亜細亜の街角
■ガンジス中流域の大都市
Home 亜細亜の街角 | Patna / India / May 2005

パトナ  (地域地図を開く)

パトナはガンガーの中流域に開けた古い歴史を誇る町である。人口は150万人を越える。BC5世紀,ブッダの時代にパトナはこの地域の強国マガダ国の首都にするべく建設された。

アショーカ王の時代には帝国の首都であった。街の南を東西に鉄道が走り,鉄道と北を流れるガンガーの間に街は広がっている。バラナシから下流に250km,インダス平原の多くの支流を集めるたパトナのガンガーは大河の風格をと言いたいところであるが,乾期なので水量はそれほど豊富ではない。

ドゥブリ→パトナ移動

ドゥブリ(11:15)→シリグリ(17:30)→NJP(18:15)(23:00)→パトナ(13:15)と760kmをバス(120Rp)と列車(261Rp)を乗り継いで移動した。小雨の中をASTCのバススタンドに向かう。

しかし事務所でシリグリ行きは08:30ではなく11:00だと言われて大いにがっかりする。どうも昨日運行時間表を見違えたらしい。結局,シリグリ到着は17時過ぎになる。BSからちょっと大きい乗り合いオートリキシャー(7Rp)でNJPの駅に向かう。この道は狭い上にとても混雑している。15分ほどのつもりが45分もかかってしまった。

NJPの駅に着いてすぐにチケット購入申請書をもらい必要事項を記入して列に並ぶ。16番目くらいだったのにパトナまでのチケット(261Rp)を受け取ったのは20時を回っていた。しかも,寝台の指定はまったく取れず,ウエイティング状態である。ともあれこれでようやく夕食にありつける。

駅の裏手にはリタイアリング・ルーム(個室とドミ),待合室(1等とその他)がある。待合室には有料のトイレとシャーがついている。駅の北側の広場(ここはタクシー・スタンドになっている)にはたくさんのローソクの灯りがゆらめいている。この時間まで野菜や魚などを扱う小さな露店が開いているのだ。

22:10に1番ホームにウエイティング・リストが張り出された。僕の番号は90番,当然座席番号欄はブランクである。つまり,「あなたの寝台は無いので,どこか適当な場所で夜を明かしなさい」ということになった。

列車が入線して乗り込んでみると,荷物の上で横になったり,床に坐ったりしている人がたくさんおり,とても自分のスペースを確保できる状態ではない。ザックを近くの棚に乗せ,軍隊行李の上にマットを敷いて横になっている人のスペースを借りて腰を下ろす。眠れないものの身体を休めることができる。

しかしその場所は寝台とトイレの間の空間のため,目を閉じてウトウトしていると,トイレに行く人にしょっちゅう肩をたたかれる。03:30頃,列車は長い間停車した。

人々はその頃から動き始める。トイレと洗面台が忙しくなる。05:30,列車は激しい雨の中を進む。隙間から吹き込む水滴が冷たい。ビハール州の第1日目は雷雨に歓迎された。雨は広範囲で降ったらしく,周囲の畑はずっと濡れている。

06:00になると大半の人は起床し,座席に坐ることができた。僕のボックスには子どもを3人抱えた夫婦,シーク教徒の青年,チベット系の青年が坐っている。とてもきさくな人たちで,車内販売のチャーイ,ピーナッツなどをごちそうになる。お返しにパパイヤの切り身をあげようとしたら,その代金も払われてしまった。

車内にはひっきりなしに物売りがやってくる。おもちゃ,布地,衣類,食べ物などが目の前に出される。横の席のおじさんは何でもたくさん買い込んでいる。彼の買った商品からするとこれから孫たちに会いに行くようだ。

僕のボックスに坐っている3人の子どものうち,上の二人の男の子はしつけがよく行き届いており行儀がいい。しかし,下の女の子は気に入らないとすぐに泣き出し,暴れる。どこの世界でも子育ては大変だ。

窓の外には乾燥したビハールの大地が広がる。ほとんど寝られなかったのに意外と元気だ。座席の一行は大荷物と一緒にパトナで下車した。僕も降りホームで握手をして彼らと別れる。

パトナも雨が降ったようだ

Shubh Sarthak Hotel

パトナの駅前は大きなロータリーになっており,その周辺はオートリキシャーに占拠されていた。歩いていると,いろんな方向から乗り物がやってくるのでけっこう危険だ。

パトナはさすがに大都会である。駅前から北に向かう通りの両側には高い建物が並んでいる。この町も雨が降ったらしく路面は濡れている。道路は凹凸が多いので,歩道の建物よりを歩いた方が安全だ。日本のように車は水たまりがあっても減速することはない。

駅前から北に10分ほど歩くと右側にホテルがたくさん並んでいる路地がある。この路地の前には食べ物の屋台がたくさん出ている。朝食の時間帯は終わったらしく,チャーイとお菓子程度しかない。

外観のきれいな2軒のホテルは満室のため断られた。奥の方にある「Shubh Sarthak」に宿泊する。部屋(150Rp)は6畳,T/S付きでまあまあ清潔である。ただし,受付の対応は良くないので,夜行で疲れているにもかかわらず1泊でバイシャリに移動することにする。しかし,バイシャリの宿も停電,断水では長居はできなかった。

