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マグロは高度回遊魚

マグロ(鮪)は、スズキ目,サバ科,マグロ属に分類される魚類の総称です。 比較的暖かい海を好む高度回遊魚です。高度回遊魚とは排他的経済水域の内外を問わず広い範囲の海洋を回遊する魚類と定義されています。

左図はマグロ類の最大種でありもっとも価格が高いクロマグロ(大西洋クロマグロおよび太平洋クロマグロ,ホンマグロとも呼ばれる)の捕獲される海域です。クロマグロは広い海域を回遊しますが太平洋と大西洋を行き来することはなく,両者は亜種もしくは近縁種と考えられています。

漁獲域からクロマグロは暖流域に広く分布していることが分かります。大西洋では分布域がノルウェーの沿岸の寒帯域にまで広がっているのは暖かいメキシコ湾流がこの辺りまでやってくるからです。

海洋は大きく分けて国家の主権が及ぶ領海(沿岸から12海里),国家の経済的主権が適用される排他的経済水域(沿岸から200海里)と国家の主権も経済的主権も及ばない公海に区分されます。

海の面積の2/3以上を占める公海は文字通りの公の海であり,自由航行と漁業などの自由な経済活動が認められています。内陸国を含めどこの国でも自由に船団を出して漁業を行うことができますので,必然的に乱獲という問題が発生します。

そのため,国連海洋法条約においてはかつお,まぐろ,かじきなど特定の漁業資源の回遊域に当たる沿岸国と漁獲を行う国がすべて参加する国際機関によって保存管理すべきとしています。

しかし,実際には国家の規制が及ばない公海では乱獲を規制することは難しく,まぐろ,かじきなどの高度回遊魚は資源の枯渇が懸念されています。また,深海にある貴重なサンゴや海底生態系がトロール漁(底びき網漁の一種)で破壊される環境破壊も深刻となっています。公海における生態系の健全さを守ることは海洋環境問題の大きな課題となっています。


マグロの種類

マグロ(鮪)はスズキ目|サバ科|マグロ属(genus Thunnus)に分類される回遊性の大型肉食魚類の総称であり,日本を始めとする世界各地で重要な食用魚として漁獲されています。

日本語名 英語名 最大体長 最大体重
(太平洋)クロマグロPacific bluefin tuna 300cm400kg
大西洋クロマグロNorthern bluefin tuna 450cm680kg
ミナミマグロSouthern bluefin tuna 250cm200kg
メバチBigeye tuna 200cm200kg
キハダYellowfin tuna 200cm150kg
ビンナガAlbacore tuna 140cm60kg
コシナガLongtail tuna 140cm36kg


マグロは海洋の広い範囲を回遊する高度回遊魚であるため,分布海域も下表のように大きな単位で表されています。

日本語名 分布海域
(太平洋)クロマグロ 太平洋
大西洋クロマグロ 大西洋,カリブ海,地中海,黒海
ミナミマグロ 南半球の南緯60度までの亜熱帯・温帯海域
メバチ 赤道から南北に緯度35度の範囲
キハダ 赤道から南北に緯度35度の範囲
ビンナガ 赤道から南北に緯度10-35度の範囲
コシナガ インド洋,太平洋の熱帯・亜熱帯海域


マグロの生態

マグロが高度回遊魚だからといって広い海域をやみくもに泳いでいるわけではありません。産卵を除くとマグロが回遊するのは摂食行動ですので餌となる魚などを追いかけて回遊します。マグロは一般の魚類に比べていくつかの特徴があります。

●高速で泳ぐことができる
●周辺の海水よりも体温を上げることができる
●呼吸するためには生涯泳ぎ続けなければならない
●高速移動時にも体温が上がり過ぎない仕組みがある
●体重を増やすためには大量の餌が必要

マグロは魚類の中では最速・最強の泳ぎ手であり,通常は時速20-30km,最大速度は時速100kmにもなるとことが観察されています。水の抵抗の少ない紡錘形の体型と強い筋力による推進力が特異な運動能力を支えています。さらに,体の表面のやわらかな粘膜が水との抵抗を非常に少なくするためだと考えられています。

そのような運動能力を維持するため体温を周囲の海水より5-10℃高くすることができます。しかし,高速で泳ぐと大量のエネルギーを消費するため体温が上昇します。それを抑えるためマグロは筋肉内の動脈と静脈が近接するいわゆる「奇網」という構造をもっています。

