亜細亜の街角
■稲わらの上に坐りダライ・ラマの説教を聞く
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ナムチ  (地域地図を開く)

ナムチの標高は約1400m,尾根の両側に広がった町で,シッキムではかなり大きい。住民はベンガル人の割合が高い。町の中央は広場になっており,タクシー,乗り合いジープ,バスのスタンドになっている。

近くにいくつかの新しいホテルがある。4本の道路がナムチと他の町を結んでおり,そのうち2本は棚田の見られる感じの良い散歩道になっている。また,Damthangに向かう道を行くと,ロックガーデンのビューポイントとグル・パドマ・サンババの巨大な像がある。

ペリン→ナムチ 移動

ペリン(08:30)→ジョーサン(10:20)(11:55)→ナムチ(12:35)と70kmを乗り合いジープ(80+25Rp)で移動する。ホテル・ガルーダの前でジープを待つ。シリグリ行きのジープが止まり,分岐点のジョーサンまでが100だという。それは高いと応じると80になった。

ジープは山道を一気に下り,川沿いの道をしばばらく走る。向かいの斜面には小規模の棚田が見える。およそ2時間で標高340mのジョーサンに到着する。ナムチまでのジープは1.5時間ほど待たされた。複数のジープが客を取り合い,なかなか定員に達しないためだ。ジョーサンからナムチの間は素晴らしい棚田の風景が楽しめる。

Khangjhon ホテル

ジープ乗り場の前に150-200Rpの新しいホテルがある。最初の日はKhangjhonホテルに泊まった。部屋(200Rp)は6畳,2ベッド,机,T/S共同で,十分に清潔であった。難点は蛍光灯がちらついて本を見ていると目が疲れることだ。

オープンしたてのきれいなZimghangホテル(150Rp)があったので2日目は移動した。部屋は8畳,Wベッド,T/S付き,2方向に窓があり,とても清潔である。このホテルのレストランの味はなかなかのものだ。味のベースが日本人の味覚とかなり重なっており,何を食べてもおいしい。

ナムチの人々

段々畑の風景を見に行く

ナムチに来るとき美しい棚田の風景が見られたので,ジープ道をジョーサン方向に歩いていく。斜面が開けたところからは尾根筋にひろがる下の集落が俯瞰できる。別の場所では向かいの斜面の棚田が見える。

棚田は谷から山の上まで続いており規模は大きい。しかし,雲南で見たように斜面全体が棚田になっているわけではない。棚田に適した斜面だけを開拓し,周辺には二次林と思われる森になっている。

そのため,樹林帯の中に棚田があるというイメージだ。また,道路から上の斜面は植林され,森に戻す動きもあり,森林の減少には一定の歯止めがかかっているようだ。

小さな集落でヨーヨーを作る

小さな集落に着いた。兄におぶさる甘えん坊の写真を撮り,お礼にヨーヨーを作ってあげる。近所の男の子は大きな背負いカゴをもってポーズを決めてくれる。この地域の背負いカゴは肩で背負うのではなく額に当てて支えるタイプだ。このタイプのカゴはヒマラヤ南麓から東南アジアの山岳地帯でよく使用されている。

母親が塩味,ミルク色のお茶を出してくれたのでありがたくいただく。僕はこのように親切で出されるお茶や飲み物をよほどのことがない限り断ることはない。 ヨーヨー効果は大きい。近所の子どもたちも集まってくる。

一緒に集合写真を撮り,追加のヨーヨーを作ってあげる。日本からたくさんヨーヨーセットを持ってきているので,希望者にはみんな作るようにしている。逆に人数が多すぎる場合は,このようなプレゼントを出さない方がよい。

ここの斜面の生活は厳しい。集落の上および下の斜面は棚田になっており,わずかな面積でコメ,トウモロコシなどを作っている。道を歩いているとき,燃料にする木の枝をカゴに入れて運ぶ女性たちの姿を何回か見かけた。

牛やニワトリも飼っており,自給自足の暮らしがうかがわれる。ここのニワトリの巣は傑作である。家の壁の地面から2mほど高くなったところに竹の皮で編んだカゴが取り付けてある。このくらい高いところにあると,卵を他の動物に奪われることはないだろう。

宿の裏手の市場周辺の露店

宿の裏手には大きな市場がある。コンクリート製の常設の市場とその回りに雨避けのビニールシートを張った露店が並んでいる。日本と同じわらびが売られており,こんなものを食べる民族がいることに妙な親近感を覚える。野菜と果物は豊富にある。トマトは5個で5Rp,小さなレモンは4個で6Rp,大きなマンゴーは2個で20Rp,久しぶりにビタミンを補給できた。

町の子どもたち

ヒンドゥー教の儀式

夕方,宿に戻るとどこからか音楽が聞こえてくる。普通の建物の中で人々が歌い,踊っている。男性が100X50cmほどの小さなオルガンを弾いている。箱の裏側にはふいごがあり,それを手で動かすことにより空気を送り込んでいる。

ハヌマーン(ヒンドゥーの猿神)の誕生日だそうだ,なんのこっちゃ。中央にシヴァ神と彼の係累の絵が飾られており,人々はその周囲を踊りながら回っている。にぎやかな音楽はずいぶん遅い時間まで続いていた。

早朝の広場はタクシーで溢れている

早朝の市場は露店のブルーシートが並んでいる

お土産品によくあるポシェットだね

寄生植物のネナシカヅラであろう

棚田の風景

グル・パドマ・サンババの像を見るためサムドルプチェに行こうとする。しかし,最初から道をまちがえダムサン方向に歩き出す。途中で村人に教えられてちょっとがっかりする。それでも道は平坦だし,棚田の風景をずっと楽しめた。

