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「地下帝国ヨミ編」で終わって欲しかったですね
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サイボーグ009の執筆エピソード

個人的にはサイボーグ009は「地下帝国ヨミ編」で終了していると考えていますのでその範囲で執筆のエピソードを紹介します。サイボーグ009は当初「少年キング」に掲載されていましたが,ベトナム編以降は「少年マガジン」に掲載されています。執筆の履歴をたどると次のようになります。

名称 著作時期 掲載誌
誕生編1964年少年キング
暗殺者編1964年少年キング
放浪(さすらい)編1965年少年キング
ミュートス・サイボーグ編1965年少年キング
地下帝国ヨミ編1966年少年マガジン


「ミュートス・サイボーグ編」の最後には「その後のサイボーグたちの運命を知る者はだれもいない」と記述されており,ここで物語は完結しているようになっています。この時は「少年キング(少年画報社)」の編集長が交代したことにより急きょ打ち切りとなったようです。

石森氏(石ノ森と改名したのは1984年のことです)は不本意ながら同意した経緯があります。そのため,単行本に掲載されているミュートス・サイボーグ編の最終章は大幅な加筆訂正が行われています。ここまでは単行本では第1-4巻に相当します。

単行本の5-6巻は「地下帝国ヨミ編」となります。掲載誌は「少年マガジン(講談社)」となります。しかし,単行本は契約の関係なのかすべて秋田書店から出ています。

注)この件に関してはこのサイトの読者の方から「当時は漫画の単行本ビジネスは各社失敗続きであり,秋田書店が各マンガ誌の作品を一手に引き受けていた時代でもあります」というお便りをいただいています。

「地下帝国ヨミ編」の最後で仇敵のブラックゴースト団を支配していた3つの頭脳体を破壊し,壊滅させます。同時にジョー(009)とジェット(001)は宇宙から流れ星となり地球に落下します。

最後のページにはこの流れ星を見た女の子が「世界に戦争がなくなりますように…世界中の人がなかよく平和にくらせますようにって…いのったわ」という願い事をしています。この素晴らしいシーンは名作の最後にふさわしいものと考えますので個人的にはここが「サイボーグ009」の完結と考えているわけです。

しかし,二人はイワン(001)のテレポーションにより仮死状態で地球に帰還したという設定で新たな物語が始まります。私にしてみれば全くの蛇足ということになり,読む気にもなりません。いかに二人の死に対して読者からの抗議が殺到したからといって,後世に残る名作がこのような形でスポイルされるのはとても悲しいことです。

9人のプロトタイプ・サイボーグの誕生

サーボーグ001から009はプロタイプ(実験体)として改造されました。プロトタイプということで被検体はいろいろな民族から選ばれ,それぞれ異なる能力をもつことになりました。制作ノートには「9」という数字は野球の「ナイン」から発想されたものと記されています。

numberと名前 国籍など サイボーグ能力

001
イワン

ロシア

脳手術により超能力を身につけほとんど成長しない赤ん坊

002
ジェット

米国

両脚にジェットブースターを内蔵し飛行能力を持つ,加速装置

003
フランソワーズ

フランス

4キロ四方の索敵ができる聴覚,50kmを有効範囲に収める遠視力

004
ハインリヒ

ドイツ

右手はマシンガン,左手はナイフ,大腿部にマイクロミサイル

005
ジェロニ

ネイティブアメリカン

強固な装甲皮膚と鉄を粉々にする怪力

006
張々湖

中国

高圧縮エネルギー炉を内蔵し高熱火炎(熱線)を口から放射する

007
グレート・ブリテン

英国

細胞の分子配列を変化させ人はもちろんあらゆるものに変身可能

008
ピュンマ

アフリカ

深海で自由に高速活動できる推進能力や人工のえらをもつ

009
ジョー

日本

先に改造されていた7人の技術を結集した完成体,加速装置


サイボーグを作り出した組織は死の商人の元締めである「ブラック・ゴースト(黒い幽霊団)」です。目的は兵士のサイボーグ化による戦闘能力,環境耐久性,戦闘耐久性の向上となっています。

サイボーグ(cyborg)はCybernetic Organism の略であり,広義の意味では生命体(organ)と自動制御系の技術(cybernetic)を融合させたものを指します。人工臓器等の人工物を身体に埋め込むなど,身体機能の一部を電子機器をはじめとした人工物に代替させたものということになります。

しかし,日本では「サイボーグ009」によりサイボーグという言葉が知られるようになったため,人間や動物が身体機能の補助や強化することを意味する場合が多いようです。一つのマンガ作品が用語の定義を変えることもあるのです。

誕生編(第1部-第8部)