鰓から取り込まれた酸素を含む温度の低い血液は心臓から送り出され,動脈を通りながら隣接する体温で上がった静脈の血液を冷やす働きをしています。多くの動物の場合,奇網は体表面からの熱の放散を抑えるように機能しますが,マグロの場合はラジエターとして機能しています。

また,普通の魚類のように鰓蓋(えらぶた)を動かすことにより水流を起こし,水中の酸素を取り込む仕組みがありません。そのため,口と鰓蓋を開けて遊泳し,そこを通り抜ける海水から酸素を取り込んで呼吸します。泳ぎを止めると窒息しますので,たとえ睡眠時でも遊泳しなければなりません。

高速泳者であり超長距離泳者であるマグロは高度回遊に特化した特異な生態をもつように進化したため,生涯休みなく遊泳し続けることが宿命づけられており,そのためには大量の餌を摂取しなければなりません。

陸上の家畜でも魚類でも人間が飼育あるいは肥育するときは,投入した餌の量と家畜・養殖魚の体重増加の比率(増肉係数)は重要な経済要素となります。この効率性の例として「牛肉を1kg増やすためにはトウモロコシが8kg(20kg)必要」ということがよく出てきます。

牛にトウモロコシを食べさせて肥育するより,そのまま人間が食料にした方がずっと食料エネルギー効率がよいということなのです。成人の必要カロリーを2000kcalとすれば,1年分のカロリーは穀物200kgで摂取することができます。

しかし,牛の肥育に使用すると25kgの牛肉にしかなりません。牛肉は部位により脂肪の量が異なるため単位重さあたりのカロリーも大きく異なりますが,平均すると2500kcal/kg程度です。単純なカロリー計算では牛肉25kgは人間の必要カロリーの1月分にしかなりません。

同じようなことはマグロに付いてもいえます。マグロは自身のエネルギー消費量が非常に大きいため蓄養(肥育)させるためには大量の動物性餌が必要であり,増肉係数は15程度となっています。

これはマグロの体重を1kg増やすためには15kgもの餌が必要だということを意味しています。そのため,マグロは高速で遊泳しながらサバ,アジ,イワシ,エビ,イカなどを手当たり次第食べる生活を送っています。

マグロには限りませんが広い面積と数100mあるいは数千mの深さをもつ外洋を回遊する魚介類の生態を調査するのは非常に大変です。水産資源としての重要種も多く含まれており,そのような資源を持続可能な範囲で利用するためには個々の水産資源の資源量を推定するとともにその生態(成長,成熟,産卵,分布,回遊など)の解明が重要な要素となっています。

しかし,もっとも重要な水産資源であるクロマグロについてすら資源量の変化も生態の解明もそれほど進んではいません。つい最近までクロマグロの年齢すらはっきり分かりませんでしたので,3歳くらいまでは別にして個体が年齢とともにどのように成長していくかもしっかりしたデータがありませんでした。

しかし,電子顕微鏡による耳石日周輪を計測することにより正確な年齢査定が可能となりました。また,耳石日周輪の幅を計測することにより,各年齢時の平均体長を算出することが可能となり,クロマグロの(平均的な個体の)成長曲線を描くことができるようになりました。

この方法はマグロ類全般に応用することができますので,それぞれの種の成長曲線が作成されています。これにより,捕獲されたクロマグロの体長(尾叉長)から個体のおおよその年齢が推定できるようになります。

西太平洋のクロマグロは台湾から九州にかけての温暖な海域で春から夏にかけて産卵します。産卵個体が多い場合は伊豆諸島から小笠原にかけての海域でも産卵されます。一匹の成熟したメスは1000-3000万個の卵を水中に放出します。同様に東大西洋のクロマグロは地中海沿岸で,西大西洋のクロマグロはメキシコ湾で産卵します。

成長すると食物連鎖のほとんど頂点に君臨するクロマグロも稚魚の時代は捕食される存在であり,種の維持のためには多くの卵を産む必要があるようです。

受精卵は直径約1mmほどであり水中を浮遊しながら約32時間で全長約3mmの仔魚が孵化します。卵黄を吸収した仔魚は小動物を捕食し,餌がない場合は共食いもして,孵化後22日で約3cm,74日で全長約25cmに成長します。この頃には形態は成魚とほぼ変わらなくなります。

