アッラー
木石,動物,天体は言うに及ばず,いかなる人間,天使,悪魔であれ,時空の中に存在する限り,それは有限であり,有限な存在は全て被造物であるに過ぎない。
宇宙は時空を超えた存在によって無から創造された。この時空を超えた宇宙の創造者がイスラームで言う「神」,アッラーである。アッラーは時空の創造者であって,時空によって拘束されることはない。宇宙であれ,異次元であれ,いかなる場所にもアッラーフは存在しない。神は何処にも存在しない。時空を超越した神の存在は,そもそも「何処に」と答えられるようなものではない。
時空を超越し姿形を有さないにもかかわらず,神は人間とコミュニケーションを行う人格神である。空間の中に位置する身体ではなく,心が神と人間のコミュニケーションの場であり,言語がその媒体となる。人格神である,とは,神が人間に語りかける神であることを意味する。そして人間に語りかける人格神アッラーフは,言葉をもって人間に善を命じ,悪を禁じ,法を定める立法者でもある。
創造主にして,立法者。アッラーは宇宙の存在の根源であると共に,人間の法/道徳規範の源泉でもある。
イスラームの根本教義とは,アッラーが,万物の唯一の創造主であり,彼のみが森羅万象を司っており,何物もその意志なくしては一瞬たりとも存在し得ないことを悟り,その命(めい)のみに服従し,唯神のみに崇拝を捧げ尽くすことに他ならない。そしてそれこそがイスラームの信仰告白句「ラーイラーハイッラッラー(アッラーの他に神はなし)」の意味なのである。
使徒(ラスール)
アッラーは人間に語りかける神であり,神と人間のコミュニケーションの可能性は常に開かれている。とはいえ,神と人間の直接的コミュニケーションは稀にしか生じず,個々人ではなく社会全般を対象としたメッセージが神から届くような場合は特にそうである。そのような社会的メッセージを人々に伝えるために,特に神によって選ばれた者が使徒と呼ばれる。使徒は神のメッセージを間違いなく人々に伝える使命を帯びているため,人格と知性に秀れ信望を集める選良でなければならない。モーセやイエスもこうしたアッラーの使徒であり,両者はユダヤ民族全体に適用されるメッセージ,『律法』,『福音』を神から授かり,彼らにそれを伝えた。この『律法』,『福音』がそれぞれユダヤ教,キリスト教の基礎になった。
アッラーは全ての民族に使徒を遣わしたが,人類の文明が一定の水準に達した時点で,様々な民族を超えて人類全体に永遠に妥当する普遍的メッセージが伝えられることになった。その最終メッセージが『クルアーン』であり,その担い手として選ばれた使徒がアブラハムの裔,アラブ民族出身のムハンマドであった。
イスラームの教義の詳細は,この神の使徒ムハンマドによって明らかにされた。それ故,イスラームは「ラーイラーハイッラッラー(アッラーの他に神はなし)」に加えて「ムハンマドゥンラスールッラー(ムハンマドはアッラーの使徒なり)」を信仰告白句に加え,通常,ムハンマドが神の使徒であると認め,ムハンマドの齎したメッセージの遵奉を誓った者をイスラーム教徒,ムスリム(帰依者)と見做すのである。
最後の審判
アッラーは宇宙の創造者であるばかりでなく,規範,価値の源泉であり,人間に使徒を遣わし,法を定め,善を命じ,悪を禁じる。
そして人間は行為の自由とその責任を賦与された存在として,個人として各自が悪を退け,善を行うのみならず,社会として悪を阻み,善を勧め,善行が報いられ,悪事が罰せられ,正義が行われるよう,神の定めた法を施行する義務を負う。 しかし現世の社会秩序においては人間に裁量の自由が与えられているため,正義は必ずしも貫徹されず,悪が栄え善が滅びることも稀ではない。
神は,宇宙の歴史の終末の後に,全ての人間を甦らせ,生前の全ての行為の記録を読み上げ,審判を下す。いかなる善行も見落とされることはなく,故なく被った義人の苦しみは癒され,悲しみは慰められ,公正な裁きが下され,誰一人不当な扱いを受ける者はない。一方,どのような悪行も見逃されることはなく,懲罰を受けるが,神は僅かでも赦しの余地のある罪人には慈悲を垂れ,罪を減じ,罰を免じる。
人間の生命は現世の生死を超えて永遠であり,神の正義と慈悲が顕現する場が最後の審判なのである。
六信五行とは?
宗教としてのイスラームの信仰と教義は,二つの基本から成り立っています。一つは,「アルカーン・イーマーン」と称する六つの信仰箇条であり,他の一つは,「アルカーン・イスラーム(イバーダート)」と呼ばれる,五つの宗教的義務であります。これをイスラームの「六信・五行」と称し,すべてのイスラーム信徒に課せられています。
●六信
(1)アッラーを信ずること
(2)アッラーの諸天使を信ずること
(3)アッラーの諸啓典を信ずること
(4)アッラーの諸預言者を信ずること
(5)来世を信ずること
(6)天命を信ずること
イスラムの経典
啓典とは,アッラーが天使ジブリールを通して人間に示された啓示で,複数あります。中でも特に神聖視されているのが最高啓典である「クルアーン」,次いでムーサー(モーゼ)に与えられた「トーラー」(=五書。『旧約聖書』の「創世記」「出エジプト記」「レビ記」「民数記」「申命記」),イエスに与えられた『福音書』(『新約聖書』の「マタイ」「マルコ」「ルカ」「ヨハネ」の四福音書),ダーウード(ダビデ)に与えられた「詩編」です。
日本ではコーランとよんでいますが,正しくはアル・クルアーン(読誦すべきもの意味)といいます。アラビア語で書かれたイスラーム教の聖典です。
預言者ムハンマドが西暦610年から632年の23年間,アッラーから受けた啓示(神の言葉)を1冊にまとめたもので,114章から成っています。内容は神の唯一性,最後の審判や天国と地獄などといった宗教的事柄から経済や法律など日常生活に関する事柄などが含まれています。
クルアーンはムスリムにとっては生活規範となる憲法的存在であり,第一の法源となっています。現在のクルアーンは,第三代カリフ・ウスマーンが651年に結集したものを正本としています。イスラーム教の聖典はアラビア語の原本が正書とされ,他の言語に翻訳されたものは同格と見なさず,意味の解釈としています。