亜細亜の街角
沙羅双樹の花の色
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平家物語は次のような一節から始まります。

祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり
     沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす
奢れる者も久しからず ただ春の夜の夢の如し
     猛き人もついには滅びぬ ひとえに風の前の塵に同じ

非常に趣のある格調の高い文章が続きます。作者はよく分かっておらずいくつかの説があります。最古のものは「徒然草」の中で,信濃前司行長(しなののぜんじ ゆきなが)なる人物が平家物語の作者であり,生仏(しょうぶつ)という盲目の音楽家に教えて語らせたと記されています。なかなかの大作で,広本は48巻,略本でも12巻から構成されています。上記の文は第1巻の第1章に相当する「祇園精舎」の冒頭部分です。

平家物語は「読み本」と「語り本」があります。語り本は盲目の琵琶法師によって琵琶を弾きながら語られました。実際は節を付けて歌われる形式なのですが,内容が叙事的なので「歌う」と言わずに「語る」とされていまます。このとき使用されるのが平家琵琶です。やはり,本を読むより語りの方がなじみやすいと思います。しかし,一通り文章を読んでおかないと意味不明のところが出てきます。日本の第一級の文化ですから最初の部分だけでもトライしてみたいと考えています。

さて,この中で詠われている「沙羅双樹」とはどんな植物なのでしょうか。齢80歳でブッダがクシナガールの地から涅槃に向かったとき,彼は2本の「サラの木」の間に横たわっていたとされています。文献ではブッダは食中毒に苦しみ二本の沙羅の木の間に横になったようです。周辺には弟子のアーナンダだけが控えていました。

ブッダが涅槃に向かうその時,周囲の沙羅の木は一斉に薄い黄色の花を白く変えたとされています。さすがにそれは後世の作り話でしょう。この故事から,沙羅の木はインドボダイジュ(天竺菩提樹)とならんで仏教では聖木とされています。

この話が平家物語の表現に結びついていきます。日本における「沙羅双樹」はツバキ科落葉樹の「ナツツバキ」のことです。名前の通り初夏に白いかれんな花をつけます。この花の寿命はわずか1日です。朝に咲き,夜には落ちてしまいます。椿の仲間ですから花びらを散らさず,花全体がそのまま落ちます。このはかなさが平家一門の「盛者必衰」と結びついたようです。


<ナツツバキ>

<紗羅の木>

<ホウガンノキ>

インドにおける本物の「沙羅の木」はインド原産のフタバガキ科の常緑樹で高さは30mにもなり,花は小形の淡黄色で芳香があるそうです。熱帯性の植物のため日本では育たないはずなのですが,草津の水性植物園の温室にあるそうです。そこで撮影された珍しい写真がありましたのでお借りしてきました。この写真の著作権は「Noboru Ito」に帰属しています。

東南アジアではもうひとつの「サラの木」があります。この植物はタイやカンボジアの寺院によくあります。背の高い幹からつるのように伸びた枝に椿のような花を咲かせます。この木は南インドのマドゥライでも見かけました。

花は椿と同じように花全体がまとまって落ちます。タイの寺院で見たものにはリンゴほどの大きさの非常に固い実がついてました。この砲丸のような実のためか和名はホウガンノキ(Couroupita guianensis)となっています。タイの寺院には案内板がありそれには「sara tree」と表示されていました。日本のナツツバキと同様に,本物の沙羅の木の代替植物として寺院などで大切に育てられているようです。