1歳になると50-60cm,2歳では100cm近くまで急速に成長します。その一方で性成熟するには5年ほどかかり,魚類の中でも遅い部類に入ります。稚魚は暖流に乗って日本沿岸まで北上し,そこで成長し,冬季には南下します。

2-3歳魚は北西太平洋を主な分布域としており,夏季に三陸沖を黒潮分派に沿って北上,秋季に親潮前線に沿って東進,冬季に日付変更線付近で黒潮続流域に向かって南下,春季に黒潮続流域を西進という海流構造に応じた時計回りの回遊パターンをもっています。

しかし,一部の個体は黒潮→北大西洋海流とともに太平洋を横断し,米国西海岸に到達し,そこで2-3年かけて成長し再び西太平洋に戻ります。ある程度成長したものは太平洋横断はせず,季節的な南北の移動を繰り返します。

クロマグロは年齢とともに大きくなり,成長が停止することはないようです。4-5歳で成熟し産卵に参加するようになります。産卵の直後は体力を使い果たしており,赤身はパサパサ,トロも少なく仮に捕獲してもとてもクロマグロとしては売り物になりません。

ところが日本の商社や漁業会社は産卵直後に捕獲され,売り物にならないクロマグロを大きな生簀の中で蓄養することを思いつきました。生簀の中でたっぷりと餌を与えると半年もすればトロの多い立派なクロマグロに再生することができます。しかも,空輸することにより生マグロとして流通させることができます。

これがクロマグロの蓄養の始まりですが,最近では成熟前の若魚を捕獲して蓄養するようになり,自然界で繁殖に参加できる個体が大幅に減少しています。この問題は別の章で扱うことにします。

ある程度(50cmほど)大きくなったクロマグロを捕食できる動物はそれほど多くはありません。文献では大型のサメ,シャチ,メカジキなどがあげられています。また,イルカの仲間のオキゴンドウがクロマグロを捕食することもあります。

日本のマグロ漁船ははえ縄漁を得意としていますが,針にかかったマグロ類をシャチ,オキゴンドウが上手に噛み千切っていく漁業被害があるそうです。青柳祐介著の「まぐろ土佐船」にはようやくかかったマグロ類がシャチによって頭だけにされるというシーンが描かれています。


日本人とマグロ

日本は古くからマグロを食用としてきました。縄文時代の貝塚(約5000年前)からもマグロの骨が出土していますし,古事記や万葉集にもシビの名で記述されています。しかし,マグロは傷みやすいことから流通体勢の整備されていなかった時代には鮮度の問題で人気はありませんでした。

江戸初期の世相を記した随筆「慶長見聞集」では「シビと呼ぷ声の死日と聞えて不吉なり」と記されており,ほとんど下級魚の扱いでした。ところが,関東の醤油産地がマグロを醤油漬けにしたものを広め一躍庶民の人気を得ます。これが「づけ」と呼ばれるものの始まりです。

さらに,天保年間(1830-1843年)になると江戸近辺でも定置網漁によりマグロがたくさん捕れるようになり,江戸の鮨屋が生のマグロを握って出したところ庶民の好みに合致し,「マグロの赤身」は鮨の代表的なネタになりました。

それでも,トロは赤身以上に傷みやすく,脂が多いこともあって江戸時代の庶民の好みには合いませんでした。江戸時代には肉食が普及していなかったため,人々は動物性脂肪の旨みが分からなかったのは無理もありません。

トロが人々に食べられるようになったのは明治に入ってからのことであり,学生や労働者に安く提供されるようになり,脂肪の供給源となっていました。トロが赤身以上の価値をもつようになったのは戦後のことです。

経済成長とともに食事の洋風化が進み,脂肪が人々の味覚においしと感じられるようになってからのことです。1960年代になるとトロは貴重で価値のある部位となりました。さらに,冷凍技術の進歩により生食に比べてそれほどそん色のない冷凍マグロを世界中の海から運んでくることが可能となり日本は世界でもっともたくさんマグロを消費する国となっています。大ざっぱにいうと日本人は世界のマグロの1/4を消費しているようです。

マグロの中でもクロマグロやミナミマグロはトロの部位が多いため刺身や寿司の需要が大きく,左表のように世界の大半は日本人が消費しています。大西洋クロマグロとミナミマグロは資源量が激減しており,この先も回転寿司で安価なトロを食べることができるかどうかは不透明です。

