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2008/09/04

エネルギー資源の質を考える


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人類の利用するエネルギーの大半は石炭,石油,天然ガスによりまかなわれています。このような物質は過去の生命活動により生じた炭化水素,つまり炭素と水素が結合したものが地中で長い時間をかけて変化したものなので「化石燃料」あるいは「非再生可能エネルギー」と呼ばれています。地熱,原子力発電用のウランは生物起源ではありませんが,使用すると減少するので非再生エネルギーの一種です。

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これに対して太陽光,風力,水力などは太陽エネルギーにより絶えることなく生み出されるので「再生可能エネルギー」と呼ばれています。地球が太陽から受け取る放射エネルギーは毎秒180兆kwになります。日本にある大きな原子力発電所の設備容量は約100万kwですから,太陽からのエネルギーは原発1.8億基分に相当します。しかし,全体としては莫大なものでも広い範囲に分散しているエネルギーを利用するためにはエネルギー資源の質について考えなければなりません。

画像作成中 人類が最初に使用した化石燃料である石炭は,それ以前に使用していた薪に比べて単位重量あたりの燃焼エネルギーが大きいので,エネルギーを投入して掘り出したり,長い距離を運搬して都市に運んでもそれ以上のエネルギーを取り出すことができます。投入エネルギーに対して利用エネルギーが十分大きいので人類はエネルギー社会の拡大再生産が可能になりました。この「出力エネルギー/入力エネルギー」の比率(EPR:Energy Profit Ratio)はエネルギー資源の質を論じるうえで決定的に重要です。

問題は採掘・運搬・精製等にかかるコストではなくエネルギーなのです。EPRはエネルギー資源の種類により固定したものではなく,地域によりあるいは時間により変化します。中東の巨大油田のEPRは60程度あります。これは,原油を採掘し消費地まで運搬するまでの投入エネルギーは利用可能エネルギーの1/60であることを意味します。ところがオイルピーク時1970年頃のアメリカ油田のEPRは20,1985年になると10を下回り,現在では3程度に落ち込んでいます。

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中東の巨大油田のEPRは現在は60となっていますが,油田が老化してくると低下します。というのは石油は地下の深いところで,ちょうどラクダの背中のように上に湾曲した地層にふたをされるような状態で存在します。地下深部では周辺から高い圧力がかかっているので掘削パイプが油層に到達すると勢い良く自噴します。このため若い油田では採掘に必要なエネルギーはとても小さいものになります。

ところが石油がどんどん 汲み上げられると次第に内部の圧力が下がるので自噴量が低下します。そのため,たとえば自噴圧力を維持するため海水を注入する,ポンプで汲み上げるなど,コストとエネルギーを投入する必要が出てくるためEPRは低下していきます。現在では油田の総量の1/3を回収したあたりが経済的な限界点となっており,そこで油田は放棄されます。発見から60年が経過した世界最大のガワール油田(サウジアラビア)もかなり老化しており,自噴圧力の維持のため一日に700万バーレルもの海水を油層に圧入しなければならなくなっています。他の中東の超巨大油田もみな年をとってきています。

仮に資源が無制限にあっても,それを取り出すのに得られる以上のエネルギーが必要になるのであれば(EPR<1),それはエネルギー資源の意味をもちません。原子力や水力の場合は入力エネルギーの中に施設の建設エネルギーや廃棄物の処理エネルギーを計上する必要があります。太陽光発電や風力発電も同様です。広い範囲に分散しているエネルギーを濃集するためのエネルギーや設備を作り出し,維持するためのエネルギーを考えなければなりません。重要なことは資源の量ではなく質だということです。水素エネルギーについては二次エネルギーに含めるべきもので,どのような物質からどの程度のエネルギーを使用して産生するか,そしてどのように運搬,貯蔵するかが課題となっています。

