亜細亜の街角
■バックウォーターの船旅
Home 亜細亜の街角 | Backwater / India / Nov 1999

クイロン→アレッピー移動  (地域地図を開く)

川や入り江が複雑な水郷地帯を形成しているので,クイロンからアッピーまでは内陸の水路を通って行くことができる。水路は海のように広くなったり小さな水路になったりして,景観の変化が楽しめる。約8時間,90kmの料金は150Rpとバスに比べて割高である。しかしインドの中でも最も南国的な風景を楽しむことができる。またバスで移動すると写真に残したい風景があってもすぐに通りすぎてしまうが,船の旅では風景や水辺の人々の生活をのんびり見ることができる。

船は20人乗り程度の大きさで,荷物は下の機関室に置き,人は屋根付きの甲板で過ごすようになっている。昼食や水は自分で持ち込まなければならない。ときどきパイナップルの4半分が10Rpで売りに出されていた。乗客は約15人,ほとんどが欧米人の旅行者で占められている。船は定刻の10時半に出発した。

出発してすぐに目に付いたのは巨大な四つ手網である。四角い網を水中に沈め,時間が来ると人力で引き上げる。運が良いとなにがしかの魚やエビが入っているという素朴なしかけである。英語ではチャイニーズ・フィッシュ・ネットと呼ぶので,中国の文化なのかもしれない。このしかけは何ヶ所かで見かけた。


水路はさまざまな表情を見せる

水路は湖になったり狭い水路になったり,めまぐるしく変化する。湖では漁師がかわいい帆かけ船を操り漁をしている。このあたりは浅い水域のようだ。ところどころに目印となる杭が立っている。笠を被った漁師の夫婦は木をくりぬいたカヌーで漁をしている。我々の船が通ると仕事の手を休め,こちらを見ている。

水路はこの地域の重要な交通手段のため,多くのの舟が使われている。たくさんのヤシ殻を運んでいる舟の底は平らになっており,荷物の運搬に適している。数人の乗客を運ぶ舟はカヌーのように細長い構造をしている。いずれの舟もエンジンをもたず,船頭が竹竿一本で動かしている。

陸上にも道路があるらしく,我々の舟は橋をくぐることもあった。船は乗降客がいないとどこにもとまらない。一回だけ女性旅行者が船頭にメモを見せ,目的の場所で降りた。


人々の普段の生活が見られる

狭い水路では人々の生活の一端が見える。小さな子どもたちがこちらを指さしている。まるで「おーい,船から観光客が写真を撮っているぞ」という声が聞こえるようである。姉に抱かれた子どもは我々に手を振ってくれる。我々もお返しに手を振る。ささやかな国際交流であった。

インドでも肌の白さが好まれるのか,若い女性は舟で移動する間も紫外線に当たるのを防ごうと日傘をさしている。昼下がりの水辺では沐浴や洗濯の光景もたくさん目にした。洗い物はロープにかけたり,草地に広げて乾かしている。服を着たまま沐浴中の女性たちもこちらに手を振ってくれる。我々の船のメンバーは行儀が良く,きちんとそれぞれの挨拶に応える。

それにしてもどこまでいってもココヤシの木が途切れることはない。ココヤシは,数本所有していれば食うに困らないと言われるほど生産性が高い。その木がこれほどたくさんあるのだから豊かな土地に違いない。


ココヤシと稲

ココヤシの実はとても役に立つ。内部のジュースはのどの渇きをいやしてくれるし,旅行者にも売ることができる。実を2つに割るとカラの内側には栄養豊かな白いコプラが付いている。コプラは粉末状にして乾燥させるとココナッツミルクになる。また細かく砕いて水で煮詰めるとココナッツオイルがとれる。カラのすぐ内側の繊維層はロープ,マットあるいはたわしの材料になる。残ったカラは燃料にもなるし,ちょっとした容器にもなる。ココナッツアイスクリームの容器としてヨーロッパにも輸出されている。ココヤシの木はまさしく金のなる木である。

この広範な用途のためヤシ殻は集められ,いろいろな工場に出荷される。その集散の多くは水路が使用されるようだ。人々は船で荷物を運び,船で行き来している。米の脱穀なども稲を船で運び,数少ない脱穀機を共同利用,あるいは賃貸して使用しているようだ。稲を運搬する舟でチェックすると,日本と同じように稲は根本から切られているようだ。稲ワラは燃料としても使用される。


水辺の風景はまだまだ続く

この船旅の間に多くの生き物を見た。白サギは至る所に群れており,船が近づくと一斉に飛び立つ。まるでたくさんの白い小さな紙が風に舞っているような風景となる。黒色あるいは茶色の鵜の仲間も多く見かけた。しかし,たいてい船から遠く離れたところに羽を休めているため肉眼でははっきりしない。アジサシのような鳥が直線的な動きで船の前を横切っていく。船のメンバーが「fish eagle」と呼んだ。見上げると全体は茶色で尾の白いワシが上空を舞っている。

アヒルもしくは合鴨の大群も見かけた。狭い石垣を押し合いながら移動している。近くに飼い主の姿は見かけなかった。石垣の向こうは水田になっているので,この水辺の周辺が餌場になっているらしい。日本でも合鴨に水田の雑草を食べてもらう「合鴨農法」が脚光を浴びている。この地域は,特に意識することなく自然農法を実行しているのかもしれない。

観光客を乗せた家船も見かけた。舳先には船頭と男女の客がくつろいでいる。何人か一緒の場合は,楽しい経験になりそうだ。ヤシと水の世界にも経済開発が始まっている。遠くに高い煙突と金属製のパイプが見える。発電所か化学工場と推測した。この調和のとれた美しい世界に環境破壊が持ち込まれないことを祈る。


夕陽がヤシの木のシルエットを見せてくれる

日が傾く頃,今日の船旅も終点に近づく。水辺にはコンクリートの堰堤が造られ,その向こうには広大な水田が拡がっている。わずかに残ったヤシの木の群落は,緑の海に浮かぶ島のようだ。ここは2期作,3期作の地域なので,収穫と播種が同時に進行している。後日,播種作業を見学したところ,苗は作らず発芽した種子を湿った土地に直接蒔いていた。

共同所有の脱穀機では,大勢の人が作業をしていた。脱穀はコメ作りの最終工程で,刈り取った稲から籾をとる作業である。脱穀機のできる前は,稲を板にたたきつけたり,道路に置いて車にひかせたりしていた。農業の機械化を全面的に支持するわけではないが,このような機械化は歓迎すべきものである。

日はますます傾き,ヤシの木がきれいなシルエットになる。カメラをもつ旅行者はヤシの木のシルエットを狙い,シャッターを切る。写真撮影の時間が過ぎた頃,船はアレッピーに到着した。早からず,遅からず,旅行者にとってすばらしい時間を提供してくれた船旅であった。



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