私的漫画世界
現代版の洗練された不思議の国のアリスだね
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薮内貴広

ネット上を精査しましたが,「薮内貴広」に関してはまったく情報が得られませんでした。分かったことは2008年の「Fellows! volume 1」から2011年の「Fellows! volume17」まで「イン・ワンダーランド」を連載したことと,それ以前には作品を発表したことがないということです。

つまり,「薮内貴広」はビームコミックス編集部が発掘・育成した新人であり,その最初の作品が「イン・ワンダーランド」ということになります。しかし,第1巻と第2巻の表紙絵から分かるように,物語の独特の世界観を非常に完成度の高い絵で表現しており,新人離れした作品に仕上がっています。

「イン・ワンダーランド」は2011年に連載が終了していますが,それ以降は「Fellows!」や後継誌の「ハルタ」に作品を発表していません。

処女作において独特の世界を独自の絵柄で描き上げ,完成度の高い作品という評価を得たことにより,次作の構想に苦吟されているのでしょうか。それとも,第一作で自分の描きたかったものを出し切ったので,もう漫画の世界ではすることがないと考えたのでしょうか。

どのような理由からなのか分かりませんが,4年間に及ぶブランクは読者にとって次作の期待を膨らませるものとなっています。

「イン・ワンダーランド」の世界

「イン・ワンダーランド」の背景には「不思議の国のアリス」「マザ−グース」「ピーターラビット」という英語圏の古典童話あるいは伝承童謡が存在します。

ちょうど「日本むかし話」「日本おとぎ話」「日本の抒情歌・童謡」が日本の文化あるいは日本人の文化観に大きな影響を与えているように,前記の三つの作品は英語圏のみならずヨーロッパの文化に大きな影響を持ち続けており,「聖書」「シェイクスピア」と並んで英米人の教養の基礎となっているとも言われています。

2014年に世界中で大ヒットした「アナと雪の女王」により,米国アニメ界の巨人として君臨する「ウォルト・ディズニー社」が再認識されました。この会社の創始者である「ウォルト・ディズニー」がハリウッドに進出して最初に手掛けたのはカンザス時代に一本だけ制作した「アリスの不思議の国」シリーズの続編商品を販売する事業でした。

その後,カンザス時代のメンバーを集めてアニメ制作会社として再起しました。ユニバーサル・ピクチャーズと繋がりを得たウォルト・ディズニーが最初に登場させた自社キャラクターは「オズワルド・ザ・ラッキー・ラビット」でした。オズルドを主人公にしたアニメシリーズはスタートと同時に子どもたちの間で大人気となりました。

ディズニーアニメではウサギ,ネズミ,イヌ,アヒル,クマなどなじみのキャラクターが服を着たり,人間と会話することができますが,その底流にあるものは「不思議の国のアリス」「マザ−グース」「ピーターラビット」という古典作品なのです。

上記の古典の中で「イン・ワンダーランド」にもっとも大きな影響を与えているのは言うまでもなく「不思議の国のアリス」です。

しかし,私は子どもの頃にこの作品を通読した記憶がありません。小学生の頃は子ども用の「世界文学全集」が主要な愛読書であり,そこには「不思議の国のアリス」は含まれていません。

この作品はあまりにも荒唐無稽であり,夢の中の出来事のように一貫性や論理性に乏しいものであり(60年前の日本では)童話としては認められても,児童文学としては認められていなかったようです。

「不思議の国のアリス」は12章に分かれており,日本語ならば各章は5分もあれば読むことができます。しかし,物語そのものは退屈なものであり,英語の原文には英語ならではの言葉遊びや当時よく知られていた教訓詩や流行歌のパロディとなっているものがたくさん含まれています。(言語的・文化的な背景が異なりますので)日本人にとってそのようなものはなじみの薄いものであり,全体像を理解するのには難しいものがあります。

また,「不思議の国のアリス」でもっともよく知られているジョン・テニエルの挿画の何枚かを掲示してありますが,19世紀末期とはいえけっこうリアルで子どもたちにとってなじみやすいとはいえないものです。

「イン・ワンダーランド」は「不思議の国のアリス」の世界の一部を引き継いでいるものの,面倒な言葉遊びや「マザーグース」の童謡からの引用は最小限にとどめており,柔らかい線画のような絵柄により読みやすい作品となっています。

