亜細亜の街角
対岸には熱帯雨林のかけらが残されている
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カピット  (地域地図を開く)

シブからラジャン川を150kmほど遡ったところにある人口6万人ほどの町である。町の人口の大半は先住民族のイバン人と白人王の時代に入植してきた華人で占められている。

地形的にはボルネオの脊梁山脈に平地が食い込んだところにあり,両岸は低い山並みとなっている。下流のシブとの間は高速船で結ばれている。この先は急流域があり,ロングボートが交通の手段となる。

歴史的には1880年に初代白人王のチャールズ・ブルックが砦を築いている。これは,イバン人が上流の地域に進出するのを防ぐためであった。その時期からカピット地域には中国系の移民が入植している。現在のカピットは開発が進み,伝統的なロングハウスなどの先住民族の文化に触れようとするならば,さらに上流まで行かなければならない。

シブ(07:00)→カピット(09:45) 移動

06:20にチェックアウトして船着き場に向かう。何社もの船会社が看板を出している。看板には行き先と出発時間が記載されているので,その中から07時発のところでチケット(20リンギット)を買う。

06:45までには乗船してくれと言われ,朝食の材料を探しに行く。マントウも普通のパンは見つからなかったので,代わりに蒸したごはんをバナナの葉でくるんだものを2本(1.4リンギット)いただいた。ココナッツミルクが使用されており,それだけで食べることができる。

船の周囲には今日もずいぶんたくさんのツバメが飛び回っている。子育ての時期なので親ツバメはもっとも忙しい時期だ。地域で食料となる小さな昆虫が十分であればすべてのツバメはここで子育てをすることになるが,一部は日本を含む北に移動し,そこで子育てをする。

高速船では写真が撮れない

高速船はエコノミーとビジネスクラスに分かれており,どちらもエアコンが入っている。かなりの寒さなのですぐに長袖を着込むことになる。定刻に出発した高速船は時速60kmほどの速度で上流に向かう。シブの標高は50m,中流部のカピットでも100mであり,川の流れはほとんどないに等しい。

窓は色のついたフィルムラがミネートされており,動いている間は外に出ることができないので写真にはならない。これはとても残念だ。1993年に訪問した時は運行中も屋根に上ることができたので川岸の風景を楽しむことができたのに,ここも安全が最優先されることになった。

川岸にはところどころでロングハウスを見ることができる。いずれも新しいもので規模も小さい。川岸は赤土がむき出しになっており,川による浸食は相当なものだ。さらに伐採道路などによる流域全体からの土砂の流出はどのくらいのものかは検討もつかない。何ヶ所もの木材集積所もある。

商品価値の高い大きな木すでに残されていないので,現在はより細い木が対象となっているようだ。台船が横付けされ,クレーンで木材が積み込まれているところもあった。木材会社は森や先住民の慣習地保全の声をまったく無視してひたすら利益を追求する。その後には劣化した森と泥でにごった川が残される。さらに,伐採のライセンスが終了すると,次にはアブラヤシなどのプランテーションの借地契約が発効する。

船着き場では写真が撮れる

ときどき船着き場に止まるときだけは小さな甲板に出て写真を撮る。ラジャン川の流域はほどんど道路はなく,地域の人々はロングボートで移動する。細身で平底のボートに船外機を取り付けたもので,その気になるとモーターボート並みの速度が出る。

船外機は圧倒的に「YAMAHA」が多い。このクラスでは2-25馬力の製品がカタログには掲載されている。近くの船の船外機には「15」という数字が見える。おそらく15馬力のものだろう。

このクラスは2気筒で総排気量は400cc,重さは55-60kgである。起動はCDI(コンデンサー・チャージ・イグニッション)であり,バッテリーはもっていないようだ。冷却は水冷であり,駆動軸に水をくみ上げる小さな羽が付いている。エンジンを冷やした冷却水は排気ガスと一緒にプロペラの中央の穴から水中に戻される。

カピットに到着する

カピットには09:30に到着した。船着き場からは川岸の高さまで階段を上ることになる。最上部は現在の水面から10mほどのところにあり,階段を支えるやぐらの7-8mのところにまで漂流物や泥が付いている。また,川岸の同じ高さまで泥がたまっており,雨期の増水は相当のもののようだ。シブからカピットの間で観察した限りでは,水位の変化はシブでは2m未満,途中の船付き場では4mほどであった。

加帛拉譲酒店(Kapit Rejing Hotel)

カピットはガイドブックの情報に比してはるかに大きく,近代的な町である。宿もたくさんあり,最初に入った加帛拉譲酒店が30リンギットだったのでここに決定した。部屋は6畳,1ベッド,トイレ・シャワー付きで清潔である。

ラジャン川の船着き場

川沿いはずっと船着き場になっており,一部には幅100mほどの大規模な建造物の工事が行われていた。ラジャン川は濃い茶色に見えるが,見た目ほどは泥を含んでいない。手ですくってみると細かい泥を溶かし込んでいた。水温は水遊びをするのにちょうど良い。しかし,水深があるのか川で遊んでいる子どもたちはいない。