最近話題のカナダのオイルサンドについて考えてみましょう。オイルサンドとは砂とビチューメンと呼ばれる重油が混ざり合った形で存在している資源です。原油が地表近くにあったため軽質成分が失われ超重質油として残ったものと考えら,その資源量は1.6兆バレルもあり,そのうち1750億バレルは現在の技術でも石油資源化でき,約3110億バレルは今後期待される技術によって回収の可能性があると考えられています。

オイルサンドを採掘するためには地表の土砂を取り除き,砂混じりの油分を掘り出し,さらに粘度を下げるために希釈剤を添加したり,あるいは熱や水素を加えて軽い合成原油に転換しなければなりません。このプロセスにおいて大量の大気汚染物質が放出されます。現在ではアルバータ州はカナダでもっとも大気汚染のひどいところとなっています。

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オイルサンドは通常の原油に比べて採掘と形質転換に大きなコストがかかるため,従来は石油資源とはみなされませんでした。しかし,原油の価格が高騰すると,オイルサンドからコストをかけて石油製品を作り出しても経済的にペイできるようになります。こうして,いままで資源とはみなされなかったものが石油資源に組み込まれるようになります。オイルサンドを含めるとカナダは世界第2位の石油資源大国になります。

さて,問題はオイルサンドのEPRはせいぜい1.5程度であることです。これに加え,発掘時に除去した土砂を元に戻す環境復元のエネルギーを考えると資源と呼べるかは疑問です。他にも巨大な石油類似炭化水素資源はありますが,EPRの観点からは資源にはなり得ないものです。石油と石炭の合計の2倍程度もあると推定される,海底のメタンハイドレードも同様です。このように質の評価を抜きにして,単に炭化水素がどれだけ存在しているかを論じることは,エネルギー資源の枯渇を見えなくさせるための作為的情報といわなければなりません。

メタノール燃料のようなバイオマスは太陽エネルギーが形を変えたものなので環境にやさしいという議論もEPRの観点から検証する必要があります。というのは現代の農業は石油に支えられているため,入力エネルギーの中に石油の使用分を加えると,ブラジルのサトウキビからのエタノールEPR値は8程度,米国のトウモロコシは1.3程度です。

再生可能エネルギーとして脚光を浴びている太陽光発電,風力発電のEPRはまだ確定していないといっていいでしょう。これらの新技術は現在でも発展途上であり,研究者によりEPRの値に大きな差が生じています。さらに使用される地域の気候条件(風や日射量)や設備容量によってすぐに2倍くらいの差は生じます。このページの表では太陽光発電のEPRとして電力中央研究所天野のデータ「2.0」を使用しましたが,産業綜合研究所のHPには大規模太陽光発電のEPRは20-31となっています。風力発電にしても文献により「3.9-11」程度の開きがあります。

現代文明を支える石油はおそらく地球上でもっとも質の高いエネルギー源であり,これに代わるものは無いと言ってよいでしょう。原子力についてはウラン精製,発電所建設・運営などが投入エネルギーに計上されていますが,老朽化した原子炉を解体したり,放射性廃棄物を保管する処理エネルギーは含まれていないようです。そもそも,半減期2.4万年のプルトニウムを人類が管理し続けることができないのは明らかです。

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気候変動の観点からすると化石燃料に含まれる炭素と水素の割合が燃料の質に関係します。天然ガスは石炭に対して4-8倍,石油に対して2倍の水素が含まれています。分子1モルあたりの燃焼エネルギーは水素(1mol=2g)が286KJ,炭素(1mol=12g)が394KJ です。同じ重さで比較すると水素のほうがずっと燃焼エネルギーが大きいことが分かります。しかも,水素が燃えた時に生成されるものは水です。地球温暖化の原因物質の一つである二酸化炭素の排出量で考えると,同じ燃焼エネルギーを得るとき,天然ガスはもっとも二酸化炭素の排出量が少ない化石燃料ということができます。また,石炭や石油に含まれている硫黄酸化物がほとんど含まれていません。このあたりもクリーンなエネルギーの所以なのではないでしょうか。

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