亜細亜の街角
酷暑期のウーティ周辺の込みようは尋常ではない
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メッツパラヤム  (参照地図を開く)

マイソールから南に下るとムドゥマライ動物保護区の手前に州境があり,そこから先はタミールナドゥ州となる。ここから西ガーツ山脈にある標高2300mの避暑地ウーティ(ウダガマンダラム)を経由してクーヌール,メッツパラヤム,コインバトールと続く風光明媚な山岳道路がある。このあたりはニルギルと呼ばれ,インドの三大紅茶産地となっている。また,標高360mのメッツパラヤムから標高2300mまでのウーティを結ぶニルギリ山岳鉄道が走っている。

ウーティは英国人のために開発された避暑地である。現在では大勢のインド人が押し寄せることになり,酷暑時期の宿は予約無しには難しいとされている。そのため,ウーティではなくメッツパラヤムに泊まり,山岳鉄道を日帰りで往復しようと考えていたがまったく甘かった。

06時に起床し荷物をまとめる。腹具合は完全に復調したようだ。5月4日に危険信号が出てからコルカタで回復したのが16日である。2週間近く下痢の症状に悩まされていたことになる。そしてさらに1週間が経過して完全に復調したと自信をもって言えるようになった。今回の下痢は症状は軽かったが,そのしつこさにはあきれかえる。コルカタで食事をインド食から洋食に切り替えて良くなったところをみると,インドの食事に胃腸が拒否反応を示したものとも考えられる。

マイソールで確認したトリヴァンドラム//コロンボの往復航空券は350$以上もするし,この後さらに2ヶ月もインド食を食べるのでは身がもたないと判断し,スリランカはあきらめることにした。そうすると帰国まではあと1ヶ月である。

マイソール(165km/09:00)→ウーティ(14:40) 移動

07:30にバススタンドの北側の食堂で朝食をいただく。チャーイでプレイン・ドーサを流し込む。他には食べられそうなものがないのが悲しい。食が細くなり,旅行を続けるには絶対的にカロリーが不足しているのは明らかだ。体重を量らなくても,ズボンのウエストがゆるゆるになっており,体重減が体感される。

08時過ぎにチェックアウトしようとするといつものマネジャーがいない。代わりの人にレシートを示してチェックアウトする。バススタンドでウーティ行きのバスを探したのはまちがいだったかもしれない。南の外れに停まっているバスはマイソールが始発ではなく,すでに乗車率120%でとても乗る気にはならない。ウーティーの先のコインバトール行きでも探せば別の展開になったかもしれない。

ウーティ(ウダガマンダラム)は南インドの有名な避暑地である。酷暑の時期にあたる5月下旬はハイシーズンであり,ウーティに行きのバスは満員であった。バスの近くでどうしようかと思案している,ツーリストバスの客引きが現れた。ウーティまで200Rpだという。このバスに乗ったのが間違いであった。このバスはマイソール発1泊2日のツアーバスであった。

10:30にKSRTCご指定のドライブインに立ち寄る。バスの横ではココナッツ売りがシートの上にココナッツを並べている。ツアー客の多くがジュースを飲み,半分に切ってもらって中の白いコプラを食べている。このココナッツは20Rpのようだ。僕はジュースはさして飲みたいとは思わないがコプラは後学のために食べてみたい。

乗客の持っているものを一切れ,また一切れといただく。ここのコプラは二種類あるようだ。一つはそれなりに硬いもので,もう一つはブドウのように柔らかいものである。ココナッツの外観からは識別できないので,同じものでも熟し方により差があるのかもしれない。

乗客が注文すると売り手はココナッツの上部を切り取り,ストローを刺して渡す。二つに割るときは,左手にココナッツを持ち右手のナタのような刃物でスパッと切る。一回ではコプラのところに達しないので二回,三回と刃物をふるう。間違うと自分の手を切ってしまう危険な仕事だ。

ツアーバスらしく動物がいると停まってくれる

マイソールからウーティに向かう道路はムドゥマライ動物保護区の中を通る。このあたりの標高は900m-1100m,デカン高原と西ガート山脈の境界点に位置している。

ツアーバスらしく動物がいると停まってくれる。外には出られないが写真は撮れる。今日は鹿,象,ハヌマーンが見られた。ここで野生の動物たちを見られたことだけがこのバスに乗った収穫であった。

