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昭和初期の少年探偵物語のはずですが…
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「夢幻紳士」の作品世界

wikipedia には「高橋葉介」について次のように記されています。毛筆を使った黒く太い線の特徴的な絵柄で知られ,長年そのスタイルを通している。1980年前後には漫画界のニューウェーブの旗手と目され,従来の少年漫画や少女漫画の影響を受けつつ,それらのいずれとも異なる独特な表現で漫画ファンの注目を集めた。作品は基本的に猟奇要素の強い幻想怪奇漫画が多いが,シニカルなブラックジョーク,コメディ,冒険活劇など多岐にわたる(引用了)。

う〜ん,分かるような分からないような…。要するに独特の描画と独特のストーリー展開ということなのでしょう。実際,描画の線は一本の線の太さが変化する特異なものです。作者は毛筆の力の加減により線の太さを自在に変化させる技を多用しています。

「夢幻紳士・冒険活劇編」のストーリーも猟奇,怪奇,幻想と冒険,活劇さらにはコメディが複合的に組み合わされたものとなっています。このような独特の作品世界は一部のマニアには大きな支持を受けるかもしれませんが,一般的な評価にはつながりません。

個人的には独特の絵柄に惹かれて単行本を集めることになりました。しかし,冒険活劇編の後半のムチャクチャなストーリー展開にはとてもついていけません。ときには処分しようかとも考えましたが,なんとなく私の書棚に居座っています。

「夢幻紳士」は昭和初期の日本を主な舞台として,黒衣の探偵「夢幻魔実也」を主人公とする一連の作品の総称であり,それらは作品世界を共有するものの必ずしも一つのシリーズというわけではありません。単行本の体裁から判断すると下記の3種類に分類されるようです。

分類名称 執筆時期 掲載誌
マンガ少年版1982年 マンガ少年,少年キング
冒険活劇篇1982-1991年 月刊ベティ,リュウ,少年キャプテン
怪奇編1984-1987年 メディウム,少年キャプテン


「夢幻紳士・マンガ少年版」における「夢幻魔実也」は少年探偵ですが,内容は怪奇事件を扱っており,魔実也が事件を解決していきます。「夢幻紳士」ではもっとも古い作品であり,作者が得意とする同一人物を主人公とした短編連作という形式になっています。

「夢幻紳士・怪奇編」における「夢幻魔実也」は青年探偵となっており,内容はギャグ要素を排し,シリアスな怪奇事件を扱っています。ただし,魔実也は事件を能動的に解決するのではなく,傍観者的立場となることが多いようです。

「夢幻紳士・冒険活劇編」は単行本で10巻と長く,途中で作品の雰囲気が大きく変化しています。昭和初期の東京を主な舞台としており,「夢幻魔実也」は少年探偵という設定です。初期は魔実也が怪奇事件の解決に活躍する活劇場面の多い話となっています。

中期になると物語の舞台は昭和初期の日本から第二次世界大戦前夜の世界各地を転々とするようになり,魔実也が数々のトラブルに巻き込まれ,そこから脱出するという冒険が主要テーマとなっています。物語の舞台が変わっても常連のメンバーはちゃんと出演しています。

後期になるとほとんど無茶苦茶な話が多くなり,魔実也,温子,狂四郎,雪絵が事件を引き起こしたり,トラブルに巻き込まれる展開となります。このレベルになると作者のお遊びが前面に出ており,読者はほとんど置き去りの状態です。ということで,作品として楽しめるのは第5巻くらいまでです。

脳交換クラブ(冒険篇・第1話)

細菌学の大家,日本医学の権威,芹沢博士が失踪して1ヶ月である。官憲の捜査もむなしく,杳として行方は分からない。若くて美しい人妻,芹沢博士夫人桃子は帝都で知らぬ人とてない少年探偵,夢幻魔実也のもとを訪ねる。

この話は上記のような書き出しで始まっています。博士には変装して他人の目で世の中を眺める趣味があります。芹沢博士は中華料理店の地下で非合法の「脳交換クラブ」を運営する老博士の組織により勧誘され他人の身体に(一時期だけ)自分の脳を移植することに同意します。それにより芹沢博士は他人になることができます。

桃子は夫の奇行を日記で知り魔実也に相談します。実は老博士の目的は脳の競売でした。各国のエージェントによる競売価格は1万円から始まり1.5万円まで競り上がっています。当時の貨幣価値からすると現在では3000万円くらいに相当します。

その現場に料理人見習い美々として潜入していた魔実也が踏み込みます。小型の自動拳銃をもち「そこまで,みな手を上げるよろし」と声を掛けます。老博士に問われ魔実也は一瞬の早業で少年探偵に戻ります。

しかし,エージェントも銃をもっており魔実也はあえなく捕縛されてしまいます。絶体絶命のときに下水に通じる穴から江戸川警部のたちが現れ乱闘となります。このどさくさに老博士は飛行船で逃亡しようとしますが,なぜか魔実也が高い塔の上に上り,飛行船を拳銃で撃ち落とします。芹沢博士の脳は夫人が引き取り,金魚鉢の中で育てるというオチが付いています。