シブ行の高速船は頻繁に発着している。上流側に向かう船着き場からもスピードボートが出ており,人と物の移動が非常に活発であることを物語っている。船から陸上までの荷物の運搬は人手に頼っている。別の船着き場には20-25度くらいのコンクリートのスロープがあり,トラックがアクセスできるようになっている。

メインの船着き場は水面から10mも高いところにある。下を見下ろすとロングボートが密集している。道路のないこの地域では,ロングボートは自家用車のようなものだ。道路はないと書いたが伐採道路は別だ。google の航空写真を見ると緑の大地にひび割れたような白い線が走っている。これが伐採道路であり,尾根筋を通りながら森を2km四方ほどの大きさに分割している。

そのような伐採道路は所々でラジャン川に届いており,そこが木材集積所になっている。ラジャン川の周辺は先住民の土地権で守られているのか伐採道路は比較的少ない。この伐採道路はインドネシア国境に到達している。すでにラジャン川水系では未開発の土地など存在しない。

中国寺院

ここの中国寺院もコンクリート造りとなっていた。本尊は「福徳正神」となっている。シブと同様に福州ゆかりの神仙なのだろう。本堂の壁面には艶やかな女性の神仙が描かれている。「洛水神仙」の絵には八三年と記されていた。反対側の壁面にはタイル状に仕切られており,それぞれに絵物語が描かれている。この内容も写真にはしたが,内容はまったく分からなかった。

市場

市場は壁がなく柱と屋根だけの構造となっている。床はタイル張りとなっており,そこに布を敷いて商品を並べている。広さはたたみ1枚ほどであり,近在の人々が前の日に収穫されたものを持ち寄っているという感じを受ける。

ワラビ

ワラビはシダ植物の一種であり,葉が開く前の若芽が食材となる。シダ植物なのでワラビも成長すると葉が開き,羽状複葉の普通のシダとなってしまう。ワラビは毒性がありそのままでは食用にできない。いわゆる灰汁抜き(アク抜き)という作業であり,ワラビの上に重曹や木灰をふりかけ,熱湯をその上からかけ,落し蓋をして一晩置く。

東南アジアではやはりワラビを食べる文化があり,何回か目にしたことがある。おそらく灰汁の抜き方も同じであろう。森の食材の利用に関しては経験を積み重ねてきた先住民族のほうがずっとよく知っているはずだ。ワラビの毒性のため家畜が摂取すると中毒症状を起こす。また,発がん物資を含んでいることも知られているが,一度に大量に摂取しない限り健康には影響しないと報告されている

ショウガ

日本の食生活にすっかり溶け込んでいるショウガ(ショウガ科・ショウガ属)は熱帯アジア原産である。地下に根茎があり,そこからまっすぐな地上茎を伸ばし,その両側に葉を互生している。原産地の熱帯アジアでは花茎を伸ばし開花するが,日本で花はほとんど咲かない。

独特の辛味成分があり,アジアでもヨーロッパでもハーブや香辛野菜としてよく使用されている。中国では紀元前から民間療法あるいは漢方薬としても広く使用されている。日本に伝来したのは3-5世紀頃とされている。ただし,現在のようにショウガ(生姜)と呼ばれるようになり,食べられるようになったのは江戸時代からとされている。世界的にはインド,中国,インドネシアの生産量が多く,日本は中国から大量に輸入している。

今日の商品

近郊の先住民族が自分の畑でとれたものを売りに来ているのであろう。おばさんが自分の店の商品をていねいに並べている。プラスチックのボウルに入っている一山の果物には1リンギットの値札がついている。茶色の山になっているのはローカルのタバコであろう。

バナナ

インドではモンキーバナナと呼ばれるような小ぶりのバナナは1kgで3リンギットとずいぶん高いと思った。僕のイメージでは中くらいのものが3本で1リンギットである。しかし,よく考えてみると中くらいのものは1本100g程度なので1kgは3リンギットになる。なるほど適正価格だ。

ナマズの仲間

ナマズ(英語名:Catfish)の仲間の最上位分類であるナマズ目は35科446属で構成され,およそ2800種が知られている。現生魚類はおよそ2.8万種なので,そのうち1割はナマズ目に属している。淡水魚(約1.2万種)に限定すると2割がナマズの仲間で占められる。南北アメリカでは種類が多く,アフリカ,南アジア,東南アジアに生息する種類も多い。

ナマズの仲間に共通する特徴は大きな頭部と幅の広い口,そして口ひげである。多くの場合,環境中の食物連鎖の頂点近くに位置し,口に入る生体は何でも捕食する。ボルネオのように泥を溶かし込んだ水中でも発達した感覚器官である口ひげを使用して獲物を捕獲するすぐれたハンターである。成長が早く,食べた獲物と同じだけ体重が増えると言われるほど効率がよいので,昔から重要な漁業資源となっている。

母親は子連れで市場で商品を売っている

上流に向かう船着き場

カピットから上流側に向かう船着き場がある。最も遠いのは「ベラガ」で155kmとなっている。カピットの少し上流側でラジャン川は二手に分かれる。その一つが北側の山地を縦断して合流するバタム川である。この川をずっと遡ったところにベラガがあり,その西60kmのところに巨大な「バクン・ダム(正確な位置は北緯02°45′,東経 114°03′)」がある。