第1話,第2話あたりまでは少女エリゼの住む世界の説明に多くが費やされ,物語の方向性が見えませんでしたが,第3話からはエリゼと彼女の住む世界の住民との暖かい交流が描かれるようになります。

ときどき出てくる不可解な部分の原型はだいたい「不思議の国のアリス」にあり,その関係性について考えるのも謎解きのような面白さがあります。ともあれ,「不思議の国のアリス」の随所にみられる荒唐無稽さあるいは狂気をフィルターで取り除き,魔法が息づく透明で静謐な独自の世界を構築した作者の力量が伝わってきます。

「不思議の国のアリス(Alice's Adventures in Wonderland)」は,イギリスの数学者チャールズ・ラトウィッジ・ドジソンがルイス・キャロルの筆名で書いた児童小説。幼い少女アリスが白ウサギを追いかけて不思議の国に迷い込み,しゃべる動物や動くトランプなどさまざまなキャラクターたちと出会いながらその世界を冒険するさまを描いている。

キャロルが知人の少女アリス・リデルのために即興でつくって聞かせた物語がもとになっており,キャロルはこの物語を手書きの本にして彼女にプレゼントする傍ら,知人たちの好評に後押しされて出版に踏み切った。1871年には続編として「鏡の国のアリス」が発表されている。(wikipedia より引用)


ピーターラビット(Peter Rabbit)は,ビアトリクス・ポターの児童書に登場する主役キャラクターであり,シリーズ作品の総称ともなっている。「ピーターうさぎ」と翻訳されている場合もある。このキャラクターは擬人化され,明るい青色の上着を着用した姿で描かれている。

1893年9月4日にビアトリクス・ポターが友人の息子に宛てた絵手紙が原型である(同日がピーターラビットの誕生日とされる)。1902年には初の本「The Tale of Peter Rabbit(日本語タイトル:ピーターラビットのおはなし ピーターうさぎ,ピーターうさぎのぼうけん)」が出版される。(wikipedia より引用)


マザー・グース (Mother Goose) は,英米を中心に親しまれている英語の伝承童謡の総称。イギリス発祥のものが多いが,アメリカ合衆国発祥のものもあり,著名な童謡は特に17世紀の大英帝国の植民地化政策によって世界中に広まっている。

600から1000以上の種類があるといわれるマザー・グースは,英米では庶民から貴族まで階級の隔てなく親しまれており,聖書やシェイクスピアと並んで英米人の教養の基礎となっているとも言われている。現代の大衆文化においても,マザー・グースからの引用や言及は頻繁になされている。(wikipedia より引用)

第1話と第2話を比較すると

第1話と第2話を比較すると絵柄とストーリーがかなり異なっていることに気が付きます。第1話は女王の森(ワンダーランド)を紹介するような体裁となっており,ことさらその不思議さを強調する内容となっており,物語の方向性が定まっていないように感じられます。絵柄も第2話に比べてかなりラフであり,まるでジョン・テニエルの挿画を思わせるものでした。

このままではとても読者の支持を得られるレベルではなかったことでしょう。ところが第2話になると絵柄のタッチは似ていてもはずいぶん洗練されたものに変わっています。話の内容も主人公のエリゼとワンダーランドの住民たちとの暖かい交流に焦点があてられ,物語の方向性が確立しています。

この間の変化はおそらく読者の反響もしくは編集部の影響によるものなのでしょう。漫画作品の場合,作品の連載と読者の反響が同時進行で進みますので,作者の独りよがりのようなところは編集部により矯正されることになります。「イン・ワンダーランド」の場合はそれがよい方向に働いたと推測します。

ちびのウィンキーの歌

第2話の中でカエルさんが魔法の馬を走らすために「ちびのウィンキーの歌」を唄います。ウィー・ウィリー・ウィンキー(Wee Willie Winkie)とは1841年にウィリアム・ミラーにより書かれた同名のスコットランド童謡のベッドタイムの象徴であり,マザーグースの1つに分類されています。wikipedia には原語のスコットランド語,英語訳,日本語訳が掲載されています。