道路は大きな谷を迂回しながら続いている。山の上から谷に向かって,見える範囲はすべて棚田になっている。60度くらいの急斜面にも棚田が造られている。棚田の周辺は森になっており,全体的には緑豊かな谷になっている。

見通しのよい所にある家におじゃまする

よそいきの服装なのかな

段々畑の土壌流出が心配だ

子どもたちがパフォーマンスを披露してくれた

ナムチの子どもたち

ダライラマを迎える

僕がシッキムに入った頃ダライラマは日本を訪問していた。彼は日本のあとシッキムを訪れていた。ナムチの町で彼の訪問の情報を聞き,会場のグランドに向かう。そこで彼はティーチングをするという。

外に出ると着飾った人々が歩いている。後をついて行くとほどなくグランドに着いた。斜面を平らに削ったもので,周辺は斜面の高低がそのまま段差になっている。

会場の入口ではこの地域のラマ僧が出迎えのため並んでいる。僧たちはチベット仏教の最大勢力であるゲルク派特有の黄色の帽子を被り,旗や供え物を持っている。

会場の正面にダライラマの演壇がある。少し離れたところに警護用の柵があり,その内側に稲わらの束が敷かれている。すでに大勢の人々が前の場所を占めているため中ごろの席になる。

15:00を少し回った頃ダライラマが現われると,全員が立って手を合わせる。中には5分ほど立ち続け,感激に浸っているおばあさんもいる。

説法が終わると人々はトラックに群がる1

ダライ・ラマは司会者の質問に答える形で1時間ほど話をして帰った。その後,人々は彼の祝福を受けたお菓子をもらおうと行列をつくる。

今日は霧というより雲海の中に入っているようだ

歩き出してすぐに小学校を発見

今日はグル・パドマ・サンババの像に再挑戦である。地元の人に道を確認してから歩き出す。道の周囲には民家があり,子どもたちがかばんを背負って歩いている。写真に対して積極的な子どもが多いので枚数は増える。

小学校では授業前に登校してくる子どもたちの写真を撮る。曇り空のため露出の調整にちょっと苦労する。整列した集合写真もいいが,道を歩いているような自然のしぐさが撮れればより思い出が深くなる。

青草を運ぶ

ジープ道路から視界に入る斜面は棚田とそれを囲む森である。家畜の飼料にするか,堆肥として使用するための大きな草の束を背負って下ってくる人々がいる。周辺は緑豊かな山であるが,そこで暮らしていくのは決して楽ではない。

一世代前の日本でも堆肥作りのため,人々は里山に入り草を刈り,体が見えなくほどの大きな束にして村まで運んでいた。草の山は家畜のふん尿と一緒に発酵させ,完熟堆肥にして田植え前の水田にまかれる。

霧の中を見晴らし台を往復する

道路はずっと上りで交通量もけっこう多い。ロックガーデンには展望台があり確かに眺めはよい。近くの斜面に石段を見つけ,これがグル像へのショートカットと思い登り出す。

残念ながらそれは見晴台への道で,その上は閉鎖されている。ガスが出てきて視界が悪くなる。ガスの中で着生植物に覆われた樹木が幻想的である。

グル・パドマ・サンババの像

見晴台の道を往復して30分をロスする。元の道を上っていくと赤い門があらわれ,ここからグルの像への道が分かれている。地元の男性は子どもを背負っているのに僕と同じ速度で歩く。

ジープ道の終点に料金所があり,外国人の入場料は50Rである。でも僕はネパール人に見えたらしく10Rpで入れてくれた。ちょっと得をした気分になる。ここのグル・パドマ・サンババ像は高さ135feetもある巨大なものだ。

パドマ・サンババ(サンバヴァ)がグル・リンポチェとも呼ばれ,チベット仏教のニンマ派(チベット仏教でもっとも古く吐番以来の流れを継承している)の開祖とされている。

また,8世紀にチベットから虎の背に乗って飛来し,ブータンやシッキムにチベット仏教をもたらしたという言い伝えも残されており,ヒマラヤの南側のチベット仏教圏ではブッダと同等の信仰の対象になっている。

ロックガーデンの展望台で出会った参拝者

町の近くの丘にそびえるDechhen Chhyoling Gumpa

今日は市場の露店は出ていない

学校帰りの子どもたちに出合う

ナムチの町から見ると丘の上にチベット寺院が見える。散歩がてらそちらに歩いて行く。町を抜けて山道にさしかかると子どもたちが石段を上ってくる。どうやら学校が終わったようだ。おそろいの制服を着ている女の子の一団の写真を撮らせてもらう。

ほとんどがチベット系の顔立ちをしており,日本人といってもよい子どもも混じっている。モデルの子どもたちにお礼を言ってお寺に向かって斜面の道を上っていく。

この地域では結核はまだ制圧されていない

Dechhen Chhyoling Gumpa

うまい具合に寺院の名まえは入り口の石碑に記されていた。一部改修中の寺院はチベット様式を踏襲しているがちょっと新しすぎる。もしかしたら,コンクリート造りかもしれない。

内部の勤行堂では先輩僧に混じって6-9才くらいの子ども僧が読経に参加している。チベット仏教の読経は鳴り物入りなのでなかなかにぎやかだ。外側は新しく見えたが内部の造りは歴史を感じさせるものであった。寺院の敷地内には直径2mはありそうなマニ車がある。たまたま外に出ていた僧侶が写真を撮ってあげるからマニ車を回して見なさいと申し出てくれた。


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