左表のクロマグロデータは2002年から2004年の平均データあり,最近では経済発展が著しい中国での消費が増えており,マグロ資源をめぐる競争はますます激しくなっています。築地市場における日本近海で捕獲された最高級クロマグロの初セリは異次元の価格となります。

2008年に607万円であった最高値が,2010年は1628万円,2011年は3249万円と跳ね上がっています。この高値を呼んでいる要因は毎年テレビで取り上げられ,初競りがショー化していることがあげられます。

また,ここ数年は香港の「リッキー・チェン」が競り落としていることも要因の一つになっています。2011年は「銀座 久兵衛」と香港の「リッキー・チェン」が共同で競り落としました。

このマグロは北海道の戸井産の342kgのものでした。史上最高値の代名詞となっていた青森県大間漁協では名誉回復のため1月3日の深夜から漁に出て5日の初セリに間に合わせました。2012年の初セリでは268kgのものが5649万円という史上ダントツの高値で競り落とされました。

競り落としたのは築地に本店のあるすしチェーンの「すしざんまい」でした。「すしざんまい」の社長は「このクラスだと普段はだいたいいくらぐらいですか」という質問に「ふつうですと500万円から600万円ですね」と答えています。クロマグロを捕獲する漁師にとっても,それを競り落とす側にとっても意地がかかっている「マグロ狂想曲」となりました。ちなみに,競り落としたマグロは大トロ1貫を398円(原価は15,000円)で提供するとのことです。


古い歴史をもつ地中海マグロ漁

日本は古くからマグロを食料として利用していますが,世界的にみると地中海沿岸に軍配が上がります。古代遺跡の発掘調査から地中海沿岸ではおおよそ9000年前にはクロマグロが漁獲されていたことが明らかになっています。時代が下がっても西地中海一帯ではフェニキア人,ギリシャ人,カルタゴ人,ローマ人は手釣り,地引き網,定置網によりクロマグロを漁獲していました。

ローマ帝国の衰退,イスラム教徒の支配地域拡大とともに定置網マグロ漁は衰退していきますが,13世紀末にキリスト教徒がジブラルタル海峡を奪還したことにより再び漁業が盛んになりました。

その中でもスペイン・アンダルシア地方の「アルマドラバ」やイタリア・シチリア島周辺部の「マッタンツァ」は中世以来の長い歴史をもつ定置網漁として有名であり,地域の雇用を守り,地域に深く根差した文化の一部となっています。日本でいうと太地町の古式捕鯨のようなものです。

大西洋クロマグロは地中海の何ヶ所かに産卵場所があり,東大西洋の群れは毎年5-6月ジブラルタル海峡を通過して地中海に入り,7-8月に採餌のため再び東大西洋に戻ります。このマグロの通り道に定置網を仕掛け,最後は袋網状(底に網がある区画)になったところまで誘導する仕掛けとなっています。

この限りでは日本の定置網と類似していますが,地中海マグロ定置網は季節漁なので1年のうちで網が入れられるのは1-2ヶ月です。網入れと,網の引き上げにはそれぞれ2ヶ月を要します。残りの期間は道具や網の補修ということになり,地域の常設雇用となっています。

アルマドラバの場合,最終袋網は「コポ」と呼ばれ,魚群が暴れても耐えられるような丈夫な作りとなっています。魚群が「コポ」に入ったことを確認してから「レバンター」と呼ばれる引き上げが始まります。

「サカー(取り出し)」と呼ばれ,6本マストと大きな甲板をもち,アルマドラバ漁の船長が乗船する親船をコポの浮き綱のそばに配置します。この船からアルバドラバ漁師たちが底にある網を手繰り寄せ,マグロがを水面近くまで引き上げていきます。

そして,コポの周りに配置された「アコペハドーレス」と呼ばれる数艘の船によってマグロが捕獲されます。機械を使用しないで暴れる巨大なマグロを手鉤で引き上げますのでそれはまさしく人間とマグロの壮絶な死闘です。(漁の仕組みは「Organization de Productores Pesqueros de Almadraba」から引用しました)

このような定置網漁は沿岸に近いため魚群の一部を捕獲することになるため,700年にわたり持続的な漁業として地域の重要な産業となってきました。しかし,太地町の古式捕鯨が近代的な捕鯨により駆逐されたように,地中海における伝統的なクロマグロの定置網漁は存続の危機に瀕しています。

