薄まっていきます。地球人が古代超人類と結婚した女性たちの早逝にについて疑問をもつようになり,ついにはすべての古代超人類を虐殺してしまいます。
古代超人類の怨念はわずかに残された混血児の中に深く沈殿することになります。古代超人類の遺伝子を濃集して生み出されたランには同時に古代超人類の怨念も濃集されており,ランの自制心が崩れると人類に対する復讐の怨念がランを支配するようになります。この怨念の意識集合体が「紅い牙」ということになります。
ランと同じ遺伝子をもつ超能力者を量産するためにはクローン技術が最適ですが,作品中ではランの卵子を採取して人工授精させるという方法がとられています。このあたりは1980年代の作品だなという感じを強くします。
この30年の間の生命工学,遺伝子工学は長足の進歩を遂げており,生命の設計図である遺伝子を読み解き,その先には個人の形質を受精卵レベルで設定できるような時代に近づいています。SFの世界が実際の科学に先んじていられるのもほんのわずかな時間に短縮されてきています。作家の創造力が現実に追い付かれつつある状況となっています。
「紅い牙」は古代超人類の超能力の一部を引き継ぐ現生人類の超能力者が活躍する物語ですが,「ブルー・ソネット」ではそれに「サイボーグ」という新しい要素が加わっています。人体の一部もしくは大部分を機械に置き換えるサイバネステック(サイボーグ)の世界はまだまだSFだけに限定されています。
名作「サイボーグ009」の初出が1964年です。それから半世紀近い時間が経過しても人体の一部を人工物に置き換える技術はさほど進展していません。人体という複雑な生命体(生命機械)の仕組みや働きを理解し,臓器を人工物で代替することは極めて困難なようです。
可能性が高いものは本人の細胞から「万能幹細胞」を作り出し,それをもとに臓器を作る再生医療技術です。ソネットのようなしなやかで力強いサーボーグの体はあと1世紀が経過しても実現することはないでしょう。
第1部(花とゆめ 1981年11号-1982年9号)
「紅い牙・VII」は「ブルー・ソネット」というタイトルとなっているように「ソネット・バージ」を登場させ,「小松崎ラン」と共同主役のような形で物語が進行します。ランとソネットのどちらが魅力的に描かれているかと聞かれたならば個人的にはソネットに軍配が上がります。
タロンの一員ですがソネットはこころ優しい少女であり,今までのタロンのメンバーに比べてはるかに人間らしい感情を残しています。ソネットがタロンの一員となり,エスパー・サイボーグとなったいきさつについては次のようなエピソードが記されています。
ソネット・バージはニューヨークのスラム街で育ちました。白く透き通るような肌,青味がかった銀髪の美少女は母親に育てられますが,母親は生活費のためにソネットに売春を強要します。
ソネットはこれを拒んだたため,母親は顔見知りの男にソネットを襲わせます。男に犯されるという肉体的,精神的な恐怖・苦痛により,ソネットの自衛本能が超能力を目覚めさせます。彼女を襲った男は幅30cmの建物のすき間に押し込まれるようにして死亡しています。
これを機に母親はソネットに売春をさせることになります。特異な容姿とときおり見せる超能力は母親を嫌悪させ,なにがしかの金が貯まったときにソネットを殺害し自由に身になって新しい生活を始めようとします。
ソネットの客はことが終わってから彼女の首を締めながら母親から見捨てられたことを語ります。ソネットの超能力は自衛本能に根差すものであり,死と向かい合った時に爆発します。
男は爆発したように肉塊となって飛び散ります。通りに出たソネットは母親がバスに乗り込むのを見て,念動力でバスを持ち上げたたきつけます。唯一の肉親に裏切られ錯乱しているソネットにタロンが触手を伸ばします。
虚脱状態のソネットはタロンの唱える世界統一国家の実現という高邁な理念に感化され,汚れた体を捨て,エスパー・サイボーグとして生まれ変わることに同意しました。
