Home 亜細亜の街角 | Kathumandu / Nepal / Sep 1998

カトマンドゥ  (参照地図を開く)

カトマンドゥ盆地は古くからネパールの政治・文化の中心地であった。この地に古の王国の都が置かれた理由については,いくつかの神話が語られている。そこには歴代の王朝が残したいくつかの古い都が点在しており,ネワール文化の名残を今に伝えている。人口50万人のカトマンドゥ市は旧王宮を中心に中世のたたずまいを残す町並みが残されており,旅行者の目を楽しませてくれる。南のパダン,東のバタクプールにも古い宮殿や寺院が多い。


街を歩く

7年ぶりにカトマンドゥの国際空港に降り立った。車の数がずいぶん増えたような気がする。タメル地区に宿をとり,旧王宮方面に歩くことにする。タメルはカトマンドゥの旅行者地区である。宿,食堂,旅行用品などはこの界隈でほとんど調達可能である。当然,旅行者相手の土産物屋も多い。中でも目を引くのは骨董品屋だ。人形,仮面,金属容器など雑多な品物が並んでいる。どこから仕入れてきたものなのか,どの時代のものなのか,荷物がかさばるので買えないけれど,この種の品物は見ているだけで楽しい。

他に目に付くのは帽子屋そしてTシャツ屋である。帽子屋ではカラフルな品物が立てた板一面に取り付けられており,よく目に入る。色彩と奇抜なデザインではTシャツ屋も負けていない。欧米人の好きそうな派手な柄のものが並んでいる。多くのものはヒマラヤ,ストゥーパの上部に描かれた大きな眼など,ネパールを題材にしており,よい記念になりそうだ。

アサントーレの交差点に出ると昔の記憶がよみがえる。ここからダルバール広場まではレンガ造りの古い建物が並んでおり,通りを歩くだけで楽しい。最近はコンクリート製の建物ができており,これは街の景観にそぐわない。路上の市場はどこにでもある。扱っているのは野菜や果物が多い。炒った豆を売っている小さな露店もあるし,道端にビニールシートを敷いて,その上に商品の衣類を並べている店もある。


赤く染まったバイラブ

カトマンドゥ盆地には中世が息づいていると表現されるが,カトマンドゥ市の中心部ダルバール広場には多くの歴史的な建物が残っており,その感が強い。周辺の商店もレンガ造りで古いたたずまいを残している。寺院の屋根の形がなつかしいし,庇を支える支柱に施された細かい彫り物も好きだ。

寺院の入口あるいは庇を飾る金色に輝く半円形のプレートにはヒンドゥーの神々とも仏教の神々ともとれる多くの像が掘り込まれている。インドとチベットとという2つの文化圏に挟まれて花開いたネワール芸術を象徴している。このようなプレートはいくつかの寺院で見かける。中には木製のものもあり,こちらは細かいレリーフが歳月に削られたようになっている。

寺院の門を飾る獅子像もみごとだ。これほどの迫力のものはインドでも見かけたことがない。高度の金属加工技術はネパールの特徴である。寺院のテラスに置かれたちょっとユーモラスな怪物像もある。同じようにユーモラスなのはカーラ・バイラブ像である。

黒い畏怖神は破壊と再生を司るシヴァが世界を破壊するときの姿だという。別名を「マーハ(大きな)・カーラ(黒い)」といい,仏教にも取り入れられ「大黒天」と呼ばれる。本来はとても怖いものなのだ。でもここの像は姿かたちはバイラブでも,なにか親しみさえ感じる顔である。破壊の後の再生を願うのであろうか,人々はこのような破壊神にも祈りをささげ,顔や胸に赤い顔料を塗る。


美人の六姉妹

民家の門が開いており,その中庭にある4面の仏像があった。仏像の写真を撮っていると,一つの戸口から女性が顔を出し,なんと英語で話しかけられた。この国では珍しいことだ。彼女の招きで中に入ると住人は妙齢の6姉妹であった。両親はちょっと離れたところに暮らしており,男の兄弟はいないという。そろそろみんな年頃になっており,両親はダウリ(持参金)の工面に頭が痛いことだろう。彼女たちは写真大好きで,フィルムほとんど1本を使ってしまった。近くで特急の現像に出し,彼女たちにプレゼントした。


学校帰りの子どもたち

昼下がりの路地を歩いていたら,スワヤンブナートのストゥーパを小さくしたようなストゥーパが祀られていた。ちゃんとブッダの目もついている。寺院の中庭にはこぎれいな服装の子どもたちが遊んでいる。一番小さな子の写真を撮ると,残りの子どもたちも被写体になってくれた。寺院のそばにはレンガ造りのアパートがあり,学校帰りの子どもたちがたくさん通る。この子たちもカメラを構えると嬉しそうに被写体になってくれた。宗教上の禁忌がないのか,ネパールではほとんど写真を断られなかった。ここにいると次々と子どもたちのグループが通り,ワイシャツにネクタイをつけた,小さな紳士淑女がモデルになってくれた。


カトマンドゥの朝

9月の終わりになっても,カトマンドゥのモンスーンは明けていなかった。早起きしてゲストハウスの屋上に上がり,ちょっとした高みから町を見てみた。レンガ造りの家がはるか遠くまで並んでいる。その向こうは山並みとなり,雲海がかかっているところもある。

ネパールは北海道の1.8倍の面積に約2500万人の人口を抱える。人口増加率は2.5%と30年で2倍になる計算だ。国土の大半はヒマラヤの斜面であり,農業で生活するには田畑が絶対的に不足している。農村で暮らせなくなった人々はカトマンドゥなどの都市に流入する。無秩序な家屋の建設により,カトマンドゥは「レンガのスラム」になるのではと懸念されている。また,車が増えたことによる大気汚染も健康に影響するレベルまでひどくなってきている。

僕が滞在していたとき,カトマンドゥの町にはゴミがあふれていた。ホテルの従業員に聞くと,ゴミ収集組合のストライキだという。中には生ゴミも含まれており,これはかんべんして欲しい。いくら中世のたたずまいの街とはいえ,ゴミまでが中世に戻ってはたまらない。


ヒンドゥーの神々

一説によるとカトマンドゥには,日本の人口に匹敵する神々がおわすという。町にはよく神々のポスターが売られている。そこに描かれているのは,厳しい父権と無限にやさしい母親の象徴のようだ。いずれも素晴らしいできばえである。インド世界の多様性をそのまま反映しているように,ヒンドゥー教はおどろおどろしく,かつ奥が深い。


路地の子どもたち

街中には小さな路地がたくさんあり,そこは子どもたちの遊び場になっている。カメラを向けると近くの子どもがみんな集まってくる。観光客が多いせいか,子どもたちはとても写真好きだ。多民族国家ネパールらしく,チベット系とインド系の顔立ちが混ざっている。この後,この子どもたちにつきまとわれ,次の写真をなかなか撮れない。



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