亜細亜の街角
プノンペンからメコンを下りベトナムに入る
Home 亜細亜の街角 | Chau Doc / Vietnam / Feb 2006

チャウドック

プノンペンの近くでトンレサップ川と合流したメコン川はすぐ2つに分かれ,そのままベトナムに入る。西側は後江(ハウザン),東側は前江(ティエンザン)と呼ばれる。

チベット高原に源を発し,中国,ミャンマー,ラオス,カンボジア,ベトナムを通る国際河川であるメコン川の年間流量は約2700億トンであり,アムール川より少し少ないもののナイル川の約3倍の大河である。この年間流量は信濃川(160億トン),利根川(92億トン)と比較すると非常に大きなことが分かる。

流量の年間変動は非常に大きく,モンスーン時期の8月,9月の流量は乾季である12月から5月の10倍にもなる。この流量の大変動により中流域の水位は10m以上も変動し,メコン川の遊水池のようになっているトンレサップ湖の面積は乾季の2700km2から増水期には1.6万km2に増加し,平均水深も9mとなる。

僕が訪れた1月は水量がもっとも少ない時期であるが,それでもプノンペンからベトナムに移動するときは膨大な水の風景を目にしている。僕がメコン周辺地域を旅行するのは移動のことを考慮してほとんど乾季なので,メコンの水が溢れる風景は見たことがない。一度は9月,10月あたりにメコンを旅してみたいものだ。

チャウドックはハウザンに面しており,カンボジア国境まで10km足らずのところにある。ホーチミン市からは陸路で7-8時間かかり,むしろプノンペンの方が近い。最近,外国人にも国境が開かれたのでプノンペンからバスとボートを乗り継いでチャウドックあるいは他のメコンデルタの町に至るルートが旅行者の人気となっている。

チャウドックは北から南東に流れるハウザンと北西からの運河が合流する地点に位置している。町の西側にはカンボジアの国境線がある。それはほぼ直線となっており,おそらくフランス統治時代に地図上に線を引いて国境線としたものであろう。

それでも国境線を境に大地の姿ははっきり変わる。カンボジア側は人工的な水路は少ないが,ベトナム側はまるで道路のように直交したたくさんの水路が大地を区画している。

このような人工水路はハウザンの西側,チャウドックからロンスエンにかけて見ることができる。もちろん,メコンデルタの他の地域でも人工水路は発達しており,それによりデルタのどこにでも船で行くことができるとされている。

逆にこれだけ水路が発達しているために陸路は多くの水路あるいはメコンの支流を渡らなければならいないので大変であり,ちょっと前まではバス→フェリー→バス→フェリーというように橋のないところをバスごとフェリーで移動する形態であった。現在ではハウザンにもティエンザンにも橋が架かったので陸路移動もずいぶん早くなった。

カンボジア国境に近いチャウドックにはベトナム人,クメール人,チャム人などが暮らしているが,顔立ちから民族を特定するのは難しい。運河に沿ってにぎやかな市場が広がっている。この市場の近くからは対岸と結ぶフェリーがおよそ15分間隔で運行されている。

プノンペン(100km)→チャウドック 移動

プノンペン(08:30)→メコン川船着場(10:00)→国境通過(12:20)(13:20)→チャウドック(15:30)と移動する。この移動のためのチケットはキャピトルGHで販売されている。プノンペンの安宿として有名なキャピトルGHは,国内,国際のツアーバスを運営している。これに加えて,今度はチャウドック行きの路線を持つようになった。

07時少し前にキャピトルに行き,ごはんとオムレツを注文する。キャピトルの前の道路からは各地に向かうバスが出るので,店内はとても混雑している。僕のテーブルには,カナダ人の女性,韓国人男性,ベトナム人のペアが集まり会話がはずむ。30分ほどで彼らの乗るバスが来たので再会を約してお別れする。

全く見知らぬ同士が知り合いになり,よい旅行をと言って別れる。旅とは出会いと別れの連続である。そのような人と予期しない場所で再会することもあり,そんなときは盛大に喜びあうことになる。

ミニバスは定刻を30分過ぎた頃,キャピトルの横の道路に到着した。チャウドック・ルートはいまいち人が集まらないらしく,ホーチミン行きの大型バスは満席なのに,こちらは10人くらいしかいない。僕を除き欧米人の旅行者ばかりだ。