「Balui River」をせき止めたダムの堤高は205m,人造湖面積は700km2である。2011年とされる完成時の発電容量は2400Mw(240万kw)であり,大きな原子力発電所2基分に相当する。世界最大の三峡ダムの発電容量が1820万kwなので,バクン・ダムはその1/8に相当する。ここで生み出される電力は半島部の西マレーシアにもHVDC(高圧直流送電)海底ケーブルで送電される計画である。

カピットの街並みは新しい

少し上流側には家船の風景も見られる

船が交通手段

泥色の川を渡ってロング・ボートが船着き場に近づいてきた。時刻は11時を少し回ったところだ。乗っているのは学校に向かう子どもたちである。地域の学校はカピットにあるので,こうして集団で舟で登校しているようだ。子どもたちは目ざとく写真を撮っている僕を見つけ,ピースサインを出す子もいた。

川岸との高低差は10mほどある

対岸には森が広がっている

船着き場の対岸は緑に覆われており,森が広がっているように見える。おそらくここは先住民の土地権が認められており,伐採の手が入っていない地域なのだろう。実際,google の航空写真を見ると対岸部は伐採道路(伐採道路)が走っていない10X20kmほどの区画がある。伐採道路は森を2km四方ほどの区画に分断していくので,これは木材伐採が行われていない地域と考えることができる。

木材伐採は商業的に価値のある大きな木だけを選択的に伐採する。この方法は択伐といわれ,一定区画の樹木をすべて伐ってしまう皆伐に比べると環境負荷は相対的に小さい。しかし,伐採道路で森を分断し,大木を切り倒し伐採道路まで運搬することによる森林や生態系の劣化は決して小さくない。

この風見鶏はサイチョウであろう

内陸に向かう道を歩いてみる

カピットまで来たら熱帯雨林を見ることができると期待していたら,まったく裏切られた。道路沿いを西に内陸部の方に歩いてみると,新しい町ができており引き返すことになった。東に行っても同じようなもので,熱帯林散策は諦めざるを得ない。

■調査中

子どもたちの写真

地域の先住民族であるイバン人の家屋はそこかしこにあるものの,子どもの写真を撮るのも容易ではない。そういえば市場で写真を撮っているときも,写真はダメと言う女性が何人かいた。

中には普通に写真を撮らせてくれる女の子もおり,写真の可否がどのような判断基準に基づいているのか見当がつかない。

ロングハウスの名残が残されている

■調査中

内陸部には新しい町ができている

再びラジャン川の風景

今日も市場を覗いてみることにする

Kapit Town Square の装飾

町の中心部に「Kapit Town Square」がある。日本語では中央広場ということになるのだろう。広場の中心部には意味不明のモニュメントがあり,入り口の門には左の写真のような飾りがあった。しかし,これは装飾品ではなくダヤクの戦士が使用する盾である。

ボルネオの先住民族の中には首狩り族と知られている民族がいくつかある。中でもサラワク州の先住民族の多数を占めるイバン人は最強の首狩り族として恐れられたいた。敵対する集団同士の武力紛争がロングハウスという一族の集合住宅を生み出したいえる。

イバン人の戦士はこのような盾,槍,山刀で武装し,戦闘を繰り返していた。首狩りの風習は白人支配とともに終焉したが,現在に引き継がれている戦士の踊りは昔ながらの武装で行なわれている。

上流側の船着き場

白い雲が湧き上がる

空には大きな雲が湧き上がっている。熱帯ではよく見られる強い上昇気流が生み出す積雲である。周辺は白いが内側は灰色になっている。この違いは光の当たり方と雲の厚さによるものだ。雲は上昇気流中の水分が氷結したものであり,細かい氷の粒や水滴がある密度で浮かんでいるものだ。

雲に太陽光があたると小さな氷の粒により乱反射され白く見える。これは透明な結晶であるショ糖(上白糖)が白く見えるのと同じ原理である。つまり,観察者が反射光を見る位置にいる場合,雲はいつも白く見える。

観察者と太陽の間に雲がある場合は条件により雲の色は異なる。薄い雲ならば光は乱反射されながら透過することができるので,下からみても白く見える。ところが,雲が厚くなると光は透過することができず,その場合は下から見ると灰色や黒色に見える。

家船の風景

カピットの夕暮れ

夜は窓を開け,ファンを最弱にして寝た。蚊は入ってこず,代わりに小さな蝉が飛び込んできた。記念撮影をしようとしたがうまくいかなかった。外に出して窓を閉めると,じきにいなくなった。

カピットではボルネオの自然や伝統文化がもう少し見られると思ったのに,まったく期待外れであった。そのため,1泊で移動することにした。06:15にチェックアウトして角の食堂でスープ麺(2.5リンギット)をいただく。暑い気候のボルネオではスープなしのメンが普通であり,スープ・ミーといって注文しないとスープなしのものが出てくる。


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