タロンにはサイバネティックの権威とされる「メレケス博士」がいます。彼のチームは脳神経系を除き体のすべてを人工物に置き換えます。白く透き通るような肌,青味がかった銀髪などの外観は同じでも,それらはすべて人工物であり,そのエネルギー源は原子力電池です。
とはいうものの体内埋め込み型の原子力電池は大容量化できませんので,蓄電池をもち平常時は充電し,それにより一定時間はフルパワーで活動することはできます。同時に過剰なエネルギー消費を避けるため複数のブレーカーがあり,ブレーカーが働くと(エネルギーは遮断され)外部から解除信号を送り込まないと再起動できません。
物語の中にはもう一人のサイボーグである鳥飼修一(バード)が登場します。彼は「鳥たちの午後」において聖陵学園の問題生徒であり,食堂の賄いをしていたランと相思相愛の関係にありました。
彼はタロンとの戦いで死亡したと考えられていましたが,やはりメレケス博士のチームにより「RX-606」という実験体としてサーボーグ化され,その後に脱走したものと思われます。バードの場合はソネットより旧式のためブレーカーが多く,それが活動の制限要素となっています。
メレケス博士は「火星人」と称される体型のため女性コンプレックスがあり,自身の最高傑作であるソネットに対し父親のように接します。厳しいタロンの洗脳教育にもかかわらず,ソネットが人間らしい感情を失なわなかったのは,本来の心のやさしさとメレケス博士の愛情だったのかもしれません。
新しい物語はソネットが成田空港に到着するところから始まります。空港から出たところで早速ソネットは事件に巻き込まれ,その超人的な身体能力と磨きをかけられた超能力を披露することになります。
ソネットは転校性として榛原奈留・真知の在学している王翠学院に入学します。スラム街に住んでいたころはまともな教育を受けていなかったソネットですが,タロンの特別プログラムにより日本の古典が十分に理解できるレベルとなっており,教師を驚かせます。
そんなソネットにも唯一の弱点があります。夢にまで見た学園生活の楽しさが逆にソネットの身体機能に悪影響を与えたのです。体育の授業中に倒れたソネットを抱き上げた杵島大介はあまりの重さに驚き,榛原真知とともにソネットの正体に疑念を抱きます。
サグの特命で学院に潜入した斐川和秀(ささやかな超能力者)はそれに気付き,真知に催眠術をかけます。これにより,真知たちの行動は斐川に筒抜けとなります。
一方,小松崎ランはバイトで生活費を稼ぐ毎日であり,古代超人類の血を濃集した超能力は彼女の意のままになりません。彼女の身が危険にさらされると「紅い牙」は目覚めるのですが,それ以外のときは眠ったままの状態です。
ランに接触した作家の桐生仁はランが超能力を制御できるようにするため小半教授のESP研究所を訪れることになります。小半の催眠療法によりランの念動力が行き場のないまま放出され,建物を激しく揺さぶります。そのとき,小半の娘・由里のテレパシーにより暴走は止まります。
小半教授はタロンと通じていたため,ソネットを含むタロンのメンバーが小半邸を襲い,小半は射殺され,孫の由美と助手も撃たれ,ランと桐生はタロンに拉致されます。放火された小半邸に謎の男性が現れ,巨大なガレキを持ち上げて救出活動を行います。射殺されたと思われた二人はソネットの念動力が弾丸の威力を弱めたことにより,皮膚の直下で止まっており,致命傷にはなっていません。
由里は小半の娘であり,小さなころからESP等の超能力が顕在化しており,それがもとで妊娠後に恋人に捨てられ,絶望のあまり燃え盛る暖炉に頭を突っ込み自殺を図ります。命はとりとめたものの視覚,聴覚を失いさらに精神の異常を来していました。
それが,タロンが小半邸で起こした事件をきっかけに正気を取り戻します。顔は焼けただれていますので,かつらとマスクによりカバーし,接触テレパスにより常人とも意志の疎通が図れるようになりました。由里はワタルと連絡を取り合い,一緒に行動することになります。