船着場に着くと2隻のボートが待機している。メコン・ルートは複数のコースがあるらしい。僕の船はカンボジアでよく見かけたスピードボートである。かなり老朽化しており,座席数は40,10名の乗客とガイドが乗り込む。

メコンの川幅は1kmくらいであろうか,ゆったりとした水の広がりである。ここから河口まではほとんど高低差が無いので,水は上流からの圧力で下流に向かっていく。川岸は水面から10mほど高く,ところどころに集落がある。

そろそろベトナム国境が近くなる

カンボジアの国旗を掲げた船が行く

カンボジア側の入出国管理事務所

カンボジアのイミグレに到着すると,乗客はそれぞれ手続きを行う。ここからベトナムのイミグレは200-300mしか離れていないのに船で移動し,国境でベトナムの船に乗り換える。ベトナムの入国手続きはガイドが一括して行うため,乗客のパスポートが集められる。

手続きの間,近くの食堂で昼食となるがここの物価はとても高い。僕以外の乗客はメコン・クルーズで先に行くらしく,僕一人がチャウドック行きのボートに乗る。

歩いてベトナム側の国境ゲートをくぐる

ガイドから返してもらったパスポートをチェックすると入国スタンプがどこにもない。ガイドに見せると,彼も2回全ページをめくり,ようやく最終ページにあるスタンプを見つけた。僕のパスポートは増補した直後だったので,間は45ページほど飛ばされてしまった。

国境前の船の上でガイドから「ベトナムでは古い,あるいはしわの多いドル紙幣は使用できない」と威かされ,1$=15,000ドンで両替する。これは市中レートより700ほど悪い。国境からチャウドックまでは幅150-300mの水路を移動するので岸辺の集落,船,浮き家などの写真を撮る。

これでもメコンの支流の一つである

僕の乗った船はこれより小さい

水上集落が並ぶ

川漁師の船をいくつも見かけた

複数の船で網を巡らし引き上げていく

チャウドックの町が見えてくる

チャウドックは水路の両側に家が密集している

N0.6 GH (Than Mai GH)

チャウドックは水路の両側に家が密集している。テレビのアンテナが家の数だけ立っており,とてもゴチャゴチャした印象を受ける。岸に上がるとシクロが待機しており,4-5$の安宿に行きたいと伝えると,No.6 GHに案内してくれた。500mを5000ドンとはいい値段であるが,労せずして5$の良い部屋が手に入った。部屋は8畳,1ベッド,T/S付きでとても清潔である。

扇風機を強にして寝たため明け方に止め,ポロシャツを着て寝なおす。宿から出て左側に屋台があり豚肉を炭火であぶっている。この肉をはさみで切ってもらい白いごはんの上に乗せたものが南部ベトナム定番の朝食である。値段は5,000-10,000ドン,円に換算すると40-80円というところだ。

宿の近くの小学校

メコン川の方に歩くと小学校がある。校庭に入ると子どもたちがイスに坐ったまま先生の話を聞いている。女生徒の白いブラウスと裾に横線の入った紺のスカート姿が絵になる。

写真を撮っていると生徒たちの視線がカメラの方を向くようになり,先生に叱られないかとちょっと冷や冷やする。ベトナム南部の子どもたちの顔立ちは日本人とそれほど変わらない。

宿の近くの小学校|放課後の子どもたち

宿の近くの小学校|子どもたちがたくさん集まってくる

チャウドックは水に寄り添う町である

水路の両側を小舟が結ぶ

サンタンカの黄色バージョン

サンタンカ(山丹花,アカネ科・イクソラ属)であり,デイゴ,オオゴチョウとともに沖縄県の三大名花に名を連ねている。日本ではしばしばサンダンカ(三段花)と呼ばれる。僕もごろの良いサンダンカと覚えてしまい,自分の記憶を修正するのに苦労した。花は赤系統のものが主流であり,他に黄色系統のものもある。

市場の風景

市場の風景

ベトナムコーヒー

少し西に歩くとベトナムコーヒーのカフェがあるのでホットを注文する。アルミ製のフィルターからグラスに一滴ずつ落ちていく。コーヒーが冷めないようにグラスはお湯の入ったカップに入れられている。およそ10分弱でできあがる。一口飲むと思いっきりにがい。底にたまっている砂糖で中和していただく。周囲の客はほとんど男性で,おもいおもいに朝のコーヒーを楽しんでいる。