サイボーグ改造施設で9人のサイボーグが誕生しますが,科学者の一人であり「ギルモア博士」がサイボーグを作り出した本当の目的を打ち明けたことからサイボーグたちは反乱を起こし,X島の洞窟に逃げ込みます。なぜかこの島には海イグアナが群れています。

しかし,この隠れ家はすぐに発見されブラックゴーストの大部隊が押し寄せます。
・T28重爆撃戦闘機
・BG潜水艦
・ジョナサン戦艦
・RR戦車
・D13型ロボット
・スパイイルカ
・ヒドラV
・恐竜型ロボット

いやはや大部隊ですね。一行は潜水艦を奪い,サイボーグ改造施設のある島に戻り,核爆弾により破壊します。このとき「ブラック・スカル」がボスとして登場します。誕生編の最後はブラック・スカルが第2の幽霊島,第2の秘密基地に移動するところで終わっています。

暗殺者編(第9部-第12部)

日本にあるギルモア博士の友人であるコズミ博士の家の地下室で平穏に暮らしていたサイボーグたちにブラックゴーストが送り出したサイボーグ暗殺者がやってきます。彼らにはゼロゼロ・ナンバーが付けられています。

・0010:双子のサイボーグで放電能力をもつ
・0011:黒い楕円形のボディとクモのような長い脚をもつ
・0012:家そのものが頭脳体により制御されている
・0013:巨大なロボットを脳波で操る少年

暗殺者のサイボーグはどんどん能力が増強されており,このままではすぐに物語は行き詰まりそうです。

放浪(さすらい)編(第12部-第17部)

第12部の「新ナチス」はブラック・ゴーストと関係のある組織との対決の話であり,暗殺者編と放浪篇の間に挿入された短編です。物語の舞台はベトナム戦争時のベトナムに移ります。ここでブラック・ゴーストが新兵器の実験をしているという設定になっており,下記のような新兵器が登場します。
・サイボーグマン
・M04型タンク ブラックモンスター
・飛行戦車
・F・コプラーズ22

ミュートス・サイボーグ編(第18部-第23部)

物語の舞台はエーゲ海の火山島「マグマ」です。ここがブラック・ゴーストとの決戦の場になります。ミュートス・サイボーグたちはプロトタイプの00ナンバー・サイボーグよりはるかに強力な能力をもっており,とても太刀打ちできるような相手ではありません。

この物語におけるサイボーグとは一種の機能体として描かれており,その能力(性能)はそのまま勝敗に直結するはずです。能力の向上が期待できないプロトタイプの00ナンバー・サイボーグを主役にしている限り,より強い能力を備えた敵と戦うという設定はすぐに限界となります。

サイボーグ009からおよそ20年後に執筆された「ドラゴンボール」ではいろいろな理屈をつけて主人公たちの能力が階段状に向上してゆき,より強い敵とぎりぎりの戦いを展開できるようになっています。このスタイルですと永遠に戦いの物語を続けることができます。

ところがサイボーグ009では主人公たちの能力の向上がほとんど見込めないか限定されています。そうするとおのずと新しいより強力な能力を備えた敵とは対等に戦えなくなります。その限界がミュートス・サイボーグ編に出てきました。出版社との関係もあり,ミュートス・サイボーグ編の最後は「終章」となっています。

地下帝国ヨミ編

掲載雑誌を少年マガジンに変更して新しい「地下帝国ヨミ編」が始まります。さすがに能力拡大競争ではなく新しい物語の舞台と能力の拮抗した敵が登場することになります。物語の地底世界は弱いながらも光があり,海があります。

地底世界の主要な住人・生物は下記の通りです。
・プワ=ワーク人:地上人類と同じ種
・ルタール原人:けもののように凶暴,言語能力はない
・ザッタン:羽のある巨大なとかげ,言語能力・催眠能力あり
・プテラノドン:翼手竜,超音波発生能力あり
・ウルス:竜脚類類似の生物,超音波発生・反射能力あり
・魔神像:帝王(三人の頭脳体)を収めた巨大な飛行体

ブラック・ゴーストはこの世界を発見し,プワ=ワーク人を食料にしていた肉食トカゲザッタンを追いやり,彼らの支配者として君臨しています。この地底世界でプロトタイプ・サイボーグとブラック・ゴーストとの最後の戦いが繰り広げられます。

最終話では地底世界に数か所の水爆をセットしてから巨大な魔神像が動き出し,地上と直結する穴を通り成層圏まで飛び上がります。001の超能力により009は魔神像の中に,残りのメンバーは地上にテレポートされます。

009は魔神像を内部から破壊します。爆発・飛散して地上に落下する魔神像の破片から002が009をキャッチします。そして最終ページということになります。

この部分のタイトルは「地上より永遠に」となっています。これは1953年のアメリカ映画の邦文タイトルであり,第26回アカデミー賞で最優秀作品賞など8部門で賞を獲得しています。