Wee Willie Winkie runs through the town,
Up stairs and down stairs in his night-gown,
Tapping at the window, crying at the lock,
"Are the children in their bed, for it's now ten o'clock?"
"Hey, Willie Winkie, are you coming in?
The cat's singing purring to the sleeping hen,
The dog's spread out on the floor, and doesn't give a cheep,
But here's an insomniac boy who will not fall asleep!
"Anything but sleep, you rogue! glowering like the moon,
Rattling in an iron jug with an iron spoon,Rumbling,
tumbling round about, crowing like a cock,
Shrieking like I don't know what, waking sleeping folk.
"Hey, Willie Winkie - the child's in a basket!
Wriggling from everyone's knee like an eel,
Tugging at the cat's ear, and confusing all her purrs
Hey, Willie Winkie - see, there he comes!
"Weary is the mother who has a dusty child,
A small short child, who can't run on his own,
Who always has a battle with sleep before he'll close an eye
But a kiss from his rosy lips gives strength anew to me.

ちびのウィリー・ウィンキーが街を駆け回る
寝間着を着て階段を昇り降り
窓を叩いて鍵穴から叫ぶ
「子供達はベッドに入ったかい。十時だよ」
「おいウィリー・ウィンキー。来ていたのかい」
猫が眠っている雌鶏に喉を鳴らす
犬は床に延びていて鳴き声も出さないでも眠ろうとしない 夜更かしの坊やがここに眠っていない奴は全部悪者だ! 月の様に睨み付けて鉄の水差しを
鉄の匙でガタガタいわしてゴロゴロコロコロあたりを転がし,

雄鶏みたいにギャーギャーと
知らないなにかみたいに叫び,寝てる人達を起こしてる
「おいウィリー・ウィンキー―子供は揺り籠の中だ
鰻の様に皆の膝からのたくって
猫の耳を引っ張って喉鳴りを乱してる
おいウィリー・ウィンキー―見ろ,彼が来る」
うんざりなのは母親。埃っぽい子供を持った
自分では走れない小さなちびっ子
いつも目を閉じようとするまえに眠りと戦う
でも彼の薔薇色の唇のキスは新しく力を与えてくれる

第3話|森の学校

エリゼは森の学校に再び通うことになります。なんと1年ぶりの学校です。学校を休んでいた理由は同居しているトト(ヤマネ)が冬眠しなかったためです。トトに留守番をまかせて外出することはできないようです。

ウサギのリリイ,アンニカと一緒に森の学校に到着すると屋外教室にはエリゼの席がありません。というのはエリゼの席は赤い斑点のある大きなキノコなのです。このキノコは第1巻の表紙に登場しています。

キノコの席は時期が来ると無くなるのは当然であり,エリゼは図書室に行って泣いてしまいます。図書室の本は時代を経た魔導書であり,人の話し声により書棚から飛び出してしまいます。

エリゼは図書館の司書のバーバラ(ウミガメ)に叱られます。エリゼはどうして学校を休んでいたのかを一生懸命に説明しますがバーバラはうるさそうに聞くだけです。

帰りがけには雨になり,それにより屋外教室には立派なキノコが生え,翌朝,エリゼは大喜びで自分の席ができたことをバーバラに報告します。バーバラは書棚から飛び出した本の整理に追われますが,決して不機嫌というとこではありません。

これが第3話24ページのあらすじです。文章にしてしまうとこのくらい他愛のない物語になってしまいます。しかし,それが絵と一緒になるとエリゼをとりまく世界がていねいに描かれており,独特の情感がちりばめられているように感じます。

私は理系ですのでどうしても漫画の世界でも論理的に考えてしまうくクセがあります。そのような私でも,作者の作り出した静かで暖かかい情緒の世界に浮遊していることに対して違和感を感じません。

「やさしいからだ(安永知澄)は自分の感性をそのまま表現した作品であり,読者は作者の意図した作品世界には簡単には入れないようになっています。それに対して「イン・ワンダーランド」の場合は作品世界がオープンであり,読者は作者の感性の世界に容易に浸ることができます。

前者(やさしいからだ)は鋭い感性の世界であり,後者(イン・ワンダーランド)は柔らかな情感の世界ということもできます。ともあれ,この第3話からはエリゼと彼女の住む世界の住民との暖かい交流が描かれるようになり,名作の香りが漂うようになります。