水辺の集落の子どもたち

ただいま食事中7

いい表情だね

両岸を結ぶフェリー

家が建て込んでいるチャウドックの市場から運河に出ると,対岸に行くフェリー乗り場がある。前の乗客が降りるとゲートが開き,バイクと徒歩の乗客がフェリーに乗り込む。

フェリーは鋼鉄船で自動車でも問題なく運べそうだ。対岸までは400mほどあり,水は泥色ににごっている。運河には多くの船舶が行きかっており,両岸には浮き家や家船が並んでいる。

対岸の船着場から道路までは坂になっており,荷物を満載した荷車を引くバイクが往生している。他の乗客と一緒に後ろから押すと,ようやくバイクは道路に出られた。

道路沿いには比較的こぎれいな家が並び,運河側の裏手には水際まで高床式の住居や浮き家が続いている。浮き家は固定されているものの,そこに行くには小舟が必要だ。

フェリーの主役はバイクである

ベトナムは知る人ぞ知るバイク大国である。陸上公共交通がほとんどバスに頼っているベトナムにおいてはバイクは庶民の足として普及している。2011年の生産台数は400万台を超えており,中国,インド,インドネシアに次ぐ国内市場となっている。

都市部の路上はバイクが溢れており,メコンデルタの田舎町でも普及率はとても高い。ベトナムではバイクは自家用車のようなものなので,1台のバイクに一家の全メンバーが乗ることになり,3人乗りや4人乗りは珍しい光景ではない。

排気量は125ccあるいは150ccのものが主流であり,価格は800ドルから1500ドル程度である。大学卒の初任給が250-350ドルのこの国では高価な買い物であるが,現在では一家に1台の必需品となっている。ベトナムにおいては日系のメーカーが強く,ホンダとヤマハで8割のシェアを占めている。

メコン川本流(ハウザン)の風景

ハウザンと運河の合流点の南側にもフェリーが運航している。こちらの対岸も道路沿いに家が並んでいるものの,川岸近くは荷物運搬用の渡し板(棒)があるだけだ。下は泥でぬかるんでおり,川岸の船にたどり着くのは容易ではない。

荷物をもった人たちはこの小舟で対岸に渡してもらう

果物売りのおばさんたちの記念写真

近くの空き地に大八車に果物を積んだ行商のおばさんたちがいる。果物がとても安いのでまず大きなマンゴー(2000ドン)をいただく。僕はナイフを持っていないのでおばさんに切り身にしてもらう。ねっとりとした甘さがこたえられない。大きなボンタンは4000ドン,これも厚い皮をむいてもらう。さすがに大きすぎるので半分はおばさんたちに食べてもらう。

二丁櫓を操り前方に舟を進める

メコンデルタではこのタイプのボートが主流である。日本の公園池のボートは進行方向に背中を向けて漕ぐものであり,漕ぎ手はときどき後ろを振り返って進路を確認する必要があり。それに対してメコンデルタの小舟は進行方向を見ながら漕ぐことができる優れものである。

ただし,僕の経験では左右のバランスを取るのがけっこう大変だし,前方向の推進力を生むためには腰と上半身の滑らかな連携した動きが必要であり,おばさんたちのように簡単にはいかない。

日本にも一丁櫓の伝馬船(ろ船)は進行方向を向いて漕ぐことができるが,こちらも腰と腕の備えがしっかりしていないと自由に操ることはできない。

ベトナムでは豚肉も牛肉もよく食べる

対岸からチャウドックの町を眺める

バナナを小舟に積み込む

対岸の小学校

近くに小学校がある。ここでは校庭が無いので,休み時間に子どもたちは柱の無い大きなフロアで遊んでいる。その奥に校舎があり,教室で写真を撮る。子どもたちがカメラの方向に集まりにぎやかな集合写真になる。

外に出ても子どもたちが固まってしまうのでいいフレームの写真にならない。とにかくここの子どもたちは元気,そして写真好きだ。

高床式住居

家船は川が増水しても影響されない

レンブ(ジャワフトモモ)|フトモモ科・フトモモ属

正式な和名はジャワフトモモであるが,レンブ(蓮霧)のほうが通りがよい。英名もWax Apple,Rose Apple など多彩である。原産地はマレー半島,東南アジアでは広く栽培されている。レンブの木は常緑小高木で白い花が開花する。フトモモ科の花に美しいものが多い。中にはレンブのように花弁が退化し,その代わりに長い雄しべが多数ありとてもよく目立つものもある。