原因はソナーや航空機を使用し,魚群を根こそぎ捕獲する巻き網漁です。魚群の一部が定置網にかかる漁法とは異なり,近代的な巻き網漁ははるかに効率よくクロマグロを捕獲することができます。

このような効率的な漁法は必然的に乱獲を招くことになり,定置網漁で捕獲できるクロマグロはどんどん減少しています。さらに,巻き網で幼魚や若魚を捕獲して蓄養を行うようになると定置網漁はさらに減少します。

スペインでは1960年以前には毎年8000トンほどの漁獲がありましたが,その後は急激に減少し70年代からは良い年で3000トン,普通の年では1000トンに減少しています。大西洋クロマグロは厳しい漁獲量規制を義務付けるようになりましたのでスペインやイタリアの伝統的な定置網漁が存続できるかは予断を許しません。

伝統的なマグロの生食は日本の専売特許かというとそうではありません。イタリアではマグロはオリーブオイルやワインビネガーを用いてカルパッチョにされ,ワインとともに生で食べられます。また,ポリネシアではキハダを生食する文化があり,ハワイではキハダの赤身を角切りにして,刻みネギを薬味とし,ゴマ油や醤油で味付けして食べられています。


資源管理のための国際管理機関

マグロ類については資源管理のためにマグロ類の分布する海洋あるいは海域を包括的に管理する5つの国際管理機関があり,資源保護のための条約を締結し,次のような活動をしています。
● 科学的な資源評価を行う。
● 魚種ごとに漁獲してよい量や大きさを決める。
● 魚種ごとに漁期を設定する
● マグロを獲ってよい漁船を登録する。
● 操業することが許された蓄養場を登録する。

同時にルールを守らない漁船,蓄養場,国からの輸入を制限する勧告を行っています。世界最大のマグロ漁獲国であり輸入国である日本はすべての国際管理機関に加盟しています。これらの国際管理機関はそれぞれ毎年会合を開き,漁獲量やルールが守られているかどうかを議論します。

しかし,国際管理機関のこのような活動にもかかわらず,マグロ漁船数および漁獲能力はマグロの資源量に比して著しく過大であり,それが過剰漁獲に結び付いているため,特に大型魚種は資源維持はおろか種の維持に対して危険信号が出されています。

IUCN(国際自然保護連合)は世界的な協力関係のもとで1948年に設立された84の国々から111の政府機関,874の非政府機関,35の団体が会員となり,181ヶ国からの約10,000人の科学者・専門家が世界規模での協力関係を築いている世界最大の自然保護機関です。

政府機関と非政府機関が一緒に活動するユニークなネットワーク型組織です。IUCNは定期的に絶滅の恐れのある野生生物を網羅した「レッドリスト」を発行しています。このリストにはほとんどのマグロ類が登録されています。

レッドデータブックでは絶滅危惧種を下記のように区分しています。
● 絶滅危惧IA類:ごく近い将来絶滅の危険性の高い種
● 絶滅危惧IB類:絶滅の危機が増大している種
● 準絶滅危惧種:絶滅危惧に移行する可能性のある種

ICUNのレッドデータリストによると大西洋クロマグロとミナミマグロは絶滅が危惧される種ということになります。これを象徴する事件が2010年に発生しています。カタールのドーハで開催された一般的には「ワシントン条約」として知られているCITES(絶滅の恐れのある野生生物の国際取引を規制する条約)の締約国会議でモナコが大西洋クロマグロを附属書Tに掲載するよう提案しました。

この提案が採択されると,大西洋クロマグロは絶滅の危機にある野生動物として「CITESリスト」に掲載され,適切な措置が取られて資源が回復するまで国際取引が一時的に禁止されることになります。

この提案は大西洋クロマグロの資源管理はICCAT(大西洋マグロ類保存国際委員会)が行うべきであるという日本などの主張が通り,否決されました。しかし,この一件は大西洋クロマグロという種が危機的状況にあることを内外に知らしめることになりました。

大西洋クロマグロの国際資源管理は48ヶ国が参加するICCATが管理機関となっていますが,十分には機能しておらず,資源量は急激に減少しているのは周知の事実です。

ICCATの科学者たちは1994年より漁獲量に関する勧告を開始しているにもかかわらず,総漁獲量(TAC)が設定されたのは1999年からであり,しかも資源量の減少を食止めるために勧告された漁獲量が2.5万トンであるにもかかわらず3万トン程度となっており,さらに実際の漁獲量は5万トンを超えていたと推定されています。