監獄の中では老博士が「ワタシどうしても納得できないよ。ワカラナイのその一,あの探偵なんでわざわざ中国娘に化けて潜り込んだか?その二,どうやっていつのまにかあんな高い塔に登ったか?その三…」と疑問を部下の甲保にぶつけます。甲保は「大将,それはやっぱり演出効果だと思う」と答えます。

老博士の疑問の通り,この作品中にはどうしてこんなことになるのという場面が数多く出てきますが,それにいちいち疑問をもつことは読者にとっても禁じられているのです。そもそも,脳を交換するという発想自体がありえないことなのですから,読者は疑問をもつことなくありのままに作品を読み,魔実也の活躍に喝采を送ることが要求されているのです。

伊号-700奪回せよ(冒険篇・第2話)

脱獄回数世界一を誇る老博士はあっという間に脱獄し,魔実也を捕縛して飛行機の上から手錠と重りをつけて海に投下します。ところが運よく魔実也は試験運転中の「伊号-600」により救出されます。

これが縁となり魔実也は地下ドックで建造中の「伊号-700」の建武隊長・片桐大佐に呼び出されます。この新型潜水艦は基準排水量3000トン,全長120m,水上速度25ノット,水中速度12ノット,最大潜水深度120mという巨大なもので,装備として魚雷発射管数8,14センチ砲1,20ミリ機銃1をもち,水上偵察機1機と爆撃機1機を収納することができます。

この仕様は太平洋戦争末期の1944年末に竣工した日本海軍の「イ400型」をモデルにしています。この潜水艦は全長122m,総排水量は6560トンであり,有名なドイツの「Uボート」と比較すると全長で2倍,総排水量で8倍という巨大なものです。

そもそも潜水艦に航空機を搭載するという発想は世界でも初めてであり,「潜水空母」というべきものです。もっとも,この時期の潜水艦はシュノーケルを装備しておらず,潜水時は空気を取り入れることができないため,メイン動力のジーゼルエンジンを使用できず,バッテリーによるモーター駆動となっています。

そのため,常時は海上走行であり,必要時のみ潜水するようになっていました。水中速度は遅くなり,潜水深度も浅いため駆逐艦に見つかるとほとんど逃げる術はないということになります。

新型潜水艦の建造は軍部の重要機密のため,秘密の地下ドックで建造が進められているにもかかわらず,片桐大佐は建造中の写真が流失しており,それに沼正蔵が関わっていることを突き止めていますが,彼は軍上層部および財界要人の弱みを握っており,うかつに手出しすることができません。

そのため,片桐大佐は魔実也に調査を依頼します。精神感応のように超常的な能力を有している魔実也はこの時点で千里眼と念写により撮影されていることを察知しています。千里眼の能力をもつ「千絵子」は叔父の言いつけによりいやいや念写を行っています。

魔実也は沼正蔵が招待したインド人の悪徳商人の息子に扮装して屋敷に入り込みます。そこで,父親に化けた江戸川警部と鉢合わせになりあえなく捕縛されます。捜査の手が伸びてきたことを知り,沼正蔵は今の屋敷を引き払うことにします。

見世物小屋を再建するため協力していた千絵子は抗議しますが,だまされていたことを知ります。地底の牢獄から脱出した魔実也は1/10スケールの潜水艦や戦闘機を使用して脱出を図る沼正蔵を追跡し,千絵子を救出するものの重量過多のため隅田川に飛び込みます。

沼正蔵はチョイ役で出演した老博士とともに監獄に収監されます。魔実也は沼正蔵邸から持ち出した警察上層部の弱みで警視総監を脅し千絵子の罪をチャラにします。千絵子は新しい小屋で千里眼として芸を披露することになります。

このように,冒険篇では多くの疑問点はあるものの,いちおうまともなストリー展開であり,魔実也も少年探偵として活躍することになります。

上海の夢幻紳士(活劇編・第6話)

魔実也は父親の狂四郎から呼び出されて上海に向かいます。船から降りた魔実也を迎えた狂四郎は「事業資金のスポンサーに条件が一つあってな」と話を切り出します。彼の背後には老博士と組織のメンバーが銃を構えています。

魔実也は「裏切りもの」叫び,撃ち合いを始め,窓を破って下の川に飛び込みました。魔実也は昔なじみの「竜」に救われます。彼らの家の周辺には白人が誰かを探しているようなので魔実也は女装して家を出ることにします。

魔実也は酒場で豪遊している狂四郎に近づき銃を突きつけます。彼らは店の外に出ますが,実は白人が見張っていたのは機密情報を他国に売り渡している狂四郎だったのです。ドイツ情報部,英国情報部,フランス情報部に次々と追われ,パブリック・ガーデンに逃げ込みます。

狂四郎はここに日本軍から盗み出した戦車を隠しており情報部員を蹴散らします。さらに,地中に隠しておいたロケットに乗り脱出を図ります。魔実也は日本軍に無線で連絡し,艦砲射撃でロケットを撃墜します。

