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2008/03/15

地球は90億人を養えるか:日本の農業・食料事情


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■日本の農業事情

日本の農業の現状と将来について政府はどのように認識しているのでしょうか。平成11年に施行された「食料・農業・農村基本法」の基本方針を要約すると次のようになります。
・食料の安定供給は国民の安心と健康のため不可欠である。
・食料自給率は年々低下し,その一方で約3割もの水田で米の生産調整を行っている。
・世界の総人口は増加を続け,これに伴い食料需要が大幅に増加すると見込まれている。
・中長期的には世界の食料需給はひっ迫する可能性もあることが指摘されている。
・国際的な規律を踏まえつつ,自国の資源を有効に活用して食料の安定供給を確保する。
・このことは,我が国が世界の食料需給の安定に貢献することにもつながる。
・消費者の健康志向・安全志向の高まり等を背景として食生活の高度化・多様化が進んでいる。
・食生活の変化に伴う栄養バランスの崩れ,食べ残しや食品の廃棄の問題も指摘されている。
・食料自給率の目標を定め,国民に対し良質な食料を合理的な価格で安定的に供給する。
・農業は国土の保全,水源のかん養,自然環境の保全等の多面的機能が求められる。
・農業が持続的に発展すること及びその基盤たる役割を果たす農村の振興が重要である。

農業は食糧安全保障と国土の保全に重要な役割を果たし,その持続的な発展が重要であると指摘されていますが,日本の農業に将来性はあるのでしょうか。日本の農業就業人口は約360万人,そのうち2/3は60歳以上となっています。新規の農業参入者は極めて少ないので,20年後には農業就業人口は半減する計算です。農村の振興を図るためには農業をより魅力あるものにする施策が不可欠ですが,現実の対応はどうなっているのでしょう。

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これまで政府は農業を守るために輸入農産物,畜産物に関税をかけて国内の価格を維持するという政策を取ってきました。その代表的なものはコメです。輸入制限をして国内では国際相場の約6-8倍という価格を維持してきました。そのツケはコメの過剰生産という形で表れています。

消費者の食生活の変化により,コメの消費量が減少しても,政府に価格保証された農民は経済的に安心なコメを作り続けます。約3割もの水田でコメの生産調整を行い,そのため補償金を支払っているのでは農家のモラルハザードが起きるのは当然のことです。農家は農産物を作り,それを消費者に売ることで収入を得ます。だから多くの農家は少しでも良い農産物を作ろうとします。ところが水田を放置していても国がお金をくれるのですから,苦労して別の作物を作ろうなどとは考えないかもしれません。

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高度成長期を通して日本の農業政策の基本は,都市部と農村部の収入格差の是正でした。それは,日本型のシステムとして一定の成果がありましたが,農業の将来像を見据えての政策ではありませんでした。農地の集積化を図りながら専業農家の経営基盤を強めていく戦略はほとんど成果をあげることはできず,弱い零細体質を引きずりながら今日まできています。その結果,副業コメ単作農家の所得は勤労者所得を上回るようになりましたが,食糧供給の主体となるべき専業的農家は少数に留まっています。

1.5haほどの平均的な水田農家の農業収入はわずか42万円に過ぎません。農業だけで生計を立てるためには5ha程度の規模が必要です。個人的には農業の大規模化,機械化は持続可能なものとはとても考えられません。自然との共生を図る農業はもっと小規模で細やかな配慮が必要なのです。ヨーロッパに比べて農地面積が非常に少ない日本では大規模農家の育成を目指すのではなく,中規模の専業農家の育成が農業を維持するために必要です。

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一方,貿易立国以外に生きる道の無い日本は農業分野の自由化を貿易摩擦,自由貿易等の外圧に応じて実施してきました。過保護の状態に置かれてきた日本の農産物には国際競争力はなく,しだいに輸入品に置き換えられ,その規模を縮小してきました。農業の将来に希望が見えない状況では,新規に農業を始めようとする人は少なくなるのは当たり前です。世界最大の農産物輸入国として,今後懸念される食糧需給の逼迫に備えるため,日本の食糧安全保障をどのように進めるか真剣に考える必要があります。少なくとも飢えた世界において経済的な効率だけの理由で食料を買いあさる不道徳な国にはなってもらいたくはありません。

日本とは対照的に欧米では政府が積極的な農業政策を展開し,食糧自給率の向上を視野においた戦略的な保護政策が展開され,農業の国際競争力を大いに高めていきました。それは,消費者の負担軽減にもつながっています。現在でも日本の農業予算は農業の基盤を強化するための効率的配分は行われていません。平成17年度の農林水産関係の予算は総額2兆9672億円ですが,このうち44%にあたる1兆3124億円が農道整備や土地改良事業などの土木事業に使われ,23%にあたる6755億円が食料安定供給関係費に回されることになっています。農業予算の半分近くは本来の目的から外れた「土木業者のための予算」となっているのです。