デジカメを抱えているので電気のないところでは2日は滞在できない。しかも,疲れが出たのかノドと腹具合が悪くなったので,この後はもう一度パトナに戻ることになった。

前の路地ではチャーイ屋が営業している

樹木の間からカトリック教会の壁面を飾る聖像が見える

結婚式の飾りを運ぶ

エッグ・ドームからの眺望

ゴール・ガルはイギリス統治時代に建てられた穀物倉庫だ。半分地面に埋まった卵形をしている。なぜ倉庫がこのような形になったかは不明である。わざわざガイドブックに記載するほどのものではない。

らせん状の階段を登るとパトナの町を一望できることだけがとりえである。ゴール・ガルの向こうに乾期のため細くなったガンガーが流れている。町の中心部は白を基調とした近代的なビルが立ち並んでいる。

町を彩っているのはカエンジュ

名前の分からない教会とマンゴーの木

名前の分からない教会の敷地では大きなマンゴーの木があった。枝もたわわに実がなっている。5月になるとそろそろマンゴーの季節になる。市場には4月からマンゴーが出ている。

マンゴーが食べたくてジャイガオンでナイフとステンレスの皿を買った。マンゴーの値段は2個で10-20Rpである。旅の野菜不足を補うためトマトと組み合わせてよく食べた。

今回の旅行ではインドで買ったナイフとお皿を持っていたが,コルカタで地元の人にあげてしまったので,皮をむいてそのままかぶりつく。甘い果汁が口の中に広がる,今日も10Rp(5Rp)の幸せを味わう。

インド風焼き団子

竹を削り編みカゴの材料に加工する

ガンガーの風景

この町でガンガーを見るのは大変であった。エッグ・ドームからは近くに見えるのに,川に通じる道が無い!川沿いにずいぶん歩いて,ようやく川岸に出た。パトナの手前でガンガーは大きな支流と合流するため,ここから見るガンガーは大河になるはずであった。しかし,乾期のため水量は少なく,ちょっと先に対岸がある。

それでも,バスで移動したとき橋は北の方向に10kmほど伸びていた。雨期のガンガーはそのくらいの広い土地を冠水させるようだ。渡し舟の横には町からの下水があり,盛大に汚水が流れ込んでいる。

インドでは河川の汚染源の80%は生活排水,20%が工場排水とされている。ヒンドゥー教徒はガンガーでよく沐浴をするのでその汚染は重大な問題となっている。インド政府も1985年から河川浄化のためのプログラムを発動しているが,現在でも流域の下水処理は1/3に過ぎない。

インド政府が定めた沐浴に適した水質基準は「生物化学的酸素要求量(BOD)で1リットル当たり3mg以下」となっているが,バナラシ付近では15mgを超えている。ちなみに,日本の下水処理場から出される水のBODは1-2mgである。

BODとは水中に含まれている有機物を微生物が分解するために必要な酸素の量である。例えばBODが5mgの場合は1リットル中の有機物を分解するのに5mgの酸素が必要となる。

水に溶存する酸素は1リットル当たり10mg程度なので,BODが5mgの場合は溶存酸素の半分が汚れを分解するために必要ということになる。水の汚れを分解するために酸素が使用されると水中の溶存酸素が減少する。

魚類が生息できる溶存酸素の限界値は1リットル当たり3-5mgとされているので,BODが5-7mgが酸素をたくさん必要とする生物が生息できる限界値ということになる。

パトナ駅前広場

大都市パトナの駅前はとても混雑している。正面にはずらりとタクシーが並んでおり,手前の広場は露店とオートリキシャーで占拠されている。道路を含め,あらゆる方向からオートリシャーが来るのでとても危険だ。

駅に向かって左側の道沿いに何軒かの食堂がある。バススタンドはミタプールに移転していた。駅を抜けて南口に出て,少し先の混雑した道路を右に曲がると,ミタプール行きの乗合オートリキシャーがある。

パトナ駅に向かって右側に端正なモスクがある。駅と反対側から撮るとドームがミナレットの手前にくるのでベストである。モスクの回りを1周してビューポイントを探した。しかし,建物と電線に邪魔されてどうもうまくいかない。

朝食のため宿から10分ほど歩いて駅前に出る。まだ7時前だというのに食べ物の露店が営業している。もっとも,石油缶の七輪一つなので準備は簡単だ。周辺の路上にはまだ昨日のゴミが散乱している。インドではゴミは路上か下水に捨てることが当たり前だ。みんなが盛大に散らかすと,翌日どこからともなく清掃員が現れる。

売り物はニンニクだけである

帽子から推測するとネール初代首相

子どもたちは学校に向かう

ヒンドゥー寺院はシヴァ神が祀られている

ヒンドゥー寺院からの眺望

駅前にあるヒンドゥー寺院に入ってみた。一番上の階からの眺めがドンピシャである。敵対する宗教の寺院からの眺めがベストとはちょっと皮肉である。

パトナの駅前には巨大な建物がある。最初はヒンドゥー寺院とはとても信じられなかった。上に乗っているピラミッド状の建造物は南インドの様式を模したものだ。

たぶん,右側にあるモスクと高さを競うため,このような建築物を造ったのであろう。内部の神々は特におもしろいものではない。階段を登って4階か5階まで上ることができる。駅周辺を眺めるだけでも十分に価値がある。

名前の分からない果物のジュース屋

インド風団子屋の売り子

寺院に供えるための花輪を作る


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