第5話|ルークレイクへ

第5話では独身のバーバラが孤児のエリゼを引き取った形となっており,エリゼはバーバラと一緒に暮らすようになっています。女王の森から20マイルほど離れたルークレイクの魔女屋敷に暮らすエリゼの叔母のローズマリーはエリゼを引き取るつもりであり,そのためエリゼを招待します。

お屋敷では服装やマナーが大切と,エリゼは服を選び,マナーの本をかばんに詰めています。幼い頃から森で暮らしていたエリゼにとって,街に出かけるのも,お屋敷に泊まるのも初めての経験です。

ローズマリーの夫のエドが繰る馬車にいとこのデイジーと一緒に乗り,お屋敷に向かいます。道すがらキングサリのアーチがエリゼを歓迎しますが,バーバラから「喋りすぎないように,はしゃぎすぎないように」と注意されたいたエリゼは一生懸命自分を抑えています。そのことを夫妻に話すと大笑いとなります。

ルークレイクへのお屋敷は巨大な温室の中に居住区があります。ローズマリーが魔法で夕食を出すのを見てエリゼはちょっと驚きます。翌朝はみんなで温室で収穫した果物をいただきます。

エリゼは温室でバーバラや森の友だちのためのおみやげを探し,そのことを夫妻に話します。夫妻はエリゼを引き取ることをあきらめます。女王の森に戻り目覚めたエリゼはルークレイクのお屋敷の素晴らしさをバーバラに話しますが,そのお屋敷に住みたいとは言わず,バーバラを安心させます。

エリゼはまだ8歳ですが,ずっと女王の森で暮らしてきました。この年齢設定は「鏡の国のアリス」におけるアリスの年齢が「7歳とちょうど半分」となっていることと整合しています。両親を失ったエリゼを森の友だちや住民が支えており,それは彼女の世界のすべてとなっています。

小さな子どもであっても自分の世界をもっているエリゼにとっては,ルークレイクで暮らすことは自分が関りをもってきたそれまでの世界を失うことになります。

子どもだから新しい環境に容易になじめると考えるのはまちがいです。特にそこが自分の世界だと感じている子どもにとっては新しい土地では自分のアイデンティティを喪うような気持ちもなります。

第7話|参観日

第6話の『「魔法」一時限目』で新しい学年が始まり,エリゼは高学級生となり新しい科目「魔法」の授業が始まります。その時期に「ラスア魔法学校(森の学校)」にはサミュエルとコーネリアという兄妹が加わります。

エリゼにとっては学校で見る初めの人間の生徒です。第7話では「森の学校」における参観日の話です。エリゼは学校の掃除をして,テーブルを花で飾ります。サミュエルの母親はとても上品な夫人であり,エリゼもていねに挨拶します。他の友だちのお母さんも参観にやってきます。

しかし,バーバラは学校関係者のため参観日のおもてなしの準備で忙しく,エリゼの授業を見る時間がないと告げられます。叔母のローズマリーはエリゼのために来てくれましたが,エリゼは後ろを振り向くことなく授業を受けています。

キプリング先生は星座を教えるため周囲を夜の状態にします。そこで子どもたちは星座を学び,コーネリアが描いたペガサスは動き出します。すばらしい演出に拍手が起こり,コーネリアは母親に抱きつきます。

そのとき,バーバラはエリゼがしょんぼりとしているのに気が付きます。素敵な授業が終わり,バーバラが自宅に戻ると,2階から降りてきたエリゼの髪型が変わっています。これはコーネリアの母親が結ってくれたものでした。

エリゼは参観日をちょっとゆううつに感じていましたが,ローズマリー叔母さん夫妻やバーバラ,コーネリアの母親が参観に来てくれたことによりうれしい一日になりました。

参観日ネタはふた昔前の漫画にはしばしが出てきますが,この時代に,このような作品で出てきたことには少なからぬ驚きとなりました。周囲の人々の暖かい気持ちに接しながらエリゼは少しずつ成長していきます。

第9話|バターを作る

第8話「マジックショップ ウォルターエバンス」では魔法の店の女主人イヴリン・エバンス夫人が登場します。彼女はバーバラの知り合いであり,バーバラが引き取ったエリゼのしつけが良いことに好感をもっています。