果実は熟すと赤もしくは白くなり,表面はワックスを塗ったような光沢があり,とても美しい。これは英名のWax Apple の由来であり,芳香がすることからRose Apple とも呼ばれている。果実は果皮をむかずそのまま生食する。残念ながらできの悪いリンゴのようで,歯ごたえがなく,味も酸味が主体で買って食べようとは思わない。

アオザイ姿の女子学生

日本語では「アオザイ」として定着しているが,これはベトナムの北部方言であり,南部では「ザ」の音がないので「アオヤイ」と呼ばれる。「アオザイ」は長い上着を意味しており,そのルーツは中国北方騎馬民族の「旗袍」に由来する。

日本語では「旗袍」を「チャイナドレス」と呼んでいるが,これは和製英語であり,英名はマンダリンドレス(Mandarin dress)もしくはマンダリンガウン(Mandarin gown)となっている。

17世紀中葉から20世紀初頭まで中国を統治していた清朝は北方満州族の王朝であり,彼らの民族服が中国全体に広まっていき,それが清朝の支配を受けていた北部ベトナムにも伝わり官服として定着した。

とはいうものの,寒さの厳しい北方の民族服と亜熱帯に属するベトナムでは同じ形態でも素材が異なり,「アオザイ」では薄絹が使用される。現在では女性の民族服という位置づけであるが,本来は男性用もあり,ベトナムで開催される国際会議などでは各国首脳が「アオザイ」姿で登場することもある。

現在の女性用アオザイの細身でスリットの深いデザインはフランス領インドシナ時代に改良されたものである。ベトナム女性の民族服アオザイ(は結婚式のようなイベントがなければもうほとんど見かけない。

それでも,ベトナムの多くの中学・高校では純白のアオザイを女子生徒の制服に採用しており,南部の街でも写真のような制服姿の女子生徒や朝夕は自転車に乗ってさっそうと通学するアオザイ姿を見ることができる。

小舟で運河を横断する

カメラを意識しない表情がいいね6

投網を打つ

小魚を商う

ハイビスカス

アリアケカズラ

オオゴチョウ

チャウドックの街並み

とにかく暑い,歩いているだけで汗をかくので,いったん宿に戻りシャワーを浴びる。あれ,扇風機が動かない。停電かな,まあいいや,ベッドで大休止である。

昼食の時間帯に下に降りると宿の人たちが食事をしている。父親がごはんに誘ってくれる。青菜を茹でたもの,魚のスープ,雷魚の焼き物,どれもおいしくいただく。特に雷魚はピリ辛のタレを付けると絶品である。

宿の近くの小学校|ベトナムスタイルの体操

宿の近くの小学校|体育の授業

宿の近くの小学校|縄跳び

宿の近くの小学校|授業終了

宿の近くの小学校|終礼の様子

ベトナムでは親が迎えに来ることが多い

すぐに子どもたちが集まってくる

オリヅル教室を開く

女子高校生の制服はアオザイとなっている

アオザイはズボンと膝の半分までの長い上着からなっている。両サイドに腰までのスリットが入っており,自転車に乗るときは後ろの裾をサドルにかけその上に坐り,前の裾を右手に持ってハンドルを握る。とてもよい被写体なのだが動いているものを撮るのはとても難しい。

アオザイは体にぴったりの寸法で作るので,彼女たちはアオザイを着るためにダイエットに努めている。そのため,ベトナムの女子高生はとてもスタイルが良い。

アオザイはオーダーメードになるので値段は決して安くは無い。30$-100$というので,この国の物価水準からするととても高い。高級品はシルク製であるが,女学生が着用しているものはおそらくポリエステルと推測する。

たまたま下校時間に高校の前を通ると校門から白いアオザイの集団が出てきた。この年頃の女の子の写真はとても難しい。それでも何人かは写真に応じてくれた。

アオザイの女子学生

アオザイの女子学生

交通事故の現場検証

ベトナム南部にはイスラム教徒も多い

仏教寺院は中国の影響が強い


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