環境意識の高い欧州諸国が主要なメンバーになっていても,ICCATは資源管理に関してはほとんど機能してこなかった実態があります。近海漁業のように一つの国あるいは少数の国で管理できる場合,漁獲量の管理は実効的に機能しますが,マグロのような高度回遊魚の場合は資源量の見積もり,漁獲規制のどちらも有効に機能させることは難しいのです。

科学委員会は2007年には1.5万トン,2010年には8000トンと総漁獲量の低減を勧告しています。2010年の勧告(8000トン)でも資源量の回復する可能性は50%とされています。この数値からみて大西洋クロマグロが危機的状況にあることは明らかです。

クロマグロは30年ほどの寿命をもっており,成熟年齢は5歳前後と考えられています。ところが,地中海ではソナーシステムのような最も効率の良い漁獲技術を利用した巻き網漁がさかんであり,大きな個体の捕獲と並行して,繁殖年齢に達しない若魚までもをまき網で捕獲し,巨大な生簀で蓄養する蓄養業が大規模に行われています。

クロマグロの完全養殖は日本の研究段階では成功しているものの,現時点では経済的にはまったく採算が合わず産業としては成立していません。そのため,てっとり早く未成熟の若魚を捕獲し,生簀の中で(運動不足の状態で)大量の餌を与える蓄養がさかんになります。

1970年代に地中海で産卵を終えたやせたクロマグロを漁獲して生簀で肥育して,商品価値のあるクロマグロにして出荷したのが蓄養の始まりです。この技術を確立したのは日本の漁業資材会社であり,1980年代になると豪州でミナミマグロを丸い巾着網のイケスで蓄養するようになり,マグロを効率的に生産することができるようになりました。

その技術が地中海にもたらされ,スペイン,イタリア,クロアチア,マルタ,トルコ,ギリシャ,キプロス,リビアが参入し,9ヶ国・31事業者にまで拡大しました。その後は国際規制の強化や原魚価格の高騰もあり,2010年には6ヶ国・19事業者に縮小しています。

蓄養の最大の利点は脂の乗った(乗り過ぎた)マグロを安価に生産することができることです。また,出荷ルートが確立されれば日本にまで氷温冷蔵で空輸し,生マグロとして販売することも可能です。

私たちが回転寿司で安価なトロを食べることができるのはこのような仕組みがあるからです。現在ではオーストラリア,地中海,メキシコで大規模な蓄養が行われており,その輸出先はほとんどが日本です。蓄養クロマグロの登場により生マグロの卸値は下落し,漁獲量規制や燃料油の高騰もあり日本の遠洋マグロ漁は危機に瀕しています。

蓄養には二つの問題があります。一つは未成熟の若魚を大量に捕獲してしまうことです。これは必然的に将来の繁殖個体を減少させることになります。さらに,巻き網で効率よく成魚も捕獲しますので資源量の再生に大きな影響を与えています。

もう一つの問題は地中海にはもともと生息しないニシンをエサとして与えるため,新たな病気を広げるのではないかと懸念されることです。自然の生態系は微妙なバランスで成立していますので,人間が不用意に介入すると取り返しのつかない事態になることは多くの悲劇的経験が教えてくれます。

国際管理機関によるマグロの資源管理はこれまで必ずしも資源を適切な状態に維持できるように機能してはいません。その背景には過去の実績を基に漁獲量を確保したい先進国とこれから漁業を発展させたい途上国との間で漁獲枠をめぐる対立もあります。また,国際管理機関の科学員会の報告書や総漁獲量などの勧告にも政治的な思惑が少なからず影響を与えていることも指摘されています。

最近になってようやく資源管理のための国際管理機関はマグロの資源保護に対して本格的に取り組むようになりましたが,規制強化を逃れるため国際管理機関に加盟していない国に船籍 を移して規制を逃れる便宜置籍船(FOC)の問題,国際的なルールを守らない漁船(IUU)の横行,地中海沿岸国の中には決められた漁獲枠を守らずクロマグロを過剰に漁獲している国があるともいわれており,マグロの資源管理は決して安心していられる状態ではありません。

公海という自由の海で「共有地の悲劇」が繰り返されるならば,私たちの食卓からマグロが消える日が来るかもしれません。