4コマ・マンガの傑作
4コマ・マンガの傑作だと思っています。大きな会社の総務課を舞台に繰り広げられるさまざまなOLの行動が話のネタになっています。20代,30代のOLの興味がある,買物,服,おしゃれ,食べること,ダイエット,バーゲン,恋愛,結婚観などが笑いを誘う話のもとになっています。当然とはいえバレンタインデーとクリスマスにまつわる話は豊富です。
左の欄に第4巻の表紙と人物紹介を載せてみました。表紙の人物と名前がすぐに分かるようですと,あなたも相当な「OL進化論」ファンと認定することができます。私はOL六人組(扉絵ではめぐみが加わって7人います)の名前をチェックするため半日かけて,単行本を飛ばし読みしましたが,第8巻の1ページに一括されて掲載されていました。これはちょっと残念。
掲載されているのが「モーニング」という男性誌にもかかわらず,節度のある笑い,おもわずウンウンとうなずいてしまう心理のあやが上手に4コマの中に凝縮されています。おそらく,女性が読んでも違和感の無い内容だと思います。ときどき,Hがらみの話も出てきますが,決して下ネタのようにどぎついものではありません。
同様にいくつかの過激になりそうなテーマも上手に彼女なりの許容限度内に収める表現となっています。鋭い着想と節度のある表現がこのマンガ,というよりは作者の持ち味です。日常的に起こりうる範囲で多方面にわたる笑いを考え出し,それを自主規制の範囲内で表現するのは大変な苦労があると推測します。ある種の達人ということができそうです。
作者の「秋月りす」はもちろんペンネームです。カバー裏に作者の一言があり,第3巻には「何を考えてこんなカワイイ名前をつけたんだァ」とまわりから笑われたと記されています。私などはなんの違和感も無く,親しみをもってこの作品に接することができましたので,作者が恥ずかしく思うほど奇異なペンネームではないとお伝えしたいところです。
OLの世界を中心に話を作っていますが,秋月さんはOLの経験はなく,現在は家庭を守るかたわらで執筆活動を続けています。とすると何からヒントを得て,このような作品が出来上がるのかとても興味のあるところです。執筆ペースは毎週4ページ,ということは毎週7話ということになります。ちょうど新聞の4コマ・マンガと同じペースです。
単行本は1冊が130ページ,だいたい3年で4冊くらいのペースで単行本になります。20年も連載が続くと,社会情勢やOLの行動様式も変化しそうですが,変わったところといえば携帯が出てきたことくらいです。OLの興味の対象や行動様式はそれほど変化していないということかもしれません。
連載の20年間に晩婚化が進行します
しかし,年齢については晩婚化の影響がしっかり出ています。第7巻あたりでは「29歳の☆☆」という作品が多かったのですが,16巻あたりになると「35歳で独身で」に変わっています。
平均初婚年齢と母親の平均出生時年齢の年次推移(上図),年齢階級別の未婚率の推移(下図),2つの画像は「生命保険文化センター」のサイトから引用しています。元デーとなっている厚生労働省の「人口動態統計」によると,女性の平均初婚年齢は1970年が24.2歳,1980年が25.2歳,1990年が25.9歳,2000年が27.8歳,2010年には28.8歳となっています。
1970年には25歳くらいに出生率のピークがありましたが,2000年では30歳くらいにピークが移っており,しかもピークの高さ(出生率)も半分くらいになっています。これが合計特殊出生率が低下している一つの要因となっています。2010年のデータでは女性が最初の子どもを出産する年齢はほぼ30歳となっています。高年齢になると出産を控える傾向があることから,晩婚化や晩産化は少子化の原因となっています。
また,晩婚化は非婚化にもつながっています。2005年の生涯未婚率は男性が16.0%、女性は7.2%でした。特に男性は2000年と2005年の調査を比べると、約7ポイントも上昇しています。非婚化(生涯結婚しない人)の増加も少子化のもう一つの要因となっています。「35歳で独身」の女性の割合はおおよそ30-34歳および35-40歳の未婚率の平均値となります。こちらも上昇傾向にあり,1995年では15%,2005年では25%となっています。
1990年代には女性が男性をみる第一条件は「収入」だというアンケート結果が出ています。実際の統計でも年収と未婚率には有意の相関が見られます。男性の場合は年収の低い層の未婚率が高く,女性の場合は年収が高いと未婚率が高くなります。
この統計データからは男性と女性がそれぞれパートナーの収入との上下関係をどのように考えているかがうかがえます。男性は下方婚(夫の収入>妻の収入)を望み,女性は上方婚(妻の収入<夫の収入)を望む傾向があるこことが分かります。
女性は自分より収入の高い男性と結婚して生活水準を上げたいと希望してるので,収入の低い男性は対象から外されます。すると,女性の収入が高くなればなるほど,ターゲット・ゾーンに含まれる男性の比率は低下していきます。この作品に登場するOLにもたぶんにその傾向がみられますので,「35歳で独身で」という比率は上昇していきます。
労働環境も大きく変化しています
日本をとりまく経済情勢は大きく変化しており,働いても生活に必要な収入が得られない層はどんどん増加しています。2007年における日本の労働人口(5561万人)のうち34.5%(1732万人)は非正規労働者になっています。
非正規労働者の待遇は劣悪であり,その6割にあたる1000万人は年収200万円に満たない,いわゆるワーキング・プア層を形成しています。主婦のパートなら家計の足しで済みますが,この収入で生計を立てなければならない人たちも相当数になります。小林多喜二の「蟹工船」が若い世代に読まれ,ベスト・セラーになっているという現象の背景には,時代を超えて同じように劣悪な労働条件が再現されていることがあげられています。
作品中のOLはほとんどが正規社員として働いており,それなりの生活は維持されています。この作品はそのような状態を普通のものとして描かれていますが,最近の社会情勢のニュースに接するとどうしても一昔前の会社員の世界のように思えてなりません。
1990年代に米国で台頭したアングロ・サクソン流の金融資本主義は「強欲資本主義」とも呼ばれるようになり,2008年の世界金融危機を引き起こしました。この危機はいかに金融工学を駆使したところでカネが永続的にカネを生み出す装置は作れないことを教えてくれます。
日本はこれ以降歴史的な円高が続いており,輸出産業は非常に苦しい状況に置かれています。今後とも日本の製造業が雇用を守ることができるかはまったく不透明です。円高とユニクロに代表される海外生産→日本販売のビジネスモデルは必然的にデフレをもたらしており,輸出企業やサービス業を含め企業は生き残りのためさらなるコスト競争を強いられています。
この「OL進化論」に出てくるような職場は,もう日本中を探してもそうそう見つかりそうにありません。いまそこにあるのは利益を生み出すための非情な会社システムだけになっています。現実の社会や職場が厳しいものになればなるほど,この作品のほのぼのした世界が懐かしくなります。