ランと桐生は富士の裾野にある安曇重工の研究所に監禁されます。桐生に対してはタロンの情報源を吐かせようと拷問となります。それでも口を割らない桐生に対して古い写真からかっての恋人である杵島美子を見つけ出し,レーザーの檻に吊るします。彼女が動くと周囲のレーザー光が体を傷つける仕掛けとなっています。美子の悲痛な叫びにより桐生は榛原克規の名前を口にします。
一方,ランはようやく子どもを生める体になったことが分かり(古代超人類は非常に長命であり,その分,成長はゆっくりでした),卵子を取り出し,体外受精させて人工子宮および仮親の子宮に入れる計画が進められます。
タロンの目的はランと同等のエスパーの量産ですので,それならばランの体細胞を採取し,クローン技術を使用する方がずっと理にかなっています。しかし,当時は倫理の制約を受けないタロンの技術陣にしてもクローン技術はまだまだ未完の技術だったようです。
バード,小半由里,小松崎ワタルの三人はランを奪回するため研究所に向かいます。由里が目と耳の働きをして情報を二人に伝達します。同じ頃,ランも脱出を試みて行動を開始します。しかし,銃で撃たれた桐生をかばってランも銃撃され意識を失います。
ランの生命の危機に「赤い牙」が目覚め暴走します。作品中ではランの虚像の姿で描かれており,ソネットと念動力同士の衝突となります。すざましいエネルギーにより,大地は鳴動し巨大な地割れが生じます。研究所はこの地割れに飲み込まれ,跡形もなく消え去ります。
その少し前,研究所内に入ったバードとワタルは瀕死のランと桐生を発見し救出します。ワタルはランの超能力が桐生の生命を支えていることを直感的に理解し,救急病院で二人を離さないで手術するよう頼みます。この適切な措置により二人とも奇跡的に一命をとりとめます。意識を取り戻したランはバードが生きていることを知らされ,つかの間の幸福感をかみしめます。
「赤い牙」のすざましい攻撃に意識を失いかけ,地割れに落ち込んだソネットを力強い手が支えます。ソネットが意識を取り戻したとき,近くにはバードが倒れています。ソネットは彼が実験体の「RX-606」であることを知っており,なぜ命がけで敵である自分を助けたのかを疑問に思います。
幸いバードはブレーカーが働いていただけなのでソネットの措置により動けるようになります。端子ケーブルを接続するため,ソネットはスーツをはだけ,胸を露出していましたが,バードが気が付くとあわてて胸を隠します。エスパー・サーボーグとはいえ,この初々しいしぐさは生まれ変わったソネットの心情をよく表してます。
彼らは閉じ込められていた富士の洞窟をさまよい出口を探します。ソネットが這うようにして前を行くとき,バードは「いやあ,さすがは高級品…いいケツしてるよ」とつぶやき,ソネットは顔を赤らめます。この脱出劇の中でソネットは飾らない性格のバードに魅かれていきます。
第2部(花とゆめ 1982年12号-1983年8号)
富士裾野の地下洞窟から脱出したバードはランの元には戻らず,ガソリンスタンドで働き続けます。その時期に聖陵学園時代のバンド仲間である清水と高橋に再会し,ベーシストとしてオーディションに出場しないかという誘いを受け,ギターを手渡されます。
崩壊した安曇重工の研究所から秘密兵器のタランチュラが抜け出します。秘密が漏れることを危惧するタロンは核兵器搭載の地中自動追尾兵器でタランチュラを追跡し破壊を試みます。水中と地中を自由に移動する能力をもつタランチュラは追い詰められて助けを求めるかのように地上に姿を現します。
その一部始終を写真に収めた東都日報はタランチュラのスクープ写真と秘密組織タロンの存在を新聞の一面に掲載します。しかし,デスクの榛原克規の収集した資料はすでに斐川により催眠術をかけられた真知によりリークされており,記事は政治的な圧力により取り消され,榛原はデスクから追われます。
王翠学院ではソネットに疑いをもった真知や杵島大介たちはソネットのマンションに忍び込み,彼女の部屋でタロンの末端幹部の息子である斐川に見つかり,危ういところをイワンに助けられます。イワンのESPにより真知は後催眠状態から覚醒し,斐川はささやかな超能力を失います。