原題は「 From Here to Eternity」ですから,秀逸な翻訳です。002と009が流れ星となって地上に落下するシーンはこのタイトルに見事に符合しています。この場面一つでサイボーグ009は名作と評価することができます。


幻魔大戦

1967年に「少年マガジン」で連載が開始されました。原作はSF作家・平井和正と石森の共作となっています。少年マガジン版は単行本2冊で打ち切りとなった後も両者によりいろいろな「幻魔大戦」が発表されています。

物語の出だしには「大宇宙を舞台に展開される大連盟軍と幻魔大王軍の戦いは十数億年も続いており,いくつかの星雲はあとかたもなく消滅してしまった。幻魔大王は宇宙の破壊者であり,すべての星雲を消し去るまで戦いをやめようとはしない」と記されています。

いや〜,途方もない設定ですね。宇宙の支配ではなく破壊しようとする意図が理解できません。地球上の生物はすべて地球というゆりかごに育まれたものであり,それは他の星系でも同じだと思うのですが…。ともあれ,戦いは辺境の太陽系にまで到達し,地球にも魔力を操る幻魔兵団が送り込まれてきました。

どのような超兵器でも幻魔に対抗でないので,残された手段は超能力者の力だけということになります。主人公の東丈(あづま・じょう)は超能力に目覚め,プリンセス・ルナのテレパシーで集められた超能力者とともに幻魔と戦うことになります。ミュータント・サブで石森氏が取り上げた超能力が大きなスケールの物語の中で再登場しています。

さんだらぼっち

ビッグ・コミックで1976年から連載が開始されました。「佐武と市捕物控」と同じように江戸時代を舞台にしています。物語性と江戸の習俗を知るという点では始末屋の仕事に限定されない分だけ「佐武と市」の方に軍配が上がります。しかし,この本は昔の小学館文庫版で集めましたので,残念ながら現在はもっていません。それに対して「さんだらぼっち」はビッグ・コミックで集めましたので手元に残っています。でも,16巻と17巻が揃っていないのが残念なところです。

主人公は吉原の大門前のおもちゃ屋で竹とんぼを作っている「とんぼ」です。彼がなぜ本名ではなくとんぼと呼ばれているかについては第16巻で明らかにされるようですが詳細は分かりません。

とんぼが寄宿している家の稼業は吉原で客がこしらえた借金を取り立てる始末屋です。一見ぼんやりして頼りなさそうなとんぼですが,老境に入ったこの家のお父っつあんの買ってきたつけ証文の取立てをあの手,この手で解決していきます。この家の出戻り娘のお志摩はとんぼより年上であり,面食いですがとんぼを憎からずと思っています。

竜神沼

この単行本には石森氏の初期短編作品が収められています。いずれもSFからファンタジーに分類されるものです。
・龍神沼
・金色の目の少女
・雪おんな
・昨日はもうこない だが明日もまた
・きりと ばらと ほしと

「龍神沼」の初出は1961年の「少女クラブ・夏休み増刊号」です。この時期の少女マンガがどのようなものであったかは知る由もありませんが,単行本の冒頭に「それまで少女マンガではタブーとされていたスリラーもの,SFラブロマンスといったマンガが誕生しました」と著者自身が綴っていることから,新しいジャンルの物語であったことは想像できます。

もちろん,石森氏以前の少年マンガでもファンタジーを前面に出した作品はありませんでした。この単行本はデビューから7年目,23歳の著者が日本のマンガ史において新しいジャンル,新しいマンガの表現方法を切り拓いた記念碑的作品です。

ミュータント・サブ

朝日ソノラマ・ワイドコミックスで全2巻となっています。子どもの頃は「ミュータント・サブ」シリーズが好きでした。最初の数話は「少女」に掲載されたものであり,1965年には「少年サンデー」で連載が始まりました。その後も掲載誌を変えてこのシリーズは続きました。そういえば「サイボーグ009」も掲載誌がいくつか変わっています。

「ミュータント・サブ」シリーズは一話完結の短編から構成されており,必ずしも全体で一つの物語になっているわけではありません。このようなキャラクターの多重化も石森氏がはじめて採用した方法でしょう。また,物語もアクションからSF,ファンタジーまで幅広く含まれており,著者のそのときの気分や掲載誌によりいろいろな作品が作られています。

極めて多様な才能をもった石森氏のマンガで少年・少女時代を過ごした世代からは「萩尾望都」さんや「竹宮恵子」さんのような新感覚の女性漫画家が育ったのもうなづけるところです。日本のマンガが発展途上であった時代に多くの表現方法を生み出した石森氏のDNAは次の世代に受け継がれ,それはさらに次の世代を育てることになりました。