この話では海外が舞台となり,探偵とは無縁のものとなっていますが,まだ読める話となっています。しかし,次の「年末の夢幻紳士」では一つの話の中でストーリーの一貫性がなく,複数の話が羅列されている形式となっており,そろそろ話は曲がり角にきているようです。

極北の夢幻紳士(熱血編・第1話)

話の舞台は満州(現在の中国東北部)となります。なぜか,魔実也,狂四郎と排日地下組織の「スー・リン」が同じ列車に乗っています。日本軍に追われることになった三人は撫順の城内に逃げ込みます。

スー・リンは自分の祖父が第一次世界大戦時の狂四郎の戦友であるイワノフであると説明します。スー・リンは日本の極地観測機が北極海の氷原上で撮影した写真をみせます。そこには小型潜水艇「ノーチラス号」が写っています。この潜水艇は狂四郎とイワノフが戦後のどさくさに紛れてかき集めた金塊や財宝が積まれていたはずです。

一行は飛行船で極北まで飛ぶことになりますが,飛行船の持ち主は魔実也を天敵としているあの「老博士」です。ノーチラス号にたどりつくと船内にはイワノフの骸骨があるだけです。狂四郎は何もいわずに遺体を布にくるみ氷原に穴を掘りだします。

スー・リンは狂四郎に銃を突きつけ財宝のありかをたずねます。狂四郎は平然と「派手に使ってしまったよ」と答えます。さらに,イワノフには子どもは無かったことを伝えます。

スー・リンの銃は魔実也にはじき飛ばされ,魔実也は財宝が無いことを知りながらどうしてここまで来たのかと狂四郎にたずねます。彼は戦友に墓を立ててやらなければならないだろうと答え,二人は顔を見合わせニヤリと笑います。

この話の疑問その一はどうしてスー・リンは極北行きに狂四郎を誘ったのか,その二は財宝が無いと分かったとき老博士はなぜ行動を起こさなかったのか,その三は…,忘れていました…この話では読者は疑問をもってはいけないんです。この話のあとはしばらく中国大陸を舞台とする話が続き,雪絵,猫夫人,温子などの常連メンバーが出てきます。

茶碗の思い出(電光編・第4話)

最初のページに次のようなやりとりがあります。魔実也がレポーターとなり作者に「最近,この漫画はお笑いに走り過ぎているのではないか?作者は仕事にかこつけてキャラクターで遊んでいるだけではないかのか?いったい,プロとしての自覚はあるのか?という意見が多いので,そこんとこひとつ本人に聞いてみましょう」と質問します。その答えは「あるわけねえだろ…そんなもの」ということです。確かにこのあたりのストーリーはほとんど見るべきものはありません。キャラクターを使ってどつき漫才をしているようなスタイルとなっています。

魔実也は宝石「カリブの海賊の涙」を強奪した「怪盗紅オコゼ」を追いかけます。なぜか二人とも馬に乗っています。夢幻猫は赤坂見附家の御曹司と野点をしており,猫の見事なお手前に御曹司はいっそう惚れてしまったようです。もちろん猫の目的は赤坂見附家の財産です。

使用されている茶碗は赤坂見附家の家宝ともいうべき柿ノ本九右衛門作の「月と亀」であり,値段の付けられないほど高価なものです。そこに馬に乗った怪盗紅オコゼと魔実也が乱入し,茶碗が粉々になります。魔実也が猫の知り合いと分かると御曹司は縁談はなかったものにします。あと一歩のところで大魚を釣り逃がした猫は魔実也に責任をとれと迫ります。

というわけで,魔実也は柿ノ本九右衛門を探して新しい茶碗を焼いてもらうことになります。九右衛門は何年か前に焼き物をぷっつりとやめて隠居しているようです。割れた茶碗の破片をみて温子は「あたし,これ持ってたよ」と話します。温子は小さい頃に捨てられ,そのときこのような茶碗を手に持っていました。その茶碗は無くしてしまったので,小さな茶碗を一つもらえないかなと魔実也にねだります。

ここまでが魔実也の回想シーンとなっており,九右衛門に水をかけられて現実に戻ります。九右衛門は水汲み,マキ割り,掃除,メシの支度とよく働く魔実也に感心して作陶を開始します。それを猫がじっとねらっています。

肩をもみながら魔実也が九右衛門にどうして陶芸をやめたのかとたずねます。答えは「15,6年前に好きあった女がいて子どもができた,しかしその当時は陶芸一筋で結婚は考えられなかった,女は月と亀の絵が付いた小さな茶碗を一つだけもってわしの前から姿を消した,以来,わしはぷっつりと陶芸をやめた」というものでした。

魔実也はあわてて山を下り,温子を連れてきます。しかし,九右衛門の子どもは男の子ということで親子の対面はかないませんでした。九右衛門の焼いた陶磁器は猫により強奪されました。しかし,袋に詰めて山を駈け下りたたためすべて割れてしまうというオチがついています。

話もこのあたりになるとほとんど事件を解決する少年探偵のストーリーからは完全に逸脱してしまい,適当な話をつなぎ合わせるようなものになっています。読者からは遊んでいるのではないかと指摘されるのももっともなところです。このような話がその後はずっと続きます。