催眠術で操った真知が榛原家から盗ませた資料から元タロン幹部Kがタロンの秘密情報を娘の奈留にインプットして榛原に託したと推量した斐川は奈留を誘拐します。しかし,Kは秘密情報に三重の安全装置をかけており,そもそも奈留はKの娘ではありせんので斐川の脅しにも答えようがありません。
奈留を救出しようとするランとソネットは港の突堤で対決することになります。しかし,ソネットが奈留を救出したことを知り,ESPの矛先がにぶることになります。ランは巨大なESPがぶつかりあい激しく波立つ水中に転落し,タランチュラの体内に取り込まれてしまいます。
世界各地でタロンの要人を探し出し暗殺していたイワンは日本に寄港していたマンディアルグの豪華クルージング船に忍び込み,タロンのエスパーとの戦いとなります。さらに,メレケスを守ろうとしたソネットとの戦いとなり,相討ちの形で海中に転落します。
第3部(花とゆめ 1983年13号-1984年10号)
水中に転落したランを救ったタランチュラはテレパシーの通じるランに子どもらしい情愛を示し,ランを一人占めしようと無人島に閉じ込めます。タランチュラは胎児の脳を使ったサイボーグ兵器であり,兵器としての教育を受ける前に動き出したため,保護してくれる親を求めてランと接触していたようです。桐生たちが救出に来たときタランチュラは水中を移動して船の後を追尾します。
突堤での戦いで奈留は一命を取り留めましたが特異な憑依霊であるゲシュペンストに憑依されます。ゲシュペンストは自らの肉体をもたず永劫の時を生きてきたコンプレックスをもっており,サグとの間に自らの死を求める約束を取り交わしていました。サグは凶暴性をもつゲシュペンストがランの中で抑えられている「紅い牙」を覚醒させる起爆剤となることを期待しています。
ゲシュペンストに支配された奈留は病院を抜け出し,次々と猟奇的な殺人を重ねていきます。奈留を救おうとしたランは奈留から離れることを条件に自分に乗り移ることを提案します。ゲシュペンストの意識は古代超人類の巨大な意識の集合体の中に取り込まれ,表面的には死を迎えます。しかし,これこそがサグの狙いだったのです。
バードはバンド・文無組の一員としてグリーン・アース運動主催のオーディションに出演します。サイボーグとなっていたバードの反射神経,運動神経は常人をはるかに凌駕しており,超絶的な演奏を披露します。
文無組は優勝しバードは新バンド・NOVAのベーシストとしてプロデビューすることになります。バンドのボーカリストのソニーは人前では決してサングラスを外そうとはせず,バンドの仲間からも浮いた存在となります。
サングラスを外してメンバーと接することを求めるバードにソニー(ソネット)は素顔をさらします。そして「緑の大地運動はタロンとは何の関係もないわ!!うそなんかつかない!!私…あなたが好きです」と告白します。
バードはグリーンアース運動がタロンと無関係であることをサグに確認し,NOVAの活動を続けることを選びます。しかし,サグの口から「紅い牙」の秘密を伝えられます。バードはランが「紅い牙」となり,全人類の敵となったとき,ランの魂を解放しなければならないという重大な決意をもつことになります。
奈留が行方不明になったことにより,榛原は真知を守るため山奥の寒村に有無をいわさず送り出します。その村はKの故郷でもあり,真知を知る村人から真知と奈留が入れ替えられていることを知らされます。
榛原夫妻はKの娘を守るため自分たちの娘を養女として育てていたのです。真知が自分の秘密を知ったことにより専門家が呼ばれ,真知の深層意識にあるKの情報が口頭で引き出されます。しかし,その情報には暗号化処理がされており,まったく解読できない状態となっています。
膨大な数値データを語り終えた真知は廃人同様になってしまいます。実はこの暗号化解除のキーは真知自身にあり,物語の最後に正常に戻った真知により暗号は解読され,タロンの集団コントロールの理論とハト計画の全貌が明らかになり,東都日報の反レボキャンペーンにより「ハト計画」は壊滅します。