一気に登る

動物保護区からウーティまでは25kmである。しかし,ウーティは西ガート山脈の山中にあり,1000mの標高差を一気に登らなければならない。バスはローもしくはセカンドでゆっくりと登っていく。

ヘアピンカーブが随所にあり,それぞれ上から1,2,3と番号が付けられており,全部で36あるらしい。ヘアピン・カーブごとに標識があり,この番号が1になると登りはほぼ終わることになる。日光のいろは坂は上りと下り合わせて48カーブなので,こちらの方がカーブは多い。

窓から吹き込んでくる風は涼しくなる

途中で二つの茶園を通過する。しかし,バスは走り続け写真にはならない。ルートの最高標高は2120mであった。ウーティの標高は2300mなので,さらに高原地帯を登ることになる。さすがに窓から吹き込んでくる風は涼しくなる。この時期にインド人がここにやって来る理由はよく理解できる。

ウーティ湖では貸しボートが営業している

ウーティ発のツアーでも必ず訪れるウーティ湖のボート乗り場に到着する。ここは英国統治時代に造られた人造湖である。ウーティの見どころはウーティー湖,ビューポイント,ニルギリ茶園の三点セットで,現地のツアーバスには必ず含まれるポイントである。

僕の乗ったバスもここで1時間の自由時間である。池,ボート乗り場,芝生があるだけの空間である。それでも緑豊かな庭園はインド人観光客には人気のようだ,背後には子どもたちを馬に乗せる場所もあった。

人造湖というよりはちょっと大きな池にはボートハウスがあり,貸しボートが営業している。いつまでもツアーに付き合っていられないのでバスが動き出したところで,バススタンドの近くで降ろしてもらう。車掌は後部の荷物入れから僕のザックを取り出すだけでチップを要求する。もちろん無視したけれどね。

人々は涼しさと自然を満喫しているようだ

乗馬体験もできる

庭園を彩る花たち

ウーティ(16:00)→メッツパラヤム(18:10) 移動

ウーティのバススタンドは三回聞いてようやくたどりついた。人によりみんな違うことを言うので苦労する。バススタンドは屋根付きの待合スペースがあるだけでなんの表示もない。もちろん,バスにも英語の表示はないので乗りようがない。

ガイドブックにはコインバトール//ウーティ間のバスは頻発していると記されているので安心して待っていると,30分経ってもそれらしいバスは現れない。ようやく教えてもらったバスには乗客が殺到しており,大変な混雑となる。もちろん,座ることなど到底無理である。一列5人掛けで通路空間の狭いバスで140%の乗車率はひどい混雑である。荷物を網棚に上げることができたのはこの状態でも幸いであった。

ゆれの大きな山道の走行でも両手で体を支えることができる。感じとしてはメッツパラヤムを通るバスは1時間に1本程度しかないようだ。乗客に比してバスの本数が少ないためこのような混雑になるよだ。途中の村でも乗客の乗り降りはある。ひとまとまりの乗客が降りてほっとすると,次の一団が乗り込んできて再び140%状態となる。

18:10にようやくメッツパラヤムのバススタンドに到着した。出入り口は後部の一ヶ所しかない。外に出ようとする人,前に進んで座席を確保しようとする人,僕は荷物を背負う空間がないので一番最後に出ることになる。すると,次の乗客が乗り込んでくるので「エクスキューズ・ミー」を連呼してようやく外に出ることができた。オン・シーズンのウーティには近寄ってはいけないという教訓がしっかり染み付いた。

この辺りは3つの州の州境になっている。今朝出発したマイソールはカルナータカ州にあり,ウーティとマッツパラヤムはタミールナドゥ州,そしてここから少し西にいくとケーララ州となる。ひどく混雑したバスで疲れたので,バススタンドでマーザを飲ませてもらい一息つく。バススタンドの外にはロッジの文字が見えるので道路を横断して歩いていく。

Nanda Lodge のシングルは300Rp,部屋は8畳,広くて天井が高く,とても清潔である。床は大理石が敷かれている。バスルームも広く清潔である。ベッドはクイーンサイズでマットレスの包装材が気になるけれど寝心地は悪くない。この設備では値段交渉をする気にもならない。おとなしく300Rpを支払う。