この店にある「命齢の鏡」には将来の自分の姿が写ります。この鏡で自分の7-8年後の姿を見たエリゼは「私は美人になれない運命なのね」とえらく落胆します。エバンス夫人からその話を聞いてバーバラも心配しますが,エバンス夫人の見立てでは十人並みの器量だったようです。エリゼはちょっと期待しすぎていたようです。

第11話ではバーバラがヤギの乳からバターを作り,そのバター使ってケーキを作ります。日本で暮らしているとバターをパッケージの形でスーパーに売っているものと考えますが,ミルクからバターを作るのはけっこう大変な仕事です。

機械を使用してバターを生産する以前,いってみれば人類の歴史の大部分において家族で使用するバターはミルクから女性たちが作ってきました。

家畜の乳には数%の脂肪分が含まれています。身近な材料ということで牛乳を例に説明してみます。成分無調整の牛乳のパッケージには乳脂肪分3.5%などと記載されています。つまり,1リットルの成分無調整牛乳から35gほどのバターがとれる計算です。

しかし,実際に牛乳から脂肪分を分離させるのは大変です。牛乳をコップに注ぐと一様に白い液体であることが分かります。脂肪分が上に浮いているわけではありません。これは母牛の乳腺の中で脂肪分が分離しないように,脂肪の小さな粒をたんぱく質の膜で覆うことにより水分と混ざりやすくなっている(乳化)からです。

したがって,バターを作るためには脂肪分の周りのたんぱく質の膜をこわさなければなりません。そのため,昔の人は乳をかき混ぜる方法を見つけ出しました。

乳を効率よくかき混ぜるため世界各地でいろいろな方法が考え出されました。中央アジアとその周辺では革袋に乳を入れ,革袋ごと揺すったり,革袋の中に棒を差し込んでかき混ぜます。容器の中に乳を入れ,ふたをして穴から棒を入れてかき混ぜる方法もあります。

いずれにしても時間がかかり,根気のいる作業となります。その結果,脂肪分と水分が分離しますので,脂肪分を布なので漉しとります。出来上がったバターには味と保存のため食塩を添加します。最近では減塩,あるいは無塩バターも出ています。

さて,バーバラの家では(冷蔵庫はありませんので)保存が容易なことから冬場にバターをたくさん作ることになります。エリゼも容器の1本を担当します。

しかし,バーバラの家ではヤギの乳を使用します。ヤギの乳は人の母乳と成分がよく似ている人間にとっては優れものなのですが,牛乳に比べると青臭さが強いという欠点があります。この青臭さはバターやそれを使ったケーキにもそのまま移行しますので,牛乳のバターに慣れた人にとっては臭いがきつくておいしくないという評価につながります。

コーネリアの誕生パーティに招待されたエリゼはケーキを持っていきますが,窓から見える豪華なケーキを見てすっかり怖気づいてしまい,屋敷に入らないまま帰ることになります。

ケーキをそのまま持ち帰るとバーバラが悲しむと考えたエリゼはバーバラの作ったケーキを捨ててしまいます。このシーンを見て,萩尾望都の「白い鳥になった少女」を思い出しました。

原作はアンデルセン童話にある「パンをふんだ娘」です。自分の服が汚れることを嫌ったインゲルはぬかるみにパンを放り投げ,それを踏んで渡ろうとしますが,そのまま地獄まで落ちて行きます。

しかし,インゲルの話を聞いた一人の少女はインゲルのために祈ります。その子が年老いて亡くなるときもインゲルのために祈り,インゲルは灰色の小鳥に生まれ変わり,パンくずを拾い集めては他の鳥たちに分け与えます。パンくずの量がインゲルが踏みつけたパンと同量になったとき,インゲルの罪は許され,天国に召されました。

当時の倫理観では食べ物を粗末にすることは地獄に落とされるほど大きな罪だったようです。ひるがえって現代の日本社会では年間1900万トンもの食品廃棄物が出ており(政府広報),これは7000万人の人たちの1年間の食料に相当します。民間の調査では,2700万トンという報告もあります。