第4部(花とゆめ 1984年15号-1986年18号)
グリーンアース運動の後援をしていたミューレックスから画期的な性能をもつヘッドホン音楽プレーヤー「レボ」が発売されます。「レボ」はただの音楽プレーヤーではなく,聴覚を通して人間の快感中枢を刺激する機能を有しており,強い中毒性があります。いってみれば電子工学が生み出した麻薬のようなものです。
桐生は「この装置の目的はマインド・コントロールにより若者たちを善と悪に分極化し,それによる社会的不安定さがタロンの目指す世界統一国家の実現につながる」と推測しています。
NOVAは「レボ」に後押しされる形でわずか数ヶ月間でスーパースターに躍り出ます。しかし,その影でソネットの戦士としての冷酷さが失われていくことを危惧したメレケスは再教育の機会を作り出します。
屋外コンサートの最中に落雷がソネットを直撃します。救急車に乗り込みソネットに付き添うバードはメレケスに捕獲され,ソネットとともにレボ・ディスクの研究所に運び込まれます。ソネットはここで再教育を受けますがバードへの恋心は矯正されず,メレケスを悩ませます。
タロンからの執拗な追跡を受けブレーカーが起動したタランチュラが発見され,報道機関の待ち受ける浦賀港へ到着します。ランはテレパシーで呼びかけますが応答はありません。タランチュラはサグの指示によりタロンに回収され,ランには阿蘇での決戦が伝えられます。サグの本当の狙いは「紅い牙」の覚醒であり,主要関係者が阿蘇に集結することになります。
サグは「紅い牙」の覚醒のために二つの仕掛けを用意します。一つはソネットの攻撃力を極限まで高めるために,ランたちの仕業に見せかけてヘリでやってきたメレケスを殺害します。もう一つはバリアに守られたワタル,由里,桐生をバリア・クラッカーにより殺害します。
もっとも親しい人たちを目の前で殺害されランの心に憎しみの炎が燃え上ります。そこにメレケスを父のように慕うソネットによる能力を超えた攻撃が加えられます。ゲシュペンストの意識が引き金となり,ついに人類を憎悪する「紅い牙」が目覚め,強大な力をふるうことになります。
サグはバードの捨て身の攻撃をかわしますが,タロン最強のテレパス・パトナの精神コントロールから逃れたタランチュラにより殺されます。脳に「針」を埋め込まれサグに逆らえなかったソネットは,イワン,バードと一緒にランの救出に尽力します。
しかし,「紅い牙」の強大な力は阿蘇カルデラ全体を噴火させ,未曽有の災害をもたらします。強大な力は奈留と真知の姉妹の居る長崎にまで影響していきます。崖から落ちそうになった奈留はテレパシーによってランの身に起こったことを悟り,真知は奈留の危機に正常な意識を取り戻します。奈留はランが元の優しいランに戻ることを祈りながら身を投じます。多くの人々の祈りが奈留の意識を通じて伝わり,ランは奇跡的に自分を取り戻します。
大災害は唐突に停止し,九州は救われます。阿蘇の大噴火により成層圏まで噴き上げられたソネットは超能力バリアの限界を感じ,自らのバッテリーをバードに差し出し,「電池をあげるわ,バード,もう限界…これ以上バリアをはりつづけていられない…生きて…バード…私の分まで」と告げます。それに対してバードはソネットを抱きしめ,二人は流れ星のように落下していきます。
物心がついたときから「悪魔の子」として母親から疎まれ,タロンのまやかしの世界統一国家論に乗せられた薄幸の少女が初めて恋した男性に抱かれてその生を全うすることができたことは,ランの敵としてタロン・メンバーらしくない「こころ」をもったソネットをこの作品に登場させた作者なりのけじめだったのでしょう。多くの死が描かれた最終話でこのシーンだけがほっとさせられ,「ソネット良かったね」という言葉をかけてあげたくなります。
阿蘇に残されたランとイワンは惨状を眺めながら「ひどいことになったもんだな。これですら軽微ですんだと思わなきゃならないのかもしれない」と話します。ランは「タロンの脅威から世界を解放することがわたしにできるただ一つの償いである」と語り人々の前から姿を消します。