タミールナドゥ州に入ると宿の設備は良くなりそれにつれて料金も高くなっている。当初計画ではここに泊まってクヌール(現地の発音はこのように聞こえた)の茶園を訪問することになっていたが,再びウーティに近寄りたくないので,明日はコインバトールを経由してトリチュールに移動することにしよう。

バスの中では人ごみに押されて,パソコンとカメラの入ったザックにかなりの力が加わった。宿に着いてチェックすると両方とも元気に動いてくれた。これは不幸中の大きな幸いである。夕食は外の食堂でベジ・フライドライスをいただく。いちおう合格点である。金属容器に入って出てきたものを,バナナの葉の上にあけていただくスタイルである。

ニルギリ山岳鉄道始発駅

昨夜はファンを回したままトレーナーと半袖で気持ちよく寝ることができた。蚊もいないし快適な夜であった。今朝は06時に起床し,ニルギリ登山鉄道の始発列車を見に行く。バススタンドはすでに乗客が集まっていた。これからウーティに向うのであろうか,よそ行きの服を着た一団がバスを待っている。

ここでウーティ行きの列車が出る駅をたずねると,あっちだよと教えてくれた。鉄道駅はバススタンドの北西側にあり,歩いて5分の距離である。ここには通常の鉄道とメーターゲージのニルギリ山岳鉄道の二つの線路がある。山岳鉄道は小さな蒸気機関車が活躍しており絵になる。

インドでは英国統治時期に避暑地が開発され,そこに向う狭軌の山岳鉄道が敷かれた。険しい山岳地域を一気に上るため,急なカーブが連続する難コースとなり,小さな車両でなければ曲がりきれないのでトイ・トレインとなった。現在,残っている@ダージリン・ヒマラヤ鉄道,Aニルギリ山岳鉄道,Bカールカー=シムラー鉄道が世界遺産に登録されている。

いずれも人気のある鉄道のため,ハイシーズンは突然行って乗れるものではない。ここには山岳鉄道と普通の鉄道の両方が通っており,手前に普通の鉄道線路,奥側に修理工場に向う山岳鉄道の狭い線路がある。

先頭が一等車となっている

駅で予約状況をチェックしてみたら一等車のウエイティング・リストには30人ほどが名前を連ねていた。駅のプラットホームには客車だけが停まっており,機関車は入れ替え線のところにいる。小さな蒸気機関車である。

まず蒸気機関車の写真を撮り,続いて客車の写真を撮る。最前部(右側)に一等車があり,空席はなしと表示されている。2等の客車もやはり満席であった。完全な座席指定になっているため,立っている乗客はいない。

機関車が動き出して最後尾に連結する

機関車が動き出して,となりの線路を進み,それから向きを変えて最後尾(左側)に連結する。つまり,機関車は客車を押して動くことになる。これなら,一等車の見晴らしはとても良くなる。

07:13という半端な時間に列車は動き出した

駅の少し先にカーブがあり,近くに台があったのでそこで写真を撮ることにする。周辺にはカラスが多く,まず彼らを追い払って出発を待つ。列車は07:13という半端な時間に列車は動き出した。

ニルギルの山並み

ニルギリの山並みを撮ろうとして駅から歩き出す。しかし,家並みがジャマをしてそれほど良い場所にはめぐり合わなかった。

これはなんだろう

大木の根元の神像に祈る

ヒンドゥー寺院があり菩提樹の前に並べられた石像の回りを女性たちが時計回りに回り,石像に色粉を溶いたものを付けている。なかなか絵になる。この写真を撮っていると近くの男の子がフレームに入り邪魔をする。ねえねえ,君たちの写真はあとで撮ってあげるからジャマしないでと言いながら,女性たちの写真を撮る。

女性たちの中に美少女がおり,頼んで一枚撮らせてもらう。石像と寺院のラインの交点にやぐらがありかがり火のようなものが焚かれている。女性たちはこのやぐらの周辺にも色粉を付けている。よく黒い神像に鮮やかな色粉が付けられているのは,このような行為によるものだったのだ。今日が特別の日なのか,それとも彼女たちは毎日このようにお参りをするのかは分からない。

木組みの上の何かに祈る

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寺院参拝に必須の花輪


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