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農道を造ったところで地域の農業が活性化するわけではありません。予算の使い方を人々が安定して生活できるような地域づくり,専業農家の経営基盤の強化,食品の安全対策,国土保全対策といった方向に大きく転回することが必要です。EUが志向しているように,関税による価格支持(関税により内外価格差を解消し国内の高価格を維持する)をやめ,価格低下で影響を受ける農家の所得を直接補償(直接支払い)する政策に転換するのも一つの考え方として検討されるべきです。

国の内外価格差を関税で調整しているため日本の消費者は年に5兆円もの負担増を強いられています。しかし,関税により価格支持をしても,農薬・肥料などに支払ったあと農家の実所得となるのは消費者負担増の4分の1以下に過ぎません。直接支払いは国民負担をはるかに軽減するうえ,農業の競争力強化につながり,消費者の利益にも貢献するからです。いずれにしても,農業の構造改革無しには,食料自給率の目標設定をいくら掲げても絵に描いたモチになるでしょう。

■日本の食料事情

地方に大きな支持基盤をもつ自民党政府は一貫してコメの高価格政策と関税による農産物の価格支持政策を行ってきました。手厚い保護政策に守られてきた結果,日本では農業で自立することは出来ない零細農家が過半数を占める一方で,経営規模の拡大は進んでいません。老人が主体の農業は本人が働けなくなると耕作を放棄せざるを得なくなるの現状です。日本の農家はEU諸国と比較しても桁違いに小規模であり,国際競争力は極めて脆弱です。EUが志向した国の農業を守るという政策と日本が進めてきた農家を守るという政策が両者の分岐点となり,今日の国際競争力ひいては食糧の自給率の差となっています。少なくとも日本の農政がやる気のある農家を支援してきた実績はほとんどありません。現状のままでいくと日本の農業はますます衰退していくのは明らかです。

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日本の台所事情を表す指標は2つあります。一つは穀物の自給率,もう一つは供給熱量ベースの食料自給率です。現在の数値は穀物自給率が28%,供給熱量の自給率は40%となっており先進国では最低,おそらく世界的にも最低ラインでしょう。この低い自給率を補うため日本は毎年5800万トン,金額にして500億ドルもの食料を海外から輸入しています。金額ベースの種別では魚介類,肉類,穀物,野菜,果物の順になっています。穀物輸入量は2600万トンでありコメの生産量をはるかに上回っています。輸入穀物の6割強を占めるトウモロコシは家畜飼料となるので,私たちが食べている国内産の肉類,鶏卵,乳製品の相当割合は輸入穀物が姿を変えたものなのです。

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このようにして輸入品とあわせ1.2億トンもの食料が私たちの食卓に並ぶことになります。しかし,1.2億トンのうちかなりの割合は流通,加工,販売あるいは家庭の中で廃棄されます。いったいどのくらいの食料が廃棄されるかを調査したHPがあります。「日本から考える食料問題」によると家庭から廃棄されるものが年に1000万トン,企業等から廃棄されるものが940万トン,合わせて1940万トンもの食料が毎年廃棄されているのです。この量は1日1800カロリーで暮らしている途上国の人たち4600万人分の食料に相当するそうです。

「飽食の時代」というコピーがありましたが,現実は食料までもが「大量廃棄」の時代となっているのです。単純に比較できませんが,WFP(国連世界食糧計画) によると2004年の世界の援助食糧(穀物)は750万トンです。日本で廃棄される食料がいかに多いか考えさせられます。

私たちは世界中から食料を買いあさる暮らしを改め,食料を無駄なく利用することを心がけなければなりません。食糧安全保障のため政策的に日本の農業基盤を強化していくことは当然ですが,それと同時に私たちの食生活・食文化を考え直すことも必要です。肉や乳製品を中心とした西欧型の食生活から伝統的な穀物や野菜を中心とした食生活への回帰は,食料自給率の向上に資するとともに大きな社会問題となっている生活習慣病を低減することにもつながります。

最近「食育」と言葉がをよく耳にします。日本の食生活は1970年代には三大栄養素のバランスがほぼ適切で,主食である米を中心に水産物,畜産物,野菜等多様な副食品から構成されるいわゆる「日本型食生活」が形成されました。しかし,近年は単身世帯の増加,食の外部化の影響もあり肉類と油脂の摂取量が増えており,栄養素のバランスは崩れつつあります。家庭でそして学校で子どもたちにバランスの取れた食生活を身につけてもらうことが重要です。朝食をちゃんと取る習慣も重要です。子どもの頃に身に付いた食習慣を大人になって変えていくのは大変なことだからです。

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