このような食料の廃棄は日本だけとは限りませんが,先進国の中でも日本は特に廃棄率が高い状態です。私たちは毎日のようにインゲルと同じような罪を犯しているのです。

エリゼはバーバラがケーキ好きの自分のために苦労してバターを作ってくれたことを知り,ケーキを捨ててしまったことを後悔して思わず泣き出します。おそらくバーバラは事情を察したようです。このときの悪いことをしたと悔いるエリゼの涙はきれいですね。エリゼの涙とそのことについて触れないバーバラのやさしさがきれいな話になっています。

第12話「春の遠足」ではエリゼが眠い目をこすりながら作ったクッキーをもって遠足に出かけることになっていましたが,バーバラが寝過ごしてしまい,遅刻しそうになってしまったエリゼは思わず「バーバラのバカァ!!」と言いながら駈けていきます。この一言に悩んだバーバラがエバンス夫人に相談すると「エリゼはあんたに甘えているのさ・・・本当のお母さんのように」という答えが返ってきたので,バーバラの悩みは氷解します。バーバラは結婚したことがありませんし,これからも結婚せずにエリゼとの暮らしを守っていこうとしているようです。

第15話|クリスマスキャロルとバーバラの手段

女王の森ではクリスマスの習慣はほとんどありませんでした。しかし,森の周辺の街ではクリスマス行事が行われるようになり,エリゼもクリスマスを心待ちにしています。

エリゼからバーバラへのプレゼントは手編みの手袋のようです。編みかけの手袋に自分の名前を見つけたバーバラーは驚きます。バーバラは服を新調しますが手袋については「あてがあるので」と断ります。

エリゼの手袋大作戦はリリィのお母さんに手伝ってもらうことになりました。ところが手袋が大きいので毛糸が足りません。あと2玉は必要であり,それには8ペンスが必要です。家に戻ったエリゼは8ペンスのことが頭にあるため,ついついバーバラに悪態をついてしまいます。

バーバラは手袋の進捗具合から毛糸の必要なことを理解し,エリゼに仕事のお駄賃として8ペンスを渡します。その仕事とはクリスマス用のツリーを森からとってくることでした。エリゼにとってクリスマスは二重の喜びの日になりました。バーバラも手袋を受け取り,ありがとうとお礼を言います。幸せいっぱいのエリゼの耳にクリスマス聞き覚えのあるキャロルが聞こえてきます。

お話の背景に流れている「Golden Slumbers」の詩は16世紀末に上演された「Patient Grissel」の劇中に含まれています。これがクリスマスキャロルになっているかどうかは確認できません。詩の全編は次のようになっています。

Golden slumbers kiss your eyes,
Smiles awake you when you rise;
Sleep, pretty wantons, do not cry,
And I will sing a lullaby,
Rock them, rock them, lullaby.
Care is heavy, therefore sleep you,
You are care, and care must keep you;
Sleep, pretty wantons, do not cry,
And I will sing a lullaby,
Rock them, rock them, lullaby.

最終話|春,燦々

エリゼはバーバラ,ヤマネのトトと一緒に再び叔母のローズマリーが住むルークレイクのお屋敷を訪れます。今回も移動は魔法の馬車です。バーバラは初めて見る温室の中にあるお屋敷に驚きます。以前来た時には熟していなかったパイナップルも食べ頃となっています。

エリゼといとこのデイジーがリンゴの収穫をしている間にローズマリーとバーバラはエリゼのお土産の話で笑いが絶えません。楽しい日々を過ごした二人は女王の森に戻ります。

森の入り口のキングサリの並木は花が散ってしまっていますが,魔法の風により地面の花びらが馬車の周りに舞い上がります。エリゼはその様子をデイジーへの手紙にしたためます。

エリゼの感じる美しいものには黄金色のおいしい木の実,私の大好きな赤いキノコ,眠る妖精のようなスノードロップと続き,「あなたに見せたいものはまだまだたくさんあります」となっています。手紙の末尾は「キングサリの咲く頃 きっとまた 遊びに来てください」で結ばれています。

この美しいメッセージはデイジーだけではなくすべての読者に向けられたものだと解釈することができます。一人の読者として女王の森の美しいものと,そこの住民たちの物語を再び見られることを期待しています。